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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(11)

 吉法師は奥堂を覆い隠す大樹の上から戦況を見定めていた。


(間に合って良かった)


 修験者の格好をした四人の伊賀衆に追い詰められていた烏丸と猿彦は、ぎりぎりの所で救援に掛け着けた猫実と熊吉によりその窮地を脱していた。伊賀衆の四人は突如参戦してきた二人に驚くと、更なる後続の者がいるのではないかと周囲の様子を窺っていた。


 崖上の戦闘が四対四と人数差がなくなる一方で、境内では既に侵入していた商人や農民に扮する十名ほどの別の伊賀衆が薬師堂、宿所、蔵や厠などを暴れ放題に荒らしながら本堂へと迫っていた。


(あの状況では善空がこちらに来るのは厳しそうだな)


 善空は本堂の守りを固めてからこの山中に隠された奥堂に向かう予定であったが、境内を守る者が無く、一部の伊賀の衆が早々に侵入していた事により、善空は本堂で動くに動けぬ状況になっていると思われた。


(孫一はまだ橋の所か?)


 吉法師は孫一の状況が気になり、崩落させた側道の橋の方に目を向けた。するとその方向から、異常な速さで境内にむかって来る一人の男の存在に気が付いた。


(何て速さだ、あれが伊賀の服部半蔵か!?)


 吉法師はこの奥堂に来る途中、善空から自分を狙っているのは伊賀衆であることを聞いていた。衆を率いる服部半蔵は伊賀の上忍で高度な技と高い身体能力を有しており、巧みな隠密活動を得意とするらしい。迫り来る男の印象はまさにその話の印象にぴたりとはまっていた。


(ん、あれは!)


 吉法師は同じ方向から半蔵と思われる男を追い掛ける別の男がいるのを見つけた。当初半蔵と思われる男の速さに並び寄る者など在り様が無いと思われたが、その男は確実にその差を縮めていた。


(孫一か!)


 それは鈴木孫一であった。


 孫一は地の利を生かして時折山中の小道や建物の裏などの近道を走り、確実に半蔵に追い付こうとしていた。


(孫一はあの半蔵を抑える方に回ったか、となると、)


 吉法師は一つの懸念を抱きながら崩落させた橋の方に目を向けた。


 半蔵に側道の橋の仕掛けを突破され、それを孫一を追っている状況となれば、他の集団の者たちも、次々と側面の崖面を伝って突破しようとしているのだろうと思った。しかし集団は未だ橋の反対側に留まっており、直ぐにその場を突破しようという気配は感じられない。変だなと思った吉法師がその周囲を見渡すと、崩上の案山子の周りで物陰に隠れながら蠢く人影があるのに気が付いた。


(ふっ、あの場にはまだ策を残しておったのか)


 集団は崩落した橋の手前で新たな仕掛けの存在に遭遇し困惑している様であった。吉法師はその様子を上から見て思わず笑みが零れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 崖上では山師の格好をした寺側の若い四人が修験者の格好をした伊賀衆の四人を相手に一対一の戦いを繰り広げていた。


(これが伊賀衆の力か!)


 伊賀衆の四人が振りかざす金剛杖の片端には飾りに見せ掛けた刃が仕込まれており、高い殺傷能力を窺わせていた。またこの四人の伊賀衆は普段破壊工作を生業としており、戦闘における力も経験も寺の若い四人を圧倒していた。


(このままではまずい、何とか相手の隙を見つけないとやられる)


 最初こそ人数差の不利が無くなり、若さと勢いで押していた寺方の四人であったが、接近戦の中で鉄砲が使えず、当初準備していた槍柄が最初の打ち合いで砕かれると、予備的に用意していた打ち刀の峰で身を守るのが精一杯の状況になっていた。


 劣勢の中でなかなか相手の隙は見つからない。烏丸が相手の突きを振り払い戦闘の間を取った時であった。


「ぐあっ!」


 相手の打撃を食らった熊吉が自分と自分の相手となっている伊賀衆の男との間にふっ飛ばされてきた。


「熊吉!」


 烏丸は咄嗟に熊吉を気遣って声を上げた。熊吉が倒れ込んだ場所は自分からよりも相手からの方が近い。それを見た烏丸は相手の伊賀衆の目が熊吉に向くと同時に斬り掛かった。


 すると相手の男は先ず目の前の熊吉に致命傷を与えようと金剛杖で突きの先を熊吉に向けたために烏丸に対する動作が一瞬遅れた。


(一瞬の隙、見えた!)


