第六章 継承 都の統治者(7)
兵衛四郎は工場の仲間の五人と共に草むらの中から一軒の小屋を覗いていた。
「あの小屋か?」
「あぁ、間違いない」
「確かにあの小屋に仏僧の出入りは不自然だ」
「よく見つけたな」
「我らが情報戦略部隊は超一流だからな」
開発部隊の虎七郎が笑って見せた。全ての部隊が考えていち早く行動し一流の仕事をする。それが工場を取り仕切る兵衛四郎の方針であった。
その小屋は朝妻湊に近い湖畔の背の高い雑草が生い茂る草むらの中にあった。この場所は人通りのある北國街道沿いにも近く利便性が高い場所にあるが、周囲の目からは草木によって隔絶されている。
虎七郎の開発部隊の中にある情報戦略部門は周囲の農家からの情報として、近隣に寺も無いのに僧衣を纏った者が時折集団で出没することを突き止めていた。僧衣を纏った者たちは周囲を窺いながら、ある一転から草むらの中へと消えていくらしい。その草むらの中に小屋はあった。
「ここは金板を奪った者たちの隠れ小屋になっている可能性が高い」
ここまでの調査内容から兵衛四郎はそう推定していた。
「よし、突入するぞ!」
「おう!」
兵衛四郎と各部隊の担当五人は突入を決意すると密かに小屋を囲い、合図と共に一斉に突入した。
小屋の中には留守居と思われる二人の山法師がいたが、兵衛四郎らは彼らに抵抗の機を与えず瞬時に叩き伏せた。そして小屋の中を見渡すと、そこには仏像や陶器、貨幣、砂金など価値のありそうな様々な物が並べられているのが目に入った。それらは如何にも盗難品や強奪品である様に見えた。
「かなりの数だ」
「これはかなりの組織的な者たちの仕業だな」
「うむ」
この隠し小屋は強奪を担当する者たちが輸送を担当する者たちに受け渡しを行うための場所、瞬時にそう思った兵衛四郎は数人規模の盗賊ではなく、背後に大掛かりな組織を持つ者たちの仕業であることを予想した。
「取り敢えず我らの金板を探そう」
「おう」
兵衛四郎らは二人ずつ三組に分かれて小屋の中を捜索することにした。
「親方!」
暫くすると、虎七郎が喜八郎を抱えて戻って来た。兵衛四郎と治五郎が振り向くと喜八郎は虎七郎に抱え込まれぐったりとしている。
「どうした敵にやられたのか!」
兵衛四郎は喜八郎が隠れていた敵と遭遇してやられたと思った。もしそうなら直ぐに金板の捜索を中止して臨戦態勢を取らなければならない。しかし何か様子がおかしい。そして二人が近寄って来るに従って酒臭さが漂って来る。
虎七郎が答えた。
「こいつ隣りの部屋においてあった酒樽の中身を確認するとかで、ぐいぐい飲んじまって」
「……」
絶句する兵衛四郎に一緒にいた治五郎が言った。
「まぁ、喜八郎は無類の酒好きだからな」
すると喜八郎が飲みつぶれた表情を見せながら言った。
「おやぶん、注意してくらさい、やばいっす、樽の中は百済寺樽のさいこう酒っす、とまらなくなるっす、きけんっす」
「危険なのはおまえだけだろう……」
物凄い酒臭い匂いを漂わせる喜八郎を見ながら三人が思った。
「親方!」
探索を続けていた兵衛四郎は再び自分を呼ぶ声に振り向いた。別の部屋の探索を行っていた徳二郎と勘三郎が強奪された箱を見つけて運んで来た。
「おお、それだ!」
治五郎が箱を見て直ぐに反応し声を上げた。
箱を開けてみると、奪われた金板がそのまま残っているのが確認できた。
「よし、撤収するぞ!」
兵衛四郎は皆に即座に小屋から離れることを伝えた。相手の規模は自分たちが考えるより大きい。仕返しを試みて返り討ちになる懸念もあれば、金板を奪還したここで早々に退くのが賢明と考えた。
兵衛四郎らは金板の入った箱を持って小屋を後にすると、人通りのある北國街道へと戻った。一安心と思ったその直後、五人の山法師姿の者たちが自分たちの方に近付いて来るのが見えた。五人は日差しが厳しい暑さの中、頭巾で顔を隠し怪しげな気を発している。
「親方、二人を襲ったのはあいつらだ」
山法師たちの中に一人特徴的な長身の者がいる。若衆の二人からそう聞いていた治五郎が囁いた。するとその直後、隠し小屋に通じる草むらの入口から自分たちが出て来た所を見られたのか、それとも自分たちが運んでいる箱を見て奪還されたと思ったのか、五人の山法師は無言のまま手にした鉄杖を振りかざして自分たちの方に走り寄って来た。
「迎え撃つぞ!」
「おう!」
金板の入った箱を持って逃げ切れるとは思えない。兵衛四郎は人通りのある街道で自身で製作した大太刀を引き抜くと、他の者たちと共に臨戦態勢に入った。一人の山法師が鉄杖で兵衛四郎に襲い掛かる。その瞬間、兵衛四郎の脳裏に命懸けで守ろうとした二人の姿が過り、怒りが込み上げて来る。
「この腐れ山法師が!」
ズシャーン!
