第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(24)
吉法師は真っ暗な世界をを彷徨っていた。
(ここは何処じゃ… 暗い… 何も見えぬ… 誰か… 誰もおらぬのか?)
いつの間にか敵に追われていた夜の山中に時が戻っている様であった。自分は今何処にいるのか、右も左も分からなければ、上を向いているのか下を向いているのかさえも分からない。周囲に人の気配は無く、空虚で孤独な空間が広がっている。
その中で何処からか松井友閑の声が響く。
(お方はまだ己の個としての成長を考えねばならぬ)
吉法師はその声を聞いて思った。
(ここはそのための場か…)
吉法師は暗闇の中を彷徨いながら自らの存在について見つめ直した。自分とは何か、自分がこの戦乱の世に生を受けた意味とは、そう考えた時、ふと自分の手の中に二本の扇子があることに気が付いた。吉法師はその扇子を見つめながら呼吸と体勢を整えると、心を集中し、自身の覚悟の舞である敦盛を演じた。
人間五十年 下天の道を比ぶれば 夢幻の如くなり
一度生を受け 滅せぬ者のあらざるべきか
するとその時吉法師は新たな声を耳にした。
(吉法師様の本当の目標は天下の仕組みを築き直すこと、つまりは天下の再構築ですわ)
それは津島の天王祭の時の吉乃の声だった。
「そうだな、吉乃…」
吉法師はその声の方向に向かって呟いた。すると遥か遠くに光を纏った吉乃の姿が浮かび上がるのが見えた。その光は吉乃の微笑と共に広がっていき、ほどなく自分を包み込んでいく。
(ま、眩しい…)
そう思った瞬間、吉法師は陽の光に照らされている自分に気が付いて目を覚ました。
「あぁ、夢か?」
そう呟きながら起き上がった吉法師は、次の瞬間ぎょっとした。
「おはようございます、吉法師さま」
「おはようございます、吉法師さま」
「おはようございますぅ」
「おはようでごいす」
この一晩自分を見守っていたのであろうか、自分の寝床の周りにはたくさんの者たちが囲っており、目を覚ました自分に一斉に挨拶をしてきた。最果ての者は部屋を突き抜け屋外にまで達している。
「おはようございます」
「おはようございます」
最も近くの寄り添うほどの距離には玉と結が並んで座っており、その周りを勝三郎や四郎等の那古野の子供衆が囲っていた。反対側には尾張黄金世代の六人、そして水野家の面々も揃っており、皆が笑みを見せながら自分が目を覚ますを待っていた様だった。
吉法師は皆を見渡しながら思った。
(見ていた夢とは真逆じゃ)
自分の周りには夢とは異なりたくさんの笑顔を見せる者たちがいる。吉法師は苦笑しながら皆に叫んだ。
「皆の衆おはよう、いい朝じゃなー」
妙に陽の光が眩しく感じた。
笠寺で伊賀衆に浚われて後、ようやく非現実の世界から現実の世界に戻る、新たな時が動き始める、そんな予感を感じさせる陽の光だった。
「吉法師さま、お迎えに参りました」
「探しましたぞ」
それはまた別の方向からの声だった。吉法師が振り向くとそこには佐々隼人正と柴田権六の姿があった。
「おぉ、隼人正に権六、ぬしらも駆け付けてくれたのか?」
吉法師は尾張でも突出した武勇を誇る二人の姿を見て思わず笑顔をこぼした。隼人正はそんな吉法師の表情とは逆に申し訳なさそうな表情をして言った。
「実は我ら既に昨晩の内に麓には到着していたのですが、この寺までの登り口が見つからず、立ち往生しておりました」
それを聞いて吉法師はこの寺が隠し寺であったことを思い出した。恐らく夜で多人数であるほど侵入が拒絶される様に出来ているのであろう。
「なるほどそれで朝になり、明るくなるのを待って登って来れたという訳か?」
