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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(20)

 吉法師は月明かりを頼りに本堂に戻る途中にある崩壊した奥堂を目指していた。


 吉法師の横には先の道を案内する鈴木孫一がおり、その後ろには尾張大永七年生まれ黄金世代の六人、那古屋子供衆の六人、水野家侍女の四人、そして滝川一益に養われている慶次郎が続いていた。


 先程まで攻め寄せていた狩人と武家の格好をした衆は、幾万もの尾張衆到来の灯りを見て、足早に撤退し既にその姿は見当たらない。もはや自身への脅威は無くなったと感じる中で、吉法師は本堂に侵入する商人や農民に扮した伊賀の衆、奥堂での攻防、そして自分の身代わりになって捕まった結のことを思い起こしていた。


(伊賀の衆はまだ奥堂や本堂の周辺に残っておるかも知れぬ)


 先程の蓮池の攻防では服部半蔵を始めとする伊賀衆の姿が見えなかった。既に伊賀衆も他の衆と同様に撤退しているかも知れないが、未だ諸所で人質を取り立て籠もっている可能性もある。


(皆、無事であって欲しい)


 吉法師は奥堂の周辺で敵に捕らわれた結や老僧たち、そして本堂にいるお民や善空たちのことを気掛かりに思うと共に、改めて皆を巻き込んだことに気が病んだ。


 そして崩壊した奥堂の近くに辿り着いたその時であった。


「吉様!」


 吉法師は自分を呼ぶその声と同時に、木蔭から突如現れた娘に勢い良く抱き着かれた。その娘は吉法師と同じ巫女姿をしている。


「結、無事であったか!」


 それは舞娘の結であった。


 自分と同じ様に、結の顔も衣装も所々土埃で汚れており、自分のためにその身を犠牲にしようとした苦労が窺える。


「良かった…… ご無事で……」


 そう呟く結は吉法師の顔を見つめながら安堵の涙を浮かべていた。


 吉法師はその結の声を聞き、二人で敵の衆から逃げていた時を思い起こした。その時、結は自ら犠牲となって相手を引き付けた後、自分には逃げる様にそれまで失っていた声を張り上げ叫んでいた。その様な結を自分は大事にしなければならない。そう思いながら吉法師は結に話し掛けた。


「結、守ってくれてありがとう、結の声、良く聞こえたよ」


 吉法師は結に感謝の意を込めながら笑顔を見せた。その吉法師の言葉は結にとってもうれしいものであった。


 これまでの結は声による会話が出来なかったことから、感情表現も人とのつながりも希薄なものになっていた。自分が心の意思を伝えるのは舞しかない。そんな思いで結は舞を続けていた。その様な時に突如現れた吉法師の舞、それは結にとって衝撃的なものとなっていた。


(私と同じくらいの年の男の子が、これほどの覚悟を必要とする将来を背負っている)


 舞への感受性が高まっていた結は吉法師の舞に込められた覚悟が人一倍強く伝わっていた。結は吉法師のその思いに共感すると共に、この様な自分も力になりたいと思った。そして吉法師が追手に狙われていると知った時、結はたとえ自分が最後の一人となっても守り切ると強く思い込んでいた。


 そしてその吉法師への強い思いが結に再び声を与える切っ掛けとなっていた。


 声で自分の思いを相手に伝える、それはいつの日か諦めていたことであった。もし今回の事件がなかったら、自分には一生できなかったかも知れない。結も吉法師に感謝の思いを募らせていた。


「私は吉様に声が出る様にして戴きました。お礼を言いたいのは私の方でございます」


 感謝に感謝で返してくる結、吉法師は自分の履いている草鞋を見せながら言った。


「結、そこはお相子じゃ、儂はその前に結に草鞋が編める様にしてもらったからな」


 そう言うと吉法師は声を上げて笑った。回りの皆も吉法師が自分で編んだという草鞋を珍しそうに眺めながら笑っていた。


 冗談を交え、感謝を込め、心を通わせるこの時の吉法師の笑顔は周囲の皆を安心に導き、仲間意識を高める力を持っていた。それはまさに孫一の笑顔と同じであった。


 横でこの様子を見ていた孫一は何か微笑ましく思った。


 突如夜の山中に張られた結界を超えて現れ、将来に対する重き覚悟を込めた舞を披露し、大勢の敵の衆を前に心折れそうになりながらも奮戦する男児、石問屋の吉と名乗るが、その正体は尾張織田弾正忠家の嫡男で、大勢の尾張衆の仲間を集めて見せる。そして更に結の発声という自分にも出来なかった奇跡をも起こす。


