表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/129

第五章 女房鉄砲仏法 力への意志(6)

 吉法師は奥の部屋で結の手解きを受けながら草鞋編みを習得していた。


 自分の草鞋を自分で編める様になる事、吉法師はそれを己を高めるための最初の一歩としていた。将来尾張の領主となり天下の再構築を目指す、その目標に対して自身で草鞋を編める様になるという事に物理的な意味は無い。しかし己で作った草鞋を履き、己の力で立って将来を歩むと考えれば精神的に大きな意味があると思った。吉法師は真剣な表情で縄を編み込む事に集中していた。


 そんな吉法師に結が手を掛けてきた。


「ん、ん」(それじゃだめ、そこは一度こっちに回してから通すの)

「そうか、うーん、難しいものじゃな、こうか」

「ん、ん」(そう、そう)


 必死に声を出して伝えようとする結であったが、会話という形の声にはならない。しかし、二人は互いの心を寄せ合う事でその会話を成り立たせていた。


「よし、できた!」


 そう言って吉法師が初めて編み上げた草鞋を掲げた。それは網目がガタガタの酷い出来であったが、生まれて初めて自分で作り上げた物となるその草鞋に吉法師は何か一つの達成感を感じていた。しかし結の作った草鞋と比べるとその出来は酷く、とても満足できるものではない。


「よし、もう一度じゃ」


 そう言うと吉法師は最初からまた草鞋を編み始めた。


 その草鞋編みに熱中する吉法師の姿を結は傍でじっと見つめていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その時吉法師を狙う伊賀の衆は皆で口布を覆い、山中で結界を形成している木製の小さな祠を、杖で破壊しながら隠し寺へと進んでいた。


「おい、あそこにもあるぞ!」

「あいよ!」


バキッ


 点在している祠の中には古木の影や地面に半分埋められるなど、人目につかない様に意識的に隠されている物もあった。伊賀の衆はそれらを一つ一つ見つけ出しては杖で破壊していた。


 半蔵はその衆の後を、険しい表情をしながら歩いていた。


(巧妙、且つ大規模な結界の仕掛けだ、これを仕掛けた者は只者では無い)


 半蔵は最初に見つけた祠を注意深く解体した時、周囲の振動を利用して祠の中の粉を周辺一帯に散布する精巧な仕掛けが施されているのを目にした。散布される粉は恐らく幻覚剤の様な物であろうが、自分たちの知見の中ではそれを一見して特定する事が出来なかった。


 口布を当て吸い込みに注意を施しながら半蔵はまだ見ぬ相手にその知識と技術の高さを感じていた。しかし事前の探索では、この寺を守るのは数人程度で人的な防衛力は殆ど無いとの報告を受けている。少人数の理由は外敵の侵入に対する防御をこの結界に頼りきっている可能性が高いとも思えるが油断はできない。


「心してかかれ、相手は少人数かも知れぬが只者ではないぞ」


 半蔵は仲間の衆に注意を促しながら進んでいた。


(いずれにせよ吉法師がここの隠し寺にいるのは間違いなかろう)


 半蔵は吉法師を捕える事を目標としながら慎重にその道を進めていた。


「これが最後の祠じゃ」

「よし、やるぞ」

「おう」


バキッ


 三人の伊賀の衆の杖に突かれた少し大きめの最後の祠は一つの破壊音を山に響かせて木っ端微塵となった。するとその祠の先には山中へと伸びる間道が続いていた。伊賀の衆が警戒しながらその間道を進むと、木々に覆われていないやや広い場所があり、そこからは間道から外れた崖の上に寺の建造物らしき物があるのが見えた。


「あれが隠し寺か?」

「恐らくそうじゃな」

「ようやく見つけた」



 半蔵はその建造物を見上げながら考えた。


 その隠し寺らしき建造物との間には崖壁はあるが、そこまでの視界は良好で思いのほか近く見える。比べて間道の先は寺には繋がっているのであろうが、両脇を鬱蒼と木々が生い茂り更なる結界や迷い道の仕掛けが予想される。


