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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(7)

 服部半蔵率いる伊賀の衆を撃退した鈴木孫一と職人の格好をした若い四人は善空とお民が待つ本堂に戻った。


 五人は運んで来た鉄砲を土間の一角に降ろすと、自らも外陣に上がって腰を下した。烏丸、猿彦、熊吉、猫実の若い四人は伊賀の衆との戦闘で受けた極度の緊張感が抜けずに強張った表情をしていた。


「お疲れ様、みんな無事でなによりだわ」


 そう言いながらお民は笑顔で皆にお茶を差し出した。若い四人はその茶を一気に飲み乾すと、ようやく戦闘の緊張感が解け、安堵の表情を浮かべる様になっていった。その様子を窺っていた孫一は猫実に声を掛けた。


「猫実、危なかったな、大丈夫か?」


 半蔵に切り捨てられる寸前までいった猫実は今回の戦闘でその恐怖を引きずっているかも知れない。孫一は猫実の様子を窺いながら声を掛けたが、意外にも猫実は平静であった。


「あの時は本当にやられたと思いました。でも棟梁のおかげで助かりました」


 そう言って猫実は孫一に深々と頭を下げた。


「ははは、良かったな」


 この様な戦闘で身内に犠牲を出したくない。孫一はその猫実の様子を見て安心すると、笑顔で猫実の肩をポンと叩き、善空とお民の方を振り向いた。その時の孫一は一瞬にして引き締まった表情をしていた。


「此度は何とか奴らを追い返す事ができた。しかし問題はこれからじゃ、半蔵は諦めておらぬ。次は入念な作戦を練って現れるに違いない」


 相手の出方を確認するために一度様子見で仕掛ける。それは今回予想された相手の行動であった。


「そうか、やはり此度はこちらの様子見ということであったか」


 孫一と善空が困惑の表情を浮かべる中で烏丸は孫一に問い掛けた。


「棟梁、伊賀の衆は此度我らの鉄砲の技術を目の当たりにして、脅威を抱いたと思うのですが、再度また現れましょうか?」


 猿彦と熊吉も烏丸と同じ意見を持っていた。


「私も鉄砲の威力を前にして崖を転がり落ちていった彼等が、それに懲りず、再度攻めてくる様には思えませぬ」

「我も同感です。この寺への脅威と共に、まともに動ける者もそう多くは無いのでは、と思います」


 出来ればこの様な戦闘はもう無いのが良い。仲間の猫実が目の前で斬られそうになったのを目の当たりにして三人の意見には現実逃避的な希望が込められていた。しかし当の猫実は半蔵の切込みを目の当たりにして逆に現実感が強く根付いていた。


「何故半蔵は最後に一人で崖上に登り込んで来たのだろう?」


 猫実はその時の半蔵の行動に何かの意図を感じていた。如何に半蔵といえども、あの状況で一人崖上に登り込んでくれば、周りを囲まれ窮地に陥る事は予期できるはずである。それにも関わらず半蔵が登り込んで来たのには何かの意図がある様に思えた。


「伊賀の仲間が次々と崖下に落とされるのを見て、やけくそになったのであろう」


 そう推測した熊吉に烏丸と猿彦は頷いていたが、何か猫実は納得できなかった。


 それまで四人の意見を黙って聞いていた孫一であったが、彼らの意見が出尽くしたのを見計らうと、その時の状況を解釈するかの様に自身の推論を述べた。


「半蔵が最後に崖上まで登ってきた意図は儂にも分からぬ。もしかしたら熊吉の言う通りやけくそかも知れぬし、何か別の意図があるのかも知れぬ。だが崖上に登って来た半蔵はそこに集まった我らと寺の建物の位置を確認しておった。恐らくその時こう思ったはずじゃ。ここから本堂などの建物はもう目と鼻の先、言わばここは最終防衛線の位置、そこには鉄砲という最新の兵器はあるが、守っているのはたった五人だけとな」


 孫一の推論には強い説得力があった。それは相手の立場で、且つ事実の積み上げから成されていたためである。半蔵が最後に崖上まで登って来た理由はともかく、最終的に次戦に向けたこちらの戦力の見極めになっている。孫一はそう読んでいた。若い四人はあの緊迫した戦闘の中で、孫一がそこまで半蔵の意図を読み取っている事に驚いた。


 四人は半蔵の意図を知ると同時に、半蔵が最後に残した不敵な笑みを思い起こした。


(次に来る時は覚悟しておけよ)


