第六章 継承 都の統治者(13)
十兵衛は同じ幕府奉公衆の三淵弥四郎、石谷孫九郎と供に祇園御霊会の祭りの警備と称して、たくさんの観衆が集まっている京の中心の大通りにやって来た。通りではそれぞれ特徴的に飾られた山鉾が太鼓や笛の音を伴って巡行しており、周辺では観衆を相手に様々な物の商売や演芸が披露されていた。
(都の祭りは質が高いな…)
各々の山鉾は何れも京の腕の立つ職人により作られており、都の祭りならではの華麗な美観を誇っている。山鉾の巡行が醸し出す世界感は現実の戦乱の世とは異なり穏やかな平和な世に繋がっている様で、観覧する者に何とも言えない高揚感を与えていた。
「やはり出てきて良かった…」
十兵衛は山鉾を観ながら呟いた。
「ははは、桟敷では祭りの臨場感は味わえなかったであろう」
祭りの雰囲気に心酔している十兵衛の様子を見た弥四郎はそう言って笑顔を見せた。十兵衛はその笑顔につられながら言葉を返した。
「ああ、こうして見ていると毎年の開催を望む町民の気持ちが良く分かる」
「そうだな、何か戦乱の世が変わった気さえするからな」
孫九郎もそう言いながら祭りの高揚感を感じていた。
以前宗教的な意味合いの強かった祇園御霊会は、現在様々な演芸や商売を含めた町民主導の一大催事となっており、戦国の世でも強い意思を持った民衆の文化として発展している。十兵衛は祭りを楽しむ民衆の様子を見て思った。
(そうだ、この祭りの様に民衆が笑顔で過ごせる世こそが、最も大事なことだ、我々幕府はどの様にそれを遂行させることができるか、それを考えていかねばならぬ)
自分の人格形成や価値観はこの京の町とその民衆と共にある。十兵衛は山鉾の巡行を見つめながら、民衆のためになる政務への思いを強くしていた。
「くじ改めのところを視察しておくか?」
「少しは仕事らしいことをしておかぬとな」
「あ、あぁ、そうだな」
暫く大通りで山鉾を見つめていた三人はその巡行の順番を決めるくじ改めの場となっている烏丸に足を運ぶことにした。しかしその途中、十兵衛の歩みは遅々として進まない。
「おっ、あそこで猿楽やっておる、久々に見ておきたい」
「おっ、あそこでは茶の湯を立てておる、気になる」
「あー、あそこ、諸国米の食べ比べだってよ」
全国から物産が集まり文化に溢れる京の都は次から次へと十兵衛の興味を掻き立て、その歩みを遅々とさせる。
(やはり京はおもしろい!)
十兵衛は右に左に燥ぎながら近寄っては足を止めて見入っていた。
「燥いでいるなあ、十兵衛は?」
「もう子供の様だな」
二人は十兵衛が興味を示す度に呆れながら一緒にその足を止めていた。
「おやっ、あの店は何だ?」
十兵衛は通りの端にこれまでに無い風変わりな店を見つけると、二人に訊ねた。
「あれは最近できた舶来物を扱っている店だな」
「何、どの様な物があるのだ?」
十兵衛は興味津々になって聞いたが、二人も良く知らない様で揃って首を捻った。
「さあ、我らも行ったことないから良く知らぬ」
「まぁ、我らの給付で買える様な物など無いであろうからな」
それを聞いた十兵衛は更に興味を抱いた。
「気になる、ちょっと見て来る」
そう言うと、飛ぶ様にして店へと向かい、そのまま中へと入りこんで行った。
「ふ~」
「やれやれ」
二人はまた十兵衛が出て来るのを店の前で待つことにした。
そして暫くすると十兵衛は何かを手にして出て来た。
「凄かったぞ、この店、織物や陶磁器など見た事のない高価なものばかりあった。唯一これは新しい食材らしくてな、是非ぬしらにも食べてもらおうと試供で少しもらってきた」
そう言って十兵衛は手にした袋の中を二人に見せた。そこには突起が付いた白い粒としわの寄った赤い実があった。
「ほう、どれどれ、何じゃこの白いのと赤いのは?」
「どれどれ、この白い方は塩だろう?」
そう言って孫九郎は白い粒を一つ取って口に入れた。
「塩辛いか?」
訊ねる弥四郎に孫九郎はにっこり笑みを浮かべて言った。
「甘い、甘いぞ、この塩」
「何、甘い塩?」
驚いた弥四郎も白い粒を一つ掴み口に入れた。
「確かに、甘い!」
「初めての甘さじゃ、芋とは違う、十兵衛、何じゃこれは?」
驚く二人に十兵衛は笑顔で答えた。
「これは金平糖と言う南蛮菓子らしいぞ」
「へぇ~、初めての味じゃ、発見だな」
「あぁ、世の中、まだまだ知らぬ事があるのじゃな」
感動する二人に十兵衛は更に袋を差し出して言った。
「もう一つこっちの赤い南蛮菓子も美味いぞ、試してみよ」
白い金平糖の甘さが気に入った二人は赤い方の食材を手に取った。
「これは更に甘いのか?」
「いや、こっちは梅干しの類で酸っぱいのではないか?」
先程の金平糖と比べると大分異なる形容をしている。二人はどの様な味がするのであろうかと思いながら一緒に口にして味わった。
んがー!!!!
