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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(10)

 吉法師は寺の裏山中にある奥堂を覆い隠している大樹の上から、爆音と共に崩れ落ちていく橋の様子を見ていた。寺の境内に向かっていた集団は橋の途中から慌てて戻り、その橋の両端では孫一と半蔵が睨みあいながら対峙している。


(始まった!)


 正に自身の命運をかけた一戦、そう思うと緊張して足が竦む。


(いかん、いかん)


 吉法師は枝の上で震える自身の足に褐を入れた。


 戦況の変化を確認するために周囲を見渡すと、橋の崩壊の音を合図にしたかの様に、十人ほどの者たちが様々な方向から境内に向かって来ているのが目に入った。


(あ、あれは奴らの仲間か?)


 新たな寄せ手の存在に対し、寺側で守備する者の姿は見当たらない。男たちは俊敏な動きで境内に入り込むと傍若無人の振る舞いで物や建物を探り始めた。


(まずいな、善空は? 寺の若い四人はどこにおるのじゃ?)


 吉法師は孫一以外の寺側の者たちの姿を探した。すると境内の向こうの崖上に、烏丸と猿彦の二人が敵の侵入を必死に防いでいる様子が目に入った。


(大丈夫なのか、他の敵は境内に侵入しておるのだぞ)


 二人は境内へ侵入した敵については知らずしてか、崖上を襲う敵に集中している。吉法師はこの偏った戦況の様子を不安に思ったが、今の自分ができる事はほとんど無い。


(ぬしら、やられるなよ)


 唯一ここで出来るのは祈ることだけであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 烏丸と猿彦は伊賀衆の修験者の格好をした四人を相手に奮闘していた。


 二人は以前と同様に崖上から鉄炮を撃ち掛けていたが、既に鉄砲という武器の存在も、崖の地形も、そして寺を守る戦力が少数である事も相手に把握されている。そのため、彼らが崖を這い上がって来ることを止められずにいた。


「だめだ、こちらの攻撃が読まれている」

「だが、ここは是が非でも死守する」


 二人は暫く鉄砲を撃ち掛けてその侵攻を止めようとしたが、修験者の四人が崖上寸前まで接近してくると鉄砲を諦め、槍柄を使っで崖下に突き落とそうとした。しかし幾度かの突きを躱された二人は、一瞬にして崖上へと登り上がった修験者の四人に周囲を囲まれてしまった。


(まずい)


 その瞬間二人の地的優位性は完全に失われ、逆に人数の不利な状況が鮮明な状態になっていた。本来であれば今回鉄砲での阻止が困難である事を認識した時に退くべきであったかも知れない。しかしここを死守して寺を守るという二人の思いの強さが、その状況の判断を遅らせていた。


(棟梁の忠告を聞いておれば)


 そう思った時は既に遅かった。四人の修験者は背中の杖を手にすると隠し鞘を抜いて(やいば)を見せた。それはこれまでの守勢から攻撃に転ずる姿勢を表していた。


「一旦、退くぞ」

「うむ、この状況は不利だ」


 烏丸と猿彦は小声で確認し合うと、二人で一緒に一人の修験者目掛けて切り込んで行った。


ガキーン


 烏丸の槍の突きを振り払ったその修験者は続く猿彦の突きまでは振り払う事はできず、大きく体を逸らして避けた。


「よし、今だ!」


 そう叫ぶと二人は持っていた槍柄を相手に投げ付け、その隙に乗じて囲いを突破し、境内に向かって一目散に駆け出した。


 しかし相手は戦闘力に秀でた伊賀衆の上忍である。ここで逃がすまいと左右から瞬時に追い抜いた二人の修験者が刃を構えて烏丸と猿彦の行く手に立ち塞がった。


(ここは止まったら終わりだ!)

(うむ、突破しよう!)


 烏丸と猿彦は互いに合図を送りながら腰の小刀を抜くと、強行突破を試みて、それぞれの目の前の相手に渾身の力でその小刀を振り翳した。


ガキーン

ガキーン


 周囲に二つの金属がほぼ同時にぶつかる音が鳴り響いた。


 二人は自分たちの一撃を相手が避けるであろうその瞬間に、再度その場を突破しようと考えていたが、その金属のぶつかる音と同時に烏丸と猿彦の足は完全に止められていた。相手が自分たちの渾身の一撃をしっかりと受け止めて来ることは二人にとって想定外であった。


(突破できない!)

