第六章 継承 都の統治者(6)
十兵衛は鉄砲の製作に向けて協力が必要として善兵衛が挙げた三人の内の二人目となる兵衛四郎の工場に向かっていた。兵衛四郎の工場は規模が大きく、鉄砲の様な新しい製品づくりが可能であるため、是非とも協力が必要であるという。
この時陽は天頂から徐々に傾き掛けていた。出来れば今日中に更に最後の一人、藤九左衛門という男にも会って鉄砲製作の協力を得たい。十兵衛はその歩を急がせた。
兵衛四郎の工場は北國街道から少し離れた川沿いの場所にあった。その敷地は非常に広く、幾つもの建屋が連なっている。工場の中では鉄だけでは無く多種多様な金属加工が行われている様で、色々な音色で地金を打つ音が鳴り響いていた。
(さて、兵衛四郎殿は何処におるのだろうか?)
工場に辿り着いた十兵衛はその入口で広い敷地の中をキョロキョロと見渡した。この中で兵衛四郎という男を探すのは容易では無い。そう思っていた時、一人の工場の若い女子が近寄って来た。
「どなたかお探しですか?」
笑顔でそう訊ねて来る女子は困っている自分の事を察して声を掛けてくれた様であった。
十兵衛は内心助かったと思いながら兵衛四郎との面会を伝えた。すると、その女子は敷地の中の入り組んだ経路を通り、その最も奥にある大きな建屋へと案内してくれた。
「親方はこの建屋におります、どなたかは入れば直ぐに分かるかと思います」
ここまでの経路は複雑で恐らく自身でこの場所を探していたら大変な所であったろう。
「御親切にありがとう」
十兵衛は女子に礼を述べた。するとその女子はクスっと笑いながら十兵衛に言葉を返した。
「お役目ですので」
十兵衛はその女子の言葉に目を丸くした。
女子は善意で自分を案内してくれたと思ったが、訪問者を案内する事が彼女の役目らしい。その様な事が役目として成り立つのであろうか、不思議そうな顔を続ける十兵衛を余所に、女子は丁寧に会釈をしてまた工場の入口の方へと戻って行った。
(ここは迷子になりそうだから、その様なお役目も必要か…)
十兵衛はそう納得しながら兵衛四郎がいるという建屋に近付いて行った。すると鉄を打ち鳴らす音に混じって、その音に負けない程の大きな男の声が聞こえて来た。
「駄目だ! そこはもう打ち手を増やして対応しろ、こんな鉄では使えんぞ!」
それはこの建屋の作業を取り仕切っている男の声の様であった。
(この声の主が兵衛四郎殿か?)
十兵衛は入口の隙間からその建屋の中を覗き込んだ。すると三十代半ば位の男が、周囲の者たちに次々と作業の指示を出している様子が見えた。
「この馬具は駄目だ、ここに小さな亀裂が入っておる、やり直せ!」
「この農具は明日出荷させよう、商人部隊に連絡しておけ!」
「この仏具は磨きが甘いぞ、もう一度研磨材を変えて試してみよ!」
「宮飾りの作業はだいぶ作業が遅れておるな、まだ金板は届いておらぬのか?」
その男は現場に厳しい様で、大きな建屋の中で人一倍強い存在感を放っていた。十兵衛は案内の女子が口にした、入れば直ぐに分かると言った言葉が直ぐに分かった。
(兵衛四郎、間違いなくあの男だな…、きつそうだな、でも行くしかあるまい)
もしかしたらまた善兵衛の時の様に強く追い返されるかも知れない。しかしここで十兵衛にとって退くという選択肢は無い。十兵衛は意を決して建屋に入ると、書類に目を向けていたその男に近付き声を掛けた。
「兵衛四郎殿とお見受け致す。突然の訪問失礼致す。私は京の幕府の者で明智十兵衛と申します。此度一つご依頼事があり伺わせて頂きました」
すると男は十兵衛の方を振り向き、威圧する様な声で問い掛けてきた。
「どういう依頼か?」
その返答でやはりこの男が兵衛四郎で間違い無いことが分かる。そして善兵衛の初見の時とは異なり、取り敢えず話を聞いてくれるらしい。
(案外話を通しやすいかも知れぬ…)
そう思いながら十兵衛は依頼の話を切り出した。
「現在足利将軍様ご意向の下、管領細川晴元様自ら国友の善兵衛殿に鉄砲の製作依頼を行っております。そこで善兵衛殿が申されるには、製作には他に三人の協力が必要との事、その三人の中に兵衛四郎殿の名前が挙がっております。是非とも兵衛四郎殿にはこれに参画頂き、この工場にて鉄砲の試作をお願いできればと存じます」
十兵衛は要件を述べると、兵衛四郎の反応を窺った。
(さてどう来る…)
こちらの依頼にどう応答してくるか、受諾か、拒否か、兵衛四郎の返答に注目した。
「うむ、分かった」
この兵衛四郎の端的な返答に十兵衛は拍子抜けした。
(あっさり受諾された!?)