「よしここから真っ直ぐあの寺を目指すぞ」


 半蔵ら伊賀の衆はこれまで伊賀の山中で綱を伝った崖登りの訓練しており、この程度の崖は苦無く登れると思えた。更に寺側からすればまさかこの崖を超えて敵が侵入するとは思っていないであろう。半蔵は目の前の寺を視野に捉えながら崖を登る事にした。


 伊賀の衆は崖下に辿り着くと、各自綱を取り出し諸所の岩に器用に引掛け、崖を登り始めた。


 雑賀の鈴木孫一と職人の格好をした猿彦、熊吉、烏丸、猫実の四人はその崖の上方の草場に散開して潜んでいた。


 四人は山を登ってくる伊賀の衆を迎え撃つ事に確固たる思いで臨んでいた。


 若いこの四人は善空がこの寺を創建する時、孫一の命により雑賀から派遣され、寺の警護に従事していた。最初は故郷の雑賀を離れる事を不安に思いながら、任務として仕方なく割り切っていた彼らであったが、寺の者たちや寺を訪れる者たちと触れ合う内に、自らの生活の場としての愛着が芽生え、今では自らの工夫を交えて最新の防衛の仕掛けを寺に施すと共に、自らの居場所として充実した生活を送る様になっていた。


(この寺は我らが守る!)


 これまで何度も小悪党の類から寺を守ってきて、寺の警護を自負していた四人であった。しかし今回の相手は巧みな隠密行動で知られた伊賀の上忍の服部半蔵の衆で、これまでに無い人数や戦闘能力を有する相手である。今の所、寺に向かって侵攻してくる目的は定かでないが、結界の祠を破壊しながら強硬に迫って来る所から友好親善ではないことは確かで、寺の破壊、略奪行為を想定せねばならず、交戦となる可能性は大きい。


 しかし四人にとってもこれまでに無い一つの有意な事があった。


(孫一様との初陣だ!)


 今回はたまたま寺を訪れていた棟梁の孫一が自分たちの先頭に立って指揮を取ってくれる。四人は雑賀衆棟梁の孫一に直接従う形で戦闘に参加することに、大きな安心感と共に名誉を感じていた。


 四人はそれぞれ孫一から指示を受けた配置に場所に付きながら、孫一の指示を思い起こしていた。


(伊賀の衆は祠の群の結界を超えた場所で初めて寺の建物を目にした時、どの様な仕掛けが施こされているか分からぬ間道をそのまま進むか、それとも寺を見ながら崖の斜面を真っすぐに登って行くか考えるであろう。その結果彼らはこの斜面を登ることを選ぶであろう。彼らにとってこの斜面は然程難儀でもないからな、であれば彼らに仕掛ける場所は崖上のこの場所において他にない)


 それは明快な指示であった。本当にこの場所に現れるのかという疑問はあったが、本当に来るのであれば、ここは元々地的優位性がある中でも最大限に優位となる場所である。


「倒そうとしなくてよい、ここで圧倒的な技術的な脅威を見せ付ければ、自ずと相手は退く事になる」


 四人は崖上方の草場に身を潜ませて伊賀の衆の到来と孫一の指示を待っていた。


 すると程なくして四人の目に横一線で崖を登って来る伊賀の衆の姿が入った。寺の姿に引き付けられる様に杖を背負った十四、五人の衆が、巧みな綱さばきで崖を登って来る。


(来た、伊賀の衆だ!)

(棟梁の言う通りだ!)