兵衛四郎はその怒りを爆発させた一撃を炸裂させた。その一撃は相手の鉄杖を真っ二つに切り裂くと共にその山法師を側面の草むらへと吹っ飛ばした。自前の大太刀は伊達では無い。その一撃を見た他の山法師たちは手前で足を止めた。
「おぉ、何だ、何が始まったんや?」
「こりゃ、珍しい対決やな」
周囲にいた街道の通行人はとばっちりを食わぬ様にと距離を取りながらも、見慣れぬ鍛冶職人対山法師の戦いに興味を抱き見物を始めていた。
「あの者は拙僧がやる、皆は他の者たちをやってくれ」
「分かった、随風」
長身の山法師は兵衛四郎の一撃を見ると、他の三人の前に出て兵衛四郎に対峙した。そして対決の構えを見せると同時に兵衛四郎の頭上に鉄杖を振り下ろしてきた。
「これは斬れぬ……」
先程の山法師の鉄杖に比べて太く、色みから見て純度が高く硬度も高い、瞬時にそう判断した兵衛四郎は咄嗟に斬れぬと判断した。
ガキーン
兵衛四郎は辛うじてこの一撃を刀の峰で受けて防いだ。その衝撃が両腕に広がる。
「こ奴は単なる腐れ山法師ではないな!」
兵衛四郎は相手の視線を受けながらその戦闘力の高さを感じていた。するとその視線の先の長身の山法師が呟いた。
「貴様、単なる鍛冶職人では無いな?」
この相手の言葉に兵衛四郎はフッと薄笑みを浮かべた。
相手も同じ様に自分のことを普通ではないと言う。妙な所で共感するものだ、と思いながら可笑しさを感じた。しかし世に対してやっている事は決定的に異なる。
「自分で作った大太刀を自分で使いこなすのが性分!」
兵衛四郎はそう言って相手を振り払うと、街道の見物人の前で高らかに声を上げた。
「貴様は僧職に身を置きながら、人を傷付けて物を奪う、腐れ外道だ、それで良いのか?」
この兵衛四郎の言葉に見物人から一斉に賛同の声を拍手が沸き起こった。その四面楚歌の状況の中で長身の山法師は薄笑みを溢しながら呟いた。
「心配は無用、我らは宗の発展とお釈迦様には十分な寄進をしておる」
そう言って鉄杖の先にある留め金を外し先端に設けられた蓋を取り外すと、再び鉄杖を振りかざして兵衛四郎に迫った。
「これを弾き返して、相手の懐に一太刀……」
兵衛四郎は次の相手の攻撃を想定しながら、再び太刀の峰を使って相手の鉄杖を弾き返そうとした。しかし次の瞬間、相手が振り翳す鉄杖の先から、先程には無かった刃が突き出しているのが目に入った。
「何!」
直感的に峰で受けるのは好ましくないと思った兵衛四郎は横に避けたが、鉄杖の先端に仕込まれた刃が変則的な動きで肩口をかすめてきた。
「くっ!」
血しぶきと共に痛みが走る。しかしそれを考える間もなく、次の一撃が左から水平に迫る。兵衛四郎は後方に飛び跳ねて躱そうとしたが、またもや変則的に杖の先端から出て来た刃が腕をかすめ、咄嗟に手にしていた大太刀を落としてしまった。
「間に合え!」
兵衛四郎は傷付いた腕で必死に太刀を掴み直し、相手の次の一撃に備えようとした。
「観自在菩薩……」
しかしその時、長身の山法師は既に勝利を確信して、経を唱えながら兵衛四郎に徹杖を振り落としている所であった。
「親方ぁ!」
「親方ぁ!」
兵衛四郎の窮地に工場の皆が叫んだ。しかし他の皆は残りの二人の山法師を相手にしており、その声は届いても助けとなる手が届かない。
しかしその場で唯一手の届く者がいた。
「助太刀致す!」
ガキーン!