とんとん拍子で話が進むのは良い事ではあるが、この工場での彼の忙しさを目の当たりにして、そうそう上手く話が進む様には思えない。本当に受諾されたのであろうか、十兵衛が注意深く窺っていると、兵衛四郎は近くいる配下の者を呼び寄せて新たな指示を伝えていた。
「至急、製造部隊の徳二郎、商人部隊の勘三郎、開発部隊の虎七郎を呼んでくれ、あ、それから、あと勘定部隊の喜八郎も呼んでくれ」
十兵衛はその配下の者への指示で、先程の兵衛四郎の分かったという言葉の意味を理解した。それは依頼を受諾したという意味では無く、先ずは作業の代表者たちを集めて議論し、その後に製作の価値を判断するという意味であろうと思う。
(工場の規模が大きく分業体制が強いから直ぐには判断できぬということか…)
困惑する十兵衛に兵衛四郎は事務的に言った。
「今、ここにそれぞれの部隊の代表者を呼んだから、先ずは彼らに話をしてみてくれ、儂は彼らが算出してきた費用対効果の資料を以て製品の価値判断をさせてもらいたい」
それを聞いた十兵衛はやはりそうかと思いながら焦りを募らせた。
これまでに無いであろうこの新しい鉄砲製作に対し、価値判断における十分な算定資料が揃うとは思えない。そして資料が揃わないとなると判断も出来ず、やらないという結論になる可能性が高い様に思う。
(ここで必要なのは最高責任者の直感による価値判断なのだが…)
全く新しい製品の製作においては、費用や開発困難性で見込めない部分が多く、その実現においては最高責任者の思い入れが一番大事となる。十兵衛は配下の者たちが時間を掛けて作成する不明瞭な資料によってではなく、何とか兵衛四郎本人自らがこの思い入れを持って製作してくれる事を望みたかった。
「兵衛四郎殿、幕府として管領様直々に国友を訪れるなど急を要している。先ずは一度今から善兵衛殿の工場に赴き願いたいのだが如何でしょうか?」
十兵衛は少し無理を押し通すつもりで兵衛四郎に要望した。しかしそれに対して兵衛四郎は眉間にしわを寄せると、浮かぬ表情で応えた。
「十兵衛とやら、儂は見ての通り、この現場で作業の指示やら、問題の改善やらとにかく忙しい、唐突に来られて、直ぐに善兵衛の工場に来てくれと言われても、対応出来かねぬ」
それは当然の対応とは思う。しかし無理な要望である事は承知の上、それが自分の役目である。十兵衛はそう思いながら尚も食い下がった。
「兵衛四郎殿のお立場は十分に理解をしておりますが、こちらも幕府の命運が掛かっている案件ゆえ、申し訳無いが一度作業を一度止めてでも赴き頂きたいのですが、如何でしょうか?」
二人の異なる立場で話は平行線となっていた。この状況において一方の線に沿わせようとするのは無理がある。十兵衛の一方的な要望は兵衛四郎の機嫌を損ねさせた。
「その様な事は出来る筈無かろう、幕府の命運だか何だか知らぬが、他に時間を使って我ら本業の納期が遅れれば、我らは客先の信用を損なうことになり、我ら仲間の職人たちの生活を失う事にもなるのだぞ」
兵衛四郎は語気を強めていた。工場を代表する立場の者とすれば、その言い分は尤もであり、十兵衛としても職人たちが生活を失うことなってしまうのは本望ではない。
(困ったな…)
この場でこれ以上要望をぶつけても、兵衛四郎は受諾してはくれず、ただ関係性が悪化するだけであろう。鉄砲の製作に向けた話し合いは完全に暗礁に乗り上げていた。
「親方、少々よろしいですか?」
すると現場の者が兵衛四郎の指示を仰ぐために二人の間に割って来た。兵衛四郎は現場の状況を聞きながらまた適切な指示を与える。十兵衛はそんな兵衛四郎を見ながら、新たな話し合いの糸口を模索し始めていた。
少しして十兵衛は一人の男が慌ただしく目の前を通り過ぎていく様子を目にした。その男は息を切らしながら兵衛四郎の所に駆け寄って行く。
「親方申し訳ない!」
それは工場の調達部隊の治五郎であった。
「治五郎、如何した?」
