第六章 継承 都の統治者(14)
辛うじて民衆から逃げ通した三人は五条通りにある一軒の店に逃げ込んだ。
「はー、危なかった、危機一発であった、二人の小ネタに助けられた」
「芸は身を助ける、十兵衛も何か必殺芸を持っておった方が良いぞ」
「まぁ少しここで休んで行こう、ここの福餅は絶品で有名なんだ」
「へー」
五条通りの福餅の店、そこは知る人ぞ知る名店であった。
「いらっちゃいましぇ、おくへどうじょ」
三人の来店に対して店から案内に出て来たのは小さな娘っ子であった。一瞬意表を突かれた三人がえっと思うと直ぐに母親らしき若い女性が出て来た。
「すみません、娘が先に出てしまって、ささ奥へどうぞ、、、、、だめよ、ひなちゃん、お客様の前に先に飛んで出ちゃっては」
三人はその微笑ましい母娘の様子に頬を緩ませながら店の奥へと入って行った。
「あの若いお母さん、長い事ここの看板娘だったらしいよ」
「ああ、結婚を機に別の場所にのれん分けしたと聞いたけど、ちょうど祭りで実家帰りしていた様だね」
「ほう、そうなのか新しい看板娘も育ってきている様で微笑ましいね」
三人はそんな話をしながら指定された奥の間へと向かった。
「おい、部屋の名前は何だっけ」
「アヤメの間と言っておったぞ、あっ、あそこじゃないか?」
「お、そうだそうだ」
三人は廊下の奥に「菖蒲」と書かれた間を見つけた。
「さてどんな間かな?」
孫九郎が部屋の入口の戸を開けようとした時だった。
「ちょ、ちょっと待った、孫九郎!」
十兵衛はその隣りに「綾目」と書かれた間を見つけて孫九郎の手を止めさせようとした。しかし、もうその時には孫九郎の手はショウブの方の入口の戸を開けていた。
「こっちはアヤメではなくショウブか、紛らわしい!」
「ははは、孫九郎アヤメった…、いや、誤ったな!」
その弥四郎の冗談と共に、孫九郎が再び入口の戸を閉めようとした時だった。
「ぬしら、良くここが分かったな!」
部屋の中から自分たちに話掛けて来る声がした。聞き覚えのある独特の重みのある声、三人が恐る恐る部屋の中を覗くと、菖蒲の部屋の中では管領代の六角定頼がもう一人の男と一緒に福餅を頬張っていた。
ヒャー!!!
思いも寄らない場所で管領代に遭遇した三人は驚愕し、即座にその場で膝を付いた。
「部屋を間違えてしまいまして申し訳ございませぬ、管領代様がおりますことなどつゆ知らず、失礼致しました」
「立ち寄ったのは全くの偶然でして、決してお役目をさぼって寄っている訳ではございませぬ、直ちに祭りの警備に戻ります」
弥四郎と孫九郎が体裁を繕う事に必死になっている中で、管領代と縁戚関係にある十兵衛は御爺上と一緒に福餅を頬張っている男について観察していた。
(祐筆の者らしいな…)
将軍公と管領晴元様が桟敷で宴を催されている中、御爺上はこの様な所で何をされているのであろうか、まさか本当に福餅が目的とは考え難い。その答えはこの一緒にいる男にあると思っていた。
「ここは儂の隠れ家であったのに、見つかってしもうたなぁ、友閑!」
「ははは、そうですな」
笑顔で管領代の相手をしているのは幕府祐筆の松井友閑であった。
「ちょうどこの友閑が尾張にから戻って来た所でな、その報告を聞いていた所だったのだ」
「そうでしたか」
あの桟敷の宴よりも諸国の動向報告の方が大事、それは十兵衛も大いに納得する所であった。
「十兵衛、尾張では織田弾正中嫡男の吉法師とやらが齢十にして将来の領主としての自覚を持ち、友閑の所に自身の覚悟の舞として敦盛を習いに来ているそうだ、どうだ面白いと思わないか?」
その話を聞いて十兵衛は思った。
(敦盛とは確か、人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり、という節の舞、齢十にしてその様な舞を極めるということは将来の領主という運命に対し覚悟を持って臨むということに相違ない…、その様な領主の子がおるとは…)
齢十と言えば先程の弥四郎と孫九郎の弟二人が同じ年齢位であろう、自分の時もそうだが、仕えるという立場は自覚できても領主として自立するということを覚悟を持って自覚することは難い様に思う。しかし尾張の領主となる子がもし本当にその様な覚悟を持って将来を臨んでいるとなれば、その先の将来は大いに気になる。
「はい、確かに、面白いと思います」
十兵衛はその織田弾正忠家嫡男の吉法師という子に興味を抱き、今度是非面会してみたいと考える様になっていた。
「うむ、それで十兵衛、ぬしに与えた宿題は解けたのか?」
定頼は再び十兵衛に問い掛けた。それは自分だったらどうやって町を発展させるか、という観音寺での宿題であった。
改めて御爺上から問い掛けられた十兵衛は静かに目を閉じると、今もう自分の中にあるであろうその答えを求めた。
これまで国友や京で出会ってきた者たちと出来事が回想されてくる。皆の笑顔の時とそうでない時、その間は問題の発生と改善を繰り返しており、その時の皆の表情が今の自分に様々な助言を与えてくれる。
やがて十兵衛は再び目を開けた時、御爺上のその宿題に対して一つの答えを導き出していた。
「御爺上、私でしたら町を自由と笑顔で発展させます」
