第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(9)
両手で鉄砲を抱える吉法師は善空と結に案内されながら、小走りで境内にある舞台の横を通り過ぎようとしていた。
昨夜寺の境内に集まっていた旅人や舞女、そしてその彼女らの練習を見に集まっていた野次馬らの姿は無くひっそりと静まっている。
吉法師は人影の無い境内を見て思った。
(自分はこの寺の皆を戦いに巻き込んでいる)
本来自分に仕組まれた戦いに、何も関係の無いこの寺の皆を巻き込むような事はしたくない。しかし尾張領主織田信秀の嫡男である自分が他国に浚われの身となる事などはもっとあってはならぬ事、吉法師の心境は複雑であった。
悩まし気な表情を見せる吉法師に、善空は小走りを続けながら話し掛けた。
「吉、安心せい、地の利は変わらず我らにある。そうやすやすとぬしを渡す様な事はせぬ」
善空は吉法師の表情から、吉法師はこの戦いに負け自分が囚われの身になる事を恐れていると思っていた。善空は吉法師に安心してもらおうと、余裕の笑顔を浮かべながら頷いて見せると、すぐ隣に寄り添う結もまた同じ様に頷いて見せた。
自分がここで皆に迷惑を掛けたくないと考える以上に、二人は自分を守ろうと考えている。吉法師は二人に申し訳ないと思うと同時にありがたさを感じていた。
やがて三人が境内の端にある本堂の近くに差し掛かった時、善空は一つの事を思い起こすと、吉法師の方を振り向いて言った。
「吉、儂は一度本堂に寄って行く、ぬしは奴らを活気付かせぬためにも、早く奥堂に行きその身を隠した方が良い。結が案内をするからぬしは先に向かってくれ」
吉法師はこの善空の言葉に戸惑いを感じた。
(自分はこれから隠れていなければならぬのか、皆が戦っている時に)
確かに自分が姿を晒していれば、相手は自分に向かってその攻めを集中させて活気付き、その守りには苦慮するであろう。相手との戦力差がある中で、自分への攻撃を集中させることは好ましい事ではない。
そこで自分の身を隠すことで、相手の集中力と戦力を分散させ、時間差を以て個別に撃破する、その戦術は当を得ており理解できる。しかしだからと言って、皆が身を呈して自分を守ろうとしている中で、当の自分は隠れていて良いのだろうか、吉法師は何か不義理な思いを感じ返事ができずにいた。
(大丈夫、任せて!)
その時吉法師は結の意思を受けた。
気がつくと自分は結の方を向いており、声を出せない筈の結がその表情でその意思をしっかりと伝えて来ている。
(あれ、今?)
吉法師は結の表情を見る前にその意思を受けた様な気がして一瞬不思議そうな顔を見せた。そして結の意思を汲んで一つ頷くと善空に向かって応えた。
「分かった。善空殿」
やがて三人は境内の端で分かれ、善空は本堂へと向かい、吉法師と結は裏手の山中に分け入って奥堂へと向かった。
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見張り小屋からは麓から続く側道が広く見渡せる様になっていた。孫一は小屋に着くとすぐさま寺に接近してくる集団の動きを監視していたの烏丸と猿彦に声を掛けた。
「何処まで来た?」
現状の位置を問う孫一に烏丸は右手の山腹を指差して言った。
「あそこです」
そこには山の側面に延びる側道を伝って、三十人程の集団がこちらに向かって来ているのが見えた。
「人数が増えているな」
明らかに今朝の境内直下の崖からの来襲の時よりその人数は増えていた。しかしその集団は側道の仕掛けにいちいち引っ掛かってはそれを超えるのに苦労しており、その進みは思いのほか速くはない。
「しかし妙だな、動きが妙に鈍い、あれは伊賀者か?」
卓越した忍術を有する伊賀者にしては仕掛けに対する動きが鈍く感じられた。孫一はこの時、集団は今朝の伊賀者ではないのではないかと思ったが、次に彼らを見た瞬間、その考えを変えざるをえなかった。
「あの先頭の者の動き、普通の伊賀者の動きよりも格段に速い、あれは恐らく半蔵に相違あるまい、しかし他の者たちは伊賀者とは思えぬ、何だ、何かの作戦か?」
集団の先頭を進む者だけが、尋常ではない速さで次々と仕掛けを破壊しながら進んでいた。孫一はそれを見てその者の動きから伊賀の服部半蔵あると確信していた。しかし他の集団はその仕掛けに苦慮しており伊賀者ではない様に思える。
(先頭の半蔵らしき者以外は伊賀者ではない、別の増援の者たちだ、しかしなぜ半蔵はあの者たちを連れてあの側道を選んだのじゃろう?今朝の崖上での戦闘を考えれば、側道には更に厳しい仕掛けが施されていることを半蔵は予想していただろうに?)
