第六章 継承 都の統治者(1)
天文十三年(一五四四年)夏、尾張古渡城の大広間では織田家の重臣たちが硬い表情を浮かべながら整然と並び座っていた。
当主の織田信秀も他の重臣らと共に本来自身が座す上座の前に並んでいる。
「来られた様だな」
信秀は廊下を歩いてくる者たちの足音を耳にすると、隣りに座る弟の信光の方に振り向いて呟き、他の重臣たちと共に頭を下げた。
すると次の瞬間、信秀のもう一人の弟である織田信康が二人の男を連れて広間に現れた。一人は高貴な衣装を纏った男でもう一人はその付き添いの若者であった。
信康と付き添いの若者の二人が広間の入口付近に控えて座る中、高貴な衣装を纏った男は少し怯えた様子を見せながら、低頭している織田家の重臣たちの間を通って上座へと上がり、周囲を警戒する素振りを見せながらその場に座った。そして、落ち着かぬ様子で織田家の重臣たちが居並ぶ光景を見渡すと、目の前にいる信秀に向かって声を掛けた。
「の、信秀殿、こ、此度はよろしく頼む」
その男は美濃の元守護の土岐頼芸であった。
三年前、頼芸はそれまで重用していた守護代家の斎藤道三に実の弟を謀殺されると、その専横ぶりに対抗することができず、美濃を追放され隣国である尾張に逃げ込んでいた。その後、美濃が道三による直接支配となる中で、頼芸は武家の名門土岐家の復権を望み、尾張の実質的な領主である信秀に武力支援の要請を続けていた。
しかしながら信秀は東から迫る今川氏への備えを理由に、これまで何も応えられずにいた。
六年前、信秀は自身の勢力拡大のため、当時駿河今川氏の物流拠点となっていた熱田湊に近接する那古野城を謀略で奪っていた。これによりその後、今川氏との関係は悪化したが、駿河を含む東方の国への物流や情報が支配出来るようになり莫大な利益が上げられる様になっていた。
この時の駿河今川氏の当主は十一代目となる義元であった。
義元は幼少の頃、継承順位が低かったため、京の都の仏門に出され、成長期を京の先進文化の影響を受けながら過ごしていた。
このため駿河に戻り今川家の当主を継承した後も京の都への思いが強く、反攻勢力である尾張の織田氏が自家の拠点の城を奪い、京との間に入って流通や情報に干渉すると共に、膨大な貿易の利を上げていることを殊のほか嫌っていた。
家督継承の当初に内乱で一時勢力を落とした義元であったが、その後、太源雪斎の補佐による国内統制の確立や、甲斐武田氏との婚姻による同盟関係の構築を経て勢力を盛り返し、今や遠江をほぼ平定し、尾張の隣国の三河にまでその勢いを伸ばす様になっていた。
昨今の三河での勢力争いは激しさを増しており、東の松平家が今川方に、西の水野家が織田方に傾くなど、それまで良好な関係であった婚姻・親類関係を破壊して陣営の分断が進んでいた。
(今は今川に対して万全な策を施すことが大事)
それは織田家中の間で一致した意見であった。そのため頼芸の依頼に対しては、信秀を始めとして織田家中の皆が困惑していた。
「の、信秀殿、美濃を道三から再び土岐家の許に戻してくれ、頼む、頼む」
頼芸は周囲に怯えながらも必死に訴え続けていた。
武家の名門土岐家が戦国の世の中で滅亡する。その様なことがあってはならない。このままでは先祖に対して申し訳が立たず、何とか家を復興させなければならない。しかし美濃を追放となった今、他国の力に頼るしかない。
上座から必死に頼み込む頼芸であったが、信秀を始め織田家の重臣たちの反応は薄い。この時信秀は頭の中で再度美濃への派兵に必要な兵力を算段していた。
美濃の斎藤道三を駆逐するためには最低二万人の兵力と、年単位の期間、そしてそれに掛かる資金が必要になると考える。しかし東方への備えを崩す必要が生じその算段は合わない。
(何とかしてあげたいがやはり厳しい、断るしかないか…)
信秀がそう思った時であった。
「頼芸様、ありがとうございました。この先は私が話をまとめておきまする!」
広間の後方から頼芸と共に訪れた若者が大きな声を上げた。
「そ、そうか、では信秀殿、仔細はあの者とまとめてくれ」
その若者の声にほっとした表情を見せた頼芸は、以降の交渉まとめ役にその若者を指名すると、早々に広間を立ち去って行った。その退座する様子からは、退座の理由が多忙等の理由ではなく、他国の見知らぬ武家の者たちが集まるこの場から早く離れたいという心情が伺えた。
これまで政務の一切を家臣に任せていた頼芸に他国での交渉事は困難であった。付き添いの若者は頼芸の様子を窺いつつ、最初から頼芸を途中退座させるつもりでいた様であった。
その若者を、重臣たちの列の末端に座す佐久間半介が見つめていた。
半介はこの日、佐久間家の若き当主として初めて織田家の重臣たちの列に加わっていた。広間に集まる重臣たちは戦で名を馳せた武将ばかりで、何も実績の無い半介は、場違いな所に来た様な思いを抱きながら緊張感を高めていた。
(こ奴に緊張感はないのか?)
