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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第六章 継承 都の統治者(11)

 十兵衛はあちらこちらで宴が盛り上がっている中広場の中を歩き回っていた。


「ははは、何とも美味い酒じゃあ」

「こんな美味い酒はこれまで飲んだことが無い」

「さすが百済寺樽じゃのう」

「こんな酒が飲めるのも十兵衛殿のお陰じゃ」

「お、その十兵衛殿じゃ」

「十兵衛殿、美味い酒、ありがとうございまーす」


 宴の近くを通り掛かる度に皆から笑顔で御礼の言葉を受ける。


(まぁ、皆に喜んでもらえて良かった)


 自分は酒の酔いを楽しむことが出来ず、宴の場はあまり居心地の良いものでは無い。しかし皆に笑顔になってもらうことで、何か自分自身も楽しめる様な気がする。十兵衛は皆の笑顔での御礼の言葉に対して、同様に笑顔を返していた。


 そして広場の端まで来た時だった。


(おや?)


 十兵衛は宴を楽しんでいる様子の無い五人の集団を見つけた。五人は何かを前にして真剣な議論を行っている様に見える。気になって近付いてみると、それは皆見覚えがある者たちであった。


「どうだ、ぬしら?」

「これが分解してみた状態ですか?」

「見た事のない部品ばかりですね」

「この部分は一体どうやって作っておるのだろう?」

「確かに、分からぬな」


 それは兵衛四郎の工場の開発部隊の虎七郎と藤九左衛門の若い弟子たちの五人であった。五人の前には分解された鉄砲が部品ごとに並べられ、虎七郎が四人に部品の説明をしていた。


「へぇ、鉄砲はこの様な構造になっておるのか?」


 十兵衛は分解された鉄砲を見渡しながら五人に声を掛けた。


「おう、十兵衛、宴の立役者、この様な所に来ては皆に拝められぬぞ」


 虎七郎は兵衛四郎と宴で酒を交わしているはずの十兵衛がふと目の前に現れ、思わず冗談を口にした。それに対して十兵衛は苦笑しながら答える。


「よしてください、自分は宴の酒よりこちらの方が気になるし楽しめる」


 その十兵衛の言葉に虎七郎はフッと笑みを浮かべた。


「ぬしもこっち側の人間だな」

「え、こっち側の人間?」


 五人はこの宴の中、酒の乗りに馴染めないという共通する意思で集まっている様であった。


「つまり己の時間は己の興味惹かれるものに使いたい、ということさ」

「そうそう、この鉄砲の構造は色々と勉強になる」

「何か他に応用できそうなところもあるしな」

「こんな面白いものがある中で、酒など飲んでおれぬ」


 藤九左衛門の若い弟子たちも興味津々で鉄砲の部品を覗いていた。十兵衛は彼らの様子を見て確かに自分も皆と酒を飲み交わすより、この様な鉄砲の構造を議論していた方が楽しい様に思った。


「なるほど、確かにそうだ、自分もこっち側の人間だな」

「そうであろう」

「ははははは」


 十兵衛の言葉に五人は笑顔を見せた。


「それで十兵衛、我らどうやったらこの鉄砲を複製できるか考えておったのだが、一つこの製作の手法で分からぬ所がある」


 そう言って虎七郎は分解した銃身を十兵衛に差し出した。


「この銃身の一方の内側を見てくれ、螺旋状に溝が掘られておるであろう、鉄砲はここにこの外側に螺旋状の溝が掘られた部品がはまり、銃身の一方を塞ぐ構造になっておる」


 十兵衛は虎七郎の説明を聞いてその部品のはまり具合を確かめてみた。


 確かにこの銃身の構造であれば、鉄砲の発射に十分耐えうる強度が得られると同時に、部品を外すことで鉄筒の中に溜まる火薬の燃えかすなどの清掃などの保全が行いやすくなる様に思う。