その声と共に現れた男は渾身の力で自身の太刀を折りながらも、長身の山法師の鉄杖を弾き返した。
「ぬしは?」
兵衛四郎は自分を助けた男の顔を見て驚いた。それは先程鉄砲の製作を依頼をしてきた幕府の若者であった。この男には先程二人の若衆をその医療技術で手当してもらった借りがある。
「確か明智十兵衛とか申した、何て男だ、借りが増えた……」
今の太刀筋からは相当の修練度が感じられる。十兵衛は医療だけでなく武芸にも秀でている。恐らく幕府の役人としても高い能力を持っているのであろう。兵衛四郎には信じ難い存在であった。
「親方、助かった、良かった」
「あ奴は誰じゃ?」
「あれ、先程若衆の治療をしていた先生じゃないか?」
「そうだ、あの若先生だ、何て先生だ!」
工場の皆も兵衛四郎が助かったことに安堵しつつ、加勢したのが先程若衆の治療を行っていた十兵衛であることに驚いていた。
「これを使え!」
虎七郎が十兵衛の折れた太刀を見て、喜八郎が持っていた太刀を手渡した。兵衛四郎は山法師たちのことを忘れて暫しぼうっと十兵衛を見ていた。十兵衛は長身の山法師の男への構えを見せながら兵衛四郎に声を掛けた。
「御身には他にやってもらいたきことがある」
それが鉄砲製作のことであることは容易に想像できる。その言葉を聞いた兵衛四郎はフッと笑顔を見せながら山法師の男を見据えた。
「それではさっさとここは片づけねばな」
二人は長身の山法師の男に向かって並んで対峙した。長身の山法師は二人が相手となると攻撃と防御の両方の構えが必要となり、思い切った一撃が繰り出し難くなっていた。一方で他の三人の山法師も四人の職人たちの攻守連携した構えに翻弄されて膠着した状態が続き、中々優劣が定まらない状況となる中で、陽が沈み始めていた。
「時間が無い、一気にケリをつけるぞ」
長身の山法師は近くの朝妻湊に一艘の舟が着く所を目にして他の山法師に声を上げた。
山法師たちは小屋に集めた宝物をこの夜陰に紛れて運び出すつもりでいた。湊に舟が到着し、運び出しを急ぎたい山法師らは一気に決着を付けるべく、兵衛四郎たちに目掛けて突進してきた。
「気を付けろ、あ奴の鉄杖には細工が施されておる!」
「心得た!」
長身の山法師が先ず狙いを十兵衛に合わせて迫り、水平に鉄杖を横に振ってくる。寸での所で躱そうとした所に鉄杖の先端より鎖で繋がれた隠し刃が飛び出してくる。十兵衛は太刀でその隠し刃を弾くと、続けて振り下ろされた鉄杖の一撃を横に躱した。
ドガッ
鉄杖の先端が地面を抉る。
「なるほど、これやっかいだ、となれば……」
再び鉄杖が十兵衛の頭上に振り下ろされる。しかし今度はその鉄杖の先端から隠し刃が飛び出している。
「そこだ!」
十兵衛は鉄杖の先端を突いた。
ガキーン!
凄まじい音と同時に鉄杖から零れた刃が外れて地面に刺さった。十兵衛が放った一突きは自身の刃先を欠けさせながらも、相手の鉄杖と隠し刃を繋げていた鎖を破壊していた。
「これで変則的な刃使いは出来ぬであろう」
十兵衛は相手の攻撃の一つを封じたと思った。長身の山法師は無言で十兵衛を睨んでいた。
一方で他の職人の四人は少し離れた場所で山法師の三人の突進を受けていた。四人は一本の木を盾にすると互いに声を掛け合った。
「虎七郎!」
「おう!」
虎七郎は徳二郎に声を掛けられると背後から盾になっている木に登り、三人に向かって白く丸い固まりを投げ付けた。
パーン!