吉法師は隼人正に問い返した。朝となれば結界の敷かれた隠し寺でも見つけやすくなるのであろう、と吉法師は思った。すると隼人正は後ろの二人のいる方向に目を配りながら答えた。
「いえ、実はここの山道を知るこの者たちに出会って一緒に登って来たのです」
そう言って隼人正が目を向けた先にいたのはまた吉法師が良く知る二人だった。
「いやぁ、大学がとにかく最悪の事態を考えての行動が必要だと言うんで、吉法師様を探しに岡崎まで行っちゃいましたよ」
「ははは、半介、敵の懐に忍び込んでの瀬戸際奪還作戦が不発になって残念であったのぉ」
それは津島の川並衆との模擬戦で共に戦った佐久間半介と佐久間大学であった。
「いや、そんな作戦やりとうなかったから残念で良かったです」
「ははははは」
その二人の会話はその場の皆の大きな笑いを誘った。
佐久間家の二人は吉法師が笠寺で浚われたという連絡を受けた時、尾張から敵対する三河に連れ出されるという最悪のことを想定して独自に家中の者を集め、連れ込まれるであろうと予想した松平家の本拠の岡崎の城を密かに見張っていた。
「半介、大学、ぬしらにも心配掛けたな」
吉法師は素直に二人に謝意を見せた。
半助は吉法師に笑顔を見せると、一着の着物を吉法師の前に差し出した。
「さ、吉法師さま、出立に先立ちその恰好では何かと差支えがありましょう、これにお着替え下さい」
半介は吉法師を見つけた後の次の対応として、先ず着替えが必要になるであろうと考えていた。半介は幾つかの状況を想定して着物の用意をしていた。
「おっ、すまぬ…」
ようやく普段の衣装姿に戻れると思った吉法師であったが、その衣装は昔ながらの高貴な武家の正装で自分の好みではない。
「結構古風だな、これ」
いつも身に纏っていた衣装は武家においてはうつけ者と言われるが、最新の流行に沿ったものであり気に入っている。それに比べて半介が用意してくれた衣装は昔の古い武家の形式を引きずっている様でどうも好きになれない。
(鎌倉の時代のものか、年代的な志向の古さを感じる、でもこのまま巫女姿で帰るよりはましか…)
吉法師は困惑しながらも着替えに応じた。
しかしこの時の周囲の反応は吉法師の反応とは逆であった。
「おぉ、吉法師さま、何とも凛々しい」
「あぁ、何か時代の風格を感じるのぉ」
「うむ、歴史ある高貴なお武家さんの様じゃ」
多くの者がこの時の吉法師の姿を見て高貴な印象を抱き、驚いた様子を見せていた。それは水野四家の面々も同様であった。
「この若殿の姿…」
「あぁ、我らの選択は恐らく正しい」
「ふっ、逆に我らこの嫡男の方からは一本取られた様じゃな」
「うむ、その様じゃな」
水野家の四人はこの時の吉法師の姿を見て、自分たちが駿河の今川との縁を切り、織田家と同盟を組む選択した判断について強い自信を得ていた。
それは半介の策謀であった。人は先ず見た目で凡その人の判断を行うため、実態の判断を狂わせてしまうことがある。水野四家の男たちはその実例として、織田家との同盟締結の際に信秀の前で歌舞いて見せたが、この場ではその凛々しい姿を見せる吉法師に、逆の形で驚かされていた。
吉法師は身なりを整えた後、皆に向かって大きな声を張り上げた。
「よし 出立じゃ!」
「おぉ」
吉法師は寺を出立し、那古野の城に帰還することを伝えた。
「吉、元気でな、ぬしのこれからの活躍、孫一やお民と共に見させてもらうぞ」
寺の山門では善空が見送りと共に声を掛けてくれた。既に昨夜の内に孫一とお民は出立していてその姿は無かったが、善空の言葉には二人の面影と思いが共に加わっているのを感じる。
(吉、ぬしはぬしの生きるを楽しめ!)
(またいつか、会える日を楽しみにしているわ!)