自分と同じ年頃に見えるその男は、自分よりも場違いであろうこの場に一人残り、難題の交渉事をまとめる大任を担いながらも、緊張の様子は全く見受けられない。もし自分であったら耐えられぬであろう。半介はその度胸の強さに驚きを感じていた。
一方広間の重臣たちは頼芸が退座した後、それまで重くなっていた口を開き始めていた。
「全く美濃の継承はよく揉めるのぉ」
「そうですね、土岐家も地に落ちたものです」
信秀の叔父の織田玄蕃允と子の飯尾定宗は土岐家の凋落を蔑んだが、頼芸への印象は他の重臣たちも同様であった。
「しかし頼芸様も美濃への復権とは未練がましい」
「守護に戻られてもあれでは国政を維持できまい」
「あぁ、きっとまた追放の憂き目に会うのではないか?」
「そうなると我ら美濃に奉じても無駄骨だな」
「うむ、迷惑以外の何物でもない」
そんな重臣たちの意見はまた信秀の隣にいる信光も同様であった。
「我らが美濃派兵で目標となるは斎藤道三の駆逐と土岐家の復権、それに対して得られる利は…、兄者、我らが得られる利は薄いのではないか?」
信光はその労力に対して得られるであろう利が割りに合わないと思った。
「うーむ」
信秀は信光に対して返答する事無く、考える様子を見せながら本来自身の上座に座を移すと、自分がいた場に座を移した信康に訊ねた。
「信康、ぬしはどう思う?」
信康の居城である犬山は木曽川を挟んで美濃と対面した位置にある。そのため美濃との間で民衆の往来が多く情報も入りやすいであろう。信秀はもう少し何か情報を聞いて判断したいと思っていた。
信康は信秀の方に顔を向けると、広間の入口の方を確認しながら応えた。
「兄上、確かに我らだけで美濃に派兵するとなれば相当な準備を要しなければならず、東方に大敵を抱えている状況では困難かと思われます。しかしながら此度、美濃に攻め入るは我らだけではない様です」
「何、どういうことじゃ?」
「詳しくは使者の者が報告します」
そう言うと信康は先程まで共に広間の入口で控えていた頼芸の付き添いの若者に目を向けた。
その瞬間半介は思わずどきっとした。
(きた、大丈夫なのか、こいつ!)