その固まりが一人の体に命中すると山法師の三人は白い粉に包まれると同時に、その動きを止めた。それは虎七郎が開発した顔料の粉であった。
ブホッ、ブホッ
その粉は肌理が細かく目に侵入しては視覚を塞ぎ、鼻に侵入しては呼吸器を侵した。三人の山法師は思わぬ攻撃に混乱し、やみくもに鉄杖を振り回して暴れては互いを打ち合っていた。
「勘三郎!」
「おう!」
次に虎七郎に声を掛けられた勘三郎は持っていた袋から縄を掴むと、分銅が付いた一端を三人の山法師の方に投げ付けて叫んだ。
「治五郎!」
「おう!」
勘三郎の投げた縄は山法師の横を飛び抜けると、その先を走り込んでいた治五郎が掴み取った。治五郎はその縄を掴んだまま健脚を活かして山法師たちの周り、あっという間に数十週走り回った。
「徳二郎!」
「おう!」
治五郎から合図を受けた徳二郎はその自慢の力で縄を引き寄せた。既に鉄杖で互いに打ち合い縄に絡み取られた三人の山法師は力を失い背後の木へと引き寄せられていく。そして勘三郎、治五郎、虎七郎の三人も加わると山法師たちは木にぐるぐる巻きの状態で縛り上げられた。
「おお、職人さんたちの勝利だ!」
「凄い、凄い、一網打尽だね」
沿道の見物人から大きな歓声が上がった。
「一丁上がりだ!」
徳二郎、勘三郎、治五郎、虎七郎の四人は連携が功を奏し、うまく相手の動きを封じ込む事ができたことを喜んだ。
十兵衛は目の前の長身の山法師の動きを牽制しながら、彼らの様子を見ていた。この山法師たちは特殊な戦闘訓練を受けており、普通に戦っていては勝てない様に思う。職人たちの勝利は普通では無い連携によるものと考えるとこの結果は興味深いものであった。
その意外性の高い結果に、十兵衛は長身の山法師と対峙しながら笑みを溢した。それは何か非常に大事なことの様に思えた。
一方の戦闘を終えた職人たちが加わり、一人残った長身の山法師を囲った。
その山法師は先程から変わらず十兵衛に睨みを利かせている。既に手にする鉄杖の隠し刃は破壊され、他の仲間の四人は捕らわれた状態となっている。しかしここで身を退き、方々で集めた宝物を失うことが口惜しいのであろう。長身の山法師は一人戦闘の意思を持ち続けている様子だった。
「ぬしは一人だ、もう負けを認めよ!」
十兵衛は降伏を勧告した。
長身の山法師はその目を一度湊の方に向けた。そして頭を俯かせると、観念したのか手にしていた鉄杖を十兵衛の方に放り投げた。十兵衛はすかさずその鉄杖を抑えようと手を伸ばした。しかし、その一瞬の十兵衛の隙を見た長身の山法師の目が光る。
「危ない、十兵衛!」
「何!?」
長身の山法師は十兵衛に飛び掛かり、一瞬にして鉄杖を奪うと、そのまま十兵衛の頭上目掛けて鉄杖を振り下ろしてきた。
「ぬしは邪魔だ!」
湊には搬送の者たちが続々と上陸しこちらに向かっているのが見えた。もう少し時間を稼ぐことが出来れば形勢を逆転させて、宝物を運び出すことができる。そのためには先ずこの男の戦闘力を削いでおかなければならない。
それは長身の山法師のここ一番の一撃だった。それに対して十兵衛は相手は戦闘の意思を失くしたと思い込み、受け身の体勢も遅れを取っている。
「まずい、やられる!」
十兵衛の目の前に鉄杖が迫った時だった。
バシーン!
