第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(12)
吉法師は奥堂を覆い隠している大木の枝の上から悩まし気な表情で戦況を見つめていた。
境内では善空やお民のいる本堂に十人ほどの伊賀衆が迫っており、境内近くの崖の上では寺の若い四人が伊賀衆の合体技の大入道と戦闘を繰り広げている。そして側道から続く境内の入り口では鈴木孫一が伊賀衆の服部半蔵と対峙しており、側道の橋を崩落させた場では、崖上に身を潜めながら演奏隊の四人が鷹匠の本多俊正と近藤九十郎以下、三十名余りの沓掛衆の侵入を防いでいた。
吉法師はこの戦況を見て思った。
(儂はこの様な所で見物しているだけで良いのか?)
寺側の皆は乏しい戦力の中で、昨晩突如現れた自分のことを必死に守ってくれている。それに対して、自分はこの奥堂に隠れて、ただ戦況を傍観しているだけで良いのであろうか。吉法師は今の自分の状況に疑問を感じる様になっていた。
この奥堂に隠れていては自分は何をすることもできない。しかし皆の戦闘に参加すれば、返って戦況を混乱させる恐れがある。自分がおとなしく相手に捕まればそれで事は済むのかも知れないが、それでは織田家、更には尾張の国を揺るがすことになってしまう。
(儂はこの状況において何も出来ぬ)
吉法師の表情に無力感が滲み出て来ていたその時だった。
ビューッ
颯爽と駆け抜ける一陣の風がその音と共に足元の木の枝を揺らした。気を落としていた吉法師は突然の揺れに体勢を崩し、気と共にその身をも枝から落としそうになった。しかし何とか枝にしがみついた吉法師は過去の似た出来事を思い出してはっとなった。
(揺れる枝、揺れる舟上)
その時、吉法師は笠寺に向かう舟上で見せた松井友閑の一差しの舞を思い出した。
強風に揺れる舟の上で舞うのは無理だと言って諦めた自分に対して、友閑は普段と変わらぬ華麗な舞を演じて見せた。
その時、吉法師は自身が出した無理という判断は誰もが当てはまるものではなく、単に自身の技量と裁量の限界を示しているだけであることを痛感した。
吉法師は風で揺れる枝の上で体勢を立て直すと改めて戦況を確認した。
(あえの風にまた気合を込められたな、ここで自分は何もできぬという判断は無しじゃ)
吉法師は気構えを改めながら、事態の打開について再度考えることにした。
天下の再構築という目標を掲げれば、これからこの様な逆境は幾度も訪れるであろう。その様時にこそどの様な気構えで、どの様な判断をし、どれだけの技能を、どれほどの力で出せるか、ということを追求していかねばならない。
しかしそれは将来において、自身の手に負えないほど重い悩みが常に付き纏うことを意味している。尽きない悩みは将来を悲観する思いを生み、またそれが悩みとなっていく。
はぁ~
吉法師は一つため息をついた。
天下の再構築、それは自身がこの世にこの身分として生を受け、使命として成すべきこととした目標である。吉法師はそんな悩みの連鎖を断ち切る様に首を振り払った。
(まだまだ覚悟が足りぬ)
吉法師は尚も時折風に揺れる枝の上で静かに目を閉じた。そしてその場の気を自分の中に取り込みながら左右の手を目の前に構えた。
人間五十年 下天の道を比べれば……、
揺れる船上では舞えぬ、との先の言い訳の言葉を取り戻すかように、吉法師は足場の悪い枝上で視界を絶ち、敦盛の舞を演じ始めた。
(この舞は困難な局面でこそ意味を成す)
吉法師は巫女姿のまま揺れる枝の上で、ところどころ体勢を崩しながら舞い、覚悟と共に逆境での気構えを高めていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
