第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(8)
本堂の周りでは職人の格好をして頭に鉢巻をした伊賀の佐介が人目を避ける様にて木陰から建物を窺っていた。そして裏手で腰元位の高さに小さな開き戸を見つけた佐介は俊敏な動きで近寄ると、その戸を開き、その場から消えるかの様にして中に入り込んで行った。
本堂の中に侵入した佐介は後ろ手で戸を閉めると、ひとまず目の前の柱の陰にその身を隠そうと軽やかに歩を踏んだ。が、その瞬間背後から鉢巻を引っ張られ体勢を崩した。
ずだぁん!
周囲に見つからぬ様にその行動を忍ばせていた佐介は不意打ちにあったかの如く、大きな音を立てて派手にずっこけた。
(見つかった!?)
佐介は倒れた時にぶつけた後頭部を押さえながら恐る恐る背後を振り向いた。そこには鉢巻を引っ張った後、自分を取り押さえようとする者がいると思ったが、そこには誰もいなかった。おかしいと思いながら引っ張られた鉢巻を辿って見てみると、鉢巻の端が自分が閉めた戸に挟まっていた。佐介は少し恥ずかし気な表情を見せながら、頭に巻いた鉢巻を外して部屋を出た。
長い広縁に出た佐介は、柱の陰に身を隠しながら、つま先歩きで広縁に沿って本堂の各部屋を探り始めた。そしてちょうど広縁の真中まで来た時、前方から接近する人の気配を察知した佐介は颯爽と柱上の虹梁に飛び上がり、その装飾の中にその身を隠そうとした。
(い、いかん、隠れ切れぬ!)
しかし、そこには身を隠し切れるほどの隙間は無かった。佐介の体は頭以外おもいっきりはみ出していた。
広縁を通り掛かったのは料理を運ぶ女衆であった。女衆はその服装から近隣の農家から集まっている様であったが、歩きながらの話に夢中で、虹梁に挟まった佐介に気付かずにその下を通り過ぎて行った。
(あ、危なかった)
佐介は見つからなかった事に安堵すると、女衆が運んでいたごちそうに対して不思議に思った。
(大層なごちそうだったな?)
これからまだ自分たちの襲来により一波乱起きるであろうことは、この寺方でも認識しているはずである。その様な時に地元の農家の女衆が何か宴会の準備をしている。佐介は腑に落ちぬまま虹梁から安易に飛び降りようとした。が、その瞬間虹梁の装飾に施された烏の彫刻のくちばしが尻に引っ掛かり、空中で体勢を崩した。
(うぉ!)
びりっ! どたーん!
華麗に音も無くさっと舞い降りることを想定していた佐介は、迂闊にも自身が発した音の大きさに驚き、ぶつけた顔面を押さえながら、人目を避ける様にしてその場を走り去った。
壁に囲まれた薄暗い通路に逃げ込んだ佐介は周囲を見回して人の気配が無いことを確認すると、一度自らの気を引き締めた。
(いかん、ここは集中せねばならぬ)
今ぶつけた顔面は腫れあがり、後頭部にはジンジンとした痛みが残り、着物の尻には穴が開いている。しかし決定的な失敗に至っている訳ではない。先程吉法師の存在は確認した。後は味方が再び仕掛けた時、相手方の厄介な武器である鉄砲を無力化することが必要である。妙な失敗が続く佐介はここは集中して臨むことが必要だと思った。
やがて薄暗い通路を出た佐介は、その出口に安置されている四体の仏像の陰に隠れながら、その先に広がる広間を目にした。
(ここが本堂の内陣か!?)
その場を良く確認しようと佐介は脇から仏像の顔に手を当てて、内陣の様子を覗きこもうとしたその時であった。
ぷにっ!
仏像にはあり得ない触感が、その手に伝わった。
(うぇ!?)
突如手元に伝わった生物感にびっくりした佐介は、反射的にその仏像を避け内陣へと飛び出した。そして次の瞬間、足元に転がっていた木魚につまずくと、その勢いのまま内陣を転がり出した。
どてっ!ごろごろ、がん!