 先ず相手は自分を他所に熊吉に致命傷を与えに動く、烏丸はこの相手の行動を予測していた。烏丸は防御のために峰側に向けていた刀を刃先側に持ち替えると、相手の男を目掛けて低い体勢から渾身の力で刀を振り上げた。


ガキーン


 烏丸の一撃は凄まじい打撃音と共にその場から相手を吹っ飛ばした。


 しかし、烏丸に相手を倒したという感覚は無かった。相手の男は体勢を崩しながらも金剛杖で烏丸の一撃を防いでおり、足元には真っ二つとなった杖の片割れが転がっていた。相手の武器を破壊した烏丸であったが、自分が手にする刀も完全に刃が毀れていた。


「大丈夫か、熊吉」


 烏丸は熊吉に声を掛けた。


「あぁ 大丈夫じゃ」


 熊吉は幸いにも深手には至っておらず自分で立ち上がる事ができた。


 相手の伊賀衆の方にも熊吉の相手になっていた伊賀衆の男が駆け寄っていた。その男は烏丸の一撃を受けた男の無事を確認すると、金剛杖の先を向け威嚇してきた。


(まずい、刀が)


 武器の刀が使い物にならなくなっている状況で、相手の攻撃を防ぐことは容易ではない。烏丸は焦りを抱いたが、相手が即座に迫って来る気配はない。


 ふと気が付くと猿彦と猫実が自分たちの両脇を支える様に構えていた。相手方の伊賀衆も四人が集まり睨みを利かせていた。


「烏丸、ほら予備の刀じゃ」


 猿彦は自分が持っていた脇差しを手渡した。


「すまん」


 烏丸はそう言って猿彦から刀を受け取ると、今の相手の一瞬の隙を見つけた時を思い出し、三人に目線で伝えた。


(蜂掛かりの陣を仕掛ける)


 その烏丸の作戦に対して、即座に理解した他の三人は静かに頷いた。


 皆で伊賀衆の方に顔を向けると、伊賀衆の四人は金剛杖を手にした三人を前面にこちらに向かって来るところだった。


「よし行くぞ!」


 その烏丸の声掛け声と共に四人は相手に向かって飛び、瞬時に相手の四人を囲うと、四方から不規則に相手を変えて攻撃を仕掛けた。


(壱の男に右から打掛けながら、弐の男の正面に一瞬の振りを見せ、参の男には猿彦と同時に上下から突き当てた後、肆の男に左から石礫を浴びせる)


 それは様々な方向から代わるがわるに様々な形での攻撃で、複雑、且つ素早く不規則なものだった。四人はこの高度な連携を、互いの感覚を連動させることにより熟していた。


 伊賀衆の四人はこれまでこの様な攻撃を受けたことは無かった。様々な方向から予想もできない攻撃が不規則に入って来る。この高度な連携攻撃に対して、重みのある金剛杖では寸前で防ぐのが精一杯となっていた。


 そして若い四人は更に個の思考を無にし、感覚の連動に身を委ねていく事により、伊賀衆への攻撃の速度を更に一層上げていくと、伊賀衆の四人は無意識の内に一ヶ所に押し込まれていった。


(よし、今だ!)


 烏丸は再び三人に視線で合図を送った。


 四人は懐からしめ縄を取り出すと、それぞれの方向に投げ、同時にそれぞれ誰かが投げたしめ縄の端を掴んだ。そして四人の伊賀衆を上下左右から巻き絡めた後、一周、二周、三周と伊賀衆の周りを回りながら縄を締め上げていった。


(よし、捕らえた!)


 四人が放った縄はがっちりと固まり、もはや動くことすら容易にならない、四人は伊賀衆の動きを完全に封じたと思った。


 しかしそう簡単に捕まる伊賀衆では無かった。


バシッ!

