第六章 継承 都の統治者(3)
十兵衛と若狭武田家の彦二郎、右衛門の三人は近江の海に面した今津の船着き場の傍で、小さな焚火を囲い食事を取っていた。既に陽が落ちて久しく、辺りはすっかり暗くなっている。
「十兵衛、この魚汁、なかなか美味いな、さっきそこで釣った奴か?」
簡単な仕掛けでサッと釣った魚を即座に捌いて美味い料理に変える、そんな技を見せる十兵衛に彦二郎は感心していた。
「あぁ、来る途中に見つけたキノコからいい出しが取れたからな」
「十兵衛は釣りも上手くて、料理も上手くて万能だね」
右衛門もそう言って感心しながら魚汁を啜った。すると十兵衛はそんな右衛門の様子を見計らいながら真剣な表情でぼそっと呟いた。
「ただキノコの見極めだけは自信が無いんだよな」
右衛門は十兵衛の呟きを耳にした瞬間、もしかしたら毒キノコの可能性があるかも知れないという思いが過り、口一杯に含ませたその魚汁の行方に戸惑いを過らせた。口から吐き出すか、胃に送り込むか、悩んでいる間に行先に困った魚汁が鼻や気管支へと流れ込む。
「ぶへっ、げほ、げほっ」
右衛門は思い切り咽っていた。
「冗談じゃ、右衛門、大丈夫か?」
「大丈夫、げほっ、じゃない、げほっ、げほっ」
「ははははは!」
十兵衛と彦二郎は右衛門の様子を見て大笑いした。
三人は小浜から若桜街道を今津に出て、そこから船で対岸にある観音寺に向かおうとしていた。
「あの明かりが観音寺だな」
彦二郎が遠くの対岸に見える灯りを指差した。
月明かりを受けて絶えず煌く湖面の先に、明らかな人工の灯火が見える。その灯りは周囲の山々を照らし出すほどの大きな力を誇っている。
「御爺上の城は大きい、この遠くからでもその存在が良く分かる」
その観音寺城の灯りに義祖父の存在の大きさを感じながら三人は暫くのその光景に見入っていた。
「今日はもう対岸に向かう船は無いか」
「無ければ今日はもう休んで明日だな」
目の前に広がる湖は非常に大きく、夜間陸路を迂回するよりも明朝船で渡る方が早い。十兵衛は再度湖面を渡る船が無いことを確認すると、その場に寝転び夜空を見上げた。夜空には無数の星が広がっていた。
暫くその星々を眺めていた十兵衛は、ふと疑問に思ったことを二人に問い掛けた。
「なぁ、この夜空に広がるあの光る粒の正体って何だと思う?」
知への追究、それは十兵衛の気質の一つだった。
分からないことがあれば納得できるまで追究し、興味を引くものがあれば熱中してとことんやりつくし、必要なことがあれば一人前の腕になるまでに会得する。またその一方で理に合わず、中途半端で、無駄なことを好まない。
彦二郎と右衛門は幼き頃からそんな十兵衛を良く知っている。
「夜空の星は天上界に住む神々の灯火であろう」
「人の命の光が映し出されているものと聞きましたよ」
その二人の返答はどちらも確証が取れる物では無い。二人にとっても分からない物は分からないし、知らない物は知らない。漠然とした会話を続けることが良いのだと思う。
「夢想的だな、もっと何か納得できる理由があると思うのだが…」
考え込む十兵衛に対して話に行き詰まる。こんな時の十兵衛に対する話の仕方にも慣れている。
「案外とつまらぬ理由かも知れぬぞ」
「そうそう、知らない方があれこれ想像できて面白いこともある」
「ふ、そうだな、そうかも知れぬな」
十兵衛の面倒臭そうな論点をうまく切り換えることができる二人だった。
十兵衛は再び夜空の星を眺めていた。無数の光の輝きの中にもしかしたら自分の存在を映し込んでいる光があるのかも知れない。そんな考えもこの野外で夜空を見上げていればこそ体感できるものと思った。
「光る粒振り敷き広がる天の川」
思わずボソッとそんな歌を詠んだ。
するとその十兵衛の歌に合わせて別の歌が聞こえた。
「地人の灯火で天に応える」
「湖上より天に架けるは月の橋」
自分が呟いた歌に即興で合わせて来る連歌に十兵衛はフッと笑みを浮かべた。しかし次の瞬間、その声が二人のいる方向とは反対側から聞こえたことに気がついた十兵衛は驚きの表情を見せながら声の方向に振り向いた。
そこには別の二人が立っていた。
「久し振りだな、十兵衛」
「ぬしらこの様な所で何をしておるのだ」
すると直後、その二人に気が付いた彦二郎と右衛門が声を上げた。
「あれ、宗養と紹巴じゃないか?」
「こんな所で奇遇ですね!」
その二人は連歌師の宗養と里村紹巴であった。
宗養は十兵衛の二歳年上で彦二郎と同い年、紹巴は三歳年上で、幼い頃から皆で連歌に親しむ仲であった。
宗養の父の宗牧は京における連歌師の第一人者で、紹巴はその宗牧に弟子入りしていた。宗牧は越前出身のため隣国の若狭では宗牧の帰郷に合わせて度々連歌の会が催され、年頃の近い五人は幼少時より顔を合わせる機会が多かった。
「ぬしらこの様な場で野宿か?」
「あぁ、そうなりそうだ」
「もう今日は観音寺への船は無さそうですからね」
「観音寺ならこれから我らが行く所だ、何なら一緒に乗って行くか?」
既にこの場で一晩小さな焚火を囲って過ごす事を覚悟していた彦二郎と右衛門は宗養の提案に驚いた。
「何、船が来るのか?」
「ほら来た、あれだ」
宗養は三人に湖の右方を指差した。すると確かにその方向からは一隻の船が近付いて来ているのが見えた。
「おお、かなり大きい、あれなら馬も載せられそうだ」
「是非、我らも乗せてください」
彦二郎と右衛門が正に助け船が来た、と思いながら歓喜の声を上げた。しかし十兵衛はその船を見て一つの疑問が湧いていた。
「あれは幕府の軍船ではないですか、普通で考えればお二人の迎えで動く船ではないと思いますが?」
その十兵衛の疑問に宗養は笑顔を見せて言った。
「船はおぬしらの義祖父の管領代様が手配されたものだ、実は観音寺には私の父上と一緒に幕府のお偉い方を先にお連れしている様だ、まぁ我らはおまけだな」
「宗牧さまが、幕府の偉い方と?」
「あぁ、皆で一緒に管領代様の所に呼ばれておる、おそらく何かまた密命であろう」
連歌師は時に幕府や朝廷の密命を帯びながら地方に赴く。
(密命か?)