何回転かの後、大きなすり鉢の形をした磬子に腰から激突した佐介は、そのまま磬子の陰に身を隠すと、何事も無かったかの如く周囲の様子を窺った。
(あ、いたたた、大丈夫じゃったか?)
幸いにも内陣の中に人はおらず、誰にも気付かれていない様であった。
佐介は新たな痛みを訴える場所となった足と腰を摩りながら、手を触れた仏像の方に目に配った。しかし手を触れた仏像を含め、四体の仏像は何事もなく安置されている。
(何だったのだ?)
手には今も仏像の生物感が残っていた。その正体が気になりながらも、内陣の先の外陣の方を見下ろすと、その外陣の先の土間の片隅に、先の戦いで目にした山師の格好をした四人の男たちが集まっているのが見えた。
(いた、奴らだ!)
佐介は体を引きずりながら密かに四人に近付くと、物陰から聞き耳を立ててその様子を窺った。
「烏丸、鉄砲は持っていくか?」
「いや、先ずはここに置いておいて良かろう」
「そうだな、ここならどこから攻めて来ても対応できるからな」
「よし、先ずは警戒に向かうか」
四人は鉄砲を前にして次の行動を話し合っていた。佐介は四人が土間から外へと出て行くの見計らって内陣から外陣に下り、更に鉄砲が置かれた土間に向かおうとした。
ガラッ
しかしその時、先程の四人と入れ代わる様にして、小柄な四人の中年の男たちが本堂の外から慌ただしく入って来た。
(まずい、まずい)
焦った佐介は咄嗟に内陣の方に戻ると、先程の大きな磬子の中に屈み込んでその身を隠した。
「何じゃろうかのぉ、急に呼び出したりして」
「そう言えば以前、ぬしの鼓にもう少し迫力が欲しいと言っておったぞ」
「あぁ、きっとそれだ、確かに言っておった」
「ぬしの鼓はもの足りぬ時があるからのぉ」
男らはお民ら熊野比丘尼舞の楽器の演奏者であった。迫力が足りないと言われた鼓の男は外陣を横切って奥の間に向かう時、内陣に入った所に大きな磬子があるのを目にした。
「それじゃぁ、これでも使うか?」
そう言うと鼓の男は近くにおいてあった磬子倍を手に取って振りかぶり、力一杯に磬子を叩いた。
ぶおぉわ~ん!
磬子の大きな音が堂内に響いた。
「おぉ、大迫力!」
「これは盛り上がり間違いなしじゃ」
「うむ、演奏の迫力増し増しじゃな」
演奏家の三人はその迫力に歓喜の声を上げた。演奏家にとっては仏具の磬子も音を奏でる楽器の一つであった。鼓の男が起こした磬子の音は堂内に大きな振動となって堂内に響き渡っていた。
(あれ、なんかいつもより音が鈍かったような)
磬子を叩いた当の鼓の男はその迫力よりも何か少しその音に違和感を感じて首を捻った。
(まっいいか!)
他の三人は気付いておらずに先を行き、今それを確認する時間も無い。鼓の男も他の三人と共に慌ただしく堂の奥へと去って行った。
男たちが去った後、その磬子の中に隠れていた佐介はフラフラな状態で這い出てきた。
(い、いかん、一瞬何か妙な川が見えた様な気がした、危なかった)
もしかしたらこれは仏罰というものではないか、そう思いながら佐介はふらつく頭と体を引きずるようにして、よろめきながら土間に置かれた鉄砲の前に辿り着いた。
(はぁ、はぁ、何とかしてこれらを少なくとも使い物にならぬ様にせねば)
そこには何丁もの鉄砲が置かれていた。伊賀の仲間がこの寺にいる吉法師を狙うとすれば、この鉄砲は確実に大きな障害になると思えた。
(これほどあるとは)
佐介は即座に自身の今の状態で寺の者たちに気付かれずに全てを持ち出すことは難しいと思った。この場で無力化することを考えなければならない。佐介はこれらの鉄砲を簡単に壊せないかと思いながら、顔を近付けて見入った。
(はぁ、何とも頑丈そうじゃな)
ほぼ鉄で作られている鉄砲は壊すにしても容易ではない。佐介が諦めに近いため息をつくと、鉄砲に残っていた火薬の煤が舞い上がった。
ぶしっ!