「何!」


 弾ける様な音と共にしめ縄が切られると、縄に力を込めていた四人は勢い余って四方に弾け飛んだ。


「縄が切られるとは!」


 焦りを抱きながら四人は直ぐさま起き上がり、体勢を整えながら伊賀衆の方に目を向けた。しかしそこには伊賀衆ではない何か巨大な一つの影が出現していた。


「何だ?」

「何だ?」

「何だ?」

「何だ!」


 陽の加減なのか、それともその身にまとっている衣のためなのか、その輪郭が妙にぼやけている。やがてそれが巨大な人影であることが分かると四人は驚きの声を上げた。


大入道!


 四人は背筋に何か冷たい物を感じた。


 それは伊賀衆の変幻なのか、単なる幻なのか、伝説の妖怪なのか、その実態が定かにでなく、どう戦えば良いのか、そもそも戦える相手なのか、色々な懸念が四人の頭を駆け巡った。


 大入道は衣を羽ばたかせながら四人の方に向かって来ると、四人に向かって拳を打ち掛けてきた。


ドガァン!


 すかさず避けた四人であったが、勢い余った拳は固い崖の地面に穴を開けていた。


(何という破壊力!)

(どうやらこれは幻などではなさそうだ!)

(伊賀衆の術か!)

(如何に戦えば良いのだ!)


 先ほどの伊賀衆と立場が逆転していた。今度は寺方の若い四人がその戦い方が思い付かずにいた。


(どうする?)

(一斉に仕掛けてみるか?)

(危険ではないか?)

(正体を見定めるためにも一度仕掛けるしかあるまい)


 視線で対策を交わしながら、四人は次の仕掛ける機会を窺っていた。


 そして大入道がまた四人に近付き、拳を振り上げた時だった。


「よし、今だ!」


 四人は四方向から飛び掛かると一斉にその頭上から刀を振り下した。しかしその瞬間、大入道の姿は消えてしまい、刀は空を切った状態で地面に着地した。しかし着地したその場に猿彦の姿だけが見当たらない。


「猿彦!」


 三人が後ろを振り返ると猿彦は再び現れた大入道の腕に捕まっていた。


 大入道は伊賀衆の合体技を伴う幻術であった。羽ばたく衣は大きな人型を模しており、その中で伊賀衆の四人が色々な型に組み替えていた。時には組み替えを解除して消滅を装い、特異な戦闘の形態を醸し出していた。


 猿彦を捕まえた状態で再び現れた大入道に驚いた三人であったが、体は自然と猿彦の救出のため大入道に向かって飛んでいた。


 すると大入道はその三人に向かって思い切り猿彦を投げ付けて来た。


「うおっ!」


 三人は攻撃で前面に構えていた刀を除け、もう一方の片手で猿彦を受け取ったが、その勢いを吸収できず、後方にふっ飛ばされた。


「あいたたた」

「くそっ どうすれば?」

「大丈夫か、猿彦?」

「いたた、あぁ、何とか」


 四人が慌てて起きて体勢を整えようとした時、大入道は既に直ぐ目の前に迫って来ていて、大きな拳を振り下ろす所だった。


「あぶない!」


 四人は左右に分かれて避けたが、大入道は熊吉と烏丸の方に瞬間的に移動して来た。烏丸は体勢を崩しながらも刀を振りかざしたが、すかさず飛んできた拳に二人ともぶっ飛ばされた。


 それを見た猿彦と猫実は応戦しようと大入道の左右から攻撃を仕掛けたが、その途端、瞬時に消え。その直後に背後に現れた大入道に二人同時にぶっ飛ばされていた。


(いたたた、何か方法は?)


 四人はその後、攻撃の際の隙が狙われることを懸念し、大入道の攻撃を避けながら反撃の隙を探ることにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 服部半蔵は崩落した橋を突破した後、寺の境内に向かって、飛び跳ねる様な勢いの走りで進んでいた。


(見えた、境内はあそこか、何!?)


 目の前に境内の建物が見えたのと同時に背後から殺気を感じた半蔵は、思わず身を捩らせながら刀を受け身で構えた。するとそこに予見した通り、一筋の刃が迫るのが目に入り、半蔵は瞬間的にその刀を受けた。


キーーーーン!