(つ、強い!)


 速さも力も相手の方が遥かに上、二人は相手と刃を合わせながら、相手の侵攻を阻止するどころか一対一の戦闘でも太刀打ち出来ない現実を思い知らされていた。そして目の前の相手の刃に対して力が抜けない状況の中、別の二人の修験者が刃を構えながら迫って来るのが見えた。


(まずい、あれは受ける事も避ける事もできない!)


 差し迫って来るもう一つの刃に、烏丸は観念するかの様に目をつむった。


ガキーン

ガキーン


 次に耳にするのは自分か、猿彦の身が斬られる音だと思った。しかしそれは違う音であった。恐る恐る烏丸が目を開くと、修験者の四人は少し離れた所で刃を構えているのが目に入った。近くには二人の男が彼らと対峙する様に立っていた。


「二人とも大丈夫か?」

「間に合って良かった!」


 それは猫実と熊吉だった。


「ぬしら、なぜ?」


 一瞬夢か幻ではないかと思いながら、烏丸は二人に声を掛けた。


「棟梁にこっちに回れと言われたのじゃ」

「ぬしらは無理するだろうから、だと」


 その二人の言葉に烏丸と猿彦は思わず笑顔を見せた。相手の強さを考えれば、困難な局面である事は変わらない。しかしこれまでも難題にはいつも四人で臨んで来た。その思い出が溢れてくると共に心情的な負担は軽くなる思いがした。


 一方で修験者の四人は突然の二人の参戦に驚き、周囲に更なる参戦者がいるのではないかとの警戒していた。人数としてもここで四対四となり、これまでの様に包囲して攻め立てる訳にはいかない。攻め方を変える必要があるとを考えていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 善空は吉法師のいる奥堂に向かおうと本堂の出口の前まで来た所で橋を爆破する音を聞き、同時に各所から境内へと侵入してくる十人ほどの者たちを目にした。


 男たちは農民や職人の姿をして自然を装っているが、その動きは俊敏で、明らかに伊賀者と分か動きであった。


 男たちは境内の各所に展開し、建物や部材を探っている。


(奴ら、吉を探しておるのか?)


 それは明らかに隠れている者を探している様な行動であった。男たちは境内の周囲を一度包囲し、その後その範囲を狭めるように探っていた。


(これでは奥堂には行けぬ)


 彼らが境内の周囲から中心の本堂に向かって探っている事は、現在その外側にいる吉の居場所が知られていないというに事である。もし自分がここで奥堂に向かう後をつけられれば、自分は吉の居場所を案内する事になってしまう。


(吉を頼みます)


 善空は本堂内陣の仏像に向かって祷った。しかしその視線は内陣の奥の方を見つめていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 孫一は崩落した橋を間にして半蔵らと対峙していた。


 橋を落としても隣接する崖の側面を這って越えることは可能である。しかし、その先に孫一が長刀を持って構えているとなると、多勢といえども容易には越えられない。


(来れるものなら来てみろ)


 孫一は長刀を片手に相手を威嚇していた。


 この孫一の態度に沓掛城の近藤九十郎は憤りが収まらずにいた。


「くそー、いちいち姑息な仕掛けの手を使いおって!」


 由緒ある武家の近藤は、ここまで知恵比べの様な寺側の仕掛けに何度も引っ掛かっていた。今回も渡ろうとした橋が爆破されて慌てて戻り、何か驚かされ続けている事に負け続けている様な思いを抱いていた。


 その中で鷹匠の本多俊正は孫一の持つ長刀が気になっていた。


「半蔵、あの孫一が手にしている長刀、何か輝き方が妖しげじゃ、普通の長刀ではないのではないか?」


 俊正の質問に対して半蔵はぼそっと応えた。


「恐らくあの長刀は八丁念仏」


 その半蔵の言葉には俊正、そして近藤も驚きの表情を見せた。


「何、斬られた相手がしばらく気付かぬという、あれか!」

「ち、業物か!」


 驚く二人を横目に半蔵は薄笑みを浮かべた。


「さすが雑賀の鈴木孫一、鉄砲だけでなく色々と持っておる」


 半蔵は孫一に感心しながら対抗策を考えていた。


(寺側でここを守る相手はたった一人、しかしその相手は世に知れた業物を手にする雑賀の孫一で、その間には渡るのが容易ではない崖の斜面が続いている)


 圧倒的な人数差を凌駕する状況だった。


(伊賀の半蔵といえどもここは撤退するしかあるまい、さすれば儂は境内で他の伊賀の衆を駆逐することができる)


 孫一は相手にその決断を促すために追い打ちとなる仕掛けを講じていた。


ドドドドドド!


