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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 笠寺の姫(6)

 吉法師がこれまでにない戦の武器として、鉄砲の重要性を強く意識している時であった。


「吉法師さま、先ずは又兵衛の勝ちにて、一益たちに饗宴を催す必要もなく良かったですね」


 安心した様子を見せながら勝三郎が声を掛けて来た。


 今回の出立は急であったため、吉法師たちには十分な銭の持ち合わせが無かった。そんな状況で初めて見た鉄砲の実力を測りたいがために、一益に宴を掛けて鉄砲と弓の異種対決を挑み、結果としては勝ちを得て、その義務を負わずに済んだ事については、吉法師も安心していた。


(しかし、これだけ鉄砲の重要性を理解させてもらって、何の礼も施さないと言うのも悪い…)


 吉法師はそう思いながら一益たちの方に目を向けると、一益は対決に負けてひどく落ち込んでいる娘の玉をあやしているのが見えた。吉法師は何か無性にいたたまれない気持ちになり、勝三郎に言った。


「勝三郎、饗宴の銭、何とかならぬのか?」


 吉法師が困惑した表情で勝三郎に訊ねると、勝三郎も困惑した表情になって吉法師に言い返した。


「なりませぬ!」


 二人がその様な会話をしていた時、又兵衛は観衆から英雄の様な称賛を受けていた慶次郎に向かって話し掛けていた。


「ぬし、慶次郎とか申したな、見事な鉄砲の腕前じゃ」


 又兵衛は自分が命中させていた二本の矢が、慶次郎の一発の鉄砲の玉によって、的のかかしもろとも木端微塵にされ、その威力の壮絶さと、この慶次郎を称賛する観衆の声に、何か勝負として勝った思いが出来ずにいた。


 又兵衛は強い口調で慶次郎に言った。


「正直儂は何かぬしには勝った気がしない、どうじゃ、もう一つ的を変えて勝負せぬか?」


 この又兵衛の再戦の申し入れに、慶次郎の周囲にいた観衆はどよめき、慶次郎も楽しそうに声を上げた。


「おぉ、望む所じゃ!」


 この慶次郎の声は落ち込んでいた玉にも届き、即座に駆け寄って来て言った。


「慶次郎、ぬしなら勝てる、頼むぞ」


 玉の言葉に慶次郎は楽しそうに応えた。


「おう、任せておけ!」


 一益は鉄砲の勝負で自分が外した的を慶次郎に当てられ、悔しく思っていたが、それ以上に娘の玉のしょげている姿を何とかしたいと思った。


(ここは頼むぞ、慶次郎!)


 一益は少し離れて慶次郎を応援していた。


 小豆坂の七本槍の又兵衛に、遠射の腕を認められ対決の再戦を求められた子供、慶次郎はその場の観衆の注目を一身に浴びていた。


「慶次郎がんばれ!」

「あのおじさん倒せ!」


 観衆の皆がこの異種対決の再戦を望み盛り上がっていると、その様子に気が付いた勝三郎が慌てて又兵衛の所に駆け寄って来た。


「ちょっと又兵衛、やめておけ、せっかく…」


 せっかく勝ちを収めて終わった勝負を蒸し返すな、勝三郎はそう言おうとしたが、周囲の再戦を望む観衆から睨み付ける様な視線を受けて、言葉にすることが出来なかった。


「大丈夫じゃ、儂は負けぬ!」


 又兵衛は強い自信を見せたが、勝三郎は不安でならなかった。


「那古野の弓対決の時もそんなことを言って負けていたであろう」


 勝三郎は吉法師の所に戻って来てぼそっと呟き、それを聞いた吉法師は笑顔を見せながら言った。


「大丈夫じゃ、勝三郎、何とかなるじゃろ」


 実のところ、吉法師ももう少し又兵衛と慶次郎の弓対鉄砲の異種対決を見てみたいと思っていた。


「えぇ、ちょっと吉法師さま!」


 困惑する勝三郎を後にして、吉法師は目の前の畑の中に入って行くと、捨てられていたかぼちゃを見つけて拾いあげ、近くにあった石塔の上に置いた。


 そして又兵衛と慶次郎の所に戻って説明を始めた。


「あの石塔の上のかぼちゃが今度の的じゃ、距離は近いが的も小さい、合図と共に二人同時にここから走ってあの射線の位置まで行き、射線に置かれたそれぞれの弓と鉄砲で的を狙い射ち、先に射抜いた者が勝ちじゃ」


吉法師の新たな対決方法の説明は、再戦の実施を宣言していた。それを聞いた観衆の皆は改めて盛り上がりを見せた。


 水野信元と義子の森隆は、この様子を吉法師の背後の観衆に紛れて見ていた。


「吉法師殿は中々面白い対決を考えおるのぉ、なぁ森隆?」


 信元は吉法師に感心しながら、義子の森隆に訊ねた。


「ええ、この異種対決、開催の話だけ世に伝わるとすれば、確かにうつけと思われても致し方ありませぬ、しかしその裏ではかなりしっかりとした考えが成されている様子、どうやら吉法師殿はうつけではなさそうですな、義父上」