(お民の言う通り、おもしろい奴じゃ…)


 孫一はお民が吉のことをおもしろい子と評していたことを思い起こした。するとその時、崩壊した奥堂からこちらに向かって来る一団がいることに気が付いた。孫一は横から吉法師の肩を突いて彼らの存在を指し示した。


「良かった、皆無事な様で…」


 一団の姿を目にした吉法師は思わず安堵の表情を浮かべて呟いた。


 それは職人の格好をした寺の若い四人(烏丸、猿彦、熊吉、猫実)、寺に籠る老僧の四人(白虎、青龍、朱雀、玄武)、そして舞の演奏隊の四人(馬太郎、鹿之介、鶴兵衛、猪衛門)であった。


 敵の衆が撤退した後、いち早く助けに駆け付けた烏丸たち四人が結を含め拘束されていた他の皆を開放していた。


 吉法師は手を振って皆を迎えた。そして合流後も感謝の意を込めて礼を続けていた吉法師に孫一が声を掛けた。


「さぁ 吉!」


 先を促そうとする孫一に、吉法師は瞬時にその意を汲んで応えた。


「あぁ あとは本堂の皆じゃな、行くぞー!」

「おぉー!」


 吉法師と孫一は皆と共に寺の本堂へと向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 伊賀の衆は本堂にいた者を人質にして未だ中に立て籠もっているかも知れない。本堂に到着した吉法師たちは慎重に本堂の四方を囲むと、緊張した面持ちで一斉に突入した。


 しかしそこは予想外の世界となっていた。


「やぁやぁ、ようやくのご登場、お待ち致したぞ」

「まぁまぁ、手こずった様じゃなぁ」

「さぁさぁ、皆の衆、飲も、飲も!」


 本堂の中は各広間から廊下、外陣、内陣に到るまでの其処此処で宴会が催されていた。


「こ、これは?」


 それは何れも和やかな雰囲気で、争い事など無縁の状況となっている。本堂の側面の小窓から突入した吉法師と那古野子供衆は外での状況との差に困惑した。


「外での戦いは何だったのだ?」


 天窓から突入した孫一が合流すると、吉法師たちは各所で開かれている宴会の場の中に、伊賀衆の脅威が紛れていないかを確認して回ることにした。


 そして大広間に来た時、一際盛り上がる宴の場を目にした。


「おったみさーん!」

「最高じゃ、お民さーん」

「美しかー、生きててよかったー」

「あぁ、もう儂、明日死んでもええ」

「天国じゃあ、もう儂らは天国に来ておるんじゃあ」


 そこでは舞台壁を背にお民と四人の舞女が華麗な遊興の舞を披露していた。そしてその前では商人や農民に扮した者たちが、この世の楽しみを謳歌するかの様に大きな声援を送っていた。彼らが目の前の生お民の舞に酔いしれる中で、吉法師は呆れ顔で見ていた。


(こ奴ら、儂を狙っていた伊賀の衆であろう)


 既に彼らは自分のことなど眼中に無い様であった。吉法師は彼らの自分を捕まえるという目的がいつの間にかお民の舞で楽しい一時を過ごすという、という快楽の時間にすり替わっていることに妙な複雑な思いを抱いた。


(自分から目を逸らせたのは良かった、だが何じゃろう、何か妙な敗北感がある様な…)


 それはその瞬間の存在価値に対する敗北感であった。


 彼らの意思から自分の存在が完全に抜けてお民たちに夢中になっている。それは人気という基準に沿った存在感の移行であった。それが結果として良かった筈なのに、吉法師に妙な敗北感を味合わせていた。


 孫一は何か妙に解せない表情をしている吉法師に、その心情を察しながら笑顔を見せて言った。


「吉、楽しみを与えるお民の前では、ぬしの存在は低うなるなぁ。人は生きる世を楽しんだ者が勝ちじゃ、そして世を治める者はそんな世をにすることができる者が勝つのじゃ」


 確かに彼ら伊賀衆にとって、自分の存在は捕獲という労務であり、お民らの舞は生涯心に残る貴重な快楽の時間である。お民らの舞に心が傾くのは当然のことである。


(お民はこれを全て算段してこの世界を作り上げているのか?!)