二人の思いが善空を通じて感じることができる。
(繋がるものだな…)
吉法師はそう思いながら善空に別れを告げると下山の途についた。
昨日寺の防衛のために崩落させた橋では烏丸たちが応急修理し、吉法師たちの一行が渡れるようにしてくれていた。その崖の上では案山子たちに並び、人が模した様な四体の仏像が見送ってくれている。
「ありがとう、世話になったな、また会おうぞ!」
吉法師は皆に大きく手を振った。
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空は那古野に帰還する吉法師を歓迎するかの様に晴れ渡っていた。
下山した吉法師らの一行は那古野への帰還に向け列を成して街道を西に向かっていた。先頭は尾張黄金世代の三人、佐々孫介、毛利新助、河尻与兵衛が並び、その後に柴田権六、佐々隼人正、佐久間半介がそれぞれ手勢を率いて続き、更に水野四家の家臣団が続いていた。
「吉法師さまの一行か、凄いな!」
「本当じゃ、大層な面々を従えておる!」
「知多郡の水野家もおるぞ、吉法師さまの仲間になった様じゃのぉ」
尾張でも勇名な者たちが集まるこの吉法師の一行は街道の民衆の目を強く引くものとなっていた。吉法師はこの一連の武家集団の後を自ら手綱を持って馬に乗り進んでいた。
「おぉ。吉法師さまじゃ、あのお姿、威厳に満ち溢れておられる」
「本当じゃ、何とも神々しい立派なお姿じゃ、織田家も暫く安泰じゃな」
古風な武家の正装に身を纏った吉法師の姿は歴史ある格式高き武家を連想させ、街道の民衆に崇高な印象を与えていた。
しかし吉法師から後の行列の印象は一変する。
吉法師が笑顔を見せながら振り返った行列の背後には子供衆の面々が続いていた。子供衆はこれまで列を成しての行軍など行ったことの無く、街道の民衆に注目されることに快感を得て、最も注目される先頭の筆頭の位置を争いながら進んでいた。
「やはり子供衆の先頭は一番武の強い儂じゃろう」
「いや、儂が一番力持ちだから先頭は儂じゃろう」
「いや、儂が一番技に優れておるから儂が先頭じゃ」
「いや、儂が一番役に立っておるから儂が先頭じゃ」
「いや、儂が一番、えーと、かっこ良い、から儂が一番じゃ」
「ふっ、ぬしら子供だな、やはりこの舞の得意な儂が一番じゃ」
各々が基準を異にして主張したため、衆の先頭は目まぐるしく変わり、乱雑な状態となっていた。そして彼らの歩みが一時停滞した時だった。
すたすたすたすた
一人の男児が皆の隙を突いて子供衆の先頭に立った。
「こらぁ、ぬしが先頭行くなー」
「そうじゃ、ぬしはないだろう」
それは子供ながらに僧衣を纏った天心であった。天心は先頭を争う子供衆に呆れ顔を見せながら言った。
「今、おぬしらの中から先頭を選出するのは難しかろう、私であればぬしらの中で角は立つまい、取り敢えずこの場は私が治めよう」
そう言って天心は他の子供衆に負けぬ様な力強い足取りで先頭を歩き続けた。天心にとっては誰が先頭となり筆頭になるかなど関与する所でなければ興味も無い。ただこの一行が那古野の城まで円滑に進むことができれば良いと思った。幸いにも放浪生活が長かったため、自分も歩くことだけであれば、この子供衆に劣ることは無い。
「まぁ、先頭があ奴であれば皆の角が立たないのは事実か」
「うん、確かにそうだな」
子供衆の面々はこの場の互いの競争を避け、天心を先頭にすることで納得することにした。
「天心、やるからにはしっかり先頭を務めるのじゃぞ」
子供衆の後ろから声を掛けたのは親代わりとなっていた滝川一益であった。子供衆の後ろには玉と結がそれぞれ一益と益氏が綱を引く馬に跨りこの一行に加わっていた。
「分かってますよ、親父殿」
このまとまりの無い自己中心的な子供らは自分が先頭となってまとめる。そう固く思った天心であった。しかし次の瞬間、思い掛けないことが起きた。
「あっ!」
先頭を行く天心の目の前を、近くの畑で盗んだと思われる大根を咥えた猪が横切って行った。
「待てー!」
「おい、天心、どこへ行くのじゃー!」
「こらー、先頭はどうすんじゃー!」
それは長い放浪生活で身についていた本能であった。次の瞬間、天心は一益と益氏が呼び止めるのも聞かず、猪を追い掛けて草むらへと飛び込んで行った。
「おい、あいつ消えちゃったぞ」