佐介は鼻に入り込んだ煤に我慢できずに、くしゃみをした。そして鉄砲に飛び散ったその飛沫を見た時、ふと妙案が思いついた。
(そうだ、水じゃ、火縄から鉄筒まで水浸しにしてしまえば暫く鉄砲を撃つことは出来ぬ)
鉄砲は引き金につながった火縄を使って火薬に引火し弾を発射させる。もし火縄から鉄筒まで水で濡れていれば、火薬に引火させることは出来ず、鉄砲は役に立たない物となる。
佐介は一人鉄砲の水浸し作戦を実行すべく、よろめきながら立ち上がると、ふらふらとお堂の外へと出た。
(水はどこじゃ)
暫く境内の中を水を求めて彷徨った佐介は、山に向かった斜面の崖に寺の取水場があるのを見つけた。
(よし、ここなら水が取れる)
そう思った佐介は大事なことに気がついた。
(あぁ!水を運ぶものがない)
困った佐介は辺りに何か水を運べる物が無いか探した。するといきなり自分の背後から桶が差し出された。
「おぉ桶じゃ」
一瞬喜びの笑顔を見せた佐介だったが、瞬時にその表情をこわばらせた。
(ちがう、喜ぶとこじゃない、誰かに見つかった、まずい)
相手の様子も分からず、いきなり逃げ出すのはむしろ怪しまれる、そう思った佐介は恐る恐る桶を受け取った。
「ちょうど良かったわ、私一人では大変だった所なの、運ぶの手伝って下さる?」
それは女人の声だった。佐介はまた恐る恐る女の顔を見ると、また瞬時に今度は先程にも増した笑顔に戻った。
(こ、このお方は、お民さんじゃないですか~!!)
舞台の上に見る姿とはだいぶ異なるが、佐介は一目でその女人が有名な熊野比丘尼の舞女のお民だと気が付いた。
「手伝います! 運びます! 任せてください!!」
佐介はお民が運ぶ分の桶も受け取ると、両手に水いっぱいの桶を担いで運び出した。
お民と二人で並んで歩いている時間、それは佐介にとってかつてない至福の時間であった。佐介が受けていた痛手は一瞬にして吹き飛び、その体は絶好潮となっていた。
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善空と結は境内奥の山中にある奥堂に荷物を運び込んだ後、鉄砲の試射をしている孫一と吉法師の所にやって来た。
ぱーん!
ちょうどその時火薬の炸裂する音と共に放たれた吉法師の鉄砲の弾は、その狙いと共に一町(約109m)程先の木の幹に着弾していた。
「おお、吉はもう鉄砲の術を会得したのか、すごいな」
吉法師の鉄砲を構える姿勢、そして弾を放った後の反動の制御の動きは既に十分な鍛錬を熟した使い手の様で善空を驚かせた。一方、孫一は吉法師に鉄砲の撃ち方を教示する中で、善空よりいち早く驚かされていた。
「儂も驚いた、吉はあの年にして鉄砲の仕組みを理解する賢さと鉄砲を扱うことのできる力を持っておる」
鉄砲がどういうものかという事について、吉法師は既に一益の試射を間近で見ていたために印象を得ていた。二人が驚きながら吉法師の試射の様子を見ていた時、吉法師はその試射で最新兵器としての鉄砲の見極めを行っていた。
(装填までの時間が掛かるのは大きな弱点じゃ、だが威力や射程距離では断然弓に勝る。狙いの正確性も一益が持っていたものに比べてかなり改善している。短期間ながら性能はかなり向上している様だ)
吉法師はあれこれと考察しながら、鉄砲に火薬と弾丸を装填すると、また狙いを定めて引き金を引いた。
ぱーん!