 半蔵はそう言っている様に思え、何か背筋に冷たいものを感じた。


 今回の戦闘では相手に有利な場所である崖上から、相手の不意を突く形で最新兵器の鉄砲を撃ち込む事で、相手を圧倒し撃退する事ができた。しかし寺の守備が五人しかいない事を露呈してしまっている。恐らく案山子を使って人数を多く見せている事も気付かれており、こちらが少数であることの裏付けとされているであろう。


(次に襲って来たら追い返せるであろうか、いやそれ以上に皆で命がつながるであろうか)


 次に現れる時、伊賀の衆は鉄砲という武器を封じつつ、少人数という弱点を突く様な策を要して来るであろう。四人は孫一や善空以上に困惑した表情になっていた。


 孫一は善空とお民に向かって言った。


「ここは少し時間を稼いで救援を得たい所であるが、奴らはこちらのその機会を潰すべく、間髪を開けずに今日中にも現れるであろう、その時は恐らく境内まで侵入される事を想定しておかねばならぬ」


 孫一は次の戦闘の展開を想定しての対策を促していた。


「境内で乱戦になるか、なかなかしんどいな」

「こちらも考えうる全ての策を検討しましょう」


 善空とお民も改めて孫一と一緒にその対策を練る事にした。相手も伊賀の特殊能力に優れた衆とはいえ十数人程度で、それほど多勢という訳では無い。どこかに人数と能力の差の劣勢を挽回できる可能性があるかも知れない。それを探る以外に打つ手が無いと思われた。


「ところで、半蔵の狙いは分かったのか?」


 その可能性を探る上で、相手の狙いを知る事は最も重要である。善空の問い掛けに、孫一は渋い顔をしながら額に手を当てて答えた。


「やはり半蔵らの狙いはあの吉の様じゃ、儂が吉に味方すると言うたら、半蔵はそれでは我らは敵同士になると言うた」


 吉というのは自身を石問屋の子と偽っていた吉法師の事であった。


 吉と半蔵の間でどの様な因果関係があるのかは分からない。しかし吉が現れた時の様子から、彼らの様な者が来襲してくるのは予想されていた事ではあった。


「やはり吉はただの子ではない様じゃのぉ」

「そうね、少なくとも石問屋の子じゃ無さそうね」


 昨夜の舞に込められた覚悟といい、吉は単なる石問屋の子ではない、善空とお民はそう思った。そしてそれは孫一も同様であった。


(吉、あ奴は一体何者なのじゃろう)


 吉の本当の正体が分かればまた違う対策が浮かぶかも知れない。孫一がそう考えていた時であった。その吉が廊下の奥から草鞋を履いた状態で意気揚々と歩いて来るのが見えた。吉の背後には結が寄り添う様にして一緒に歩いていた。


「吉、ぬしはとんでも無い奴に狙われて」


 そう言い掛けた善空の話を遮る様にして、吉法師は自分の話を被せた。


「ぬしら、意外と草鞋編みは簡単であったぞ、さっそく儂も編める様になったわ」


 吉法師は自分が編み上げた草鞋を誇示しながら歩み寄って行ったが、その途中、四人の若い職人姿の男たちが疲労感を漂わせながら座り込んでいる事に気が付いた。


「ん、どうしたのじゃぬしら、疲れておるのか、大丈夫か?」


 吉法師は孫一とこの若い四人が自分を狙って来た伊賀の衆を撃退した事を知らずにいた。


(我らは体を張ってぬしを守っておったのじゃぞ)


 子供ながら上からの目線で話掛けてくる吉法師に、四人は心の中でそう叫びながら苦笑していた。


 この時、吉の正体について考えていた孫一は、その様子を見て深く考える所があった。吉がこの寺に辿り着いた時の状況から、吉は何者かに狙われていて、それは本人も自覚しているはずある。その様な時に本人は草鞋編みの習得をしている。


(あ奴の正体どころか本質が読めぬ、あ奴の考えは儂よりも遥か先にあるのか、いや、それとも単にずれているだけなのか)


 孫一は草鞋編みについて自慢している吉を子供の行動と思いながらも、何か天下の逸材に通じる物が垣間見える様な気がしていた。


「ふふふ、本当に面白い子だわ」

「いや、何かここまでくると大物じゃ」


 お民と善空も自分と同様に吉の中に一角ならぬ印象を抱いている様であった。


「ほらほら良く見てみよ、結構うまく編めておるであろう」


 吉法師は自身の草鞋についてあまりにも無関心であった皆に、履いていた草鞋をしきりに見せつけていた。


(やるぞ、この新たな草鞋を履いて外に出る時が、天下に向けた儂の本当の最初の一歩じゃ)


