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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第六章 継承 濃尾の覇権(6)

 吉法師と子供衆は岡部又右衛門率いる熱田宮大工たちと一緒に陽の暮れた薄暗い参道を本宮に向けて歩いていた。そして宮の外に通じる側道との分岐点に着いた時、宮大工の一人が棟梁の岡部に声を掛けた。


「それじゃ棟梁、我らはこいつを運んでから飯場に向かいます」

「うむ、頼む」


 他の宮大工たちが先程皆で捕えた暴れ猪を宮から運び出すために側道へと進む中で、棟梁の岡部だけは今日一日の感謝の参拝を行うため、吉法師たちと共に本宮に向かうことにした。


リーン、リーン

スーイッチョン、スーイッチョン


 本宮の周りでは夕暮れと共に秋の虫たちが一斉にその活動を活発化させている。


グー、グルルルル、グー

グルルルル、リュー


 一方で吉法師の所では別の虫の音が鳴り響いていた。


「あ~、もう腹の虫が鳴り止まぬ」

「儂もだ、もう腹ペコペコだ」

「儂も、もう腹減ってめまいがする」

「致し方ないよ、今日はたくさん動いたからな」


 暴れ猪の捕獲に体力を使い果たした吉法師と子供衆は極度に腹を空かしていた。その様子を見た岡部が声を掛ける。


「何じゃ、ぬしら腹が空いているのか、それじゃあ、我らと一緒に飯場で飯を食うて行くか?」


 岡部は自分たちが晩食を得ている宮の飯場に吉法師たちを誘った。


 この棟梁の誘いに吉法師は困惑した。確かに腹はもう異常なほどに空いており、早く晩食に有り付きたいと思う。しかしこの後は弥三郎実家の加藤家の城に泊まり、そこでの晩餐を予定している。我慢せず早く取れる食事か、我慢して御馳走の食事か、吉法師は子供衆に意見を伺おうと皆の方を振り向いた。するとその確認を口にするまでも無く皆が難色の様相を示している。


(ここは我慢して加藤家で御馳走ということだな?)


 吉法師が声に出さず目配りで問い掛けると、子供衆からも同様に目配りで返答が届く。


(はい、その通りです。吉法師様!)

(ここは我慢致します!)

(加藤家の御馳走が食べたいです!)

(うまくご返答お願い申し上げます!)


 吉法師はその会話の後、単刀直入に答えた。


「折角だが棟梁、我ら今晩加藤の城に泊まる予定にてここは我慢しようと思う」


 それを聞いて岡部は思わず苦笑した。


「そうか、ぬしらこの後は加藤の城にて泊りか、あそこはいつも商家の客が絶えぬ故、いつも御馳走三昧だからな、宮の飯場の飯とは比べ物にならぬ」


 岡部は逆に粗末な食事の飯場に誘ったことを恐縮した。


一方で供衆は今の岡部の話を聞いて密かに沸いていた。


(おい聞いたか、御馳走三昧だってよ!)

(あぁ、やはりここでは有名な様じゃな、気になる!)

(三昧ってくらいだからなぁ!)

(きっと今まで食べたことないものばかりだぞ!)


ここは空腹を我慢して加藤家の城の御馳走に臨む。吉法師と子供衆は腹の虫を秋の虫たちの合唱に参加させながら本宮でのお参りを済ませていた。


 そして吉法師たちが参拝を終えて社殿の石段を下りていた時だった。


「吉法師さま、お待たせしましたー」


 実家への連絡に出ていた弥三郎が声を上げながら戻って来た。


「おぉ、弥三郎!」

「参拝終えた所でちょうど良かった」

「これで腹の虫も治まる」

「何とか我慢できそうじゃ」


 子供衆は弥三郎を見て沸き立った。弥三郎は吉法師の前に進み出ると、一礼の後片膝を付いて報告した。


「吉法師様、留守居の兄の了解を得ました、今晩の加藤家への宿、大丈夫です…」


 その弥三郎の言葉に皆一様に歓喜の声を上げる。


「でかした弥三郎!!!」

「やったー!」

「よっしゃー!」

「ひゃっほー!」

「ばんざーい!」


 吉法師と子供衆は喜びを爆発させると、そのまま妙な掛け声と踊りで盛り上がり加藤の城に向けて歩き出した。


「御殿じゃ、御殿じゃ、御馳走じゃー、それ!」

「御殿じゃ、御殿じゃ、御馳走じゃー」


 皆の脳裏に空想の御馳走が広がる。


「少々お待ちください、吉法師様」


しかし報告が途中だったためか、弥三郎は吉法師にその歩みを止めてもらうと再び報告を続けた。


「宿は大丈夫なのですが、今美濃出兵に伴う物資輸送にて宴は行っておらず、晩食の用意は出来ぬ故、何処かで済ませてから来て欲しいと言われました」


 この弥三郎の報告に吉法師と子供衆は凍り付いた。


ガーン!