(本当にこの崖に現れた)

(早い、見る見る内に登って来る)


 四人は孫一の方に目を向けた。しかし直ぐに合図を出す様子は無い。四人はこれから繰り広げられるであろう戦闘に緊張していた。


 その時半蔵たちは孫一たちが待ち受けている事を知らず、ほぼ横一線となって崖を登っていた。天然の要害となっている崖であったが、伊賀の衆にとってはそれほど苦になるものではなかった。


(まさか我らがこの崖をよじ登って来るとは思うまい、これを登れば寺はすぐ目の前、恐らく寺の者たちは何もできまい、吉法師を置いて慌てて逃げ去るであろう)


 半蔵がそう予見していた時であった。


「ここはぬしらの来るべき場所ではない、立ち去れい!」


 崖の周囲に響き渡る声がした。


「何!」


 半蔵が驚きながら見上げると崖上の至る所に大勢の人影が現れていた。その光景を見た伊賀の衆は綱にぶら下がり身動きの取れない状態の中、度肝を抜かして驚いた。


 この時の人影の大半は孫一の合図と共に熊吉と猫実が掲げた人型の案山子であった。二人は案山子につなげた紐を揺り動かし、多人数が崖上で待ち構えている様に見せかけていた。


(行動が予測されていた、この状況はまずい)


 半蔵は寺側の術中に嵌ったと思った。


 殆どの伊賀の衆が度肝を抜かし、綱に伝った状態のまま動けぬ状況となる中で、修験者の格好をした四人は吉法師を運ぶ途中で逃げられた責任を感じていた事もあり、この状況の打開のため一気に綱を伝って崖を登り切ろうとした。


 相手の状況を分析する間もなく、対応の指示を出せずにいた半蔵は次の瞬間、崖の側面から火縄の匂いがするのに気が付いた。そして咄嗟にその方向を振り向くと草場の中から銃口が向けられているのが見えた。


「まずい、罠だ、斜面に飛び移れ」


 そう半蔵が叫んだ直後であった。


パパーン!


 二発の銃声が崖に轟いた。


 それと同時に二本の綱が断ち切られ、二人の修験者が崖を転げ落ちていった。それは孫一の合図により放たれた猿彦と烏丸の鉄砲であった。


「ちっ」


 半蔵は一つ舌打して手にした綱から崖の斜面に飛び移った。


パパーン!


 それと同時に別の方向から放たれた熊吉と猫実の第二射により、斜面への取り付きに遅れた二本の綱が断ち切られ、また二人の修験者が崖を転げ落ちていった。


(鉄砲を使うこ奴らは一体何者だ?)


 祠を使った結界の形成からして、只者ではない相手とは思っていた。しかしよもや最新兵器と言われる鉄砲による攻撃を見せつけて来るとは思ってもみなかった。


 半蔵は崖の斜面の岩に隠れながら崖の上にいる者たちの動きを見定めつつ、綱にしがみ付いている仲間の衆に早く飛び移る事を促していた。しかし斜面に取り付いた仲間も、方向を変えて狙ってくる相手に手をかけていた岩を狙撃され、崖の下に落とされている。


(何という正確な鉄砲の射撃だ、完全に相手を過小評価していた、しかし…)


 半蔵は鉄砲による相手の一方的な攻撃の中、その状況を冷静に分析していた。半蔵が目にする中で、崖の側面や上方から発砲してくる数人の動きは確認できるが、大半の人影には大きな動きが見られない。


(やはり実際に動いておる者は少ない、四人程度、他は案山子か)


 そう分析する中で半蔵は崖上の草場の中を移動する一つの銃口の動きが目に入った。新たに角度を変えて崖に張り付いた仲間の者を狙撃しようとしている。


「おのれ、させるか!」


 半蔵はそう叫ぶと、崖の斜面の岩場を飛び跳ね一瞬の内に崖上に登り上がった。そして背中の杖の隠し鞘を抜くと、そこで銃口を構えていた若者に襲い掛かった。


「猫実危ない!」


 いち早く半蔵の接近に気が付いた熊吉が猫実に叫んだ。しかし猫実は崖下への銃口に集中していて半蔵の接近に気が付くのが遅れた。


「あぁー」


 猫実は半蔵の隠し刀の刃が自身の頭上に振り下ろされるのを目の当たりにして、恐怖の表情を見せながら目をつぶった。


ガチーン


 やられたと思った次の瞬間、猫実は目の前で凄まじい金属のぶつかる音が鳴り響くのを耳にした。猫実が目を開くと半蔵の刃を孫一が鉄砲の銃身で受けていた。そして自身に刃を向けている半蔵は驚いた表情でその孫一を見ていた。


