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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(23)

 その後伊賀衆が去って一刻ほどが経つと、徐々に堂内は空所が目立つ様になり、一連の宴は終いの様相を見せる様になっていた。吉法師の前方に並ぶ食膳の場では、何やら一つの食膳を巡って犬千代と慶次郎が揉めていた。孫一、善空、お民の三人は二人の横を通って吉法師に近付くと、そのまま目の前に座り込んだ。


 孫一が笑顔を見せながら話し掛けてくる。


「吉、今宵の祭りはなかなか楽しかったぞ!」


 その祭りという言葉は少し前も耳にしていたが、自分を捕まえようと襲って来た者たちとの争いを意味している。孫一にとっては命の掛かった争いも一つの祭りという出来事として捉えている。


(本当に前向きな人じゃな…、だが今の儂には分かるぞ孫一、ぬしは改めて悩ましきことの多き儂のことを知って、前向きに生きよと助言してくれておるのであろう…)


 吉法師はその孫一の裏の助言を汲み取ると、笑顔と共に言葉を返した。


「儂もぬしに祭りを最後まで付きおうてもらって楽しかったぞ、もう十分に堪能できた、ただ良き石が見つからなかったのは残念であったがのぉ」


 吉法師は皆が自分の本当の身分を既に知っていることを前提に、しらばっくれて石問屋の跡取りの吉を演じて見せた。それには孫一の隠れた助言に対する返答の意味が込められている。


(吉め、最後まで儂に挑戦して来よる、おもしろい奴じゃ!)


 孫一は自分の何気ない言葉に込めた裏の意味を汲み取り、更に上手い返答をしてくる子供の吉法師にこの場での成長と自分への挑戦の思いを感じた。それは生意気で憎らしくももうが、嬉しくも思う。


 すると吉法師と孫一の会話を聞いていた善空とお民が茶化す様な言葉で口を挟んだ。


「いや、全くとんだ石問屋の倅じゃ!」

「あれ、吉は巫女さんになることにしたのでしょ?」


 二人の言葉に吉法師は苦笑した。


 この寺で最初に三人に出会った時、味方になってくれるかどうか分からず、自身の本当の身分を明かすことを避けていた。しかしそんな自分を寺の皆は全力で守ってくれた。巫女さんの格好にされたのはともかく、三人への感謝は尽きない。


「儂が今こうして尾張の国内にいられるのは、孫一、善空、お民、ぬしらが持つそれぞれの力を発揮してくれたおかげじゃな、改めて礼を言いたい」


 吉法師はそう言って三人に頭を下げた。打って変わって妙に素直な態度を見せる吉法師に三人はまた笑顔を見せた。


「ははは、吉、何か成長したな、最初は一人では何もできぬ、自分の草鞋すら編めぬ頼りない良家の小僧かと思うたが、強い武家の跡取に見える様になったぞ」


「うむ、確かに成長して強くなった様じゃ、まぁ、若くして色々と悩むことは将来の成長につながるもんじゃろう」


「そうね、あなたならその成長と共に周りに人を集めて、また新たな成長につなげられると思うわ」


 吉法師の本当の身分は石問屋の跡取ではなく尾張の実質的な領主織田弾正忠家の跡取、三人がそれを知った時、既に驚きは無かった。舞台の上で披露した覚悟の舞でその真に触れた後、寺での一連の騒動を経て、吉からはその資質が十分に感じられる様になっていた。


 そして今後の成長と将来を想像すれば、多くの家臣の中で立派な武将となり華麗な舞を披露する姿が浮かぶ。それは新たな歴史の一幕になるのかも知れない。三人は改めて良きおもしろい子と出会った、と思っていた。


 一方でこの出会いは一方の吉法師にとっても重要なものであった。


 自身が将来に向けて成すべきことと共に、それに対する課題や施策、悩みは多々あり、またその一つ一つが根深い。挫ける切っ掛けは次から次へと現れる。


(先ず個としての強さを高めよ)


 舞の師匠の松井友閑が求める真の個としての強さは物事の結果を左右する。そしてその実現には集団の力が必要となるが、そこでは改めて集団をまとめる個としての強さが求められる。今回孫一からはその個の強さは皆に安心感を与える力にあると考える様になっていた。その様な力を得るためには孫一の様に何事にも前向きな考えや行動が必要になる。


 真剣な表情となっている吉法師に孫一が言う。


「吉、ぬしの理想はあまりにも高く、常に苦難が付き纏い、長い時間において悩みも多かろう、だが一人で悩むなかれ、そして自身も人の世を楽しめ、楽しみ方などはいくらでもあるのだから」