 この時吉法師は自分で編んだ草鞋を履いて歩むという事に、天下の再構築という目標に向かって個の力を伸ばす最初の一歩という重要な意味を含ませていた。しかしその思いは自身の正体を伏せている事もあり、周りの皆に伝わる事はない。しかしその中で孫一には何か漠然とした形で伝わっていた。


(とにかく今のこ奴は守らねばならぬ)


 孫一は昨夜の吉法師の舞を思い起こしていた。この年にしてあの様な将来への覚悟を演じる子を守らないという選択はあり得ない。しかし次戦では入念な策を要して仕掛けて来るであろう伊賀の衆からこの吉を守り切れるであろうか、孫一は悩ましく思った。


 やがて草鞋の出来を若い四人に見せ付けていた吉法師は彼らについた硝煙の臭いに気が付き、怪訝そうな顔をして言った。


「何かぬしら硝煙臭いぞ、ぬしらの本業、さては花火職人じゃな」


 吉法師に花火職人と思われた四人は、また苦笑しながら言った。


「そうじゃな、我ら花火職人かも知れぬ」

「うむ、主役の花火を打ち上げる職人じゃな」

「まぁ、大きな主役を打ち上げるつもりで」

「その通りじゃ、それだけの意味があると思って」


 何か歯切れの悪い四人の言い方であった。


 四人も昨夜の吉法師の舞は見ていた。しかし未だ若く経験の浅い彼らに、吉法師の舞に込められた覚悟の思いは伝わらず、吉法師の護衛は孫一の指示によるものという意識が強かった。


「吉、ちょっと」


 吉の正体について考えていた孫一は若い四人の思いを察しながら吉を呼ぶと、土間に置いた硝煙のにおいの元になるものを見せた。するとその直後に吉の表情が変わった。


(こ、これは鉄砲、しかも最新のじゃ、一益が持っておった旧式のものなど比べ物にならぬ)


 その時の吉法師はその眼つきが変わっていた。それは完全に将来を見据える戦国武将の目であった。孫一はそんな吉法師の表情の変化を捕えていた。


(そうか、吉、ぬしは)


 吉法師の正体に気が付いた孫一は笑顔を見せながら一丁の鉄砲を持ち上げると吉法師の前に差し出して言った。


「吉、試しに撃ってみるか?」


 孫一はこの時鉄砲に対する吉の反応を窺いながら、吉自身にもその身を守らせることを考えていた。


 一方、吉法師も鉄砲を触る事ができる機会は殆ど無く、最新の鉄砲がどれほど戦力として有効なものとなるか、自ら判断する良い機会だと思った。


「やる!」


 吉法師は返事をすると、鉄のずしっとした重みを感じながら、孫一からその鉄砲を受け取り、本堂の出口へと向かった。


(手には今の世で最新の武器の鉄砲、そして足には自分で編み上げた草鞋、これが儂の新たな一歩の形だ)


 そんな思いを込めながら吉法師は本堂から出て行った。


「ちょっと吉の相手をしてくる、後の準備を頼む」


 孫一は善空らにそう伝えると、本堂を出て吉法師を追った。本堂の外を行く吉法師が持つ鉄砲はその体に比較して大きかった。


「大丈夫か、吉、儂が持つか?」


 孫一は鉄砲を担いでふらつきながら歩く吉法師に声を掛けた。


「良い、自分で持ちたい」


 吉法師はその重みを感じる所から、鉄砲を見極めるための必要な経験だと考えていた。しかし孫一は商品でもある鉄砲が落とされて、傷がついた挙句、品質が悪化することを恐れていた。


「おっとっと」


 孫一は時折よろめく吉法師にひやひやしながら寺の境内の鉄砲を試射できる場所に向かって行った。


 そんな二人を境内端の小屋の陰から見つめる男がいた。


(あれは?)