 半蔵らの後方で崖が崩れる音が響いた。それは小規模ではあったが、後方錯乱による心理的な効果としては絶大であった。


「何じゃ、今度は?」

「向こうで崖が崩れている」

「また、仕掛けか!」

「ここにも仕掛けがあるんじゃなかろうな!」


 近藤ら沓掛衆はこの崖崩れで退路を塞がれたのではないか、と不安を募らせた。これまで相次ぐ仕掛けの影響もあり戦意を低下させていた。


 その中で半蔵は俊正と近藤に向かってぼそっと言った。


「先に行く」


 この半蔵の一言に二人は驚いた。

 

「半蔵、一人ならここを突破できると言うのか?」


 近藤は語尾を強めた。この場を一人で突破できるなど、如何に伊賀の半蔵と云えども成しようがない、と思った。しかし半蔵は平然として答えた。


「あぁ、突破できる、それに恐らく寺の境内には既に我が里の衆が突入しているはずじゃ、そこに儂が加わるとなれば孫一もここに留まってはおれまい」


 確かに半蔵がここを突破できれば、孫一もここに留まり続ける訳にはいかなくなるであろう。橋の反対で守る孫一がいなくなれば皆が崖の斜面を這って越えることができる。俊正と近藤は今の状況を打開するためにはそれしかないと思った。


 近藤は半蔵がこの場を突破する意味を理解すると、半蔵に向かって渋い表情を見せた。


「我らもぬしのお荷物ではない、ここを越えて後から追いついて見せようぞ」


 その近藤の言葉に半蔵はふと笑顔を見せた。


「よし行け、半蔵!」


 俊正に後押しされた半蔵は、二人に一礼すると近くの木の枝に飛び乗った。そして、そのまま勢い良く木の最頂部まで飛び移ると、そこから崖の斜面に飛び移り、そのまま崖の斜面を駆け渡った。


「うぉ、すげー」

「あれは人間の動きか」

「信じられぬ、あれが伊賀の上忍か」


 それは尋常では無い動きであった。戦意が低下していた沓掛の衆が戦闘に勝った様に歓喜の声を上げる中、半蔵は崩落した橋を越えそのまま孫一の頭上を駆け抜けようとした。


 その時であった。


「何!」


 それは半蔵が予期していない事であった。


 上方に配置されていた二体の案山子が、突如半蔵の駆け抜けに合わせぶつかる様に降ってきた。半蔵は何とか一体を避け、もう一体を抜刀して切り裂いてその衝突を回避したが、崖の斜面を駆け抜ける勢いを完全に失い、体勢を崩しながら孫一の方へと落下して行った。


(まずい)


 案山子の落下は偶然か、それとも相手の仕掛けか、それは分からない。半蔵は落下しながら孫一からの一撃に備えようと必死に体勢を立て直そうとした。


 そんな半蔵に長刀を構える孫一は一撃で決めるべく下方から狙いを定めていた。


「南無八兆!」


 そして念仏を唱え集中力を高めていた時であった。


「何!」


 それは孫一が予期しない事であった。


 突如背後の上空から一羽の鷹が襲い掛かって来ると、孫一は集中力を切らし長刀を落としてしまった。そこに空中で体勢を立て直した半蔵が孫一に向かって刀を振り下ろした。孫一は慌てて長刀を拾い上げると、そのまま間一髪の状態で半蔵の刀を受けた。


キーーーーン!