 吉法師は孫一の解釈に納得すると共に、この壮大な宴会の裏でそんな戦略的な思いがあることに驚きの思いがした。


「お民ちゃーん、今日もいいよ~」


 我を忘れてお民ら舞女に声援を送る伊賀衆、吉法師はその様子を窺っていると、その中に小太りの男が紛れているのが目に入った。その男はとても伊賀の衆には見えないが、何かしらの特殊能力を持っている様には思える。


 すると子供衆の弥三郎が叫びながらその男に近寄って行った。


「父上 こんな所にいたんですか!」


 それは弥三郎の父の加藤図書助であった。図書助は子供しか通れぬという半地下の狭い秘密の道を通じて那古屋の子供衆と水野の侍女らをこの寺に案内した後、姿が見えなくなっていたが、お民の居場所を嗅ぎ分け、いち早くこの宴会に参加していた。


「お民め、吉を狙う立場の者だけでなく、助ける立場の者まで引き込んでおるとは」


 孫一は笑って吉法師に話し掛けた。吉法師は苦笑しながら図書助を見て呟いた。


「しかし図書助はあの体で良く通り抜けてこれたものじゃ」


 寺への秘密の道は途中真っ暗で子供しか通れぬ狭い道になっているという。水野家侍女の四人も同じだが、彼がどうやって通り抜けたのかは誰も分からなかった。不思議がる吉法師に孫一は言った。


「吉、あの男はお民たちの行く所、何処でも飛んで現れるもんで、お民たちは飛び加藤って呼んでおる、あれも一種の特殊能力よのぉ、人間は好きが高じる通常の能力を超越するのかも知れぬのぉ」


 孫一はそう言ってまた笑顔を見せた。


(なるほど)


 吉法師はその孫一の言葉に妙に納得していた。


 するとその孫一と吉法師の存在に気が付いたお民が舞を演じながら片目を瞬きして合図した。


(どう、作戦成功でしょ?)


 もう長年の付き合いの孫一はその仕草の一つでお民がそう言っているのが分かる。


「ふっ、お民め、武器無しに伊賀の衆を手玉に取るとは、恐ろしい奴じゃ」


 孫一はそう呟くとお民に拳を見せながら笑顔を返した。


「おたみさーん」

「もうだめじゃ」

「この幸福に耐えられーん」


 目の前ではお民に片目の瞬きで合図されたと勘違いした伊賀衆がバタバタと倒れていた。


 もはや伊賀衆にも戦意は無く本堂の中に戦いの緊迫感は無い。するとそれを察知した子供衆の内蔵助、犬千代、九右衛門の三人はいち早く行動を起こした。


「おい、もう我らも食べにいこう」

「そうじゃな、もう戦いはなさそうだし」

「行こう、行こう、回りの宴見てて儂も腹減って来た」


 三人はもう戦いは無いと決め込み、勝手にその場から離れて行こうとする。


「おい、ぬしら!」


 勝三郎は呼び止めようとしたが、あっと言う間に三人は食膳配給の台所へと駆け去って行った。


「き、吉法師さま!?」


 勝三郎は慌てて吉法師にどうするか伺いを立てようとした。すると横にいた四郎が口を挟んで来た。


「では、吉法師さま、我らも皆の食膳の支度を手伝いに参ります」


 いつも神楽舞を披露する四郎は普段目にすることのない遊興の舞に興味を抱きながらその場の気を感じ取っていた。その気にも戦いを感じるものは無く、もう慰労の祝宴の気しか感じられない状態になっている。そしてそれは覚悟の敦盛の舞に勤しむ吉法師にも、そして先程本堂の様子を見て入って来た舞娘の結にも通じていた。


「あ、私も食膳のお手伝いに参ります」

「うむ、四郎、結、頼む!」


 吉法師は祝宴の準備で離れようとする二人に同意した。その後、四郎と結は父の所にいた弥三郎を連れて、内蔵助たちが先に向かった台所へと向かって行った。


「えっ 何、何、もう宴になるの?」


 吉法師はまだ頭の切り替えが出来ない勝三郎を連れて、引き続き孫一と本堂の他の場所の様子を見て回ることにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方本堂の正面から意気込んで突入した孫介たち黄金世代の六人は、宴会だらけの状況に困惑しながら立ち尽くしていた。すると鉢巻をした若い男が近寄り話し掛けて来た。


「はい、これどうぞ、酒です、食膳もあちらに並べてありますので遠慮なく」


 そう言うと男は素早く台所の方へと離れて行った。


「佐介さーん、こっちも配ってー!」

「はいさー!」


 男はその後も台所の方から顔を出している女房衆に指示されながら縦横無尽に酒を汲み回っている。


(何じゃ あの男は?)