 先ほどと同じ甲高い金属音が山中に鳴り響いた。


 半蔵は瞬時にその太刀を振り払うと二の太刀筋を警戒しながら、持っていた刀を殺気の方に向けて構えた。すると、その構えの先には刀を揺らしながら孫一立っていた。


(まさかこの儂が追いつかれるとは)


 半蔵は自分が境内まで追いつかれることはないだろうと思って油断していた。実際に先行された半蔵を後ろから追っても、追い付けるものでは無かったが、孫一は地の利を活かして所々に近道となる道筋を辿っていた。


 半蔵は孫一の手にする刀に注視した。


(あれが噂に聞く名刀八丁念仏)


 一方で孫一も半蔵の手にする刀を見ていた。


(やはり直江志津か)


 互いに手にするのは世に知られた名刀、刀も技も同等となれば相手の隙を探り、それを捉えた方が勝つ、二人は牽制し合いながら動くに動けない状態となっていた。


 孫一は半蔵の表情から自分と同じことを考えていると読み取ると、思わず笑みをこぼして話し掛けた。


「さすがは世に知られた伊賀の半蔵、いいものを手にしておる」


 そう言う孫一に、半蔵も不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「いやいや、孫一殿こそ、さすがは畿内の廻船を司るお人、いいものを手にされている」


 二人は相手の隙を探ろうと互いに名刀を握りしめながら、笑顔を繕っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 崩落した橋の先では、沓掛の衆が崖上の案山子から思いも寄らない強い矢筋を受け、度肝を抜かれていた。


 目の前の地面に突き刺さった矢は太くて長く、案山子に隠れてこれを放った者は相当屈強である様に思えた。これまで側道を進んでくる中で妙な仕掛けを食らい続けていた近藤ら沓掛の衆は、橋の反対側で守っていた孫一が半蔵を追っていなくなり、早いところ境内に乱入して憂さ晴らしをしたいと思っていたが、未だその様な屈強な者が崖上に隠れ、侵攻を拒んでいるかと思うと、迂闊に動けなかった。


 崖上の案山子はそんな沓掛衆をあざ笑っているかの様に見える。


「くそぉ、一体何奴だ!」


 近藤が怒りをぶつける様に怒鳴った。


「まさか天狗の仕業じゃねーですか」

「ほ、ほ、ほ、ほんとか、やばい奴なのか」

「うーむ、このあと日がくれると危険じゃな」


 屈強な沓掛衆の中でも分からぬことに対して色々な憶測が出てくると、恐れを抱く者が出始めていた。このままでは撤退への気運に傾きかねない。そう見た近藤は声を張り上げた。


「何を恐れるか、それなら儂が先ずここを渡って反対側からあの崖上の案山子共を蹴散らしてくれようぞ」


 それを聞いた沓掛衆の近藤の家臣は必死になって静止を促した。


「お館様、おやめください」

「この崖の突破は危険です」

「崖下に落とされたら怪我ではすみませぬぞ」

「案山子にやられたとあっては末代の恥です」


 近藤はそんな衆の皆の反対に聞く耳持たず、崖の側面に張り付き渡ろうとした。藤原秀郷の後裔となる武門の家柄、逆に案山子に笑われたまま引き下がることは出来ない。近藤の意地に対して誰も止める事は出来なかった。