 その言葉に吉法師は笑顔を見せた。


 限りある人の生の時間なれば楽しむことが大切、それは先に孫一から受けていた言葉で、これまで自分が考えた事の無い人生観であった。張っていた力がふっと抜け、気が楽になる思いがする。吉法師は笑顔を見せて言った。


「ありがとう、孫一、生の時間、存分に楽しむとしよう」


 そう言う吉法師の笑顔は無邪気な普通の子供の様であった。吉法師は孫一、善空、お民の三人とその笑顔を見せ合った。そして三人は吉法師の様子に納得すると、目を併せて一緒に立ち上がった。


「吉、我らは今宵ここでこの広間から離れる、またどこかで会おうぞ」

「また次に会う時を楽しみにしておるぞ」

「舞の方も楽しみにしているからね」


 そう言って、三人は吉法師のいる場を離れると、途中孫一は犬千代と揉めている慶次郎を鷲掴みに抱えて大広間を出て行った。


 三人が出て行くのを見て、傍で会話を聞いていた四郎が吉法師に声を掛けた。


「おもしろい三人ですね、三人がそれぞれが全く異なる立場で強い力を有している、その力がうまく噛み合い吉法師様をお守りしていたということなのですね?」


「そうだな、孫一の鉄砲を主とする武の力、善空の仏法の教えからくる法の力、そしてお民の舞に見る女房衆の和の力、天下の太平には何れも必須となる力の要素なのかも知れぬ」


「ははは、その三つが天下を収める力の要素というのはおもしろいですね」


 すると今度は勝三郎がおもしろがって話に加わって来た。


「吉法師様、ちなみにその三つの内で一番の要素は何ですか?」


 吉法師はその勝三郎の問い掛けに少し考えて答えた。


「そうだな、やはり女房衆の和の力だな、あの敵対していた伊賀衆が心底から味方に動く、これは力と考えれば絶大だ。次は鉄砲の武の力だな、心底から動かせる訳ではないが強制的に従わせるには必要じゃ、仏法の法の力は今回の半蔵の様に、聞き分けの良い者には有効で心底から動かせる、だが世には聞き分けの無い者が多い」


「それでは女房、鉄砲、仏法の順ですね」

「房、砲、法か」

「ぼうぽうぽう、ですね」


 四郎と勝三郎は天下を収める三つの力の要素を言葉遊びを交えてまとめていた。


「天下を治めるにはぼうぽうぽうか、それはおもしろい」


 吉法師もそれを大いに気に入った。


 内蔵助、犬千代、九右衛門の三人は隣りで料理にかぶり付きながら、吉法師らの話を聞いていた。


「何じゃ、ぼうぽうぽうって?」

「さぁ、まじないみたいなやつじゃない」

「ふーん」


「で、犬千代、ぬしはさっきあの慶次郎とかいう奴と何を揉めてたのじゃ?」


 内蔵助が問い掛けた。


「あぁ、あ奴儂が手を付けた味噌まんじゅう、横取りしてな、ひどい奴じゃ全く!」

「あぁ、あれ美味かったからな」


 その話は近くに座する玉の耳に聞こえていた。


(えぇ~、味噌まんじゅう、美味しい味噌まんじゅう食べた~い、でもこの場を離れたら吉法師様の室入りを諦めた感じになってしまう、うぅ~、我慢、我慢だわ)


 玉は目をつむって必死に味噌まんじゅうの妄想と戦っていた。しかしその妄想はなかなかの強敵で、遂には妄想に合致した匂いを発して玉に襲い掛かって来る。


(な、なんで???)


 思わず目を開けた玉は味噌まんじゅうの匂いが流れて来る方向に振り向いた。すると舞女の一人が自分の隣りに座る女子に、作りたての味噌まんじゅうを手渡している。玉は思わずその光景に対して睨みつけた。


 しかしその女子には自分と敵対する意図は無かった。


「はい、どうぞ!」


 女子は自分がもらった味噌まんじゅうを二つに割ると、その半分を自分に差し出して来た。


 その対応に玉は面を喰らった思いがした。自分はこの初めて会うこの女子に対して、吉法師の室を巡る競争相手と思い込み敵視していて、この様な対応をしてくれることを想定していなかった。