 六人は鉢巻の男のことを不思議がった。すると次の瞬間、皆が持っていた武器が部屋の端に置かれ、代わりに皆の手には酒が注がれた酒杯が乗せられているのに気が付いた。本堂の中には戦いのつもりで突入したつもりであったが、一瞬で行うべきは酒宴という態勢になっている。


「えーと、これはどうすれば良いのじゃ?」

「うーん、酒なんだから飲む以外にすることはないよ?」

「おい、ここには飲みに来たのか?」

「いや、だがこの酒、かなり高い酒だ、美味いと見た」

「如何にも、もはやこの状態、後には退けぬ」


 何か強い違和感が生じていたものの、既にこの酒を手にした状態で、皆どうして良いか判断できずに困惑していた。


 その時だった。


バターン!


 突如与兵衛が皆の目の前で倒れた。


「ど、どうした与兵衛?!」

「おい、大丈夫か?」

「何だ、攻撃か、やられたのか?」


 即座に与兵衛を心配した五人であったが、その心配は直ぐに呆れへと変わった。


「ってもうこ奴、酒飲んどるじゃないか!」

「全く、何も考えずに一気に飲み干すから」

「毎度、飲んで直ぐ倒れる、懲りぬ奴じゃ」

「まぁ、恒例じゃな」

「気持ち良さげになっておる様じゃしの」


「ははははは」


 酒が入り豪快に寝入る与兵衛を囲いながら、五人もようやく緊張感が解けて笑い合った。


「おーい、又さーん」


 するとその時、勝手口から突入した筈の水野家の侍女の四人が酒樽や肴を持って現れた。


「又さーん、さぁ皆さんも飲みましょう」

「何か、もう戦いは終了、宴の時間の様よ」


 侍女たちは現れるなりそう言って皆に酒を促した。そして酒杯を手渡そうとしたが、黄金世代の男たち五人は既に酒の注がれた杯を手にしている。


「あら、もう酒杯手にしているじゃない」

「さすが尾張の黄金世代の御人達、早いわね」

「じゃあ、あたしたちも酌みましょう」

「そうね、でもそれが邪魔ねぇ」


 そう言いながら侍女たちは酒の肴を広げ、自分たちで酒を注ぎ始めた。


 この時、五人の男たちはまだこの突然の酒宴への展開に頭が切り替えられずにいた。しかし先程一緒に戦いの緊迫感を持ってこの本堂に突入した侍女たちはもう既にこの酒宴の状況に馴染んでいる。なぜ、その様に早く身の変わりが出来るのだろう、五人は不思議に思いながら邪魔と言われた与兵衛を部屋の端に寄せた。


 五人は酒を煽って幸せそうな顔で寝入っている与兵衛を見てそう思った。もうこの本堂の状況から戦いになりそうな様子はない。となれば、もうここは慰労の宴の時間なのであろう。


(ま、いいか!)


 五人は酒を掲げる侍女たちの周りに集まり直すと、改めて皆で酒杯を手にした。そして皆で一斉に声を上げた。


「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「お疲れさまー!」


「うぉ 美味い酒じゃー!」

「美味い、最高じゃな、こんな酒がここで飲めるとは」

「確かに美味しいわね、尾張には良い酒があるのね」

「いや、我らも普段こんなに美味い酒は口に出来ぬ」

「うむ、どこから持って来たのか分からぬがうまい」


 一杯の酒が入ればもう突然の酒宴への違和感も戦いでの苦労も消え失せ、そこは楽しさという時間と空間の場に変わる。水野家の侍女の四人は皆尾張の黄金世代の皆と同世代であった。それもまた皆で意気投合し、盛り上がりの理由となっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 吉法師は孫一、勝三郎と一緒に大広間から一度廊下に出ると、隣りの座敷で修験者の格好をした四人の伊賀衆と背を向けている一人の男が静かに酒を酌み交わしているのを目にした。彼らの間には一丁の鉄砲が置かれ、その横には納得の出来ない表情をした慶次郎が立っていた。