兵衛四郎は治五郎の只ならぬ様子を気にしながら説明を求めると、治五郎は息を整えながら話を始めた。
「二人の若衆を連れて、宮細工の装飾用の金板を運んでおったんですが、米原付近で儂が用を足している間に金板を守っておった二人が山法師の格好をした集団に襲われ、奪われてしもうたんです。一度儂は取り返しに行こうと思うたのですが、二人が殊のほか重傷で…」
奪われた金板は宮飾りに使う物で非常に高額な原材料であった。再度仕入れようと思えば、追加費用と共に納期も掛かり、営みへの影響は非常に大きいものになると予想される。治五郎は金板が奪われた時、単独で奪還を試みようとも考えたが、重傷で動けない二人をその場に残すことができず、二人を無事に国友に連れて帰ることを優先していた。
「親方、金板取り戻せず申し訳ありません」
治五郎は深々と頭を下げた。治五郎の話を一つ一つ頷きながら聞いていた兵衛四郎は一つ問い掛けた。
「治五郎、ぬしの判断は間違っておらぬ、それでその若衆の二人は?」
それは自分と同様に金板より若衆の二人の状態を気遣う言葉であった。治五郎はその兵衛五郎の言葉に癒される思いで答えた。
「今、工場の入口の小屋に運び込みました」
「うむ、儂は二人を見舞いに行く、ぬしは医療の心得のある者を手配してくれ」
そう伝えると兵衛四郎は急ぎ建屋を出て行った。
この時既に兵衛四郎の頭に十兵衛の存在は無くなっていた。十兵衛は建屋の片隅でその事態の急変の様子を窺っていた。
(大変なことになったな…)
そう思いながら十兵衛は兵衛四郎の後を追ってそっと建屋を出て行った。
兵衛四郎が工場の入口の小屋に赴くと、二人の若衆は部屋の一室に並んで寝かされていた。二人の近くでは先程十兵衛を案内した女子が心配そうな表情で見守っている。この部屋の棚には医療用具や薬品が置かれていたが、この日はその心得のある者が不在らしく、治療は行えていない様であった。
「二人とも、大丈夫か?」
兵衛四郎は痛々しい二人の姿を見つめながら声を掛けた。すると二人は親方自らが自分たちを見舞いに来たことに、それまで我慢していた感情を溢れさせた。
「す、すみません、親方、金板奪われちゃいました」
「大事な…、大事な金板だったのに…、もうどうしたら良いのか…」
二人は動けぬ体で天井を見上げながら涙を流していた。高価な金板を奪われたことが工場の営みに影響し、皆に多大な迷惑が掛かることを申し訳なく思っていた。兵衛四郎はそんな二人を見つめながら目頭が熱くなっていくのを覚えた。
「馬鹿野郎、金板など気にするな、お前たちの体の方が大事だ!」
そう言って二人から顔を背ける兵衛四郎の目にも涙が溢れていた。
若い二人が自分たちの体よりも、奪われた金板と工場の営みへの影響を案じている。そんな二人の思いが兵衛四郎の涙腺を刺激していた。しかし二人には自分が涙を流す姿を見せたくはない。兵衛四郎は二人には背を向けたまま、強い言葉だけを見せたいと考えていた。
正直なところ、金板を失い宮飾りなどの関連する全ての製品の納入が遅れる事態は工場として一大事である。これから余分な費用と時間を掛けなければならない。仕掛り製品があれこれと浮かぶ中で、兵衛四郎は工場存亡の危機を感じていたが、今はこの重傷を負った二人にこれ以上の心配はさせたくない。
(早く二人の治療をせねば…)
兵衛四郎がそう思った時、若い二人が寝ている傍から別の男の声が聞こえた。
「こいつはあばら骨と右足の骨が折れているな、こっちはやはりあばら骨と右腕が折れておる、あと二人とも数か所の打撲や裂傷があるが、まあ命に別状はあるまい」
ちょっと自分が顔を背けている間に医療の心得のある者が来て診断してくれた、そう思った兵衛四郎であったが、その声の者を見て驚いた。
「ぬしは先程の…」
声のぬしは先程突如幕府の使者として鉄砲製作への協力依頼を持ちかけて来た明智十兵衛とかいう若者であった。十兵衛は二人の診察を終えると、引き続き案内の女子に看護の補助をさせながら治療を始めていた。