 甲高い金属音が周囲に広がった。孫一は半蔵からの二の太刀が来るのを想定してその長刀を構え直したが、半蔵はその場に留まる事無く、その金属音を残して境内の方へと去っていた。


 孫一は周囲を確認したが半蔵の姿は既になく、孫一を襲った鷹も既に橋の反対側にいる鷹匠のもとに戻っていた。


(鷹はあの男のものか)


 孫一は迂闊であったと思った。半蔵に神経を集中させていた孫一は、その他の接近に対して完全に無防備な状態になっていた。しかし何よりも迂闊に思ったのは半蔵の刀であった。


(受けた時のあの波動、あれは恐らく名刀直江志津、でなければ八兆念仏と刃を交わしてもつ訳がない、半蔵め)


 孫一は二つの事について整理すると、次の行動について考えた。


「やはりこのまま半蔵を境内に向かわせる訳には行かぬ」


 橋の反対側には先程の鷹匠を始め三十名ほどの集団が侵攻を試みようとしており、彼らを放置して立ち去るわけにはいかない。しかし先行して境内の方に向かっている半蔵の方が致命的な存在になり得ると思った。


(少し奴らを足止めする時間を稼いでくれ、頼むぞ)


 孫一は一つ願いを込めると、その場を離れ半蔵の後を追い掛けて行った。


 重要な防御線である橋の所には、敵の集団を目の前にして守る者はいなくなり、崖の上方で案山子が佇むのみとなった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 孫一が境内に向かって離れて行くと、沓掛の衆は再び歓喜に包まれた。


「よぉし、予想通りじゃ」

「この崖を渡って進むぞ」

「おう!」


 先程まで低下していた戦意は、半蔵の突破と孫一の退却により回復し、皆の気勢と共に高まっていた。その中で俊正だけは何か上方の案山子に引っ掛かる物を感じていた。俊正は皆の先頭を進む近藤に注意を促しつつ訊ねた。


「近藤殿、先程半蔵が渡ろうとした時に落ちて来た案山子は偶然だと思うか?」


 深刻な顔付きで訊ねて来る俊正に、近藤は自信を持って答えた。


「恐らく風か何かの偶然であろう、まぁ我らが渡ってみればわかる事だ」


 そう言って近藤は崩落した橋に隣接する崖の斜面に這いつくばると、そのまま横に移動してその橋だった部分の崖を渡り始めた。近藤の後には半分ほどの沓掛の衆が近藤に続いた。


 ゆっくりと慎重に渡っていた近藤らであったが、その行程の半分に差し迫った所で、危惧していた事が起きた。


「あ、危ない!」


 俊正らの掛け声を受け、近藤らが上方を見上げると、何と大小の岩石が前方に落ちてきた。


ガラガラガラ

ゴロゴロゴロ


 近藤は何とか大きな岩の直撃を避ける事はできたが、たくさんの小砂利を被っていた。近藤は進んでいた衆に後戻りを伝えると、自身も渡り口に戻り、興奮した口調で俊正に言った。


「これは偶然か? いやそうではなかろう、上方に敵の姿は見えぬが姑息な奴が案山子に紛れて隠れながら仕掛けているに違いない」


 沓掛の衆の間では案山子に攻撃されたと言う者がおり、動揺が広がっていた。


「いや、しかしこの崖じゃ、落石も十分に自然に起こり得る、まだ人為的とは分からぬ」

「とにかくもう一度数人の崖の斜面で動きの取れるものを率いて試してみよう、俊正殿どの様な者の仕業か確認していてくれ」


 そう言うと、近藤は再度数人の沓掛の衆と共に壁の斜面に這うと、橋の部分を渡り始めた。すると今度は何事もなくそのまま工程の半分を超える事ができた。


(やはり先程の落石も自然の出来事、案山子は案山子じゃったか)


 そう思った次の瞬間であった。


ビュッ!

バチーン!


 一本の太い矢がこれまでに見た事の無い程の勢いで飛んで来て岩に突き刺さった。これまでとは異なる完全に人為的な一撃で、しかも常人では考えられぬ屈強の者が放った様な一撃の矢筋であった。この案山子からの矢に沓掛の衆は動揺した。


「うわぁあー、やはり案山子が狙ってきた」

「あの案山子は生きておる」

「不気味じゃー」

「あの太い矢を放ってきおったのか」

「人間じゃねー」


 再度近藤は慌てて渡り口に戻って来ると、俊正と共に上方の案山子に目を配った。


 そこにいる案山子は何か不敵な笑みを浮かべている様に見えた。



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