「これはぬしらに返す」


 そう言って鉄砲を伊賀衆に差し出していたのは滝川一益であった。


 今回の事件は自分たちが伊賀の里から立ち去る際に、鉄砲を盗み出したことが発端となっている。この鉄砲は子供たちを守ると共に、生活の糧となっていたが、これ以上これを問題にしておく訳にはいかない。一益はごねる慶次郎を余所に伊賀衆の四人に返却を申し出ていた。


 伊賀衆の四人は先程の戦いで寺の若い職人たちに負けたことで伊賀の上忍としての面目が損なわれ不機嫌となっていた。しかし既に戦意は無く酒で憂さを晴らそうとしていた。


「分かった、この鉄砲は我らが里に持ち帰る」

「それで一益、ぬしは今後如何するつもりだ?」


 伊賀衆の一人が今後の一益の生活のことを気にかけて問うた。しかしそれに対して一益は何も返答できず押し黙った。


 孤児らを連れた今後の生活について、一益はまだ何も決められずにいた。弟の益氏とだけなら生きる場所も術も何とでもなると思っていたが、目の前の慶次郎をはじめ、天心と玉の三人の孤児を養っていくとなるとそうはいかない。里にはもう戻れないという状況の中で、何か生活の糧にするものが必要であったが、それが今何もない。しかしここで何も決めていないという訳にはいかない。


 一益が返答に苦しんでいた時だった。


「一益たちはこの後、儂の城に来ることになっておるのじゃ!」


 吉法師は突如彼らの話に割って入った。


 一益は吉法師の姿と共にその言葉を聞き驚きの表情を浮かべた。自分たちは笠寺で会ったのが初めてで、今回吉法師には自分たちのせいで危険な目に合わせてしまっている。一益は自分たちを城に呼ぶという吉法師の言葉に自分の耳を疑った。


 吉法師は自分に対して少し遺恨の表情を見せる伊賀衆の四人に、強い口調で言い放った。


「一益とは笠寺での最後にその約束を取り交わそうとしておったのじゃ、だが出来ておらんかった、ぬしらが儂を浚ったおかげでな!」


 この吉法師の言葉の勢いに押された伊賀衆の四人は何も言えなくなっていた。


(あ、ありがたい…)


 この吉法師の強い言葉に一益は涙ぐんだ。この様な縁で吉法師は風来の自分らを雇い、生活の面倒を見るという。お礼の言葉も無かった。


「勝三郎!」

「はっ」


 吉法師は廊下で控えていた勝三郎を一益の前に呼び寄せた。


「勝三郎、確か一益はぬしら池田家の遠縁であったな、落ち着くまで那古屋での一益らの生活の面倒、そちが致せ、良いな」


 この吉法師の指示に勝三郎は一瞬驚いたが、笠寺で久し振りに再開した時から勝三郎もこれを予測していなかった訳でもない。


「はっ、吉法師さま、分かりました、一益殿、この後何なりと御用を申し付け下され」


 勝三郎は吉法師の意を汲んで了承した。


「ありがとう、吉法師さま、ありがとう、勝三郎どの」


 一益はその落涙の表情を見せながら二人の子供に感謝の言葉を綴った。


 三人の孤児を引き取り苦労しながら養う一益、その生活を助け様とする吉法師と勝三郎、そのの会話のやり取りを聞いていた伊賀衆の四人はその感動を共有していた。


(この乱世にあって、この様に人の縁を大事するとは)

(何と器の大きな御子じゃ)

(我らはこの様な奴を捕まえて売り捌こうとしたのか)

(何とも恥ずかしい限りじゃ…)