「あぁ、どうする、先頭?」
「うーん、でも猪、追い掛けるのも面白そうだな」
「よし 我らも行ってみようぜ」
内蔵助、犬千代、九右衛門の三人はそんな話をした後、勝手に列から離れ、天心と一緒に猪を追い掛けて行った。
「何じゃ、他に面白そうなことあればそっちに行くのか」
「ま、その程度じゃな、我らにとっての今の先頭の価値は」
「そだね」
勝三郎、四郎、弥三郎の三人は彼らに呆れ顔を見せていた。
その子供らの様子を馬上から見ていた結は声を上げて笑っていた。これまで同世代の子供と行動を共にしたことの無かった結は、思ったままに行動を起こす自分と同じ世代の子供たちが身近にいることが楽しくて仕方が無かった。
「もう、仕方ないわね、天心は猪大根が好物だから」
それまで生活を共にしていた玉は天心を気遣ってその突飛な行動を説明していた。
「いいわね、楽しくて!」
そう言って笑顔を見せる結に皆が笑顔になっていった。玉と結の娘子を含めた子供衆の列は和気あいあいとした雰囲気となっていた。
二人の娘子の後ろに付いていた馬には水野家侍女の桜が乗っており、その手綱は尾張黄金世代の中野又兵衛が握っていた。桜は前の子供たちの様子を見ながら又兵衛に向かって話し掛けた。
「にぎやかね、やっぱり子供たちは元気が一番ね、楽しい家庭にしましょうね」
「そ、そうじゃな」
嫁入りの雰囲気を出している桜に対し、又兵衛は吉法師捜索の帰路という自分の状況を考えて、緊張した表情を浮かべていた。
此度、吉法師が何者かに浚われた時、供をしていた自分は決死の覚悟で吉法師を探しに家を出ている。そんな自分が嫁を連れて帰って来たら両親や家中の者はどう思うだろうか、変に思うであろうか、又兵衛は想像してみた。
(又兵衛、ぬしは吉法師様と一緒に嫁も探してきたのか?)
(七本槍の男ともなると、転んでもただでは起きぬのぉ)
(何はともあれ、嫁っこも笑顔が良いし、めでたい!)
想像の中の家中の印象は総じて驚く者やはやし立てる者はあっても、非難する様な者はいない。又兵衛は上手い説明の仕方を考えていた。
(桜殿と供に探すことで吉法師様を見つけることができ、家の命もつなぐことができたのじゃ、ここで嫁に向かい入れるは運命である、とでも言うか、本当は酒の上の成り行きだけど…)
又兵衛はそう考えながら馬上で笑顔を振り撒いている桜に笑顔を返した。
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街道では多くの民衆がこの吉法師の行列の様子に目を向けていた。
「おい先程の吉法師様の表情見たか?」
「あぁ、良い笑顔を見せておられたのぉ」
「浚われたらしい、との噂もあったが、どうやら違った様じゃの」
「うむ、何かいいことがあったとしか思えぬ笑顔じゃった」
「最近儂、つきが無いから、あの吉法師様の笑顔にあやかりたいものじゃ」
「あぁ、儂もじゃ」
その様な会話をしていた街道の民の前にやがて行列の最後尾が近づいて来る。その最後尾は行列一番の大きな盛り上がりが起きていた。
「あ、よいよいちー」
「あ、よいよいちー」
ちんちんどんどん、ちんどんどん
ちんちんどんどん、ちんどんどん
そこでは尾張黄金世代の二人の下方左近、岡田助右衛門の与一の踊りに地元のちんどん屋がくっついていた。珍妙な二人の踊りにちんどん屋の軽快な音調が街道の民衆の興味を引き付けている。ちんどんや屋は突然の吉法師の行列に便乗し即席の手書きで『吉奉仕』という旗を掲げ、吉運を商売にしていた。街道の民衆はその吉法師の吉運にあやかろうと、笑顔でその行列の後に続いていた。
「おい、これ、吉法師さまの運気向上の列じゃないか、もう大勢の人が加わっておる!?」
「あぁ、その様じゃな、よし儂らもあやかろう、隣町までお供するぞ!」
「おう」
吉法師の行列は前半に武の勇壮さを見せつつ、後半は民衆の興味を引く民衆参加型のものになっていた。世にも奇妙なその行列は吉法師への親しみと共に伸長していった。
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吉法師の父信秀は吉法師の一行の行列を、それが一望できる守山城近くの丘の上から見ていた。信秀の周りには弟信光とその妻の咲、家老の平手政秀、そして盟友の僧である沢彦宗恩がいた。