十兵衛は自分に課せられている三方美濃攻めの件に関連することかも知れない、と思いながらも、この場でその事に触れることを避けた。
「よし船に乗り込むぞ、ぬしら馬を運ぶ準備だ」
宗養の一言で皆が動き始めた。十兵衛は焚火を消し、彦二郎と右衛門は近くに繋いでいたそれぞれの馬を引いて来た。二頭の馬は花束が飾り付けの如く積まれている。
「何じゃ、ぬしら、その馬は?」
「花束てんこ盛りだな?」
宗養と紹巴に吃驚された彦二郎は十兵衛の方を指差して言った。
「何となく察しは付くであろう」
宗養と紹巴も十兵衛の気質は昔から良く知っている。恐らく十兵衛の趣味と価値観と拘りの中で積まれた物であろうと思う。宗養と紹巴は呆気に取られた様に二頭を見ていたが、あまりにも大量の花束で飾り付けられた様な馬の姿を見ている内に可笑しさが込み上げて来た。
「ははは、もしかしてこの馬を道中ずっと引いて来たのか?」
「ははは、こりゃ祭り道中だな、チャグチャグ馬っこか?」
「チャグチャグ馬っこ?」
それは花束を積んだ馬を見て言った紹巴の言葉で、宗養の間では理解し合っている様だが十兵衛には理解できない。
「何ですか、それは?」
純粋に知らないことを知りたいと思う。十兵衛は二人に訊ねた。
「知らぬか、奥州の方で催されておる祭りだが、ちょうどこんな感じで馬を飾り付けるんだよ」
二人は連歌師としてまだ若い駆け出しであるが、既に全国を巡って連歌の会を催す傍ら、その土地の情勢や風土の視察を行っている。見聞知識の範囲は広がっており、全国ではその場所場所で様々な祭りが行われている事を知っている。
すると彦二郎と右衛門は二人の話に思う節があり合槌を打った。
「そうか、それで道中やたらと子供が集まって来ていたんだ」
「何かの祭りだと思われたんだね」
宗養と紹巴は納得の表情を見せる二人の馬に近寄って馬に積まれた花束を確認すると、十兵衛に向かって訊ねた。
「十兵衛、この花束の山、持って行ってどうするんだ?」
「牛の餌か?」
紹巴は冗談を交えて訊ねた。しかし十兵衛にはあまり冗談が通じない。十兵衛は自分が高い価値があると思って摘んで来た野草を牛の餌呼ばわりされ、少しカチンとしながら言った。
「それはムラサキ草だ、観音寺の後、京に持って行って染物屋に売るつもりだ」
それを聞いた宗養と紹巴は顔を見合わせプッと一笑した。
「十兵衛、ムラサキ草は今年全国で大量に群生しているのが見つかった様で、既にたくさん都に持ち込まれておる」
「価格が大暴落しておる故、恐らく今売れぬぞ」
「何、本当か?」
そのムラサキ草の取引に関する情報を聞いた十兵衛は驚いた。
「十兵衛、商売するなら最新動向はしっかりと掴んでおかないとな」
その話を横で聞いた彦二郎と右衛門はここまで恥ずかしい思いをしてまで運んできた努力に対し少し気落ちした。しかしこの先は恥ずかしい思いをせずに済むと思うと気が楽になる。
「何だ、売れぬのか、では運んで行ってもしょうがないな」
「捨てて行こう、いいよな、十兵衛」
売れぬのであればこの先運ぶ意味は無い。十兵衛は直ぐに返事が出来ず落胆していた。確かに宗養に言われる通り、商売で利を得ることは最新動向にける情報が重要であり、そんなに安易なものではないと思った。
「ぜ、是非に及ばず…」
十兵衛は残念に思いながら花束を放棄する決断を伝えた。しかしその決断の言葉を待たずに、彦二郎と右衛門は馬に飾られた花束を剥ぎ下ろしていた。
「さぁ、行くぞ!」
湖畔にムラサキ草の花束の山を放棄した後、五人は対岸の観音寺を目指して、桟橋に到着した船へと乗り込んで行った。




