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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第六章 継承 都の統治者(4)

 次の日、五人は管領代六角定頼のいる観音寺城に赴いた。五人は定頼との面会まで時間があったため、城山の頂きにある見張り台に登り周囲の景色を眺めていた。


「凄いなここは、近江の海が一望できる」

「あそこが叡山か、京の都はあの向こうだな」

「反対の山が連なっている方が伊賀だね」

「美濃の山々も見える、実にいい眺めだ」


 観音寺城は南近江の琵琶湖と東山道の間に聳える繖山に築かれており、見張り台からは周囲を広く見渡す事ができた。彦二郎、右衛門、宗養、紹巴の四人はそれぞれ別の方向を見渡しながら、それぞれの景色を楽しんでいた。


「そうだろう、いつもこの城に来た時はこの眺めを見に来るんだ」


 十兵衛は自分が連れて来たこの場所の景色が皆に気に入ってもらえて、満足気な表情を見せていた。


 本来であれば見張り台は城の重要な防衛施設で、訪問者が自由に来れる場所では無い。しかし十兵衛は何度かこの城を訪れ城内の知り合いが増えていく中で、とっておきのこの場所を紹介してもらい、自由に出入りできる様になっていた。


「この観音寺の城は雄大だな、全国でもそうそうは無かろう」

「この間まで幕府の臨時の政務所が置かれていたからな」

「今はご家臣の御屋敷がそれぞれ城の曲輪を形成しているのですね」

「あそこが長光寺城か、隣りが箕作城、和田山城、佐生城、周りの支城も多い」


「昨日船を降りたあの港の隣りにある山も支城ですか?」

「安土山か、あれは単なる見張り用の砦だな」


 観音寺は北面に琵琶湖の水運が広がり、南には北国、東国へと抜ける東山道や伊勢へと抜ける八風街道が通る交通の要衝であった。城域は聖徳太子建立の古刹である観音正寺に併設される形で拡大しており、南近江の一大拠点となっていた。


 眼下の町では近江の海に面した港から手前の城に向かって、そして街道筋に沿って多くの寺社や庄屋の家屋が広がり、遠方からでも様々な職の人々が行き交いながら賑わっている様子が見て取れる。


「この町はこれからもっと大きくなりそうだな…」


 十兵衛が町の様子を眺めながらそう呟いた時だった。


「その通りだ、十兵衛」


 独特の重みのある声、十兵衛は背後から声を掛けられ思わず振り向いた。そこには義祖父で管領代の六角定頼の姿があった。


「御爺上、この様な場所に…」


 管領代とあろう者がこの様な山頂の見張り台に登って来ることなど普通では考えられない。十兵衛は挨拶の言葉も忘れて問い掛けた。すると次の瞬間、義祖父の背後に他に二人の男が一緒に登って来ているのが目に入った。


「あっ」


 十兵衛は思わず片膝を着き頭を下げた。他の四人もその男の姿を見ると、慌てて畏まり膝を落とした。


 二人の内の一人は宗養の父で連歌師第一人者の宗牧であったが、もう一人は幕府管領の細川晴元であった。


「こ、これは管領様」


 幕府管領が京を離れてこの観音寺を訪れるのは何かの一大事があったと考えられる。しかも他から隔離された見張り台に揃って現れるとなると、このまま密命が告げられる事が推測される。その場の緊張感が一気に高まっていた。


「あぁ、良い良い」


 初対面から皆の緊張感を煽りたくない。晴元は笑顔を見せてその場の雰囲気を和ませようとしたが、義祖父の定頼がその晴元の思いを覆す。


「小童ども! 五人も揃うて景色など眺めておって、優雅に歌会に来た訳ではなかろうが」


 若い五人に何か違う緊張感を与えていた。定頼はまた続けて十兵衛を睨みつけると、厳しい口調で問い掛けた。


「十兵衛、ぬしはこの町は更に大きくなると呟いておったな、もしぬしだったらこの町をどうやって大きくしてみせるか?」


 それは十兵衛にとって突然、且つ思い掛けない問い掛けだった。


(町を大きくする方法か…)


 十兵衛は眼下の様子を確認し、様々な考えを巡らせると、自信を以て定頼に答えた。


「この観音寺は水運で大津から京の都へと繋がり、北は北國街道から、東は東海道、東山道、八風街道へと繋がります。交通の要衝となるこの地の港と街道を整備し、治安の維持に努めれば、人々は集まり町も城も大きくなりましょう」


 皆がその十兵衛の返答を合点の行く真っ当な返答であると思った。しかし定頼は一層の厳しい顔を見せて十兵衛に言った。


「十兵衛、ぬしの考えもまだまだだな」


 それは十兵衛にとって予想外の低評価だった。何が足りないのか、十兵衛は同年代の他の者たちの前で受けた定頼のその評価に悔しさの表情を滲ませた。


(自分は若く経験が浅いから致し方無い… とは思われたくない!)