「き、貴様は!?」


 半蔵にとってここで雑賀衆の鈴木孫一と対する事は思いがけない事であった。


「半蔵、元気そうじゃな」

「雑賀の孫一か、なぜ貴様がこの様な所に」


 孫一は半蔵が来ることを知ってこの場の戦闘に臨んでいたが、半蔵は孫一が待ち受けている事を知らずに来ていた。この差は結果に対して戦力差以上に大きな影響を及ぼす。この時伊賀の衆は鉄砲による狙撃により半蔵以外誰も崖上に辿り着けずにいた。


 孫一は有利な状況を踏まえて静かに半蔵に言った。


「ぬしの狙いは小僧であろう、故あってな、我ら小僧に助太刀する」


 そう言って孫一は半蔵の刃を受けた銃身を一振りした。その筋は太刀を振るほどに鋭く、半蔵は身を引いて避けた。そして崖の手前で体勢を立て直した半蔵であったが、次の瞬間、半蔵は孫一と山師たちの五人に囲まれていた。


 結局崖上まで辿り着けた伊賀の衆は半蔵一人だけであった。


 半蔵は後ろを振り返った。そこは数歩もしない内に切り立った崖の斜面になっている。圧倒的に不利な状況の中で半蔵は冷静に分析していた。目の前には隠し寺の全貌が見えていて、崖上のこの場所が最終防衛線であると思われた。


(なるほど)


 自らの身を以て寺の情勢を掴んだ半蔵であったが、崖を背に孫一と四人の山師に囲まれて行き場を失っていた。


「さて、どうする半蔵?」


 何故小僧を狙うのかは分からないが、これに懲りて半蔵が諦めてくれると良い。そう思いながら孫一は半蔵に問い詰めた。しかし半蔵はそうそう容易い相手では無かった。


「残念じゃが、この場での我らは敵同士じゃな」


 そう半蔵が答えると若い四人は半蔵を捕えようと生け捕り用の縄を投げ掛けた。


「ふっ」


 すると半蔵は不敵な笑みを残し、迷いなく背後の崖に向かって飛んだ。


「何!」


 孫一は崖を落下していく半蔵を崖下に覗き込んだ。ここの高さから落ちれば如何に上忍の半蔵と言えども只では済むまい。そう思った孫一であったが、半蔵は地面に墜落する寸前で崖の側面に刃を突き立て、その刃を折りながら落下の速度を減速させると、そのままひらりと地面に降り下りた。


「なんという奴だ!」


 孫一はその半蔵の身のこなしを見て驚いた。崖の下の半蔵は何事も無かったかの様に自分の方を見上げている。


(これで引き下がる半蔵ではないか)


 孫一は崖下の半蔵と視線を合わせながらそう思った。


 一方で半蔵は崖上の孫一と視線を合わせながら、崖上での状況を整理していた。


(まさかここに雑賀の鈴木孫一がいるとは)


 寺側にその名の知られた雑賀の鈴木孫一がいることで、吉法師を捕えるという作戦の障壁は一段と高くなり、作戦事態を諦める所かも知れない。しかし半蔵は逆に再度孫一にもう一度挑戦したいという気持ちが湧いていた。


 半蔵の周囲には一度散り散りになった伊賀の衆が再度集結し始めていた。しかしまだ何人かは行方知れずになっている様で、とても即座に再攻撃を仕掛ける事ができる状況では無かった。


(再度策を練り直すか)


 いつの間にか陽は高く昇っていた。半蔵は策の練り直すために一度河原の場所まで退く事にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