 するとその様子を見ていた鷹匠の本多俊正が一つ提案した。


「近藤殿、一応腰に安全綱を巻いていってくれ、もしぬしが危なくなったら、我らがぬしを引いて助けるゆえ」


 近藤も自身の配下では無いこの俊正の提案に対しては無礙にする事はできなかった。


「うむ、分かった」


 俊正に理解を示した近藤は長棒を背に綱を腰に巻き付けると、再度崖の側面に張り付き、崖伝いに再度この崩落した橋の突破を試みる事にした。


 崖の上の案山子の周囲では、お民の舞の曲を演奏していた神楽隊の面々が身を隠して沓掛衆が突破してくるのに備えていた。


「まだ奴らは諦めておらぬか?」

「あぁ、その様じゃ」

「厄介じゃのぉ」


 馬太郎、鹿之介、鶴兵衛、猪衛門の神楽隊の四人は皆小柄な中年の男たちで、戦闘の経験など無い者たちであった。


「馬太郎、ちょっと足を貸してくれ、この弦固すぎじゃ」

「あぁ、どれどれ、いくぞ、せーの」


 掛け声を掛け合いながら、馬太郎と鹿之助は足で弦を押し留め金に掛けた。そして固定台に載せると、その上に大きな矢を据え置いた。


 これは弩と呼ばれる武器であった。


 弦を足で引くため小柄な者でも力強い矢が放てるが、取り扱いが面倒で連射に不向きなため、日本ではあまり知られていなかった。


「恐らく今度は警戒して来るであろうから少し向きを左に向けておこう」

「どうだ?」

「いいぞ、よし、もう一台の方も合わせておくか!」


 馬太郎と鹿之助が弩を放つ準備をする一方で、鶴兵衛と猪衛門は更にその先で沓掛衆の侵攻を食い止めるための準備を進めていた。


ケタケタケタケタ


 その時、案山子が笑うような合図が神楽隊の中で響き渡った。それは沓掛衆の再度の侵攻を意味していた。


「来た!]

「いや、だが一人だけのようだ」

「警告で威嚇打ちするか?」

「そうだな」


 馬太郎と鹿之助は案山子に身を隠しながら弩の狙いを近藤の近くに定めると、少し時間と狙いをずらして矢を放った。


バシッ

ズガァーン


バシッ

ドグァーン


「うおぉ、あぶねー」


 弩から放たれた矢は凄まじい破壊力であった。一射目の矢は近藤の前の岩に命中すると、付近の岩を巻き込んで崖下へと落下させ、二射目の矢は近藤の頭上にあった岩に命中すると、近藤に小石の雨を降らせていた。


「おやかたぁ~!」


 沓掛衆は主君の危機に思わず皆で声を上げた。近藤はこの二射に臆する事なく、崖の側面を伝って尚も進んだ。


 すると今度は大きなドラの音が鳴り響くと共に、数体の案山子が降ってきた。案山子は先ほどの警告の矢とは異なり、明らかに近藤に向かって当てに来ている。


「なんの!」


 これに対して近藤は片手で崖の岩を掴むと、もう一方の手に持った長棒で落ちてくる案山子を打ち砕いた。バラバラになって落ちていく案山子を見ながら、近藤は尚も先に進んだ。


「がんばって下され、おやかたぁ~!」


 そして沓掛衆の声が響く中、崩落した橋の反対まで残りもう少しというところであった。


ゴロゴロゴロゴロ

ズァー


 今度は崖上から大量の水と共に土砂が降ってきた。


「くそー!」


 崖の側面で動くにままならず土砂に巻き込まれた近藤は長棒を崖の側面に突き刺して必死に耐えていた。


バシッ ズガーン


 その身動きが取れない状況の近藤に再度後方の崖上から強力な矢が射かけられた。すると長棒を刺していた付近の土砂が捲りあがって長棒が抜け、近藤は完全にその姿勢を崩した。


「うわっ」


 転落しかけている近藤の状態を見て、俊正は周囲の沓掛衆に叫んだ。


「皆の衆、綱を引け!引け! 全力で引くのじゃ」


 俊正は沓掛衆に近藤に繋がる綱を即座に引く様に指示を出した。


「おやかたぁ~!!」


 沓掛衆は掛け声と同時に皆全力で綱を引いた。それは正に近藤の命綱であった。綱を引く速度が遅ければ近藤は引き戻す前に落下して崖下に叩き付けられてしまう。皆が懸命に近藤に繋がる綱を引いた。


ドガーン!


 そして次の瞬間に発した音は、沓掛衆のもとに物凄い勢いで近藤が飛び込んできた音であった。沓掛衆の近藤を引き戻すという思いは殊のほか強かった。近藤は落下しかけた位置からほぼ水平の高さで引き戻されていた。


「おやかたぁ~!!!」


 沓掛衆は近藤を窮地から無事に引き戻せた事を喜んでいたが、近藤は今一歩届かなかったことに苛立っていた。


「くそー、いまいましい!」


 怒りの感情を爆発させる近藤の横で、俊正は崖上を見上げながら冷静に近藤のその結果を精査していた。そして笑みを浮かべると近藤の怒りを宥めるように言った。


「近藤殿、次は大丈夫じゃ、ここを突破できるぞ」


 近藤を含め沓掛衆は何がどうなることを以て、次は突破できるという話になるのか、理解できずに首を捻った。その中で俊正は強い自信を見せていた。



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