 十兵衛は若いながらこれまで畿内で色々なことに精通し、様々な知識や技を習得してきている。このため思考力という点では人より高いという自意識があり、それは例え経験豊かな管領代の義祖父にも負けるものではないと思っている。


 十兵衛は改めて眼下の町を見渡しながら、町の発展の方法を考え直した。


フッ


 定頼はその十兵衛の様子を見て笑みを浮かべた。


 その厳しい態度は定頼なりの教育の一環であった。受動的でなく能動的に一段高い位置から広く、深く、細かく考えさせて、実働的に行動させる。そして厳しさの中の成功体験で意欲を高めると同時に自信を持たせ、最終的な大目標へと向かわせる。定頼はそれが人の成長であり、教育であり、継承であると考えていた。


「十兵衛、暫し考えてみよ」


 元より十兵衛からすぐさま自分が納得できる答えが出て来るとは考えていない。定頼は十兵衛に時間を与えることにした。


「はっ」


 十兵衛は悔しい思いを隠す様に、深々とお辞儀をした。


 定頼は幼き頃より目を掛けている十兵衛に将来将軍を支える幕臣としての良き逸材になることを期待していた。これまで十兵衛は課題を与えれば、都度苦心しながら結果として応えている。将来に向かって伸びる、鍛え甲斐のある奴だと思っていた。


 その十兵衛への課題の一つに三方美濃攻めの尾張織田家との交渉役があった。


「それで十兵衛、尾張の織田はどうであった?」


 定頼は十兵衛に交渉結果の報告を求めた。


「はい、御爺上のお考え通りの話の展開でした。尾張の織田信秀動きます。盟約を取り付けて参りました」


「おう、ようやった、さすが十兵衛じゃ」


 交渉話の流れは自分の筋書き通りであるが、それを着実に熟すのは十兵衛の力である。褒めるべきは所は褒める、今度の定頼は皆の前で十兵衛を十分に褒め称えた。十兵衛もその言葉で自分が信頼されていることを受け止る事ができる。それは大事な会話であった。


「一刻も早く東国をまとめねばならぬ」


 すると管領の晴元が皆に訴え掛ける様に話し始めた。


「京の西から三好長慶の一派が勢力を拡大させて迫って来ておる。もう摂津は落ちたも同然だ、近々にも京に攻め上がって来るであろう。迎え撃つためには一刻も早い東国の結集した力が必要じゃ」


 晴元は先程とは異なり皆に緊張感を煽っていた。三好の一派が攻めてくれば自分は京に居られなくなる。それは幕府管領という職を失うことを意味し、代々続いた細川宗家の衰退を意味する。絶対に相容れられないことであった。


 晴元に娘を嫁がせ、義父という立場の定頼は重々そのことを察していた。


「うむ、その東国結集のためにも美濃は斉藤道三などという、得体の知れぬものでは無く、幕府が認めた土岐の守護家が治める国でなければならぬ」


 定頼は幕府の統治体勢を強く意識しており、美濃を勝手に統治し始めた斎藤道三を認めずにいた。


 十兵衛は二人の話を深刻に聞いていた。


 十兵衛自身は明智家の継承から外れており、世は家系より道三の様な真の統治力を持つ者が求められるのでは、という思いがある。しかし幕府の統治体制を重視し、土岐家による美濃の統治に拘る義祖父定頼の考えを理解する事はできる。


「それで御爺上、美濃への侵攻は何時に定めましょうや?」


 十兵衛の行動の時期について問い掛けると定頼は即座に答えた。


「うむ、侵攻は二ヶ月後の長月とする」


 この定頼の決断の早さに十兵衛は驚いた。


 美濃への侵攻の時期について、義祖父は少し考え込んだ後、皆に意見を訊きながら決断するであろうと思っていた。しかし予めこうであればこう、こうであったらこうと展開の算段を行っていたのであろう。その決断は早い。尾張での交渉の仕方の手解きといい、全てが御爺上の手の平の上で事が進んでいる思いがした。