重臣たちの視線が一斉に自分の隣にいる男に集まる。半介はそれが自分に集まってきた視線かの様に一気に緊張感を高めた。しかし半介の心配を余所に男は全く緊張する様子もなく皆に一礼すると、堂々とした態度で話し始めた。
「先ず最初に申し上げますが、私は土岐頼芸様にお仕えしている者ではなく、今越前に身を置かれている土岐頼純様にお仕えしている者です」
この使者の男の最初の話に広間は騒然となった。
越前朝倉家には以前頼芸と美濃の守護の座を争い、敗れて先だって追放となっていた頼芸の兄の子の土岐頼純がいた。頼純の母は越前朝倉家の娘で、頼純は父の死後、朝倉家の支援を得ながら美濃守護職の就任を目指していた。
頼純と今回尾張に逃げ込んだ頼芸は互いに美濃の守護職を望むという所で争点となっていたが、美濃での土岐家の復権という共通目的を掲げて和睦していた。
使者の若者は共に訪れた土岐頼芸ではなく、今越前にいる頼純に仕える者と言う。重臣たちがいよいよ複雑な話になってきた、と思う中で信秀が訊ねた。
「して使者の者、先程の信康の話からすると、土岐家の擁立に向けて他に動く所があるというのか?」
かつての幕府名門の守護家とはいえ、あの様に落ち目の土岐家のために本当に動く武家があるのであろうか、信秀を始めとする重臣たちは皆疑問を持ちながら、使者の若者に着目した。
すると使者の若者は皆の前に歩み出て、美濃を中心とした地図を広げると、再び自信に満ちた強い口調で答えた。
「北の越前からはこの徳山谷を超えて土岐頼純様を奉じた朝倉宗淳様、朝倉宗滴様が侵攻される予定です。また西の近江からはこの関ケ原を超えて頼芸様御正室の実家に当たります六角定頼様が侵攻される予定になっています。これに南の尾張から織田様が加われば、勝負はもう決まったも同然となりましょう」
これを聞いた重臣たちは驚いた。
「越前の朝倉と近江の六角が共に動くのか!」
「すごい連合軍じゃないか!」
「三方から侵攻されては道三も一溜りもないのぉ」
それは織田家の重臣たちにとって初めての他国との連合、且つ大規模な軍事行動であった。信秀は使者の話を聞いてまた算段を起こし直していた。
(なるほど越前と近江が動くとなれば、我らは美濃側の戦力を動かすだけで済む、東方に向けた戦力を割く必要はない)
三方に位置する周辺国が取り囲む形で一斉に美濃を攻める。それであれば少ない人数の派兵で済み、掛かる資金も低く抑えることができる様に思える。そしてまた三方の国からの圧力は相手の対抗心を削ぎ、交戦期間も短くできると考えられる。
「確かにそれであれば算段も合うな」
信光も納得していた。
また越前や近江の衆は畿内で上方の戦にも参加しているため、重臣たちの中には彼らがどの様な戦を演じるのか、興味を沸かしている者もいた。
「もし合戦で一緒となったら越前や近江の兵回しも見てみたいのぉ」
「うむ、朝倉や六角の者たちはどの様な戦構えを見せるか気になるのぉ」
「越前の朝倉宗滴は歴戦の雄たる武将と聞くぞ」
「近江の六角定頼も近江を統一する勢いと聞く」
使者の若者はここで織田家の重臣たちの興味の頃合いを見計らう様にして話を続けた。
「これは少々余談かも知れませぬが、此度近江の六角様、また若狭の武田様を通じて京の将軍足利義晴様にも我らへの後押しを頂いております。結果は即座に将軍様にご報告される予定です」
この使者の男の言葉にまた皆が驚いた。
「何、本当か、将軍様御公認の戦となるのか!」
「上方に届く戦ということか!」
「ここで大きな手柄を立てれば天下に名声が行き及ぶのぉ!」
「武家の誉れだな!」
武家として天下に名声を轟かせる絶好の機会になる。そう思う者がいる中で疑問を持つ者もいた。
「しかし何故将軍様が京から離れた美濃の国などを気にされるのだ?」
「そうだな、使者の者、我らを誘い込むための嘘ではないのか?」
一部の重臣の疑問に対し、その答えを求めて広間の皆がまた一斉に使者の若者の方を振り向いた。
(こわっ、大丈夫か!?)