「信光、あの軍列と儂の軍列はどちらが強いと思う?」
信秀は実弟の信光に訊ねた。信光は真剣な表情で問う兄信秀に困惑しながら応えた。
「兄者、何を言うておる、あれは殆ど兄者の軍勢と戦とは無縁の民の列じゃ」
可笑しな問い掛けだ、と言わんばかりの信光の返答であったが、信秀には吉法師の行列に考えさせられるものがあった。
(確かにあの列に加わる前半の者たちは儂がまとめている尾張の者たちの軍勢だ、しかし軍勢は指示を出して初めて集まり行動するもので、此度儂は指示を出していない、恐らく吉法師が出したのでもなく、皆自ら吉法師のために集まったものであろう、その様な軍列はきっと、強い…)
信秀は吉法師に自分には無い力の存在を感じていた。すると信秀の義妹に当たる咲が笑顔で言った。
「ふふふ、どちらが強いかはともかくあの行列、とても楽しそうだわ」
この時間に吉法師の行列が直下の街道を通ることは、寺からいち早く守山の城に戻っていた咲が皆に伝えていた。吉法師が率いる行列は街道の民衆を巻き込みながら、見る見るうちに膨らみ伸長しており、その楽しさが伝わって来る様であった。
(吉法師、楽しめている様ね…)
叔母に当たる咲は吉法師が孫一に言われていた通り、世を楽しみながら帰還の途についているのだと思った。
一方で政秀は驚きと安堵の表情を浮かべながら吉法師の行列を見ていた。
「あの若があの様に大勢の人々をまとめた行列を見せるなんて」
吉法師の教育係を担っていた政秀は周囲がうつけと囁く吉法師の将来を常に心配していた。自分の育て方が悪いのか、どうしたら父の様な周囲に認められる立派な武将となるのか、自問自答の日々が続いていた。しかし今、目の前ではその吉法師が古来からの武家の正装で自国の武将と多くの民衆を率いている。皆が愛着を持って吉法師を嫡男として認識して、快く受け止めている。政秀は夢ではないかと何度も目を見開きしていた。
そして沢彦は吉法師に感心しながらその行列を見ていた。
「この世は人と共に変わる、あの吉法師の行列はそれを示しておるのだ」
沢彦がそう呟くと、それを耳にした信秀は納得した様な表情で沢彦の方を振り向いた。
(そうか、あ奴は新しい世に向けて新しい考えを使い新しい形で皆に支持されておるのだ、うつけの行動もその一環、古来の様式を引きずっている儂にはそれはできぬ、それが儂との違いうことか…)
信秀は吉法師の将来に向けた考えの片鱗に触れた様な気がした。改めて吉法師の行列を見つめる信秀に沢彦が笑顔を見せながら言った。
「おもしろき嫡男じゃな、ぬしも良き継承の仕方を考えぬとな。ははははは!」
そう高笑いをする沢彦の横で、信秀はその奥の深い意味を察していた。
(そういうことか…)
信秀はこの先の自分の役割が見えた様な気がした。
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馬上の吉法師は行列が草原の風景の中に差し掛かった時、誰かの呼び掛けの様な風を感じた。その風が吹き付けて来る遠方の山の方を振り向くと、青空の中を一羽の鷹が悠々と舞っているのに気が付いた。
吉法師はその時、昨日の池の小島に続く橋上での戦いで、絶体絶命になった自分と孫一を助けてくれた一羽の鷹のことを思い出した。
(ふっ、やはりあれはぬしか、飛龍、そして…)
鷹が舞っている下方の草原に目を向けると、そこには一目でその人と分かる風体の者がこちらを向いていた。
(三位、ぬしがこの間最後に言いかけたこと、理解できておるぞ、孫子の兵法にもある、つまりは人であろう、鉄砲を操るのも人、仏法を唱えるのも人、女房の人間性ももちろん人、世を治める三つの要素は全て人、つまり世は人がつくるのだ、ぬしが言いたきことは世を治めるためにはたくさんの人を集めて、うまく使えということじゃろう…、敢えてあの場で伝えなかったのは、その重要性を体感を以て教わってもらおうと思ったのであろう…)
遠目ながら吉法師の目線と草原の男の目線は合っていた。恐らく自分の理解はこの行列と共に三位に届いている。
(三位、色々あったぞ、ぬしに今の儂はどう見える?)
吉法師は心内で男に向かって問い掛けた。しかし男はこちらを見たまま微動だにせず応答は無い。
しかしその代わりであろうか、上空の鷹が大きな円を描いていた。
(第五章終わり)