次の瞬間、自分の直ぐ横を吹き抜ける一陣の風と共に、目の前に迫った鉄杖が消え去り、長身の山法師が吹き飛ばされていた。
「何だ?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。それは弓の名手が放った矢筋だと思ったが、この場にその様な矢を放つ武者はいない。改めて十兵衛が周囲に身構えると夕陽の中から武装した武者の一団がこちらに向かって来るのが見えた。
「おーい、十兵衛、大丈夫か?」
一団を率いて来た馬上の男が問い掛けた。それは管領の細川晴元であった。
「細川様!」
十兵衛はその軍勢の登場に驚いた。
晴元のこの場への到着は恐らく工場の受付の女子の連絡によるものであろう。しかしその軍勢は自分が一緒に来た者たちとは異なり、実戦的な誇らしい武者たちに変わっている。戦闘力が高い長身の山法師であっても、これはもはやどうにも出来ぬと思う。
ふと十兵衛は遠くからの視線を感じた。
振り返ると朝妻湊から出て行く一艘の舟上に、長身の山法師が自分に向かって先程と同様の睨みを利かせているのが見えた。
「盗品と仲間を見捨てて行ったか?」
この軍勢の来援を見て、ようやく盗品の回収を諦め、退いた様であった。十兵衛は長身の山法師が退いたのを確認すると、ようやく太刀を納めて晴元の方に顔を向けた。
「細川様、ありがとうございました、おかげで助かりました、ところで、こちらの軍勢は?」
自分が共にした以前の一行とは明らかに異なる。十兵衛は不思議に思いながらさっそくこの軍勢のことを晴元に訊ねた。
「ははは、これは今この辺を領有しておるこの新九郎の軍勢じゃ、ちょうど国友に参ってのぉ」
そう言って晴元は自身の横に立つ若い武将を紹介した。
男は北近江で京極家から独立した浅井亮政の嫡男の浅井新九郎であった。亮政存命の時は完全な独立勢力の様相を見せていた浅井家であったが、前年の亮政の急死に伴なって家臣団が分裂し、今は晴元の義父である六角定頼に臣従する様になっていた。
「この男が浅井新九郎か……」
年は自分の二歳上と聞いている。北近江に覇を唱えた亮政の後継ぎとしては何か頼りなさそうに見えるが、実はその様に演じている様にも思える。それは突然の継承に苦労している所以なのかも知れない。
「浅井殿、来援助かりました、ありがとうございます」
十兵衛は新九郎の人柄の様子を窺いながら礼を述べた。すると新九郎は少し困った様な顔をして言った。
「十兵衛、儂は何もしておらぬ、ぬしが幸運なだけの様だ、ぬしを救ったのはたまたま国友に用向きで来られていたあちらの方が放った矢だからな」
そう言って新九郎は軍勢の端にいる大層な弓を手にしている男を紹介した。
「あちらはあの有名な橋本一巴殿だ」
「え、あの!?」
それは尾張の弓の名手として、近隣諸国にまで名を馳せていた男の名であった。
「そうか、それであの矢筋、納得した、一巴殿、お助け頂きありがとうございました」
十兵衛は目の前の一巴の放った矢を想像しながら、耳元を通り抜けた凄まじい風切り音を思い起こした。
すると一巴は十兵衛に笑顔を見せながら話し掛けた。
「ははは、いや、十兵衛とやら、ぬしに当たらんで良かった、一、二割の確率で、もしかしたら当たるかもなぁと思って放っておったのじゃ」
その一巴の話を聞いて十兵衛は顔を青ざめさせた。もしかしたら凄まじい一巴の矢を受けた挙句、敵の山法師の鉄杖の一撃も喰らっていたかも知れない。想像してぞっとした。
そんな十兵衛の様子を見てまた一巴は笑っていた。一巴は冗談も好きな様であった。
一巴が十兵衛を相手に話し込む一方で、新九郎は兵衛四郎らに話し掛けていた。
「皆の衆、無事で何よりだ、最近この周辺にて山法師によると見られる盗難や強奪の被害の訴えが相次いで届いており、警戒しておったのだ」
それを聞いた兵衛四郎が新九郎に伝えた。
「浅井様、我らその山法師の連中、何人か木に縛り付けて捕まえましたよ、それに奴らの盗品を保管した隠し小屋を見つけたので案内致します」
それを聞いて新九郎は驚きの表情を見せた。
「おぉ、ぬしら奴らの隠れ場所を発見していたのか、それは大手柄じゃ、盗品、強奪品に関しては我らが一度接収して被害にあった者たちに返すとしよう、それに捕まえた者たちは、あれか?」
新九郎は山法師を縛り上げた木に近寄りその者たちを確認した。
「確かに、四人の山法師を捕えておる、良くやった、こ奴らは連れて行って尋問するとしよう」