 それは衝撃的な一言だった。それまで皆の気を支えていた空想の御馳走が消滅し、空腹による立ち眩みと脱力感が優勢となっていく。やがて皆は次々とその場に崩れ落ちていった。


(あらら~)


 棟梁の岡部はこの様子を隣で見ていたが、次の瞬間皆の視線が一斉に自分に集まるのを見て思わずぎょっとなった。皆が無言のまま涙目で訴えている。岡部はやれやれと思いながら言った。


「やっぱり飯場に来る?御馳走じゃないけど」


 一度断られながらも再度飯場に誘ってくれる宮大工棟梁の岡部、それは御馳走の消滅という絶望的な状況の中での神の一言であった。


「うっ、うっ、おっちゃ~ん…」

「ありがとぉ、おっちゃ~ん…」


 吉法師たちは皆で顔をくしゃくしゃにしながら岡部に感謝していた。しかしこの呼び方に神の岡部は不満の表情を見せる。


「棟梁と呼びな!」


 岡部はここで再度自分の呼び名を言い改める様に言い付けた。


「とぉりょー、ありがとうごじゃいます」

グー、ギュルルルー


「とーりょー、ごちになります」

グー、グルルルルー、グー


グルリュグリュー、グー、グーリュリュリュグー


 その秋の夜、熱田の宮では妙な音楽隊の音が飯場に向けて鳴り響いていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 吉法師たちは熱田宮大工の棟梁岡部又右衛門に連れられて、夕闇の中を宮の飯場に向かっていた。暫くすると吉法師たちの前方に松明で明るく照らされている場所があるのが見えた。


シャン…、シャン…


その場所からは一定の拍子で虫の音とは異なる音色が聞こえてくる。


(なんだろう…)


不思議に思いながら近寄って行くと、そこには神楽舞の舞台があるのが見えた。舞台の上では何人かの舞子が手に持った鈴を鳴らしながら神事の舞の練習をしている様であった。


(至適な舞だな…)


舞子たちが演じている舞は観る人に日の本の神話を感じさせるもので、熱田の宮の神事に合ったものであった。吉法師がその舞を眺めながら舞台の横を通り過ぎようとした時であった。


「吉法師さま!」


 不意に舞台の上から自分を呼ぶ声を耳にした。声の方を振り向くと一人の舞子が練習を中断して舞台上を走り寄り、台の端まで来た所で自分に向かって手を振って来ている。相手は自分のことを良く知っている様だが、神事の化粧を施していて一見では分からない。そこで吉法師は舞台に近寄り、目を凝らしてその舞子を再度見返した。するとその時、一人の女子の姿を思い起こした。


「結か!」


 それは以前、自身が伊賀の衆に浚われた時に身代わりになって助けてくれた結であった。最初に出会った時の彼女は失語症を患っていて会話もできぬ状況であったが、その時の事件をきっかけに声を取り戻し、笑顔でこの熱田の神事の舞子に加わっていた。


 吉法師は舞台の様子を見渡しながら結に声を掛けた。


「結、久しぶりだな、いつもこの立派な舞台で舞を披露しているのか?」


 舞台には舞子が演じる神楽舞に神話の印象を引き立たせる工夫が施されている。先ほど見た舞に神話の印象が伴っていたのはこの影響が大きい様に思った。


「はい、この舞台は岡部様たち宮大工の方々の努力の賜物ですわ」


 そう言って笑顔を見せる結は後からその岡部が来るのを見計らって更に言葉を続けた。


「私たちはこの宮に参られる方に最高の舞を披露することを心掛けておりますが、岡部様たちはその私たちに最高の場を提供してくれます」


「へぇ~」


 熱田の宮で働く者たちは訪れる参拝者を一丸となって迎えている。その連帯感を窺わせる結の言葉に吉法師は思わず感心した。そして後ろから歩いてくる岡部の方を振り向くと少し茶化す様に言った。


「棟梁、凄く褒められておるぞ、この舞台は最高だそうだ」

「あたりまえだ、我らもしっかり仕事をしておるからな」


 その吉法師の言葉に岡部は職人らしい武骨な表情をして応えた。


「へぇ~」


 今度の吉法師は岡部の言葉に感心した。熱田の宮の歴史は神話の時代に始まり、これまで幾多の戦乱の時代を乗り越えて来ている。多くの寺社が荒廃している中でも、この宮が健全な運営を維持し続けていけるのは、常に多くの民衆からから支持され続けているためであるが、そのためには岡部の口にするあたりまえの水準は非常に高いものでなければならないと思う。その一つがこの宮の連帯感であり、この舞台なのであろう。