(さすがは御爺上…)


 十兵衛は管領代六角定頼の強さを改めて知った思いがして自然と頭が下がった。


「分かりました、それでは私はまた尾張と越前に赴いて、美濃侵攻の旨を伝えてまいりたいと思います」


 十兵衛は定頼に一礼をして即座に次の行動に出ようとした。


「いや待て、十兵衛、ぬしは今回特別任務じゃ」

「特別任務?」


 今回尾張と越前に行くのは自分ではないのか、誰が行くのか、特別任務とは何か、定頼に引き留められた十兵衛は一気に様々な問い掛けが浮かんだ。しかしその時定頼は十兵衛に向けていた目線を一緒に来た宗牧の方に移していた。


「宗牧、聞いての通りだ、尾張へは東国視察の傍らぬしが寄ってくれ」


 この戦乱の世において、連歌師は連歌の会を名目に全国を渡り歩く一方で、幕府や朝廷の命による地方の状況視察を行っている。そして時にその行動は視察に留まらない。


「晴元、これに」


 定頼は晴元を呼び捨てにしながら、話に必要なものを目の前に出す様に指示した。晴元は官位は自分の方が上だが、幕府最大の実力者にて義父である定頼に頭が上がらない。


「はい、義父上」


 晴元は妙に恐縮しながら幾冊かの書物と手紙の束を皆の前に置いた。そして皆が着目する中で、晴元は宗牧に説明した。


「この書物は昨年織田殿の内裏修復の献金に対する後奈良天皇からの返礼だ、そしてこちらの手紙の束は将軍義晴様からであるが、東国の諸将に休戦と結束を呼び掛ける御内書である」


 その御内書の束には尾張織田の他に、三河松平、駿河今川、相模北条、常陸佐竹など東国の有力大名の宛名が見て取れる。現在三方美濃攻めにて近江、尾張、越前の周辺三国で美濃を管理統治した後、その結集力で西国勢力を京から駆逐することを目指しているが、この御内書はその更に先、東国全体をまとめ上げ、全国を統一して戦乱の世に終止符を打つことを意図しており、幕府将軍の思いが込められているのが分かる。


 更に晴元は懐から一通の手紙を取り出すと、宗牧に直接差し出して言った。


「この手紙は私からであるが、織田家から斯波飯尾家に出た定宗殿に娘を嫁がせるという約定だ」


 それは管領晴元もこの尾張織田家の参戦を重視しているという証でもあった。


「分かりました、一命を賭して参りましょう」


 宗牧は天皇、将軍、そして管領の意を殊のほか重く受け止めていた。そしてすぐさま実行に移すべく、実子の宗養の方を向き強い口調で言い放った。


「宗養、行くぞ、この書物と御内書を持って参れ」


 この父宗牧の言葉に宗養は驚いた。


「え、私も行くのですか?」


 若い宗養は今回の父上の任務は大変だなと、どこか晴元の説明を部外者的な感じで聞いていた。しかしどうやら今回父上の東国視察に自分も同行するらしい。


「あたりまえだ、行くぞ!」


 宗牧は晴元の手紙を受け取りながらそう言うと、皆に一礼して見張り台を降りて行った。もう宗養にも連歌師としての表の行動だけでなく、裏の行動も行ってもらわねばならぬと考えていた。自分に不慮の出来事があった時は代役となって遂行してもらわなければならない。宗牧は今回の東国視察に宗養を含めて考えうる限りの準備を盛り込もうと考えていた。