橋が崩落した側道の場では、三十余人の沓掛衆がこの場の突破に対して強い意欲を見せていた。
「今度こそ皆でここを突破するぞ!」
「もう妙な仕掛けとはおさらばじゃ!」
「おぉ、境内で暴れるぞ!」
城の武の者として選ばれた自分たちが寺に籠った一人の子供を捕まえる。それは造作もない事と楽観的に考えていた。これまで妙な仕掛けに何度も阻まれた挙句、得体の知れない案山子からの攻撃を受け、橋が落とされた圧倒的に不利なこの場を越える事は出来ないかも知れないと思い始めていた所であった。主の近藤九十郎が自ら危険を冒して単身突破を試み、その途中で相手の攻撃を必死に耐えている姿を目の当たりにした時、同郷の強い仲間意識と共に突破に対する強い意志が込み上げてきていた。鷹匠の本多俊正も根拠は定かではないが、今度はここを突破できるだろうと言っている。沓掛衆は主の近藤九十郎を筆頭にこれまでにない結束力を高めていた。
「今度こそ皆でここを突破するぞ!」
「おぉ!」
沓掛衆は近藤の号令に力強く応えると、再度橋が崩落した部分の崖の斜面を超えようと、その危険を顧みず側面にへばり付き始めた。
近藤が激を飛ばす中、鷹匠の本多俊正はその隣で崖上の案山子にじっと睨みを利かせていた。
一方、その崖上では沓掛衆の動向を見張っていた寺側の神楽演奏隊の馬太郎が、大きな岩を挟んだ隣で弩の発射の準備をしている鹿之助に面倒くさそうな様子で話し掛けた。
「おい鹿、あ奴らまた来おったぞ」
「はぁ、また性懲りもなく来たか」
諦めずに突破を試みてくる沓掛衆に、鹿之助もうんざりした表情をした。
これまで演奏隊の四人はこの戦乱の世において、この様な戦闘とは無縁の世界で生きて来ていた。戦乱の原因となるもの、それは主として権益であり、つまりは権力と金であるが、そこには優雅な外見とは裏腹に束縛という精神的な苦痛が代償として伴う。それは四人にとって望むべきものでなく、その様な世界とは一線を引いていた。
自分たちが奏でる音楽に沿ってお民らの熊野比丘尼が舞い観衆が笑顔を見せる。そこには権力を翳す者も戦乱を望む者もおらず精神的な苦痛もない。それは皆が心から笑顔になれる世界であり、それこそが四人が望むべきものであった。
そんな四人に昨夜の舞台での吉法師の一差しの舞は大きな影響を与えていた。
(あんな舞を見せられちゃ、やらざるを得ぬよな)
自分たちの演奏に将来への強い覚悟を込めて舞いを演じる子供、この子供はこの若さで自身の生涯を以てこの戦乱の世の将来に臨もうとしている。その様な子供を自分たちが楽しめないという理由で見捨てることはできない。
(側道の橋が落された後、侵入を試みよう者があれが阻止してください)
自分たちにそぐわない事とはいえ、そのお民からの依頼に対して拒否するという選択肢は考えられなかった。
演奏隊の攻撃は圧倒的に有利な崖上の場からのものであった。そして攻撃には力量を補填する弩が備えれている。服部半蔵の様に人間離れのあっと言う間に過ぎ去る風の様な動きでなければ、威嚇でその進行を止める事は可能であると思った。しかし演奏隊にとって戦闘の心得は無く、意欲として上がるものではない。あくまでもできる範囲でという思いだった。
「面倒じゃなぁ、次は威嚇じゃなく、もう直接狙って行くか」
鹿之助は早くこの衆には早々に諦めて撤退して欲しいと思っていた。そして尚も諦めずに突破を試みようとしてくる衆に向かって、弩の狙いを少し修正したその時であった。
くあー!
突如上空から一羽の鷹が爪を立てて襲ってきた。
「うわぁー! 何じゃ? あいたたた」
突然の上空からの鷹の襲来に慌てた鹿之助は堪らずその場を放棄して逃げ出した。
「どぉした鹿? うわっ!」
くあー!