孫一が半蔵の侵攻の意図を考えていた時、烏丸と猿彦も側道の集団を観察しながらその状況を分析していた。
「やはりあの先頭の半蔵と思われる男以外は伊賀者ではなさそうだな」
「あぁ、他の伊賀者たちは今朝の戦闘で崖から落ちた時に負傷して皆動けぬのではないか?」
集団はぎこちなくもまた一つの仕掛けを乗り越えようとしていた。
「棟梁、もう側道に残る仕掛けももう多くないかと…」
「そろそろ我らもあ奴らを追い返しに向かいますか?」
その二人の言葉を聞いて孫一は思った。
(そうか、あの集団の侵攻に対して、我らは少ない戦力を集中させなければならぬ、しかしあの集団が彼らの全てでは無く、我らが戦力を集中させて個別に応戦する時間差を与えない様に、別方面からの同時侵攻を考えているとすれば、我らの防衛機能は瞬時に失われる。半蔵の狙いはそこか)
孫一は側道とは反対側の左方に広がる山中の森を見渡した。するとその森の中にポツンポツンと妙な動きをする陰影が埋もれているのが見えた。
(やはりそうか、まずいな)
孫一は半蔵の手の内を理解すると即座に二人に声を掛けた。
「烏丸、猿彦、あの側道から向かって来る集団は、半蔵らしき男が先頭を率いておる様じゃが恐らく我らを引き出す囮じゃ、山中の各所からは他の伊賀者が展開して攻めて来るであろう。儂は先ず猫実、熊吉と共にあの集団の足を止める。ぬしらは先に鉄砲を持って崖上で他の伊賀者の侵入に備えよ」
その孫一の展開の読みに烏丸と猿彦は驚いた表情を見せた。
「わ、分かりました!」
相手はこちらの少人数という欠点を把握し、そこを最大限に突くことで、自分たちの地の利のなさを超えた戦術を打ち出している。
二人は寺の危機を感じ、緊張のためこわばった表情のまま見張り小屋を出て行こうとした。すると孫一は今一度二人を呼び止めた。
「いいか二人とも、無理はするな、そちらに迫る敵の戦力は全く分からぬ、もし敵わぬと思ったら即座に境内へ退け、良いな」
「はっ!」
二人は力を込めて返答した後、見張り小屋を離れ鉄砲を取りに境内の本堂へと戻って行った。その途中、猿彦は烏丸に問い掛けた。
「烏丸、棟梁は形勢が良くなければ境内に退く様に指示されたが、我らが境内に退くと寺の皆へ被害が広がるのではないか?」
「あぁ、そうだな、やはり我らは奴らを侵入させてはならぬ」
寺は自分たちが守る、伊賀者を境内に乱入させない、二人はその強い決意を固めていた。
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吉法師と結は山中の目立たぬ目印を頼りにしながら山中を掻き分けて進み、ようやく奥堂に辿り着いた。奥堂は乱世の緊急避難用に設けられた施設の様で、切り立った崖を背に、前面はひっそりとした巨木に同化して隠れる様に建っていた。その外見は堂というより祠の様で、正面には祭壇に通じる大きな扉が設けられていた。
ぎぃっ
結がその扉を開けて堂に入ると、周囲の様子を窺っていた吉法師も、結の後を追って一緒に奥堂の中に入って行った。
(ん、誰かいる?)