 額に鉢巻を巻いたその男は二人が向かう方向を確認した後、逆に二人が出てきた本堂の方に向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 半蔵ら伊賀の衆は酒樽が流れ着いた河原まで退いていた。


 今回は山中で隠し寺の存在を確認し、そこに吉法師が匿われているであろう事までは確認できた。しかし同時に雑賀衆の鈴木孫一が鉄砲を用いて守りに加わっているという事は想定外であった。


(何故雑賀の孫一が吉法師に味方しているのだ)


 半蔵は隠し寺のある山上の方を眺めながら考えていた。


「お頭!」


 すると農民に扮した一人の男が半蔵の所に駆け寄り声を掛けた。


「佐介が行方知れずになっています」


 佐介とは鉢巻をした男の事であった。


 先の戦闘で佐介は相手方に捕まったのではないかと心配しながらその男は半蔵に伝えていたが、半蔵はその様な心配には及ばぬと言わんばかりに不敵な笑みを見せた。


(予定通りじゃ)


 そう言っている様な半蔵の笑みに男は首を捻った。


 それは他の伊賀の衆も知らない事であった。半蔵は自分自身が相手の最終防衛線である崖上で相手の目を引き付ける間に、工作任務を得意とする佐介を密かに隠し寺に潜入させていた。


 潜入に成功していれば、佐介は次の攻撃までに吉法師の隠れ場所を突き止めると同時に、あの鉄砲による攻撃を封じてくれるはずである。


(佐介、頼むぞ)


 半蔵は佐介に期待を込めていた。そして他の仲間の様子を確認するため、半蔵が周囲を見渡すと、それまで散っていた伊賀の衆の仲間がちらちらと参集して来ているのが見えた。


「皆大丈夫か?」


 半蔵は皆に問うた。するとその半蔵の言葉に反応した伊賀の衆の皆は一斉に声を上げた。


「我らは大丈夫!」


 崖を派手に転がり落ちていった様に見えた衆であったが、そう見せるのも我らが成しえる技の一つと言わんばかりに皆元気で、怪我を負っている者はいなった。


「日頃山中で訓練しておるからな!」

「やられっぱなしではつまらぬ!」

「鉄砲など引き出してきおって、今度は容赦ならぬ!」

「次こそは目にもの見せてくれようぞ!」


 特に修験者の格好をした四人は吉法師を逃がした時の挽回を込めていた前の戦闘で、真っ先に崖下に落とされ、次こそはといきり立っていた。


 その元気な様子を見た半蔵は満足げな表情で皆に言った。


「今回奴らは鉄砲を使うことが分かった、しかし同時に五人しかおらぬことも分かった、既に一つの手を打っている、今度は勝つための戦を仕掛ける」


 これには皆が驚いた。


「なんと、寺の敵さんはたった五人だったんすか?」

「いや、崖の上にはもっと人影がみえたぞ」


 皆が疑問に思う中で半蔵は話を続けた。


「崖上の人影は全て案山子じゃ。あの崖上で儂が寺域に潜入しようとした時、それを阻止しようと現れたのは五人のみであった。主要な相手は恐らくその五人しかおらぬ、そして一人は孫一じゃが残りは未だ若輩者じゃ、我らの敵の数に入らぬ」


 その相手方の説明を聞いて皆が納得した。


「そうであったか!」

「もはや相手方の状況は明白」

「逆に前回、相手はよくやったな」

「うむ、次は負ける気がせぬ」


「それで、もう既に打った一手というのはなんですか?」


 一人の男が半蔵が口にした一手について触れた時、半蔵はまた不敵な笑みを浮かべながら再戦への檄を飛ばした。


「さぁ、再度行くぞ、再戦じゃ、寺で佐介が待っておる!」


 その言葉で農民に扮した男を含め、皆が半蔵の言う一手の意味を理解した。


「そうか、佐介、既に潜っておるのか」

「よおし、今行くぞ、待っておれ」


 これまでにない強い団結心を見せた伊賀の衆であった。再戦への勢いを得て再び隠し寺を目指した衆は、山下のあぜ道まで来た所で半蔵の指示を受けた。


「ぬしらは鉄砲に警戒しながらゆっくりで良いから崖伝いに登れ、そしてぬしらは崖奥の森から上がれ、ぬしらは山の裏手から相手をけん制しながら進め、それからぬしらは水の手を隠密で登れ、奴らは少数じゃ、我らが分散して進めば対応できぬ」


 伊賀の衆は三、四人の単位に分かれ、各々別の方向から隠し寺を目指す事になった。その半蔵の説明を聞いた伊賀の衆は皆が納得していた。


「それでお頭は何方から攻めるんで?」


 一人の配下の男が半蔵に訊ねた。半蔵は少し考えた後、山の中腹を指した手を横に動かしながら答えた。


「儂は尾根伝いの側道を行く」


 そこは山中で隠し寺へと続く一番広い道と予想された道だが、同時に一番過酷な罠が仕掛けられていると予想された道であった。


「恐らく側道では色々な罠が仕掛けられておるであろう、儂がそこを通過して何かの罠が発動した時に合図を上げる。その時は草笛の参号を合図として、皆で一斉に山を駆け登れ」