続けて鷹は岩を隔てた隣で弩の操作をし始めた馬太郎にも襲い掛かった。
「あいてててて」
鷹に爪と嘴で攻撃された馬太郎も鹿之助と同様に成すすべなく、慌ててその場を放棄して逃げ出して行った。二人は後方で崖下に物を落下させて沓掛衆の侵攻を防いでいた鶴兵衛と猪衛門の前を大騒ぎしながら逃げ去って行った。
「おい、どこ行くんじゃ、馬、鹿、」
「何だどうしたんじゃ、馬、鹿、」
何の説明もなく突如逃げ去って行く二人を見て、鶴兵衛と猪衛門の二人は急に不安になっていった。
「待てよ、馬、鹿」
「置いていくなー、馬鹿ー」
突然何が起きたのか分からぬまま、鶴兵衛と猪衛門の二人もその場を放棄すると、馬太郎と鹿之助を追い掛けて逃げて行った。
俊正は四人の逃げ去る様子を崖下から勝ち誇った表情で見上げていた。
「よし、これでこここの障害は全て無くなった、一気に突破じゃ!」
その言葉に崖の側面に張り付いて突破を試みていた沓掛衆は皆安堵を笑みを浮かべていたが、俊正の横では、近藤がムッとした表情をしていた。
「むむ、まさかあの様な者たちに我らが足止めを食わされていたとは」
逃げ去る四人の後ろ姿は如何にも戦闘には無縁そうな非力の小男たちであった。近藤は放たれた矢筋からもっと自分たちと対応に渡り合える様な武の者が立ちはだかっていると思っていた。いくら場が圧倒的に不利だとしても、あの様な非力な者たちに足止めを受けていたのかと思うと、突破を前に素直に笑顔にはなれなかった。
そんな近藤に俊正は笑みを浮かべながら言った。
「知るということは重要じゃのぉ」
一杯の食わされ続け、この悔しい思いはこの先境内に突入して清算する、近藤はそんな思いを募らせながら、崖の斜面を伝って側道の崩落した橋の場を越えた。
そして沓掛城の近藤九十郎と鷹匠の本多俊正は、結束を高めた沓掛衆と共に半蔵の後を追って一路寺の境内に向かって行った。
崖上では幾体かの案山子が残念そうに項垂れていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その境内の手前では鈴木孫一と服部半蔵が互いに名刀を手にしながら不用意に動けぬ状態となっていた。
半蔵は境内の建物がすぐ傍に見える所で、仲間の伊賀衆の吉法師の探索の状況が気になっていた。
(皆はもう吉法師を見つけたのだろうか)
尾張の実質的な領主の嫡男である吉法師は確実にこの寺に匿われている。吉法師を捕えて尾張に敵対している国に売り込めば、一益に持ち逃げされた鉄砲の何倍もの金になるだろう。そうすれば、戦乱で被害を受けた里の者たちの生活を当面の間、賄うことができる。更にその売り込んだ国が尾張を治めることになれば、この縁は将来の里の暮らしを豊かにすることにつながるかも知れない。
半蔵は里の者たちの悲惨な生活を思い起こすと、そこに先程まで捕えていた時の吉法師の姿を思い起こして並べた。まだ子供の吉法師に今の戦乱の世の情勢を押し付けるには、少し気の毒な思いもする。
(子供と言えども戦国の武家に生まれた者の定めじゃ、相応の覚悟は持っておるであろう、悪く思うなよ)
他国の武家の子供を一人犠牲にすることで伊賀の里の多くの者たちが救われる。特に吉法師に恨みがある訳でもなく、自の私利私欲の為でもない、あくまでも戦国を生きる伊賀の里の者たちのためと心に言い聞かせていた。
その半蔵の思いは対峙する孫一に何か自然と伝わっていた。
(半蔵、ぬしの思いは分からぬでもないが基本的に間違っておる、かと言ってこの刃を突き合わせた状態で話し合いは無用じゃな)
孫一は半蔵の思いを断ち切るかの様に瞬時に間合いを詰めると、半蔵に向かい渾身の力で刀を振り下ろした。その時半蔵も孫一の刀を受ける様に水平に刀を振り回していた。。
キーーーーン
八丁念仏と直江志津、再度密度の高い名刀同士がぶつかり合う共鳴音が山谷に響いた。孫一はまだその響きが残る中で、半蔵に声を上げた。
「半蔵、退け、ぬしにあの小僧は渡せぬ」
「なぜじゃ、なぜかばう、紀の国の孫一殿がかばう理由などあるまい」
半蔵は逆に孫一に問い掛けながら、渾身の突きを見せつつ上下左右から連続した斬り込みを仕掛けた。孫一はこの半蔵の刃先を全て寸での所で躱すと、笑顔を見せながら一撃が届かぬ間合いを取った。
「儂にもよう分からぬ、だがこの戦乱の世にはあ奴が何か必要に思えるのじゃ」
「分からぬだと!」
この孫一の説明に半蔵は馬鹿にしているのではないか、と思った。
自分とこれだけの死闘を繰り広げてまで守ろうしている理由がよく分からない、そんな事はある筈がないと思った。しかし実際に各地に広く商売の拠点を手掛けている孫一が縁のない他国の嫡男を守り切る事にそれほどの意味がある様に思えず、ましてや自分と同じく他国に売り込もうとしている様にも思えない。
(孫一をもってあの吉法師には何かあるのか、いやいや、そうであったとしても優先すべきは我が里の暮らし)
本意ではないが孫一が目の前の障害となるのであれば速やかに排除しなければならない。半蔵は里の者たちを思い起こしながら孫一に詰め寄った。
「儂は退けぬ!」
半蔵はそう叫ぶと里の皆の力を集結させるかの様に力を込め、再度孫一に斬り込んで行った。鬼気迫る様子に孫一は初太刀を避けたが、直ぐに半蔵の次太刀が迫る。
「ちっ」
瞬時にこの太刀は避けきれないと判断した孫一は逆刃でひねりを加えながら受けた。
キーーーンッ
もう何度目だろうか、本気でぶつかり合う名刀同士の音が周囲に響いた。しかしこの時二人は太刀から伝わる微妙な振動の変化を感じていた。
(かなり刃こぼれが来ている)
(もうそれほど持たぬか)
二人は改めて対峙の間合いを取ると、互いに自身の太刀の限界を感じていた。
(次に合わせたら最後じゃな、さてどうするか?)