奥堂に足を踏み入れた瞬間、吉法師は薄暗いの堂の中に多数の人影が並んでいるのを目にした。目を凝らして良く見るとそれは幾体もの仏像であった。結が内側から扉を閉めると、堂の中は壁の隙間から明かりが漏れ入るだけの暗闇の場となり、仏像は立体感を失った影の存在となった。
吉法師は結の後について仏像が居並ぶ堂の中を奥へと進む中で、何かその暗闇の場に異空間を感じていた。
(ここの仏像は何か今にも動き出しそうだ、うん? いや何か今こちらの方を見た気がする)
吉法師は立ち並ぶ仏像の前を通る中で、妙な錯覚を起こしていた。
この時先に進む結は堂の奥まで来ると一つの仏像の背後の板を動かしていた。そこには上階へを登る隠し梯子が設けられていた。
梯子を上がっていく結に自分の後から登って来るようにと合図を受けると、吉法師は仏像が居並ぶこの空間を気にしながら梯子を登って行った。するとその上階には周囲の監視と共に、防衛の矢玉を放つことができる小窓が設けられた部屋が広がっていた。部屋の端には十分な鉄砲や弓矢が並べられている。
(まるで籠城に備えられたようじゃ)
武家でもこの様な突然の戦事に対して、瞬時にこれだけの準備を施せる所は無いのでないか、吉法師はその部屋が気になりながら、更に隠し壁から上階に向かう結について行った。
そこは四方の窓が開放された部屋になっていた。吉法師は一方の窓から身を乗り出して周囲を見渡すと、この奥堂が隣接する巨木に覆い隠され、寺の境内からは視認できない状態で建てられていることが分かった。吉法師は奥堂の窓から屋根を伝って巨木の枝に乗り移った。
そこからは寺の境内やその周囲の様子を見渡すことができた。右方では孫一が単身で橋の方に向かっているのが見え、その先には尾張の平野とその海岸線を遠望することができた。
(良き景色じゃ)
湾に広がる海は煌きを見せていた。海上には大小の船が行き交い、陸地では幾つかの河川に沿って民衆の生活を支える田畑が広がっている。一歩離れた場所は争いとは無縁の世界であった。
吉法師は暫しの間、目の前に広がるその光景に見入っていた。
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善空は本堂の奥座敷にいるお民の所を訪れていた。
奥座敷ではお民の熊野比丘尼の舞子の一団や近隣の農家の女房衆が集まって、本堂での対応を準備していた。
「お民、どうじゃこちらの準備は?」
本堂に残る男衆の力を少しでも他の防衛に充てたい、そう思いながら訪ねた善空に、お民は笑顔を見せながら答えた。
「こっちは大丈夫よ、ちょうどいい職人さんが寺を訪れていてね、色々と手伝ってもらっているわ」
そう言ってお民が指差す先には、他の舞子の注文を受けてきびきびと働く頭に鉢巻を巻いた若い職人の男の姿があった。
「こっちの酒樽、向こうの部屋の端に持って行ってくださる?」
「はいさぁ、たったったっ」
「こっちの床板、ちょっと腐っていて、直してくださる?」
「はいさぁ、とんとんとん」
「佐介さん、あそこ、あの虫追っ払って!」
「はいさぁ、ぴんぴんぷち」
男は他の舞子や女房衆からの様々な注文を素早い動きで次々と熟していた。
「ふ~ん、初めて見る顔じゃが、良かったのぉ」
善空は伊賀者の来襲で他の旅人らが早々に立ち去る中、楽しそうに舞子の手伝いをしているその男に不思議な思いを感じたが、今は深く関心を寄せていられる状況では無い。
「ところでお民、敵は増援を得て側道から向かって来ている様じゃが、それに対するこちらの戦力が乏しい、何人か向かわせる者は出来るか?」
ひっ迫した表情の善空に対して、お民は笑顔を浮かべながら答えた。
「それであれば、もううちの特殊部隊を向かわせたわ」
「何、本当か? ぬしには特殊部隊などおるのか?」
善空の表情は狐につままれた様になってまた訊ねた。お民はそんな善空の表情の変化を楽しむかの様にしていた。
「えぇ、馬太郎、鹿之介、鶴兵衛、猪衛門の四人よ」
「何じゃ それはぬしの神楽隊じゃないか!?」
「ふふふ」
そのお民の答えに善空は今度は驚いた表情になっていた。四人は中年で小柄の神楽演奏隊で、とても伊賀者と戦える様な体付きをしていない。
「まぁ、全くおらぬよりはましか」
戦経験などないであろう四人がどこまで敵方の侵入を拒んでくれるのかは分からない。善空は不安な思いを残しながら手を振って見送るお民のいる奥座敷を後にし、土間を通って吉法師の待つ奥堂に向かおうとした。すると烏丸と猿彦が慌てた様子で外から掛け込んで来た。
「善空様、鉄砲を崖上に持って行きます」
「何、どういう事じゃ?」
善空は敵が側道から攻め登って来ていると聞いている中で、崖上に鉄砲を持ち出すと言う烏丸にその訳を聞いた。しかし烏丸がその理由を答える前に、鉄砲の保管場所の前で猿彦が叫んだ。