「良く考えられたものだ」


 十兵衛は鉄砲の機能と共にその保全方法までうまく考えられた構造に感心した。虎七郎は続けて十兵衛に一本の鉄筒を手渡した。


「これは今銃身に一番近い形状の物として、助太夫殿の所から拝借して来た鉄筒だが、どうやったらこの内側にこの様な螺旋状の溝を付けられるのかが分からぬので皆で考えておったのじゃ」


 それは鉄砲製作の上で必要不可欠な要素技術課題であった。四人の藤九左衛門の弟子たちは思い付く所で案を出した。


「溝が付いた型を起こせば良いのではないか?」

「いや、この様な細かい溝を精度良く作り込むのは難しいであろう」

「やはり切削しかないと思う」

「しかしこの筒の奥に向かってどうやって溝を作り込むのだ」


 良好な改善策は見出せない。そこで十兵衛も一緒になって考えてみた。


「細い先の曲がったのみとかで作れないのか?」


 しかし案を出して見たものの、それに対する皆の反応はあまり良くない。


「この狭い筒に入る先の曲がったのみとなると、先ずのみの強度が厳しいと思う」

「あぁ、使用に耐えうるのみを作るという所の課題が大きい」


「そうか、難しいな」


 それを聞いて十兵衛ものみでの製作は難易度が非常に高い手法と思った。 


(一体この内側の溝はどうやって掘られているのであろう)


 現実に作られた物が目の前にある以上、そこには何らかの工法が存在しているのは間違い無い。


 周囲で宴が繰り広げられている中、六人はあれこれと議論を続けた。しかし暫くするとその議論も行き詰り、下火となっていく。


「だめだ、良き案が浮かばぬなぁ~」

「こりゃ、お手上げだな」

「一度早めに師匠に見てもらった方が良いかも知れぬ」

「そうだな、師匠だったら何か良い案が出せるかも知れぬからな」


 藤九左衛門の四人の弟子たちは工法の発案に向けた思考に限界を感じていた。


「これまで知られておらぬ工法なのであろうか」

「いや、それほど難しい工法とも思えぬのだが」


 十兵衛と虎七郎も良き工法が浮かばずにいた。


 すると何処かの宴の場から一人の男が千鳥足で近付いて来た。


うぃ~


 完全に泥酔しているその男は迷い込む様にして皆の議論している場の中に入り込むと、虎七郎に呂律が回らない口調で話し掛けて来た。


「あんや、とらちゃん、なにやっとんねん、こんなとこで、ここ酒ないやん」


(おや、この者は確か?)