(次は欠けるか、折れるか、さてどうするか?)
そう思いながら相手の顔を伺うと、相手も同じ様な事を考えている様子が窺える。
「そろそろ・・・、」
孫一が言いかけたところで半蔵が続ける。
「決着をつける!」
ここで話し合いの決着は有り得ない、とすればこの刃を突き合わせるのみ、半蔵は渾身の力で孫一に斬りかかって行った。
孫一はその太刀を不動の状態からギリギリのところで避けると、すかさず反撃の刃を半蔵に振り下ろした。半蔵はこれを空中を反転して避けると、再度体の回転にひねりを加えて孫一に斬りかかった。
孫一はこの技巧な刃筋に即応できず一瞬戸惑った。
(半蔵め、やりおる、これは受けるも、避けるも確実ではない)
咄嗟にそう思った孫一は自身も体をひねると、一瞬見えた半蔵の手首に蹴りを入れた。
するとそれまで半蔵と一体になっていた名刀の直江志津がその手から離れ、道の端の木の根元へと転がっていった。
(まずい)
半蔵はすぐに落とした太刀を拾いに向かったが、追ってくる孫一の太刀は目の前に迫って来ていた。
「ここまでだ、半蔵!」
孫一は半蔵を追い詰めその頭上から太刀を振り下ろした。ここで半蔵が太刀を拾い上げ防御するにしても攻撃するにしても、自身が浴びせる一太刀の方が早い。孫一は半蔵との勝負に決着がついたと思った。
(ええい、どうせもうこの刀は持たぬ!)
半蔵は咄嗟の時の割り切る判断も素早かった。
半蔵は刀を拾っても、その後体勢を整えて対処するのは間に合わないと判断し、落ちている刀を孫一の方に振り向く事なく弾き飛ばした。
「なに!」
この時孫一は太刀が飛んでくるというのは全く想定していなかった。半蔵が飛ばした太刀は至近距離でしかも確実に孫一の胸に向かっていた。
「ちっ!」
孫一は空中で極限まで体をひねり間一髪で直撃を回避した。すると半蔵の太刀は孫一の右脇の下の袖を突き刺した後、そのまま隣りの木に刺さり、一瞬孫一を動けぬ状態にした。孫一は半蔵の次の攻撃を想定してそのままの状態で咄嗟に防御の体勢を取ったが、半蔵からの攻撃は無く、一度周囲を見渡した後に解消した。
(半蔵め、境内に向かったか)
この時既に半蔵の姿は周囲から消えていた。孫一は脇の下を覗き、袖を貫通して背後の木に刺さっている半蔵の刀を引き抜いた。
(直江志津、ここでこの名刀を投げ付けて来ようとは、さすがは半蔵、いい判断だ)
刀にはたくさんの刃毀れの跡が付いていた。孫一は自身の刀、八丁念仏を見ると、その刃先には同じ様な跡が付いている。
(あ奴もあ奴の立場で必死なのじゃな)
孫一は笑みをこぼすと再度半蔵を追って境内へと向かって行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
烏丸、猿彦、猫実、熊吉の若い寺側の四人は伊賀衆が作り上げた大入道の圧倒的な強さに手も足も出ない状態が続いていた。
大入道は伊賀衆の強い力と高度な技と速さ、連携が結集された合体技であった。その速さだけを言えば、先程まで四人が仕掛けていた連携攻撃の方が上かも知れないが、戦闘における攻撃力と破壊力は遥かに高いものとなっていた。
(何とか攻撃の隙を見つけなければ)
大入道の背後に回った烏丸は警戒しながら近付き、攻撃を糸を探ろうとした。すると突如巨大な拳の様な物が大入道から自分に向かって飛んでくる。
「うわ!」
烏丸は体を捻って直撃を躱しながらも、その勢いに打っ飛ばされていた。
ドガァン!