「ほう、というと?」
定頼に詳細な説明を求められた十兵衛はその思いの幅を広げながら答える。
「町は人と物の流れによって成り立っております。それ故、その発展にはそれらが自然と集まる仕組みが重要になるかと思います。先ず物が集まる様にするためには自由な商売が出来る環境が必要となりましょう。それは全ての座を撤廃すればたくさんの商人が集まり実現させることが出来ましょう。そして人の方ですが、先ずは領内に散らばっているご家臣の方々をご家族と共に集めます。最初は抵抗感があるでしょうが、集まった先が物に溢れ、文化水準や便利さが高ければやがてそれは満足感に変りましょう。そしてご家臣が集まればそれに付いてまた商人、職人、家人などたくさんの者たちが集まります。その後は相乗効果で人と物が集まり町は大きくなっていきましょう」
定頼はその十兵衛の話を静かに聞いていた。十兵衛は現在の座による物流の問題と地元に拠点が散在している領内統治の問題を突いており、それらの改善にもつながると考えられる。
「なるほど十兵衛、自由というのは座の撤廃、つまりは楽市楽座の制度奨励ということだな、それで笑顔と言うのはどういうことだ?」
定頼は改めて十兵衛に問い掛けた。
「此度私は人は何かしら大事にしているものを持って生きているということを知りました。それが何かというのは人によって様々で、色々な価値観のもと、それぞれが尊重されるものではないかと思います。その中で町の発展を考慮した時に大事となるのは仲間意識でありましょう。その仲間意識は共通認識や連帯感、助け合いなどによる笑顔から生まれるものだと思います。その笑顔の機会を得るためには皆が一箇所に集まる方が良い、そして皆が笑顔でまとまっている国は強いと私は思います」
それはもう立派な領主の統治に対する考えに思えた。
(ふっ、十兵衛め…)
この時既に定頼も十兵衛の考えの重要性を既に理解していた。しかし定頼が理解したのはつい最近の事で実行には及べていない。十兵衛に領内統治の基本について考えさせることは、将来の十兵衛にとっての良い経験となる、定頼はそう思っていた。
一通り宿題の説明を終えた十兵衛に定頼は人差し指と中指を向けて言った。
「十兵衛、正解だ!」
すると続けてその様子を見ていた友閑が語り掛けた。
「十兵衛殿は色々なご経験をされている様で感服しました、これから新しい世に変わっていく中で十兵衛殿はご活躍されましょう、吉法師様と一緒で楽しみです」
人の成長が世の変化をもたらす。定頼と友閑は戦乱の世の明日を築こうとしている若者を思い微笑んでいた。
その後、三人は店を出ると大通りを花の御所に向かって歩き始めた。
「はぁー、緊張した、まさか管領代様が来ているとは」
「十兵衛がいて助かった、我らだけだったら何言われたか分からぬ」
「まぁ、あの店に逃げ込んだのも元は自分の鉄杖斬りが原因だったから」
三人は緊張疲れを見せながら歩いていた。
暫くすると三人に一台の山鉾が近付いてきた。もはや山鉾を観覧する元気も失せていた三人であったが、逆にその山鉾の方から声が届いた。
「お武家さん、先程はありがとうございましたー、今こうして巡行すること叶いましたー!」
それは先程十兵衛が破壊される所を助けた山鉾であった。
「武家さん、助かりましたー」
「若いお武家さん、ありがとうございます」
「ありがとうございます、お武家さーん」
高さ十間を誇る巨大な山鉾の至る所から十兵衛への感謝の声が届く。十兵衛はそれに対して手を振って応えた。
「お武家さん」
そして山鉾の最後尾の所にいたその町の長らしき男が十兵衛に声を掛けてきた。
「是非、この山鉾に乗って行ってくだせえ、この山鉾は月を司る神様ですが、貴方様はその神様を守った神様ですわ!」
「え、いいのか?」
「はい、是非!」
突然の誘いに十兵衛は驚いたがその様な経験はそうそうあるものでは無い。もしかしたら山法師除けに使われているのかも知れないが、それでも構わない。
「行って来る!」
十兵衛は弥四郎と孫九郎にそう言い残すと、山鉾に乗り込みその屋根の上へと登って行った。
「何とも良い光景…」
巨大な山鉾の屋根の上からは京の街並みと共に眼下にたくさんの人が集まっている様子が見えた。
(この景色、この人々、私はこの京の町を大切にしていきたい…)
人は皆、何か大事にしているものを持って生きている、十兵衛は周囲の景色を見渡しながら自分にとってのそれはこの京の町にあると思った。この京で人や物、文化に触れながら過ごすことが一番自分にとって心地良い。将来御爺上の求める幕府を支えていくのか、新九郎が語る新しい時代の政務に携わるかのは分からない。しかしどの様な状況となってもこの京の事を思い、見守って行きたいと思う。
巡行による景色の移り変りと共に高揚感が高まっていく。
(とにかく楽しむべき時には楽しむことが大事!)
十兵衛は山鉾の上で、刀を抜き天に向けて突き上げた後、笛や太鼓の演奏に合わせて即興の舞を演じて見せた。観衆がその勇壮な十兵衛の姿に大きな声援で応える。
皆が祇園の祭りを心の底から楽しんでいた。
来年より本編に戻ります。
良いお年を!