ひぎょー!!!!
次の瞬間、口にした赤い食材は二人の口の中の痛覚を激しく襲った。
「どく、どく、どく、しむ、しむー!!!」
「ひーっ、ひーっ、口の中にひーっ!!!」
激辛であった。
「あっははははは、弥四郎、孫九郎、ごめんごめん、それは南蛮菓子でなく南蛮辛子であった」
これまでに体験したことの無い辛さで、これまで見た事の無い取り乱し方をする二人を見て、十兵衛は腹を抱えて笑った。
「酷いぞ、十兵衛、辛子と菓子の間違いは無かろう」
「あぁ、がっつり味わってしまった」
ようやく辛さが収まってきた所で、二人は十兵衛への不満を口にするが、その唇は赤く腫れている。
「ぷっ、さっきの突き押しの悪戯のお返しということで!」
十兵衛は二人の口を見て少し吹きこぼしながら言った。悪戯を先に仕掛けたのは自分たちの方とあれば、それ以上の文句も言えない。二人は顔を合わせて苦笑した。
「しかし南蛮人の渡来でこの様な味覚があるということが分かると、料理の世界は多様に変っていくな」
「あぁ、鉄砲でこれから戦のやり方も変っていくしな」
孫九郎と十兵衛は南蛮人の渡来がこの国の食や戦に与える影響を思い描いた。
「料理や戦だけでは無いぞ、あれを見よ」
弥四郎が指差した通りの反対側には商人らしき集団がおり、その中に妙な格好をした者たちが混じっていた。その者たちは背が高くて肌が白く、首には襞がついた物を巻き、布切れを肩から背に羽織っている。
「あれが南蛮人か、私も始めて見た。彼らを連れておるのは堺の商人だな」
孫九郎がそう言うとまた十兵衛の関心が高まった。
「私も話には聞いていたが始めて見た。南蛮人はあの様な、面白い服装をしておるのか?」
まだ京の町でも南蛮人の姿は珍しい。祭りに訪れた観衆も南蛮人の出現を珍しがり、何度も振り向き見返している。彼らの後ろには珍しいもの見たさに子供たちが集まり、わいわいと賑やかに付きまとっている。
「明や朝鮮の者たちは我らとあまり見掛け変らぬのに南蛮人は大分違うな、何か特別な物でも食っておるのかな?」
どの様な違いであの様な違いが生じるのであろう、十兵衛は南蛮人との容姿の違いに対し、食生活などの生活習慣の違いに興味を抱いた。
「どうも噂によると、赤い生き血の様な物を飲んでおるらしいぞ」
「あー、それ私も聞いたことある」
「えっ、そうなのか?」
弥四郎の話に少し恐怖を感じながら十兵衛は南蛮人を見返した。もしかしたら南蛮人は古来の鬼とかの類の者たちではないのか、そう思って彼らの頭に着目した。しかし彼らは皆頭に何やら被り物をしており、角があるのかどうか分からない。
「もう少しあの者たちを観察したい」
十兵衛は自身が抱いた興味のままに彼らに近付いて行こうとした。
「おい、十兵衛、恥ずかしいから付いて行くな」
「子供と一緒だな」
十兵衛は二人にすぐさま止められると、近寄るのを止め彼らが去って行くのを見送った。
「あぁ来た来た、ほらあれ」
するとまた弥四郎が別の方向を指差して、振り向くことを促した。
「何じゃ、あの派手な柄の服を着こんだ集団は?」
「あれは南蛮人ではなく、この国の者たちだよな?」
そこには派手な紫柄の服を着こんだ若者の集団がいた。
「南蛮人によるもう一つの影響はあれだ、あれは恐らく大坂の若者であろう、南蛮の者たちが来る様になってから、一部の若者の間であの様に目立つ派手な色の着物が流行る様になってな、南蛮人の渡来はあの様に流行り着にも影響しておる」
その弥四郎の話を聞くと孫九郎が納得した表情を見せた。
「なるほど若者の間で紫柄が流行っておったのか、それで一時期暴落しておったムラサキの原料が今再び高騰しておるのか?」
「あぁ、その通り、急に需要が増えたからムラサキ草の採取が追い付いていないようだ」
その二人の話を聞いた十兵衛は孫九郎とは逆に納得できない表情を見せた。
「本当かその話は、実はこの間、若狭から近江の海に出る山中で群生しているムラサキを見つけてたくさん馬に積んで来たのだが、その後価格が暴落していると聞いて途中で捨てて来たんだ」
やはり京に持ち込んでおれば良かったと、十兵衛は悔しく思った。