(こやつ医療の心得があるのか…)
幕府の若い役人でありながら医療の心得がある。兵衛四郎は手際良く治療を行う十兵衛に感心しながらその様子を見守っていた。
ドタドタドタ
するとそこに工場から三人の男たちが集まって来た。
「親方、聞きましたよ、金板が奪われたそうで」
「治五郎のとこの若い衆がやられたそうじゃねですか」
「この二人すか、あぁ、こりゃひでえ」
それは徳二郎、勘三郎、喜八郎の三人で、兵衛四郎が呼び出したそれぞれ製造部隊、商人部隊、勘定部隊の代表者たちであった。三人は調達部隊の若い衆が襲われて大事な金板を奪われたことを聞き、その奪還のために自分たちが呼ばれたと思っていた。
「奪ったのは山法師の連中ですかい?」
「ふざけやがって!」
「倍返しにしたる!」
若い二人の痛々しい姿を目の当たりにして、三人は怒りを込み上げさせていた。そこに医療の心得のある者を探していた調達部隊の治五郎が戻って来た。
「親方ぁ、駄目だぁ、医療の心得のある者が見つからぬ…、って、あれ、もう治療済んでいるのか?」
その時ちょうど十兵衛による二人の治療が終わった所であった。
(さて、どうするのだ?)
十兵衛は兵衛四郎がここに集めた代表者たちとこの後どう動くのかを窺った。
するとまた一人、工場の男が兵衛四郎の許にやって来た。
「親方、分かりやしたよ、朝妻湊の近くに奴らの隠れ小屋がある様でさぁ」
それは開発部隊の虎七郎であった。虎七郎は事態を聞きつけると即座に自部隊の中の情報戦略部門に指示し、山法師に関する情報をかき集めていた。
「朝妻湊か!」
朝妻湊は琵琶湖に面した湊で、東山道から分かれる北國街道の起点となる米原に近く、船運で京への往来が頻繁に行われている交通の要衝であった。
「恐らく山法師らは奪った金板を湊から船で運ぶつもりだな」
「湖上に運び出されたら奪回は難しいな」
「あぁ、仕返しもできねぇ」
「やるなら今すぐしかないなぁ!」
虎七郎が調べ上げた金板を奪った者たちの有益な情報、ここで行動を起こさなければ、金板を奪還する機会も、金板を守って負傷した若い二人の仕返しの機会も永久に失われる。皆の話を押し黙って聞いていた兵衛四郎は五人に向かって高らかに声を上げた。
「ぬしらを呼んだのは他でも無い、我らの若い衆が金板を守って酷い目に合わせられた。我ら国友の威信に掛けてこのまま黙ってはおれぬ、これから朝妻湊に金板を取り戻しに行く!」
「おぅ!」
「おう!」
「よぉし、やってやるぞ!」
工場の部隊担当の五人は兵衛四郎の声に気勢を上げて応えた。そしてそれぞれ朝妻湊に向かう準備のために部屋を後にして行った。
十兵衛はその様子を困惑した目で見つめていた。特に先程の兵衛四郎の言葉が引っ掛かっていた。
(ぬしらを呼んだのは他でも無い、って、他あるよね、我らの鉄砲製作の価値判断に呼んだ者たちのはずだよね!?)
非常事態であることは理解できるが、自分の方の鉄砲製作に対する検討が完全に無くなってしまうのも困る。十兵衛はそれを心で訴え掛けていた。するとその訴えが通じたのか、部屋を出て行こうとする兵衛四郎と目が合った。
「二人は我らの金板を守ってやられたのだ、黙ってはおれぬ!」
その兵衛四郎の言葉には冷たいものがあった。しかしその言葉とは裏腹に兵衛四郎の思いの中では、若い二人を治療してくれた事に感謝している。ただ現状の最優先事項は金板の奪還と若衆げ受けた仕返しである。兵衛四郎は今ぬしの相手はしておれぬとばかりに皆を連れて出て行った。
十兵衛は無言のまま兵衛四郎を見送っていた。
(もう本当に大変なことになってきた、しかし兵衛四郎という男の気質はこれで理解できた)
そう思いながら十兵衛は傍にいた案内の女子の方を振り向いて言った。
「そなた一つ頼まれてくれ」
「何でしょうか?」
十兵衛は女子に一つ言付けを頼むと、兵衛四郎を追ってまた工場を出て行った。