「東国か、じゃあな、皆、また会おう」


 宗養は他の仲間に別れを告げると、置かれていた書物と手紙の束を無造作にかき集めて風呂敷に包み、父宗牧の後を追って見張り台を降りて行った。


「宗養、扱いが雑だぞ!」


 紹巴が笑いながら見送った。十兵衛と彦五郎、右衛門の三人もその様子を見ながら笑顔で見送っていた。


 宗牧と宗養が去った後、定頼は次に紹巴に向かって指示を出した。


「紹巴、越前にはぬしが向かってくれ、ニヶ月後に越前から徳山谷を出た東山道で合流すべしと伝えよ」

「承知しました、管領代様」


 紹巴は宗養の状況を見て、恐らく越前は自分に来るだろうと予想していた様であった。


「晴元、これに」


 再び定頼が晴元に指示を出すと、晴元は再び御内書の束を皆の前に置いた。


「これは北國街道諸国への将軍様の御内書だ」


 その手紙には越前朝倉、能登畠山、越後長尾などの宛名が記されている。紹巴が宛先を一通一通確認していると、晴元はまた一通別の手紙を懐から取り出して話を続けた。


「それからこれは私からの物だが、朝倉家の嫡男の義景殿に我が娘を嫁がせるという約定の手紙だ」


 織田家に続いて朝倉家にも娘を嫁がせる、十兵衛はその晴元の様子を見ながら思った。


(次々と他国に娘を嫁がせねば立場を維持できぬとは、管領というのも大変だな…、そもそもその様な立場を維持することに意味があるのであろうか?)


 十兵衛は自分の娘の嫁ぎ先に期待しなければ維持できない幕府管領という立場に何か虚しさを感じていた。


「確かに受け取りました、それじゃな、彦二郎、右衛門、十兵衛、また今度、ゆっくり連歌を嗜もう」


 紹巴は宗養と異なり一連の手紙を大事に懐にしまうと、皆に向かって一礼の後、見張り台を降りて行った。


 そして紹巴が去った後、次に定頼が指示を出したのは十兵衛に対してであった。


「さて十兵衛、ぬしへの特別任務じゃが、晴元、これに」


 その定頼の指示に晴元は自らの体で、やや大きい細長い木箱を運んできた。木箱は重量がある様で、よろめきながら運ぶ晴元を見兼ねた十兵衛たちは一緒に手伝いながら定頼の前に運んだ。


 定頼が木箱の蓋を開けるとそこには長身の鉄筒が木の台床に取り付けられた物が収められていた。一方の端には引き金が付いている。


「これが何か分かるな、十兵衛」


 十兵衛は即座にこれが何であるか分かった。それは昨年、堺を訪れた際に偶然に目撃したものであった。


「これは鉄砲ですね?」


 そう言い当てる十兵衛に定頼はその由来を説明した。


「そうだこれは南蛮渡来の鉄砲で、薩摩南方の種子島から将軍様に献上されたものだ」


 定頼の言葉を聞きながら十兵衛は真剣な表情でその鉄砲を見ていた。自分が堺で見たのは、まだ取り敢えず複製を試みた程度の粗悪品であった。試射もさせてもらったが、一発の射撃に大変な手間が掛かる割に、命中精度が低く、異常に高価な代物であったため、とても戦で使用できるものではないと考えていた。しかし実働品として機能していた物を目の前にすると、何かその考えが変わって来る。


(これは何か良い気がする…)


 そう思いながら鉄砲を見つめる十兵衛の横で、彦二郎と右衛門も初めて目にする鉄砲を興味深そうに見ていた。


 定頼は十兵衛に話を続けた。


「堺や紀州では既に明国からその生産技術を習得し、新しい兵器として売り出しに掛かっておると聞く。堺や紀州は三好を始めとする西国の勢力圏にあり、我々が優先的に鉄砲を入手するのは困難を極める。ただでさえ三好の勢力が広がっている中で、この様な最新兵器で武装されたら我らは将来全く太刀打ちできなくなる」


 確かにこの鉄砲が実働的な戦の兵器として三好の軍勢に広まった時、鉄砲を持たぬままで戦に臨む自分たちの危険性は相当に高くなると思われる。先を予想して対抗の手を打つ、定頼は十兵衛にまた話を続けた。


「そこでだ十兵衛、ぬしには京より東国でこの鉄砲の生産拠点を立ち上げてもらいたい。種子島でこの銃の複製を試みた者は美濃関の出身の者と聞く。美濃関は明智の地にも近くぬしも良く存じておろう、どうか?」


(関か…)


 十兵衛は美濃関の鍛冶屋の印象を思い起こした。関は古来より刀の刃や槍の穂で腕の立つ名匠が多い。もしこの様な複雑な物を注文すればできるかも知れない、しかしそれ以前に気になる問題事がある。