半助は重臣たちの厳しい目線が隣りにいる使者の男に集まっている事を自分への事の様に感じて恐れを抱いた。この厳しい視線に対してこ奴は上手く対応できるのか、何か心配になった。
しかし使者の若者は全く動じていない。
「将軍様にとって御自分が選任した守護土岐家が守護代斎藤家に追放されるという事態は幕府支配体系が崩れているということになるため絶対的に容認できないでしょう、ましてや斎藤道三などいう出自のはっきりせぬ者が一国を統治することなどは許されませぬ」
その使者の若者の言葉に重臣たちが一様に足利将軍の立場になって事態を考えた。確かに家系を重んじる将軍が道三の統治を阻止したいという思うことは至極当然の様に思える。
「なるほどのぉ、確かに美濃一国、将軍の意思に関係の無い統治となる印象が深まる、この様な国が増えてくると将軍家でも今後危うい」
「できれば自ら全力で阻止したいという気持ちであろう」
「道三の統治を阻止したいのは頼芸様以上ということか」
「道三により幕府の統治が歪められてしまったということだな」
「道三も嫌われたものじゃ」
「それで斎藤道三とは一体どの様な者なのじゃ?」
玄蕃允の問い掛けにより、この後の重臣たちの話は斎藤道三に向けられた。
「道三は元々守護代斎藤家の者ではなく小守護代長井家の者で、斎藤家は乗っ取ったのであろう」
「いや、その長井家も乗っ取っていて、元は一介の商人だったらしい」
「一介の商人が美濃の領主にのし上がるとは、今の乱れた世の象徴じゃな」
「世間では蝮と呼ばれておるらしい」
「蝮か、なるほどのぉ」
重臣たちは道三個人についての話を深めていた。
その重臣たちの話に突如使者の若者が割り込んだ。
「将軍様も土岐様も道三による美濃の統治は断じてお認めになりません」
その口調の強さは使者の若者の自身も認めないという意思がはっきりと伝わるものであった。
信光が言った。
「商人となると武家の当たり前が通じぬこともある、厄介な相手になるかもしれぬのぉ」
皆が道三に対して油断ならぬ者という印象を抱いた。
皆の意見を聞いていた信秀は、ここで意を決して声を上げた。
「朝倉と六角の参戦で、此度我らは東の今川への備えを崩さず美濃に侵攻できる。そして思いのほか勝負は早く着くであろう。東方の大敵に集中するためにも、北方の美濃は安定であることが好ましい、しかしその美濃が道三の様な者が支配する所となるのは落ちつけぬ」
集まった重臣たちはその信秀の話を聞くと、皆神妙な面持ちになりながらその座す体勢を整えた。その重臣たちに向かって信秀の判断の声が響く。
「蝮退治を行う、追って沙汰を取り決める、皆準備を頼むぞ!」
「ははーっ!」
重臣たちの威勢の高い一声と共に会合は解散となった。
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半介は会合の後、城から立ち去ろうとする使者の男に声を掛ける頃合いを見計らっていた。
自分と同じ年頃の若者が、織田家の重臣たちを前に物怖じすることも無く派兵の約定を取りまとめる。それは半介には考えられないことであった。その様な事を平然と行う者がただ者である筈がない。他の重臣たちは単なる一使者として気にも留めていない様であったが、半介はその男の素性が気になり確かめたいと思っていた。
そして城の馬止めの場に差し掛かった時、半介はその使者に背後から唐突に声を掛けた。
「ぬし、名は何と申すのだ?」
唐突に声を掛ければ相手は驚くであろう。それは不作法かも知れないが、ここまで平然と大役をこなしたこ奴が少し驚く顔を見てみたいと思う。半介は少し意地悪になることを承知で声を掛けた。
しかし使者の男は予期していたかの様に全く動ぜず、ゆっくりと半介の方を振り返り答えた。
「名乗るほどの者ではないが、私は明智十兵衛と申す」
「何、明智?」
半介はその名を聞いて逆に驚かされた。
明智と言えば土岐家の支流の家柄だが、今回敵とされる美濃斎藤道三の重臣で継室の出自の家と聞き及んでいる。
(こ奴、敵ではないのか?)