「烏丸!」
「烏丸!」
「まずい、そっちは!」
その時烏丸が飛ばされた先は崖になっていた。
烏丸は辛うじて崖っぷちで太刀を地面に突き刺し転落を防いだが、そこに大入道が次の攻撃を狙って迫っていた。猿彦、猫実、熊吉の三人は烏丸を助けようとして大入道の注意を引こうと、三方から攻撃を仕掛けた。
ドガッ
バギッ
ドガッ
三人は軽い打撃音と共に、簡単に返り討ちにあったが、元々威嚇する程度でその反撃に対して警戒していたので受ける損傷の程度も浅く、打っ飛ばされた後、直ぐに起き上がっていた。
そして三人が作った僅かな時間の間に、烏丸は崖っぷちから離れ体勢を立て直していた。烏丸は再度大入道に対峙しながら改めて三人に視線で指示を出した。
(皆大丈夫か? 全方位でもう一度一斉攻撃をかけるぞ)
三方から駆け寄る三人はその烏丸に同意しながら合図を掛け合った。
(よし、また捕まえに来るかも知れぬから気を付けような)
(あぁ、もう捕まらん)
(うむ、そして逃がさない)
大入道は三人が駆け寄り、同時に攻撃してくる時間に差を作って攻撃しようと猫実の方に向かって数歩ほど寄り動いた。
(よし、今だ!)
その瞬間を狙って烏丸は二本の小柄を投げた。小柄は大入道のはためく衣の端に命中し、そのまま地面に突き刺さった。
攻撃としては小さな一手であった。しかし大入道の術は伊賀衆の絶妙な体勢の釣り合いの移動が基本として成り立っている。この一手に大入道は一瞬釣り合いを崩し攻撃の構えを崩した。
猫実はその大入道に斬り掛かろうと太刀を振りかぶった。すると、大入道からは自分を捕まえようとする拳が突き出て来るのが見えた。
「何の!」
猫実は瞬時にその拳を躱すと、後に続く二人と同時に三方から水平に斬りつけた。そして更に烏丸は大入道の術を操る伊賀衆の逃げ道になると思われる真上から斬りつけていた。
「タ—ッ!」
四人同時、逃げ道を残さない四方からの斬撃、四人は次の瞬間その手に確かな手応えが伝わると思った。
ガキッ
しかし、それは大入道を倒したという手応えの感触では無かった。それは何か岩の様な途轍もなく固いものに思い切り太刀を打ち込んでしまったという嫌な感触であった。
パキーン!
パキーン!
ポキーン!
バキーン!
その瞬間、四人の太刀は同時に折れていた。
「何!」
「いかん!」
「しまった!」
「まずい!」
四人は思わぬ事態に焦った。目の前に大入道が迫る中、皆で太刀を失い、攻撃の手段として手にできるのは数本の小柄しかなかった。
(ここは一度境内に退散するしかない)
烏丸がそう思った時だった。
(自分が仕掛ける、皆その後の援護を頼む)
それは猫実であった。
(どうするんだ、猫実?)