「あれ、鉄砲が減っておる!?」
「何、どういう事じゃ?」
直ぐに走り寄り確認すると、確かに土間の端に保管していた鉄砲は二丁しか残されていなかった。その理由をはっきりさせたい善空であったが、烏丸と猿彦にはゆっくりと確認している余裕は無かった。
「とにかくこの二丁で応戦しよう」
「ああ、」
そう言って二人は一丁ずつの鉄砲を担ぎ上げた後、善空に見張り小屋での状況を伝えた。
「善空様、棟梁の話では側道から攻めて来る敵は囮の様です」
「伊賀衆は他に何処から攻め寄せるか分からず、我らは鉄砲を持って崖上で待機します」
善空は二人のその話を聞いて状況の変化と孫一の対応を理解した。
「そうか、やはり境内決戦に縺れ込みそうじゃな、ぬしらも無理をするなよ」
「はい、善空様」
二人は善空に軽く会釈をした後、鉄砲を担いて慌ただしく本堂を出て行った。
(最終的にこの本堂での決戦を考えねばならぬかも知れぬな)
善空はそう思いながら土間から内陣の見渡した時、いつもその奥に座している四体の仏像が消えていることに気が付いた。
(老四象殿、動かれたか)
吉を守るという目的のもと、寺そのものが自ら窮を悟り意思を以でその対応に動いている、あの吉は人を動かし果ては天を動かす、善空はそんな思いを感じていた。
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孫一は側道からの最終防衛線となる橋に到着した。
その橋は山の斜面に杭を打ち込み、その上に板を這わせた作りになっており、長さは二町(約218m)あまりであった。間隔をおいて斜面の上方に打たれた杭からは橋板に向かって綱が掛けられ橋を補強していた。
(あれは?)
孫一は上方の杭の周りに案山子が並べられているのを目にした。
今回自分は指示していなかったが、猫実と熊吉が先の崖上の戦いの時と同様に、相手への威嚇を想定して準備したのであろうと思われた。
(さすがに二度目となると相手も見抜いているであろう)
それでも孫一は戦力差が少しでも補える様な効果が得られればと思った。
戦いとは無縁のにこやかな表情をしている上方の案山子に、孫一が俄かに和らいでいると、橋の方から猫実と熊吉が駆け寄って来た。
「棟梁、準備が整いました」
猫実が孫一にそう報告した直後であった。
「来た 奴らだ!」
熊吉が叫びながら橋の反対側を指さした。そこには伊賀の半蔵を先頭にして、三十人程の狩人の出立ちをした集団が集まっていた。
孫一はその姿を確認すると猫実と熊吉に向かって言った。
「いいか二人ともよく聞け、ここは儂一人で迎え撃つ、ぬしらは今朝の崖上で守備に付いているはずの烏丸と猿彦に合流せよ」
この孫一の言葉に二人は驚いた。
「棟梁、いくら棟梁でもあの人数をお一人で防ぐのは厳しいでしょう」
「そうです、我らあの敵を目の前にして棟梁を置いては行けませぬ」
敵を前にして困惑する二人に、孫一は諭す様に言った。
「大丈夫じゃ、あの集団で恐らく注意すべきは半蔵のみ、集団は我らの戦力を偏らせるための囮じゃ、恐らく橋を爆破すれば、それを合図に他で潜んでいる伊賀者たちが一斉に動き出すであろう、恐らくその時、烏丸と猿彦だけでは防ぎきれぬ、だがぬしらが加わりうまく連携すれば相手を翻弄することもできよう」
「し、しかし」
二人は尚も意を決しきれない様であった。
「儂は大丈夫だ、烏丸と猿彦の方を頼む」
孫一はそう言って二人に笑顔を見せた。その笑顔には本当に大丈夫という予感が伺えた。
「分かりました、棟梁ご無事で」
「棟梁、無理しないでください」
「おう、ぬしらもな」
二人は孫一に一礼すると無理に笑顔を作って崖上に向かうことにした。
走りながら猫実の心は葛藤していた。
もしこの場で棟梁が敵にやられたら、この移動は自分の一生の後悔になる。これが後ろ髪を引かれる思いというのだと思った。もし最後になったとしたらただ一つ、互いに最後に笑顔で離れることができたのが、せめてもの救いになると思った。
猫実は自分の気持ちを切り離し、熊吉と共に身体を境内に向かわせた。
「さてと、」
孫一は二人が退却した後、改めて橋の反対にいる集団に目を向けた。
三十人ほどの狩人の集団は草むらの獲物を探るためか、皆が穂先の付いていない槍柄を手にしている。
「ん、あれは?」
集団を見渡していた孫一は先頭に見える半蔵に横から声を掛ける鷹匠の男の存在に気が付いた。そしてその鷹匠の男に向かって、ひと際大柄な男がいきり立っており、他の皆はその三人の指示を待っているかの如く、三人の方を注視していた。
(どうやら、半蔵を含むあの三人が要の様じゃな、さてどう出て来る?)