 伊賀衆の四人は何か自分たちの行為が恥ずかしく思えていた。その恥ずかしさと感動の共感を隠しながらその気持ちを逸らすかの様に内輪での話を始めた。


「いやぁ、しかしこの酒美味いな」

「あぁ、この酒と鉄砲の返却で一益の罪は免じておこう」

「そうだな」

「良かったな、一益」


 そう言ってこの場に相槌を踏み、鉄砲を回収しようとする伊賀衆の会話に今度は孫一が割って入った。


「ちょっと待て、その鉄砲良く見せてくれ!」


 孫一はそう言って鉄砲を手に取ると暫く真剣に検分した。そして伊賀衆の方を振り向くと、吉法師と同様に強い口調で言い放った。


「これは何じゃ、半年前に盗まれた我らの鉄砲じゃないか、盗んだのはぬしらだったのか?」


 この孫一の指摘に伊賀衆の四人はまずいと思ったのか、目を合わせようとせず、皆ばらばらにあさっての方向を向いていた。その一益が伊賀の里から盗んだ鉄砲はまた孫一たちが紀州から盗まれたものであった。


 孫一は再度その鉄砲を見定めた。


(しかし半年前はこの様な出来であったのか)


 孫一はその鉄砲を見て、この半年間で生産している質の向上を確認していた。その鉄砲は重心の釣り合いも仕上げの状態も粗く、その品質は試作品程度の出来で、とても弾を的に当てることができるものではない。今生産しているものに比べると質が低く商品価値としてかなり劣って見えた。


 孫一は鉄砲を置くと、ばらばらな方向を見ながら酒を呑んでいる伊賀衆に向かって言った。


「もう良い、これはもうぬしらにやる」


 孫一がそう言って鉄砲を差し出すと、四人は恐縮してほっとしながらまた酒を酌み交わし始めていた。


 一益も伊賀衆の四人も良き結末と思う中で、慶次郎は一人、横でぶすっと納得の行かない表情を見せていた。その伊賀衆に戻されるという鉄砲は、普段慶次郎の良きおもちゃになっており、一際慶次郎は愛着を抱いていた。自分が一番良く使っていて、一番良くそのくせを知っていて、一番上手く使える、慶次郎はこれまでほぼ自分のものと思い込んでいた鉄砲が突如無下に取り上げられ、納得がいかず不満気な思いを抱いていた。


 孫一はその鉄砲を見定めた後、蓮池の戦闘で敵の三段攻撃の窮地から自分を救ってくれた慶次郎の一射を思い起こした。


(こ奴はこの鉄砲であの若武者の槍に弾を命中させたのか、信じられぬ!)


 慶次郎に対して子供ながらに卓越した鉄砲の使い手であると思った。


(さて、如何するか)


 普通の者にとってこの鉄砲はもはや火薬の破裂音で合図をする程度のものであり、この鉄砲の能力はこの子にしか引き出せない。そう考えれば、あの鉄砲はこの子が持っていた方が良い様に思う。しかしこの子の鉄砲の使い手としての能力を考えれば、この様な古い鉄砲ではなく最新の鉄砲を持たせて、更なる極みを持たせる様にした方が良いのではないか、そうすることで、こちらもこれまで気付いていない鉄砲製作における有用な情報が見出せるかも知れない。それは自分たちにとっても利になる。


「慶次郎とやら、ぬしには先程、命を救われた、もし何か要望があれば叶えたいと思うが、どうじゃ?」


 先程愛用の鉄砲を取り上げられた慶次郎、孫一は慶次郎が新しい鉄砲を要望して来ると予想して声を掛けた。


 しかし慶次郎の要望するものは違っていた。


「良いのか?それなら儂は一度広きこの世を見てみたい、ぬしは色々な所に行って商売するのであろう、一度儂を連れて行ってくれ」


 この慶次郎の要望に孫一は驚いた。


 慶次郎は一益に生活の重荷となって養ってもらっている状況を良しとせず、同世代の吉法師の世話になることも好まず、この年にして自身の生活の糧を得たいと考えている。そのためにこの世を一度見聞し、自分に何が出来るのかを出来るのかを見極めたがっている。孫一は慶次郎の言葉から内心をそう解釈した。


(こ奴はこ奴で苦労しておるのじゃな)


 齢十になるかならないかの年で、もう自力で自分の生活の糧を考えなければならない。恐らく鉄砲への固執も単なる興味ではなく、その機会につながるかも知れないと思ってのことであろう。


 孫一は慶次郎が鉄砲を要望することを前提に叶えると言ってしまったが、自分が回る行商の場に連れ出すとなると、養い親の一益の了承が必要となる。孫一は一益の方を振り返った。すると一益は孫一の表情からその問い掛けを読み取り、慶次郎の要望に対する思いを語った。