 その半蔵の言葉に伊賀の衆は戸惑いを見せた。


「お頭、その道を一人で行かれるんですか?」

「大丈夫ですか、お頭?」

「まだ側道の方はどの様な罠が仕掛けられているか分かりませんよ」


 相手が小勢であるならば、戦線をなるべく広げて仕掛ける方が有利である。しかし一番過酷な罠が仕掛けてあると予想される最も危険な道に、仲間の衆を進ませる気になれない。半蔵は心配する配下の衆の顔を一人一人笑顔で見渡しながら答えた。


「儂は大丈夫じゃ」


 この時の半蔵の笑顔はいつもの不敵な笑顔では無く、相手を安心させるための笑顔であった。作戦を成功させるために頭自身が最も危険な所を選択する。伊賀の衆は半蔵に頭が下がる思いがした。


「さぁ皆行け、崖上の隠し寺でまた会おうぞ、佐介が待っておる」


 そう言って半蔵は自分を心配して踏ん切りがつかない皆に激を飛ばした。


「分かりました、お頭」

「お頭ご無事で」


 この言葉に後押しされた伊賀の衆は山を囲い込む様にして各々の道を駆け抜け、突入の配置場所へと向かって行った。


 半蔵は一人あぜ道に残り暫し皆を行く先を見送った。


 そして自らも山中の側道に向かう山道に分け入ろうとした時であった。二十人程の狩人に扮した集団が現れると、半蔵の前で立ち止まった。


「半蔵、吉法師はまだ捕まえていないのか?」


 そう言って狩人たちの中から現れたのは鷹匠の本多俊正であった。


くわぁー


 俊正は前の半蔵と別れた時と同様に肩に鷹を乗せていた。俊正は沓掛から岡崎に向かう途中で吉法師の逃亡を知り、急遽岡崎には使いを当て、自身は沓掛から更に戻って来ていた。


「本多殿、すまぬな、今この山の隠し寺に追い詰めてはおるのじゃが」


 俊正は半蔵に対して吉法師に逃げられた失態を追及したいという思いがあったが、岡崎の松平にも話を進めている現状では、先ずは早く吉法師の身柄を確保することが先決だと思った。


「だいぶ手こずっておる様じゃな、して状況は?」


 俊正はその対応策に向けた情報を求めた。


「今朝その寺への侵攻を試みたのじゃが、その隠し寺では紀州雑賀の鈴木孫一が鉄砲を擁して吉法師を守っており、一度退却していました。今、再度策を練って突入しようとしている所です」


「なるほどあの雑賀の孫一が関わっておるとは、先ずは賢明な判断じゃな」


 半蔵の説明に俊正はその状況への驚きと共にその判断に感嘆した。俊正は一つ頷くと狩人の中の一人を自分の横に引き出した。


「半蔵、こちらは沓掛城主の近藤殿じゃ、密かに岡崎方からの迎えとして加勢に参られた」


 沓掛の近藤氏は長年松平家に組していたが、昨今織田信秀の勢力が三河に及ぶ中において、緒川城の水野氏や吉川城の花井氏と同様に信秀側に鞍替えしていた。しかし、家臣の中には未だ松平家への帰順の意識が強く、情勢を見てまた寝返るつもりで裏の関係を続けていた。


「近藤じゃ、此度ぬしに助太刀する」


 近藤は狩人に変装しているが、その話口からは武骨な武家の印象が伝わってくる。近藤の申し出はありがたかったが、自分がこれから向かう道を考えると気が引ける思いがした。


「近藤殿、本多殿、大いに助かる話であるが、儂がこれから向かおうとしておる隠し寺への側道は危険が伴う」


 自らの危険を顧みず、他人への危険を気遣う半蔵に、近藤と俊正は笑顔を見せて言った。


「半蔵、我らに気遣いは無用じゃ」

「うむ、ぬしの最善と思う策に充ててもらって良い」


 側道から迫る人数が増すほど他からの侵攻に対する防御が甘くなり、作戦成功への確率が高まる。半蔵は二人に頭を下げた。


「かたじけない」


 半蔵は配下の伊賀の衆を山中に展開させると共に、自身は鷹匠の本多俊正と沓掛城の近藤九十郎の手勢と共に山中の側道から隠し寺を目指す事にした。


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