再び火薬の破裂音と共に弾が発射され、今度は先程とは隣の木の幹に着弾した。
(この鉄砲を制する者がこの戦国の世を制する、そんな気がする)
吉法師は手にした鉄砲を見つめながらその戦術における重要性を強く認識していた。そんな真剣な表情見せる吉法師に孫一は笑顔を見せながら声を掛けた。
「吉、あっという間にうまくなったな、もし気にいったのなら、今度一丁売ってやるぞ」
孫一は冗談めかして言った。しかしその言葉を聞いた吉法師は真剣に受け止めた上で、鉄砲が手に入る嬉しさとは別の恐怖心を覚えた。
(自分の所に来た以外の鉄砲は何処に行くのか、現状では城でも戦でも鉄砲に対する備えは薄い、もし敵に渡ればその銃口がこの先いつ、何処から父上や儂に向けられるか分からぬ。現状その様な物を他の国に拡散させるのはまずい)
吉法師は切羽詰まった様な表情で孫一の方を振り向くと語気を強めて言った。
「鉄砲は儂がぜんぶ買う!」
もはやそれは石問屋の息子の言葉では無かった。既に孫一は吉の正体はその様な者ではないと思ってはいたが、それは自分の冗談を超える大きな冗談で吉が返して来たと思い、一笑に付しながら言葉を返した。
「ははは、吉、これは子供のおもちゃじゃない、高いんだぞ」
その言葉に吉法師は自分が子供扱いされたと思い、不機嫌な表情を見せたが、本当の身分を明かしておらず、また例え明かしたとしても信じてはもらえぬであろうと思うと、この場で更に強く要求する事を止めた。
吉法師はまた手にした鉄砲を見て思った。
(いずれ戦において鉄砲の力が物を言う時が来るであろう、その時にどれだけこの高価な鉄砲を揃えられるかが勝負、そう考えると、戦国の勝負はどれだけ銭が稼げるかだな)
吉法師は何か一つの結論を得た様な思いがした。そして同時に孫一の顔を見た時、また一つの思いが過った。
(この男は商人として稼ぎながら自ら鉄砲をもって武家にも通じる武力を擁している。まず何よりも鉄砲の供給を操ることができるということは、この後、戦の勝敗を支配できるということになるやも知れぬ)
もしこの先、戦の勝敗が鉄砲に依存するとなれば、鉄砲の銃身だけでなく、弾や火薬など消耗品の入手が必要となり、これまで以上に商人に依存することになる。それは商人が個々の戦を左右するということを意味する。
(もしかしたら将来この男は敵になるかも知れない)
ふとそんな思いが過った。
吉法師が将来支配しきれなくなった商人らとの敵対の可能性を考えていた時、山師の格好をした猫実と熊吉がバタバタを慌ただしく走り込んで来た。
「棟梁、側道の方に伊賀の衆が現れました。人数が増えてます」
「何!?」
今日中に再び今度は側道の方に現れる事は想定していた事であった。しかし増援が加わったのか、人数が増すことは想定外であった。
「烏丸たちは見張り小屋じゃな、儂もこれから向かう、ぬしらは側道からの道を閉ざす準備を進めてくれ」
「分かりました!」
二人は端的に返答すると素早く去って行った。孫一は一度吉法師の方を見た後、善空の方を振り向いて言った。
「善空、今度は伊賀の奴らも本腰を入れて臨んでくるはずじゃ、吉を頼むぞ!」
「うむ、奥堂の方の準備は出来ておる、ふっ、まぁとにかくやって見ようぞ」
笑顔を交えながらそう言う善空に、笑顔を返した孫一は吉の方を振り向いて言った。
「吉、ぬしには後ほど将来自分がいかなる様な者になることを目指しておるのか、訊いてみたいと思うておった、とにかくこの場のぬしの将来は我らが守る、ぬしもその鉄砲を持って善空と結について行け」
吉法師はその孫一の言葉を重く受け止めていた。自分がこの寺に入ってからは、もう自分を浚った集団は自分を狙って来ることはないと思っていた。しかし実際には既に一度自分を守ってくれており、次の来襲時も深刻な事態でありながら同様に自分を守るという。
伊賀の集団が何故自分を狙うのか、そんな思いと共に、先程将来に危険性を感じた孫一たちが、今自分を守ってくれているという事に申し訳ないという思いがした。
「孫一殿、無事でな」
心配そうに言う吉法師に孫一はまた笑顔を見せた。
「ははは、大丈夫じゃ、何とかなるじゃろう」
そう言うと、孫一は防衛の最前線となっている見張り小屋の方へと走り去って行った。