「御爺上、美濃関は斎藤家と結び付きが強い、これから三方美濃攻めを行おうとしている事に逆行する様に思う。恐らく美濃を制圧し、土岐の守護職を復活させ、関の名匠たちを味方とし、鉄砲の作製に到るまでに相当の時間を有することになると思う」


 定頼はその十兵衛の見解に困った表情をした。


「時間を有するのはまずい、これは時間との勝負でもある、悠長にしている時間はない」


 すると困り果てた二人に彦二郎と右衛門が口を挟んだ。


「北近江の国友なら何とかなるのではないか?」

「そうですね、仏具や宮工芸とか、結構複雑な物作っていますからね」


 会話は大事である、時に予想外な所から有用な意見が出る事がある。二人の意見に十兵衛と定頼は顔を見合わせた。


「確かに国友なら同じ近江、浅井の領地だが、今は御爺上に臣従している様ですからいけそうですね」


 十兵衛は最良の依頼先だと思った。


「しかし作ってもらえるかのぉ、国友は腕は良いが頑固な職人が多いと聞く」

「十兵衛なんか、小童って怒鳴られて門前払いされちゃうかも知れないね」


 その彦二郎と右衛門の話を聞いて定頼が話を続けた。


「大丈夫だ、国友に向かうは十兵衛だけではない」

「えっ、もしかして私たちもですか?」


 その話を聞いて彦二郎が訊ねた。


「フッ、そこで小童を増やしても状況は変わらぬであろう」


 彦二郎と右衛門を加えて三人で頼んだとしても、説得力が向上する様には思えない。定頼は一笑しながら首を横に振った。


(それは少し過小評価でしょう)


 彦二郎は自分が隣国若狭武田家の嫡男であれば、十兵衛一人よりは対応が良い方向に向くのではないかと思った。しかし次の定頼の言葉で彦二郎は驚きながら納得する。


「十兵衛と一緒に国友には晴元に行ってもらう」

「えー! 管領様が自らですか!」


「あぁ幕府管領の晴元が自ら赴いて願えば、その依頼に対する熱意が伝わるであろう、これは是が非でもやらねばならぬこと、良いな晴元」


 定頼の威圧の掛かった指示に対して、晴元は拒絶できる状況に無い。


「は、はい義父上」


 戸惑いの表情を見せながらも晴元は国友へ赴く決意を固めていた。十兵衛はまたその晴元の様子を見て思った。


(幕府管領ともあるお方がこれほどに追い込まれているとは?)


 十兵衛は晴元の立場の深刻さを感じていた。もう転落の崖の先端がすぐそこに迫っている様な印象があった。そして御爺上はその様な時に誰もが思いも寄らない最高の対応策を講じる。


「十兵衛、幕府管領様が一緒であれば国友の衆も無下にはせぬであろう」


 十兵衛はまた御爺上の対応策に感嘆していた。


「は、御爺上、国友への鉄砲作製依頼の話をまとめてまいります」

「うむ、頼むぞ」


 立ち去ろうとする十兵衛に定頼は深く期待を込めて頷いた。


「港まで我らも一緒に行きますか?」

「あっ そうだな」


 彦二郎と右衛門はここまで十兵衛に付いて、表敬訪問の目的で義祖父の定頼を訪れていた。二人は十兵衛の次の任務を聞いた所で、港への道のりを十兵衛に合わせながら若狭へと戻る帰路を考え始めていた。


「それでは御爺上、我らも若狭に戻ろうかと思います」

「久し振りに会えて楽しゅうございました、御爺上もお元気で」


 何よりも皆が去って自分たちだけが、この御爺上の前に残ることに対して、嫌な気がしてならない。二人は十兵衛に続いて、そそくさと立ち去ろうとしたその時だった。


「待て、彦二郎、右衛門」


 定頼は二人を即座に呼び止めた。


「ぬしらには別の特別任務がある、これから儂と一緒に京に向かう」


「えっ、京に!」

「京で特別任務ですか?」


 十兵衛はその場からの離れ間際に、二人への京での特別任務という話を耳にして思った。


(誰かの警護だろうか?)


 自軍の勢力が低下し治安が悪化する中での京での特別任務、重要人物の警護となればそれこそ命懸けの任務となる。それはある意味で、自分や宗養、紹巴以上に大変なことかも知れない、御爺上の絶対的な指令の前で困惑している二人を振り返って見ながら十兵衛はそう思った。


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