「ははは、残念であったな十兵衛、相場というのは突然変わる物からな」
孫九郎は十兵衛の相場運の無さを笑ったが、弥四郎は真剣な表情をしていた。
「十兵衛、何れにせよ、ムラサキ草は京に持ち込めなかったであろう、あれを見よ」
弥四郎が方向を指差した先には一軒の壊れて潰れた店があった。よく見るとその店の残骸には新しそうな木材が散見でき、集団により破壊された様子が窺える。
「あれは?」
十兵衛は弥四郎に問い掛けた。
「あそこは信州の美味い手打ちそばが安く食える良い店だったのだが、原料が座を通っていなかったのであろうな」
「なるほどそれである日、山法師たちに襲われてあの通りということか」
「あぁ」
十兵衛は京でも座に絡んだ山法師の問題が起きていることを悩ましく思った。よく見ると通りのあちらこちらで同じ様に潰されてる店が目に入る。
「うえっ、うえっ、せっかくうまく商売できておったのに…」
「ひっく、このままじゃ国に帰れないわ、ひっく」
中には今しがたに破壊されたばかりという様な店も見受けられた。
「山法師どもは今京でやりたい放題だな、裏では座商人とグルになって市場を独占しておる、汚ない奴らだ」
孫九郎も憤慨していた。
以前の京では法華宗系が台頭し多くの僧兵が京の町で威勢を張っていた。しかし八年ほど前、対抗する比叡山系を中心とした六万余りの宗徒の襲撃を受け、京の拠点を焼き討ちされるとその勢いを弱め、代わって比叡山系の山法師などの僧兵が威勢を張る様になっていた。
良くみると通りの所々で数人の山法師が周囲を見張っているかの如く屯っている。
今や山法師は座商人と結託して商いを支配しており、その不当な仕組みは他の民衆や農作物の生産者、そして武家までにも害を及ぼす様になっていた。座商人の間では寡占化も進み、その利益が一部に偏る様になっていて、自由な経済競争が無くなると同時に不公平感が高まっていた。
(この世は一部の商人に支配されてきておるのかも知れぬ…)
十兵衛は武家同士の衝突の裏で商人が経済から世を支配しようとしている動きに、何か実体の見えぬ危機感を感じた。
その後、三人が烏丸のくじ改めの場に着いた時であった。
「あぁ、話をすればだな、山法師の奴らあんな所で絡んでおる」
五人ほどの山法師が一台の山鉾を囲って文句を付けていた。
「何じゃい、この山鉾は?」
「この着色原料、座を通ったものでは無かろう」
「勝手に持ち込んでは行かんな」
「そこの飾りの木材も座を通っておらん物だな」
「この山鉾は壊してしまえ」
「やめてくれ!」
「我ら、この日のために作り上げて来たのじゃ」
「後生ですわー」
山法師が関連する座商人と利害が対立している町集団の山鉾なのであろう。如何にも難癖を付けて妨害してきている、という状況であった。
「おい、どうする?」
「うーん、どうするって、どうする、一応我ら警護が目的だけど?」
弥四郎と孫九郎は即座に仲裁に入ることを躊躇った。山法師と絡むとろくなことが無い、最悪の時には謂れの無い話が裏金と共に公家衆に伝わり、そこから幕府への弾劾に及ぶこともある。
「見なかったことにするか?」
「そうだな、それが懸命だな、よし十兵衛行くぞ、いざ反転!」
二人は来た道を戻ろうと十兵衛の方を振り向いた。しかしそこにいる筈の十兵衛の姿が無い。
「ぬしら止めぬか、祭りの邪魔をするでない!」
その時、十兵衛は即座に山法師たちに近付き強い口調で静止を促していた。
「あ゛ー!」
「あ゛ー!」
二人は既に仲裁に入っている十兵衛を見て驚いた。そして案の定、十兵衛の言う事に対して素直に聞き入れる山法師たちでは無い。
「何じゃ、ぬしは?」
「小童役人め、引っ込んでおれ」
「痛い目に会うのは嫌だろう」
「さてこいつぶっ壊すぞ!」
「よっしゃ、せーの!」
「あーれー、やめれ~」
「我らの、やまほこ~」
「御慈悲を~!」
悲痛な周囲の叫び声が上がる中で、一人の山法師が手にする鉄杖でその山鉾を破壊しようとしたその時だった。
山法師の振る舞いを見た十兵衛は瞬時に腰の刀に手を掛けると、一陣の風の如くその刀を振り抜いた。
シュパーン!!!