 十兵衛はその男にも見覚えがあった。それは兵衛四郎の工場の喜八郎だった。


 山法師との戦いの時に百済寺樽を飲み漁っていた喜八郎は国友に戻って来てからも飲み続け、泥酔した状態が続いていた。そんな喜八郎に虎七郎は不快感を覚えた。


「出たな、一番こっち側の人間では無い奴、今、我らは鉄砲の製作でこの鉄筒の内側にどうやって螺旋の溝を掘るのかを考えておるのだ、邪魔するなよ」


 虎七郎は泥酔状態の喜八郎を対局の存在として(いぶか)しく思いながら、鉄砲の構造解析を進めている自分たちの邪魔にならぬ様にと忠告した。


「うちがわに~、みぞほるってかぁ」


 しかし泥酔している喜八郎には虎七郎の忠告は理解できない。


「こんなもん、この刀でちょちょいのちょいやぁ」


 そう言って喜八郎は虎七郎から強引に鉄筒を奪い取ると、何処からか取り出した自身の刀の先で無造作に鉄筒をほじくり回した。


「こらこら喜八郎、やめんか、そんなんで溝が掘れる訳が無かろう」


 虎七郎はその喜八郎の行いを酔った上での戯れと呆れた。すると喜八郎はおもむろに立ち上がり、鉄筒を虎七郎に返すと、ふらふらと林の方に向かって歩き出した。


「あ~、小便したいのわすれておったぁ」


 そう言って喜八郎はよろよろと近くの林の中へと入り込んで行った。


「まったく、喜八郎の酒癖の悪さはどうしようもないな」


 そう言って呆れ顔を見せた虎七郎であったが、手渡された鉄筒を見て、その表情を一変させた。


「で、できておる…」


 喜八郎が刃先を押し込んだ鉄筒の一方の内側には見事な螺旋状の溝が形成されていた。


「えぇ、どれどれ!」

「おおっ、本当だ!」

「溝ができておる!」

「どういうことだ!」


 藤九左衛門の弟子たちもその溝を見て驚いた。普通に考えて刀の刃先でその様な溝が作れるとは思えない。


(まさか…)


 十兵衛は喜八郎の刀を確認した。それは山法師との戦いの時に自身が借りていた刀であった。


「要因はこれだ、この先端の欠けた刃先の刀、喜八郎殿はこれを上手く回しながら押し込むことで鉄筒の内側に螺旋状の溝が作れたのだ」


 十兵衛が喜八郎の刀を見せると皆がその刃先に目を着目した。


「なるほど、これが要因ということか!」

「うまい具合に欠けているものだな」

「あぁ、確かにこれであれば鉄筒の内側に溝が作れる」

「まぁ、実際に作る時はもう少し改良が必要そうだが、」

「うむ、専用の工具を作ればできるという要素技術の実証にはなる」


 皆が原理的な要素技術としてこの結果に納得している中で、十兵衛は少しばつが悪そうな思いで皆に言った。


「実はこの刀、山法師との戦いの時に自分が喜八郎殿から借りていたもので、この刃先の欠けは私が戦いで付けてしまったものだと思う、この様な所でこの欠け具合が役に立つとは」


 それを聞いて皆が声を上げて笑った。


「ははは、さすがは十兵衛殿」

「ははは、山法師との戦いの最中にそこまで機転を回していたとは」

「ははは、つまりは山法師と戦いながら、鉄砲製作の工法への手掛かりを仕込んでいたということですか」

「ははは、もう常人技ではないな」

「ははは、我らも拝んだ方が良さそうだな」


「いや、偶然ですよ、本当に」

「ははは」


 皆が鉄筒の内側に出来た溝を見て、鉄砲を作り上げる工法の確立を確信した。


「溝の付いた工具だな」

「うむ、それを押し当てながら回せば鉄筒の内側に螺旋の溝が掘ることができる」

「その様な工具の製作は我らの得意とするところ」

「そうだな」


 四人の若い弟子たちはこれまで工具の製作についてはある程度その腕に自信を持っている様であった。


「あとはその工具に用いる材料か」


 虎七郎が問い掛けた。工具には鉄筒よりも固い材料が求められる。それについては十兵衛に心当たりがあった。


「善兵衛殿の所に届いておる、たたら鉄であれば作れるかも知れぬ」

「たたら鉄か、それは良い」

「硬度としては十分だな」

「分けてもらったら我ら早速工具の製作に取り掛かってみます」


 たたら鉄で鉄筒の内側に溝を掘る専用工具を作る。鉄砲製作で一番の課題となっていた所の要素技術開発が整い、皆の中で製作に向けての方針が固まった様に思えた。


「よし鉄砲製作の方針について、他の皆には明日報告しよう」


 工場で開発を請け負う虎七郎は鉄砲製作に自信を見せる様になっていた。


 製作への方針が固まった以上、後は報告を行いながら実行あるのみ、六人は宴に酔う他の者たちとは異なる高揚感を感じていた。


(これで大丈夫、後は国友の皆がやってくれる…)