その新九郎の言葉に皆が首を捻った。
「え、四人?」
皆で木の周りに集まり、ぐるぐる巻きにされている山法師を確認すると確かに四人いる。
「三人だった気がしたが、四人であったか?」
「一人最初に親方が吹っ飛ばした奴が入っているだろう」
「そうかも知れぬな」
木に縛り上げられら四人は縄でぐるぐる巻きにされていてその表情を確認できない。しかし良く見ると、一人何か山法師でない感じの者がいる。
「おい、こいつは山法師じゃないぞ!」
「これ喜八郎じゃないか!」
「本当だ、喜八郎が混じっておる!」
「いつの間に紛れ込んだんだ、面倒な奴じゃ!」
縛り上げられていた内の一人は何と隠し小屋にあった酒を飲んで酔いつぶれていた喜八郎だった。喜八郎は山法師の戦闘の最中に泥酔状態でフラフラと現れ、山法師たちと一緒に縛り上げられた様であった。
「機能していない者もいたのか……」
十兵衛は先程の絶妙な連携を見せていた職人たちの中で、機能していない者がいたことに首を捻った。そして喜八郎の縄が解かれると、十兵衛はそっと借りていた刀を返した。喜八郎はいい気分ですっかり眠り込んでいた。
兵衛四郎はその喜八郎の様子を見ながら、申し訳なさそうに新九郎に伝えた。
「浅井様、小屋にあった盗品のことなのだが、実は百済寺樽がありましてね、申し訳ないのだが、あの通り喜八郎が少し開けて飲んでしまっておる」
それを聞いた新九郎はフッと笑顔を見せて応えた。
「構わぬ、百済寺からは再発防止に向けた取り締まり強化という依頼は受けておるが、盗品はもう売れぬから処分して良いそうだ、今回の褒美にぬしら持って行って良いぞ、国友で飲み交わすが良い」
それを聞いて皆が歓喜の声を上げた。
「浅井殿、それはありがたい、実は儂も何やら酒が飲みたいと思うていた所だったのじゃ」
「やったぁ、酒じゃ、百済寺樽だぁ」
「よぉし気合入れて運ぶぞー」
「おう!」
「おい、治五郎、金板の箱を忘れておる」
「あー、いかん、忘れておった」
「しっかりせいやー」
「ははは」
兵衛四郎たちは新九郎の軍勢に山法師の隠し小屋を案内し、酒樽をもらい受けると、斜陽が反射する湖面を横手に意気揚々と国友への帰途についた。
「もう陽が沈むか……」
金板を奪還し、百済寺樽最高酒の戦利品、帰路の途中、皆が笑顔を見せている中で、十兵衛は一人浮かぬ顔をしていた。今日という日を皆は酒を酌み交わし労をねぎらい終わりにしようとしている。あまり酒の飲めない自分は皆で酒を囲って騒ぐことは好きでは無い。そして鉄砲製作の話が進まぬ中、このまま今日を終わらせる気になれない。この様な状況で再び話題にするのもどうかと思うが、やはり自分の立場として、一番重要視していることを前に進めなければならないと思う。
「兵衛四郎殿!」
十兵衛は兵衛四郎に声を掛けた。すると兵衛四郎はこれまでにない笑顔を見せてきた。
「十兵衛、鉄砲製作についてだが、是非とも我らにやらせてくれ、ぬしは我ら若衆の二人の治療を行い、金板を奪還する我らの窮地をも救ってくれた、ぬしは今やもう我らの大事な仲間だ、ぬしの要望は是非とも適えたい」
それはこれまでとは全く逆の言葉であった。兵衛四郎は何よりも仲間を大切にする。十兵衛は自分がその中に入ったということが何よりもうれしかった。
「かたじけない、兵衛四郎殿」
十兵衛は兵衛四郎に頭を下げた。そして再び頭を上げた時、十兵衛も皆と同じ様な笑顔を見せていた。
「十兵衛、我らに任せろ!」
「我らに作れぬ物は無い!」
「あぁ 最高の鉄砲作っちゃるけぇ」
他の皆も十兵衛を仲間の一人として、笑顔で声を掛けてくる様になっていた。
「十兵衛、先ずはこの後善兵衛殿の所に赴くか?」
「はい、先ずは是非お願いします」
その兵衛四郎の言葉を受けて、十兵衛は管領細川晴元の方を振り向いた。
「晴元様、兵衛四郎殿を善兵衛殿の所にお願い致します」
十兵衛はそう言い残すと、前方に向かって駆け出した。
「ぬしは何処に行くのじゃ、十兵衛?」
その行動に驚いた晴元はすぐさま声で追い掛け問うた。
「最後の一人にも面会しに参ってきます」
「何、これからか!?」
その問い掛けの声はもう十兵衛に届かなかった。晴元と兵衛四郎は顔を見合わせて十兵衛の行動に驚いた。
もう既に陽が落ち今日の訪問はどうかと思う。しかしこの意欲が高まっているうちに最後の一人、藤九左衛門にも今日中に面会しておきたい。暗闇の中を十兵衛は一人、藤九左衛門の工場へと走って行った。