 森隆の吉法師に対する見解を聞いた信元は一度真剣な表情を見せた後に、笑いながら言った。


「はっはっは、いや、吉法師殿はうつけじゃ、いやそれもとんでもないうつけじゃぞ」


 森隆は義父の信元も自分と同じ様に吉法師を見ていたと思っていたが、異なる見方を示した事に驚いた。


 信元はその森隆の表情を見てから、また笑顔で話を続けた。


「吉法師殿は先程、儂が後ろから鉄砲の事を述べた時、こちらを見て深く考え込んでおったであろう」


「ええ、確かに」


 森隆が先程の吉法師の様子を思い出しながら頷いていると信元はまた話しを続けた。


「吉法師殿は恐らく今回鉄砲というものを初めて見たのじゃ、そしてその重要性を深く理解した」


 吉法師のことを理解したかの様に話す信元であったが、森隆には理解出来ずにいた。


「それでやはり吉法師殿はうつけなのですか?」


 不思議に思う森隆に対し、信元はまた笑顔を見せて言った。


「考えてみよ、あの吉法師殿の御年で、鉄砲の重要性を理解した武将など他におると思うか?しかも吉法師殿は更に実戦に応用する事を考えて対決を組んでおる、その考えの先見性は常人を逸脱しておると思わぬか?」


 森隆もここまでの信元の話を聞いて、ようやく信元が何を言いたいのかを理解した。


「なるほど、義父上、常人を逸脱したその才は、もはや常人からはうつけと呼ばずにおれぬと」


「そう言うことじゃ、それが民からの見方と言う事じゃな」


 信元はそう話しながらまた吉法師の行動に着目していた。森隆は吉法師に対する信元の評価が、相当高い事に驚きながら吉法師を見ていた。


「今の戦乱の世を切り開くのは恐らくあの様な御子じゃ、先見性を持って相手の先を行く事が重要になる、我らの水野の選択も正しかったのじゃ」


 信元は今回、織田当主の弾正忠信秀に続いて、うつけと評判のその嫡男吉法師に出会い、織田家が今後も強大な国に成長していく事を確信した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 対決場の辺りは厚い雲のためか、日の入りまでにまだ少し時間があるにも関わらず、既に薄暗くなって来ていた。又兵衛の弓か、慶次郎の鉄砲か、恐らく最後になるであろうこの異種対決は、走り早撃ちの勝負であった。


 観衆の期待が高まる中で、勝三郎が判定役としている射線の所に、又兵衛と慶次郎は準備の整ったそれぞれの武器を置いた後、二人は吉法師のいる走り出しの位置にやって来た。


「慶次郎、がんばれぇ!」


 観衆からの声援は子供ながら鉄砲を操り、小豆坂七本槍の又兵衛に再戦を挑まれた慶次郎へのものが多かった。


「慶次郎がんばれ、今度こそ我に運を持ってくるのじゃ」


 特に近くで応援する玉の声が大きかった。


「又兵衛、がんばれ、とにかく勝てばよいのじゃ」


 その中で勝三郎は一人射線の位置から、大声で又兵衛を応援していた。


 二人が駆け出しの位置に着くと、吉法師は的の方を向いて一呼吸を置いた後、大きな声を上げた。


「構え!」


 吉法師の掛け声と共に観衆はその出だしに注目した。


 するとそれまでの状態を我慢していたかの様に、灰色の雲に覆われた空からポツポツと雨が舞い降りて来た。


「放て!」


 吉法師は大きな声で号令を掛けた。


 その声にいち早く応えたのは又兵衛の弓でも慶次郎の鉄砲でもなかった。


ドザーッ!


 天からの大雨であった。


「うわー、何じゃこの雨は?」

「こりゃひどい!」

「何も見えませぬ!」


 突然の大雨に観衆は雨を除けて木の陰に退避する者、慌てて持っていた傘を広げる者、どうして良いか分からず右往左往する者などで騒然としていた。


(まずい!)


 慶次郎と又兵衛の二人は突然の雨に焦りを感じながら、それぞれの武器が置いてある射線に走り寄って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方、いのしし大根の鍋で火を起こしていた益氏と天心も、か細くなっていく薪火に、対決の観衆たち以上に慌てていた。


「天心、まずいぞ、ここで火が消えたら料理は食えぬ」

「叔父上、雨が鍋に入ります、ここは一先ず鍋を移動させねば」


 雨の勢いは激しくあまり考えている余裕はなかった。


「そ、そうじゃな、よしあっちの木陰まで移動しよう、天心、そっち持て、運ぶぞ」

「はい、叔父上」


 そう言って、二人は炊き出しの途中であった鍋を掴み運び出した。


「よいしょ、よいしょ、もう少しじゃ、うわっっ!」

「あーーーーーっ!」


 木陰まであと数歩の所だった。


 雨でぬかるんだ所で益氏は足を滑らせてこけてしまい、二人は運んでいた鍋を引っ繰り返してしまった。


 泥の中でいのししと大根の鍋の具が、無情にも雨に打たれているこの末路を前に、二人は呆然となっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方、異種対決の慶次郎は雨の中又兵衛よりいち早く射線の所に着くと、即座に鉄砲の照準を合わせ、引き金を引いた。


カスっ!