 ここまで鉄砲製作の体制と方針が整えば、後は自分が居らずとも勝手に進捗していく。十兵衛は鉄砲製作の依頼という任務の完了を感じる様になっていた。


 するとその時であった。


「十兵衛さま、こんな所にいたのですかー」

「十兵衛、酒だ、早う宴に戻るぞ」

「立役者がおらぬで、宴が引き締まらぬ」

「さあさあ、宴はまだまだこれからじゃあ」

「飲むぞ~!」


 なかなか宴に戻って来ない十兵衛を捜索していた兵衛四郎らはその姿見つけると、神輿に乗せた様な姿にして浚って行った。


「いや、兵衛四郎殿、もう酒は十分にて…」


 小さく抵抗する十兵衛であったがその言葉は聞き入れてもらえていない。


「十兵衛殿が通られるぞー、皆の衆、崇めよー」


 十兵衛は本人の意思を余所に何処かの宗教の神仏の様な状態で連れて行かれていた。


 その姿を見ながら虎七郎は思った。


(十兵衛、ぬしはこっち側の人間だが、こっち側だけに留まることを許されぬ人間の様だ…、養生せよ)


 虎七郎は何か十兵衛の将来を気遣っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 明くる日、十兵衛は管領細川晴元の一行と共に国友からの帰途に就いていた。


「十兵衛、昨夜はよく覚えておらぬのだが、鉄砲製作は国友の鍵となる工人たちが集まり、製作の方針も固まり、順調に製作が遂行できそうだとのこと、ぬしのお陰じゃな」


 十兵衛に話し掛ける晴元は一夜明けて、また管領としての威厳を誇った姿に戻っていた。そして逆に十兵衛は昨夜の宴で二日酔いとなり、頭痛でその足取りが重くなっている。


「いえ、恐らく自分一人では何もできなかったでしょう。此度の鉄砲製作という課題は山法師との戦いを含め、多くの人と関わり、知恵や協力を得ることで対応出来る様になったのだと思います、皆のお陰です」


 十兵衛の謙虚な態度に晴元は笑みを浮かべた。


「ははは、なるほど、皆のお陰か、だがこれで観音寺の義父上には良い報告ができるというもの、先ずはめでたしめでたしじゃ」


 晴元が口にした観音寺の義父、十兵衛にとっては祖父である六角定頼、十兵衛はこの時、この祖父から宿題を受けていたことを思い出した。


(十兵衛、ぬしだったらこの観音寺の町をどうやって大きくするか?)


 この祖父を納得させられそうな答えは未だ浮かばない。しかし今回の国友での鉄砲製作の依頼で得たことがある。


(事を成すためには人集めが必要、ただどの様な人が鍵になるかは分からず、今回の喜八郎殿の様に意外な人が鍵になることがある、さすれば人集めは多種多様に行うことが必要、大事であればあるほど人集め、町を大きくするのも世を作るのも人集めが必要だ、問題はどうやって人を集めるかか…)


 十兵衛は祖父の問い掛けに対する答えに一歩近付いていると思った。しかし、まだまだ祖父の考えには達することができていない。この時の十兵衛の表情に笑顔は無かった。


 晴元はそんな十兵衛の表情が気になっていた。国友で良き働きを見せた十兵衛がその帰路で厳しい表情を見せ続けている。晴元は何か自分の出来ることで十兵衛を笑顔をしたいと思った。


「そうだ十兵衛、ぬし一緒にこのまま京の都に来てくれ、京ではこの後祇園祭が行われ将軍様も桟敷で見物される御予定になっておる、共に見物しようではないか、是非ぬしをその場で将軍様に紹介したい」


「えぇ、本当ですか晴元様、ありがとうございます!」


 祇園祭の話を聞いた十兵衛は晴元の期待通りの笑顔を見せた。


 将軍へ直接の拝謁、それは若い十兵衛にとって大変名誉なことであった。そして自分が好きな場の都で、祇園祭を将軍と同じ桟敷から見物するという事にも強い興味を抱いた。


(都の祇園祭、楽しみだ!)


 十兵衛の頭の中ではその時早くも祇園祭と共に、華やかな都のたくさんの人や物の流れ、楽し気な人の様子が広がりを見せていた。その光景の中でいつしか二日酔いの頭痛は消え失せ、足取りも軽くなっていた。


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