カラン、カラン
次の瞬間、山法師が振った鉄杖は真っ二つになって先半分が地面に転がり、同時に周囲の者たちを凍り付かせた。祭りの賑わいも演奏の音も止み、緊迫した雰囲気と共に時が止まった様に固まっている。
「じゅ、十兵衛…」
弥四郎と孫九郎の二人もこの後の状況の悪化を恐れて立ち入る事が出来ずにいた。
(まずっ…)
十兵衛は思わず取ってしまった自分の行動で、周囲に気まずい雰囲気が漂っている様子に困惑した。
このままではまた国友の時みたいに山法師との大きな争いに発展してしまう。この祭りが行われているいる中で、その様な事態になるのはさすがに好ましくない。
十兵衛は凍り付いている周りの者たちに咄嗟に笑顔を見せた。
「あらら~、ちょっと素振りしただけなのに鉄杖が真っ二つになってしもうた~、さすがは国友の名刀だな~」
十兵衛は惚けた様子で争う意思が無いことを示していた。その時山法師たちはその十兵衛を横目に見ながらひそひそと内輪話をしていた。
「おい、こ奴?」
「ああ、うわさのやつだな」
「国友で蒼風と渡り合ったって奴か?」
「まずいな、おい、行こうぜ」
「ああ」
国友での山法師との一件は京の山法師たちの間でも噂になっている様であった。その後山法師たちは無言のままその場を立ち去って行った。
「助かりました、おかげさまで山鉾を壊されずにすみました」
「何とお礼を言ってよいやら」
「本当にありがとうございます」
「いやいや」
十兵衛は山鉾を所有する町衆から感謝の言葉を受けた。凍り付いていた場の雰囲気も解け、笛や太鼓の音と共に時も動き出す。その後は何事も無かったかの様に祭りの雰囲気は戻って行った。
「もう、ひやひやしたぞ、十兵衛」
「一歩間違えれば大乱闘だったからな」
「ああ、悪い悪い」
三人は気を取り直して再度祭りを観覧することにした。
しかし十兵衛が烏丸で見せた居合抜きによる鉄杖斬りが本人の知らぬ間に行く先々で噂になっていて、三人の後ろに付いて回る人の数が増していた。
そして三人が五条通りで、幸若舞の演舞を観覧していた時であった。
「あんちゃん、ちょっと居合抜きでこれ斬るの見せてくんろ」
十兵衛は突如背後から鉄の土瓶を持った見知らぬ老人にそう声を掛けられた。
はっ?
振り返るとその老人以外にも、たくさんの民衆がその自分の返答に着目している。その民衆の中には地元の子供らしき者が多く、子供らは先程の南蛮人を見る様な目で自分を見ている。
(烏丸での鉄杖斬りが見世物の様になっている)
十兵衛はいつの間にか自分自身が祭りの見世物の一つとなっていた。目の前の幸若舞の演舞の者たちも、何やら異様な状況を察して十兵衛に着目している。
「おい、弥四郎、孫九郎…」
見た所老人が手にしているのば南部鉄を使った土瓶、さすがに国友の刀でも斬れぬであろう、十兵衛は必死に目で二人に助けを求めた。
「致し方ない、孫九郎あれをやるぞ」
「え、この間の酒宴でやったやつか?」
「そうだ」
「分かった、致し方あるまい」
その二人の会話は十兵衛には何の事か分からない。
(二人は何を始めるのであろう?)
十兵衛がその様子を窺っていると、二人は手を叩きながら民衆の前に並んで出て行き、唐突に話を始めた。
「はいどーも、しろちゃんでーす」
「はいどーも、くろちゃんでーす」
「なぁなぁ、くろちゃん、ちょっと忘れてしもうたことあんけんど、教えとくれる?」
「なんね、しろちゃん?」
「あのさー、昔の話だけど、祇園精舎の鐘の声ってどんな声やったんか覚えとる?」
「あー、確か、ぎおーん、ぎおーんって、こんな声やったと思うよ」
「あー、しょうじゃ、しょうじゃ」
それは二人の宴会小ネタだった。
その小ネタは先程の十兵衛の鉄杖斬りとはまた別の様相を見せながらも、その場を民衆を凍り付かせた。
「今だ、十兵衛!」
「逃げるぞ!」
「あ、あぁ」
民衆と一緒に凍り付きかかっていた十兵衛は二人に連れられ、その場を走って逃げ去った。