烏丸の問い掛けに猫実は真剣な表情で呟いた。
(うつせみを使う)
うつせみ、それは味方の攻撃の前にぎりぎりまで囮となって相手を引き付ける技で、失敗した時の危険性が心配されたが、猫実は勝算を感じていた。
(今、大入道から拳が突き出て来る様子の中で、伊賀衆が擬態している様子が見えた。大丈夫、我が身は既に一度死を垣間見た限りでは恐れることは何も無い)
やるとなれば無理を承知でとことんやる、本来猫実と熊吉は棟梁の孫一に無理をせぬ様にと言い聞かされて来ている筈なのに、伊賀衆を相手にする中でもうすっかり忘れている。
(性分だな、我らの)
烏丸はふとおかしく思い笑顔を見せた後、三人に意を決して言った。
「よしやるぞ、これでだめなら一度境内に退こう」
「おお!」
四人がここでの最後の攻撃に決意を固めて振り返ると、大入道は目前に迫っていた。すかさず四人は四方に散ると、烏丸、猿彦、熊吉は牽制攻撃で最初の注意を仕掛けた。そして大入道の注意が三人に逸れた時、猫実は三人に突撃の合図を出して、大入道に向かって突進して行った。そして大入道の手前で飛び上がり頭上から小柄と突きで攻撃を仕掛けようとした。
すると猫実の攻撃を受けそうになった大入道は直前で半身だけを消し、その代わりとなる拳を突き出してその身を捕まえにきた。
「何!」
猫実はこの大入道の突然の動きに対応できずその拳に捕まった、かの様に見えた。
うつせみ、実際に捕まったのは猫実が来ていた上着だけで、猫実は内着姿で更に上方に飛び上がっていた。その猫実をすかざず熊吉が助けると同時に、烏丸と猿彦は大入道の拳に小柄の狙いを定めていた。
「今だ!」
大入道の拳に握られた猫実の上着からは薬袋に入っていた鉄砲の火薬が漏れ出していた。烏丸と猿彦がそこに向けて小柄を投げ付けると、二本はちょうどその火薬の手前で交差し小さな火花を発した。
ドーン!
次の瞬間、広がる炎と共に凄まじい爆音が周囲に響いた。
「どうだ、やったか?」
もう戦いの手段は残されていない。四人はこの成果が気になったが、大入道の姿は煙に包まれていて直ぐには確認できない。四人が距離をおいて様子を窺っていると、徐々に煙が晴れてきて視界が通る様になっていった。
「何だ?」
すると大入道がいた場所には、爆発で黒くボロボロになった衣を纏った四体の人影が立っていた。その髪は振り乱れ、顔は煤で真っ黒になっていて、その風貌はさながら餓鬼の様で、煙の中から現れた彼らはとてもこの世の者たちとは思えなかった。
餓鬼の様な風貌の者たちは小刻みに震えていて、動くに動けぬ様子であった。その様子を見て、寺の若い四人は集まってきて囁き合った。
「勝負はついたのであろうか」
「あぁ、もう戦える様子ではなさそうじゃ」
「しかし、何とも奇怪な姿になったものじゃ」
「あぁ、逆にもう動いて欲しくない」
するとその時、餓鬼の四人の口の部分が白く開くのが見えた。真っ黒の顔面に白く開くその形は両端が吊り上がり、体の振るえと共に、相当な怒りを募らせていることを思わせた。
ゾゾゾッ
その瞬間、寺の若い四人の背筋に冷線が走った。物理的な攻撃に対しては強固な彼らであったが、この様な精神的な攻撃に対しは脆かった。
(こ、こわ~)
改めて餓鬼姿を注視して、そう思った時だった。
うがー!
餓鬼に変貌した四人が、怒りを爆発させ、金剛杖を振り回しながら寺の若い四人の一人一人に狙いを定めて襲って来た。
「うわ、来たー」
「近寄るなー」
「こわっ、こわっ!」
「き、気色わる!」
この世の者たちとは思えない者たちとは戦う以前に接近することを避けたい。その様な状況においては戦略どうこう、戦術どうこうなどという余裕は無かった。
若い四人は散り散りになりながら一目散に境内の中に逃げ込んでいった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その時既に境内に潜入していた十名程の伊賀の衆は本堂の裏手にある小さな戸の前に集結していた。
「これだな!」
皆が真剣な表情で見つめる視線の先にある戸には一枚の布地が挟まっていた。
「佐助の鉢巻きだ」
「あぁ、ということはここだな」
「うむ、間違いあるまい」
その布地が普段佐助が頭に巻いている鉢巻であることを皆が分かった。そしてその鉢巻がここに掲げてある理由を考えればそれは一つしかない。
「ここにあの織田弾正忠の嫡男が隠れておるということか」
「そしてここから潜入せよ、という意味じゃな」
「うむ、なんとも分かりやすい目印じゃ」
「さすがは猿飛」
皆が鉢巻を前にして佐助に感心していた。
「よし、行くぞ!」
先の戦いでは不意に崖から落とされた苦い思いをしている。伊賀の衆は気合を入れなおすと、各自短刀を抜き、戸の前から消える様にして本堂の中に突入して行った。