孫一は橋の反対側に立つ集団に対し、長刀を杖にして仁王立ちになり、目線を半蔵に合わせながら、一人その行く手を阻む意思を示した。
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寺の境内を目指して側道を進む中、幾つもの仕掛けを食らった沓掛城の近藤九十郎とその配下の者たちは、橋の反対側に辿り着くと、孫一らの姿を見つけていきり立った。
「あ奴らか、姑息な仕掛けを幾つも盛り込みおって、我慢ならぬ!」
「全くじゃ、早々に打ち負かしてくれようぞ!」
岩石落としに落とし穴、迷い道に虫地獄、寺への道を知らぬ者たちがそれらの仕掛けを自然と食らうように作られた側道は、真の武を貫いてきた近藤の戦意を煽っていた。
そんな近藤に対して鷹匠の本多俊正は冷静で、この橋にも更なる仕掛けがあると読み慎重になっていた。
「近藤殿、無策で突っ込めば奴らの思うつぼじゃ、ここは慎重に進めた方が良い、そうであろう半蔵?」
そう半蔵に問い掛けた俊正であったが、半蔵は若い二人に指示を出す孫一をじっと睨んでいるだけであった。再度孫一が姿を現し、自分たちの行く手を阻もうとしている様子を、半蔵は疑問でならなかった。
(鈴木孫一、ぬしは何故吉法師に与する、ぬしはこの尾張の者ではあるまい)
味方の三十名余りの人数に対して、孫一は若い衆二人を含めた三人で立ち向かおうとしている。十倍の勢力に立ち向かうとなれば、それは自然と命をかける事になる、孫一ほどの名の知れた男が、この吉法師を巡る戦いにそれだけの価値を見出しているというなのだろうか、半蔵は不思議に思っていた。
暫しの間、橋の両端で対峙する時間が流れた。
その後、孫一が二人の若者らに笑顔を見せた後、二人の若者はその場を立ち去り、孫一が長刀を片手に一人で行く手を阻む姿勢を見せた。
(来るなら来てみろ、ぬしらなど儂一人で十分)
半蔵と視線を交える孫一はそう言っている様に思えた。その孫一の姿を見た近藤と配下の者たちは更にいきりたった。
「奴は一人で我らを抑えきるつもりか、なめおってー!!!」
橋の反対までは二町ほど、激怒した近藤は槍柄を振りかざしながら、一気に渡りきろうと橋の上を突っ走り始めた。配下の沓掛衆も掛け声を挙げながら近藤を追って橋に飛び出した。
「待て、近藤殿、危険だ!」
俊正は声を荒げて近藤らを静止したが、一度突撃を敢行した武の男たちにその声は届かない。
孫一は自分に向かって来る沓掛衆を見て一言呟いた。
「致し方あるまい」
そう言って長刀を振りかざすと、一瞬天辺で怪しく輝いたその長刀を橋の一角に振り下した。その一角には釘が打たれており、そこからは黒い粉が橋の中心へと伸びていた。
ドーン!
孫一の足元で起きた小さな火花は橋の真ん中で大きな火の弧を描いた。轟音と煙に包まれた橋は中央から崩落していった。
「なんてことをするんじゃ!」
「危ない 戻れ戻れ!」
崩れていく橋の中で、沓掛衆は必死に後戻りした。上方の杭につながっていた繋が切れ、足元の橋板が次々と崩れていく。近藤は橋の入り口で何とか最後に味方の衆に掴まえられ、半分宙に浮く様な状態でギリギリ戻る事ができた。他の沓掛衆も何とか戻る事ができた様であった。
煙が引いていくと、橋は孫一側の一部を残してきれいに崩落していた。もはや橋を使って側道から境内を目指すことは困難な状態になっていた。
(さて、どうする半蔵?)
孫一は半蔵の様子を窺っていた。
半蔵はこの橋の崩落に全く動じる事無く、孫一の方を睨み続けていた。