「あ、ありがと…、あなた やさしいのね」


 玉はぎこちない言葉でその女子に礼を言うと、その女子はにこっと笑顔を見せ自分の座っている場所に戻って行った。


「玉ぁ!」


 するとその時、天心が台所から三つのお椀を盆に乗せてやってきた。


「ほら、大根汁じゃ、あったかくて美味いぞ、食べてみろ」


 そう言って天心は玉に椀を差し出した。椀の中では形の崩れた大根が自身の居場所を主張している。


(結局ウリ坊には逃げられたのね…)


 玉はその椀の中を見て、即座に天心のウリ大根の調理の失敗を認識した。


 しかし天心はこの寺で一生懸命に逃げたウリ坊を追い掛けたのであろう。顔のあちらこちらにすり傷を付けているのが見える。そんな天心にウリ坊を取り逃がしたことを責めることは出来ない。


「天心、ありがとう…」


 玉はまた感謝の言葉を口にした。すると玉はそんな感謝の言葉を立て続けに口にする自分のことを不思議に思った。


 自分はこれまで他人に対してこんなにも感謝の言葉を口にすることがあったであろうか、この二人は自分がこれまで何をした訳でもないのに自分に優しくしてくれる。自身の感謝の言葉はそれに対して自然と出た言葉であった。


(吉法師様との出会いのおかげだわ…)


 玉は目の前の食事を終えて横になって寛ぐ吉法師を見てそう思った。


「あれ、慶次郎はいないのか、あいつの分も持って来たんだけど」


 天心はもう一つの椀を慶次郎にと持って来たが、当の本人の姿は見当たらない。すると玉はその椀を持ち上げ、先程のお返しとばかりに隣りに座る女子に差し出した。


「これ、どうぞ」


 すると結はその玉の差し出しに少し驚いた表情をしながら椀を受け取った。


 これまで口のきけなかった結は何事にも引っ込み思案で同世代の友達は全くおらず、ほとんど会話をすることもなかった。そのため同じ年頃に見える玉が自分にと差し出した椀はとてもうれしく思えた。


「ありがとう、私、結って言います、あなたは?」

「わたし、玉」


 結がお礼と共に笑顔で問い掛けると、玉は同様に笑顔を見せて答えた。


「僕は天心、初めまして、ぼくの得意料理なんだ、食べてみて」


 見た目ではあまり美味しそうではない大根汁、それを進める天心も笑顔で二人の会話に加わりその後の会話を盛り上げた。


 結にとって、同世代との会話は楽しいものだった。この時間にこの場で出会うことにも、何か同じ様な境遇の中で生きているという仲間意識を感じていた。結は玉に話し掛けて良かったと思いながらも、自分がなぜその様な積極的な行動を起こせる様になったのか不思議に思えた。


(吉様との出会いのおかげだわ…)


 吉法師のおかげで声を取り戻し、会話を取り戻し、積極性と共に友達も作れる様になった。結は目の前で横になって寛ぐ吉法師を見ながらそう思った。


 吉法師は皆の中で寝転びながら周囲の者たちの会話を聞いていた。


「ぼうぽうぽうで天下太平、いいね、ゴロ合うし」

「うむ、」


「何じゃ、ぼうぽうぽうって?」


 四郎と勝三郎が女房鉄砲仏法の話を続けていると、そこに弥三郎がやって来て二人に問い掛けた。


「いや、先ほどの三人の要素となっていた女房の和の力、鉄砲の武の力、仏法の法の力は実際に世を治める時の力の要素になるなぁっていう話さ」

「それで弥三郎、飛び加藤の父上は見つかったのか、また飲んだくれて何処かの舞女を追っかけて行るのではないか」


 四郎の問い掛けに弥三郎は浮かぬ表情で言った。


「見つからぬ、もううちの親父で言えば、ぼうぼうぼうじゃ、房に要素片寄っとる」


「あはははは」

「はははは」


 勝三郎と四郎は弥三郎の親父ネタの話に思わず笑った。


 吉法師は次第に落ち行く意識の中で、二人の笑い声を含め皆の声を聞いていた。


(自分は皆に囲まれている…、安心を感じる…、そうか自分は皆に安心を与えられる存在を目指すと共に皆からは安心をもらう存在なんだ…)


 少し前、敵から逃げながら一人で夜の真っ暗な山中を逃げ回っていた時、それは恐らく自分の中で一番不安な時であったろう。そして今、自分は皆の中で大きな安心感を感じている。その中で舞の師匠の松井友閑の個の力を高めよ、という言葉が頭の深層に過る。


くぅー、くぅー


「あれ、いつの間にか吉法師様寝とる」

「たいへんお疲れであったろう」


 いつしか吉法師は深い眠りへとついていた。


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