吉法師はふと舞台の周囲を見渡した。すると灯りの届かない暗がりの中で、部材の補修を行っている者や神具の運搬を行っている者など、多くの裏方らしき者たちきが影の存在の様に動いているのが見えた。


黙々と作業するその者たちの姿からも、それぞれの持ち場で最高のあたりまえの仕事が行われている様子が窺え、同時に宮が一つの連帯感を以て成り立っているのが分かる。


(これは武家でも活かすべきだ…)


吉法師はこの宮の強さとなっている最高のあたりまえの仕事を武家でも取り入れるべきだと思った。そしてその継承こそが武家政治の安定につながり、更には天下泰平につながるものだと思った。


 吉法師は次に将来自分を身近で支える者たちになるであろう子供衆に目を向けた。子供衆も岡部と一緒に舞台の周りに近寄り結に声を掛けていた。


「結殿久し振り、綺麗な舞子になったね~」

「全くだ、何であろう、親近感ありながらも神秘的」

「これは結殿目当ての信者が増えるなぁ」

「儂もこの宮に通おうかな」


 子供衆が声を掛けると岡部が横から言葉を入れる。


「ぬしらいい目をしておるな、結は今新人の舞子さんとして人気急上昇中なのじゃ、もう少しすると高嶺の結さんだぞ」


「えぇ、そうなの!?」


 この岡部の話に子供衆は大いに驚いたが、同時に結本人も驚いていた。


「岡部さま、その様な話、私も知りませんわ」

「ははは、民衆の中ではこれまでの結の苦労話から伝わっているぞ、今舞子として頑張っている結を見守って行きたいという思いが働いておるのであろう」


 民衆の間で結の舞う姿は神話の表現の共に、自身のこれまでの苦労を伴ったものとして情に強く響くものとなっていた。


「何か複雑です」


 それは本人が意図した所ではない。しかし確実に民衆の支持を増やしており、宮に貢献する形になっている。結は困惑の表情を見せた。


 一方で子供衆も困惑の表情を見せていた。


「結殿の人気が上がるのはうれしいけど、何か悲しいなぁ」

「あぁ結さん、遠い人になってしまうんだな」

「今のうちにいっぱい話をしておこう」

「あぁそうだな、結殿は食べ物で何が好き?」


 勝三郎が結の好きな食べ物を問い掛けた時だった。


グウー、グルルルル、

グゥ、グゥ、グリュルリュルー


 子供衆の腹の虫が一斉に鳴きだした。


「勝三郎、せっかく忘れていたのに!」

「思わず自分の好きな食べ物を浮かべてしまったわ!」

「腹の虫が復活出してしまったではないか!」

「は、腹減った…!」


「はは…、つい」


 その子供衆の様子に結は笑顔を見せながら吉法師に訊ねた。


「ところで吉法師様、どうされたのですか、皆でこの様な時間に?」


 その問い掛けに吉法師は少し困惑した表情で答えた。


「ははは、実はこちらの棟梁が晩食を御馳走してくれるというので付いて行くところなのだ」


 その言葉に結は不思議そうな表情を見せた。


 那古野城主で織田弾正忠家の嫡男が宮の飯場で食を得るなど普通では考えられない。しかし吉法師さまについて言えば、日頃の行動自体が普通ではないので、またきっと何かしらの理由があるのだと思う。気になる、そう思った結は舞台の上から顔を突き出して吉法師に言い寄った。


「吉法師さま、ちょっとお待ち願えますか、私も御一緒させて頂きたく存じます」


 吉法師はこの突然の結の申し出に圧倒された。前の事件の時もそうであったが、結は突然の思い付きで咄嗟に積極的な行動を起こす。吉法師は少し困惑の表情を浮かべながら笑顔を見せて応えた。


「いいけど、大丈夫なのか、まだ舞の練習中であろう?」

「大丈夫です、今日はもう終わりになりますので!」


 何か自分が結の練習の邪魔になったかも知れない。そう懸念した吉法師であったが、結はもう舞の先生らしき大人に何か一言伝えた後、そのまま舞台の奥へと走って行く。


(本当にいいのかな…)


 吉法師が再び舞台の装飾を眺めながら、結の行動を悩み始めた。


「皆さん、お待たせしました」


 すると次の瞬間、目の前にすっかり神事の化粧を落とし自分の着物に着替えている結が現れた。


「えぇー!」

「はやっ!」

「変身か?」


 あまりの結の変わり身の速さに皆が驚いた。


「ささっ、皆さん、飯場に行きましょう」


 そう言って結は笑顔を見せると、皆の先頭に立って飯場へと向かって行った。


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