半介は思わず疑いの目を向けた。
その半介の心情を察してか、使者の男は笑顔を見せて言った。
「大丈夫だ、先ほども言った通り私は今美濃を出て、越前の土岐頼純様の所におる。今明智の家を継いでいるのは私の叔父だ。私の父は私が幼少の頃、あの道三に謀反の嫌疑を掛けられて暗殺されたのだ。私は母の実家で幕臣の若狭武田家で育ちその後は京におったので、今の明智の城におる叔父上との縁は無い」
(そういうことか…)
半介は凡そその男の話に嘘は無く納得していた。
本来であればこの男は自分と同じく一城の主になるべき身、しかし何があったのかは分からないが残念なことに父親が殺され所領を失い、他家にて生活の糧を得ている様である。
「それは気の毒であったな」
戦乱の世によくある話とはいえ、半介はいたたまれない思いがした。しかし十兵衛と名乗る男は全く気にも留めていない様であった。
「いや良いのじゃ、私は父と明智の地を失くした代わりに京の都や幕府との縁が持てる様になり、これまで多くの見聞や貴重な体験をさせてもらった。先日久し振りに内密で明智の地を訪れてみたが、城も土地も文化も情報も皆非常にちっぽけなものに感じた。恐らく明智の地に居続けていたらその様に思うことはなかったであろう。私は自身の将来の上では良かったと思うておる」
(そうなのか…)
その言葉に悔しさや無念さは感じられなかった。馬止めに繋がれたその男の馬も決して良いとは言えぬ馬で、外見では決して豊かな生活を送っている様には見えないが、内面はその貴重な体験とやらで充実している様に見える。
この男から見ると佐久間家の期待の若当主と言われる自分は小城を守るちっぽけな存在なのであろう、それどころか織田家の重臣の集まる会合などというものすらちっぽけなものと感じていたのかも知れない。
(一体この男はどの様な体験を積んできているのだ?)
それは恐らくひとことで説明できるものではないであろう。そう思いながら半介は使者の男を見つめていた。
使者の男は馬に繋がれていた縄を解き、その上に跨った時、別途思い出したかの様な表情を見せて半介に言った。
「そう言えば、那古野にいる織田家の御嫡男は中々面白き御子と聞く、これから尾張も楽しくなるのではないか?」
その言葉に半介は吉法師の姿を思い浮かべた。
確かに自分はこの嫡男は何か普通とは異なる感覚を持っており、この戦乱の変革期においては時代を変える様な楽しみに思うところがある。しかし世間ではうつけと称されており、男の質問は冷やかしにも思える。
「まぁ、少なくとも儂は楽しみに思うておる」
半介は少し不安に思う所を跳ね飛ばすかの様にして答えた。問題も多いかも知れない、しかし津島で川並衆との模擬戦を行った時に感じた楽しいという思いに間違いない。
使者の男はその半介の気持ちを察すると、馬上から笑顔で言った。
「ははは、では佐久間殿、互いに楽しみはこれからですな、因みに私は佐久間殿と同じく享禄元年の生まれ、同い年ゆえ、今度何かありましたら誼に願いたい」
その言葉に半介は突如豆鉄砲を喰らったかの様に固まった。
「ははは、ではまた!」
半介が何も言い返せぬ状態のままでいる中、明智十兵衛と名乗る使者の男は笑顔を見せながら馬を歩ませて去って行った。
半介はその男の姿を睨むようにして見送っていた。
(あ奴、儂のことを知っておった、こちらからは名乗っておらぬのに、享禄元年の生まれだということも…)
半介は織田家中の自分たちがあの男に十分に調べ尽され、今日の会合はあの男によって練られた筋書き通りに進められていたのだと悟った。
自分と同じ年の男が他国に来てその力を自身の目的の方向に動かす。それは一見不可能に思われる。しかしあの男は此度事前に相当綿密な調査を行い、周到に戦略的な筋書きを練り、日頃から実行における度胸を鍛えて臨んだのであろう。それはとても自分に真似できる事では無い。
(何て奴だ!)
半介は遠目に消え去ろうとしている使者の男の後姿を目にしながら、身震いがするのを感じていた。