「鈴木殿、この慶次郎はこういう子なのじゃ、外向きの会話や行動では分からないが、常に周囲に気を配っておる。その一方で鉄砲も然り、将来に様々な可能性の芽を持った子だと思う。残念じゃが、このまま儂のところにおってもその芽は出ぬままになってしまうやも知れぬ。もし良ければ儂からも一度連れて行って戴けることをお願いしたい」


 孫一はその一益の思いを汲み取った。


「分かった、一益殿、可愛い子には旅をさせろとも言うからのぉ」


 そして慶次郎の方を振り返ると先の要望に応えた。


「慶次郎、それではぬしを連れて行こう、明朝東国に向けて出立する、準備をしておくのじゃ、色々な場所の色々な人の世を見て、己の生き方を考えるが良い」


「やったー!」


 その孫一の言葉を聞いて慶次郎はようやく笑顔を見せた。


「慶次郎、問題起こすなよ、迷惑かけるなよ、そして無事に我らの許に戻って来いよ」


 孫一と一緒であればこの上なく安心ではあるが、それでも生涯何所で何が起きるか分からない。これが今生の別れになるかも知れない。一益は親心で心配しながら慶次郎に言葉を掛けた。しかし旅立つ方の子はまだ見ぬ先の希望しか考えられない。


「おやじ、全部大丈夫じゃ」


 慶次郎は元気に声を上げた。


 これを横で聞いていた吉法師は慶次郎を羨ましく思った。


(慶次郎の将来は自由だな、ある意味羨ましい…)


 それは吉法師には出来ない人生の選択であった。自分や勝三郎は生まれながらに家を背負う運命にあり、自由に行動したり成りたい職に就くということはできない。相応の苦労もあるであろうが、武家の様にすぐ命に直結することはないであろう。吉法師はこの先の希望に目を輝かせる慶次郎を何か羨ましく思った。


 隣りでは四人の伊賀衆が一益と慶次郎の親子の別れの情景に共感し感極まっていた。


「うっうっ」

「くーっ」

「ぐすっぐすっ」

「ふえっふえっ」


 四人は酒が入っていたこともあるが、涙もろくなっていて、必死に感情が崩れるのを堪えていた。そんな四人の気は部屋中に雰囲気で伝わる。


「おいぬしら大丈夫か?」


 一益も皆も一見鬼の様な風貌の四人が見せる涙に困惑していた。


 するとその時また部屋を訪れるものたちがいた。


「おうぬしらここにおったのか?」

「元気そうで良かったのぉ」

「あれ、何じゃ、皆泣いておるのか?」

「棟梁が泣かしたんですか?」


 それは伊賀衆と戦いを繰り広げた寺の若い職人の四人、烏丸、猿彦、熊吉、猫実であった。四人は本堂に突入の後、鉢巻をした若者に度々酒を飲まされ、いつしか宴の場所を変えながら自ら飲み続ける様になっていた。


「何じゃ、ぬしらさきほどの勝負勝ったつもりで来たのか?」


 若い職人たちの姿を目にした伊賀衆の四人は憤りを見せた。


 勝負には納得できなかった。高い戦闘力を誇る伊賀衆の上忍の自分たちが単なる寺の守衛ごときに負けたと諸国に伝われば、今後の傭兵の依頼における信用に関わる。決して認められないことであった。


「それじゃ~、これでもう一勝負するか?」


 そう言って職人たちは目の前に酒を差し出した。それは新たな勝負と言いつつも和解である。伊賀衆の四人はそれを瞬時に理解しながら、挑戦を受けるかの様に応えた。


「おう、ぬしら望むところじゃ」


 飲んでいる酒は口当たりが良く、良質な米の旨みと芳醇な味わいは普段飲むことが無い美味いものであった。また先程の共感で溢れる感情を紛らわせるにも、そして戦闘の結果をご破算にするのにもこの勝負は功を奏し一石三鳥の意味を有する。


 伊賀衆の四人が即座に応えると、若い職人の四人はそれぞれに酒を注いだ。


「こんな勝負であったらなんぼあっても良いな」

「そうだな、命掛かってないからな」


 猫実と相手の男が呟いた。

 そして皆が酒の注がれた杯を手にすると烏丸が声を上げた。


「はい、まずかんぱーい、その壱!」


 寺の若い衆四人と伊賀衆の上忍四人は、新たな四対四の対決と称して酒飲みを始めた。


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