「ありゃ?」


 しかし火縄の火は雨で消え、火薬も既に湿気っていた。


「あー、だめじゃ、もう」


 残念がっている慶次郎の横で、又兵衛は的を目掛けて矢を放った。


スカっ!


「な、なんと!」


 しかしその矢筋には全く勢いが無く、的のだいぶ手前で失速して落ちた。又兵衛の弓の弦は雨に濡れて反発力が極度に落ちていた上に、矢羽の方も雨がしみ込んで重くなり、全く飛ばなくなっていた。


 その様子を見て吉法師は思った。


(何とも驚きじゃ、最後に勝ったのは弓でも鉄砲でもなく雨であった。戦では天気を第一に考慮せねばならぬ)


 吉法師はまた一つ対決での結論を得ていた。


 その中で、雨は更に激しくなっていた。


ザーッ


 誰もがこれ以上の対決は困難であると思った。観衆ももうこれ以上の継続は無理だろうと考え、次々とこの場を去っていた。


「まだ続けるのじゃ」


 玉は雨に打たれながら対決の続行を強く主張していた。一益はそんな玉をいよいよまたあやさねば、と考えていた。


「あぁ、残念じゃが、さすがにこれはちょっともう厳しいかな」


 慶次郎も雨に濡れた鉄砲を手に続行は困難と思った。玉は慶次郎が断念したことを受けて、地面を流れる雨を見つめて啜り泣きをし出した。


「あぁ、御馳走はないのですね、う、う、我の幸せもどこかに流れてしもうて…」


 一益は雨と共に御馳走の無くなった二人を不憫に思いながら慰めた。


「この雨では致し方無かろう、大丈夫じゃ、今ごろ益氏と天心の特別料理が完成しておるころじゃ」


 一益はそう言った所で、はっとして振り返った。


 するとその益氏と天心の二人が雨の中を呆然と歩いて来るのが見えた。


「残念じゃが、いの大根は食えぬ!」


 益氏は一益の前でがっくりと肩を落としながら言った。


「そうか」


 一益は二人もこの突然の大雨で、いのししと大根の鍋調理に失敗したことを察した。


 雨が強く振る中で、万策が尽きた様な感じになっている五人に悲壮感が漂っていた。


 吉法師は何処からか笠を持って来た勝三郎に再度訊いた。


「勝三郎、宴は何とかならぬのか、あれは見ておれぬ」


 吉法師は複雑な気分だった、できれば彼らに宴を馳走したい、その上であの鉄砲について色々と訊いてみたい、そう思っていた。


「なりませぬ、残念ですが、無い袖は振れませぬ」


 勝三郎も出来れば父の知り合いでもある一益に、無気な対応をしたくはないが、無い物は無い、と致し方無く思っていた。


 その時であった。


 野次馬たちの中から笠を被った二人の武家姿の男が近付き、声を掛けて来た。


「吉法師さま、そして皆さま方、今回この突然の雨にて最後は残念でしたが、この異種対決、楽しく拝見させていただきました。この後是非皆さまの御都合が宜しければ、共に宴を囲いたいと思いますが、如何でしょうか?」


 吉法師たちを宴に誘ったのは水野信元と義子の森隆であった。


 二人は吉法師が一益の鉄砲についてもう少し訊きたいと思ったのと同じ様に、吉法師ともう少し直接話をする機会を得たいと思っていた。


 この信元の言葉に先ず大きな反応を示したのは益氏であった。


「吉法師さま?兄者、この子はあの那古野の若城主か?」


 これまで吉法師については、石問屋の嫡男と紹介されていた。一益はそれが異なると言う事を、慶次郎が聞いた観衆の噂から知っていた。


「あぁ、そうらしいぞ、実は我らはえらいお人と勝負していた様じゃ」

「えぇ!」


 益氏はこの時初めて対決の相手が、那古野の若城主の吉法師と知って驚いた。


 吉法師は饗宴を持ち掛けてきた男たちを見て思った。


(確かあの男は観衆の中にいた?)


 これならば子供でも女子でも屈強な武士に勝てるのぉ、と、観衆の中から鉄砲の最大の重要性を知らせてくれた男の顔を吉法師は覚えていた。


(何者じゃろうか?)


 突如現れて宴に誘う男を気にしながら、吉法師は先ず一益に向かって、少し笑みを浮かべながら言った。


「すまぬな一益、実は初めて見る鉄砲であったがゆえ、身分を伏せて色々と見させてもらいたかったのじゃ、おかげで参考になった」


 慶次郎、天心、玉の子供三人は少し離れて吉法師を見ながら囁き合っていた。


「誰じゃ、きちほうしって、偉いのか?」

「なごやの城主さまらしいぞ」

「そうは見えませんけど」


 吉法師は一益たちにその身分を明かして、鉄砲の実演に対する礼を述べた後、自分たちを宴に誘う二人の見知らぬ男たちに問い掛けた。


「ところでぬしたちは?」


 吉法師の問い掛けに信元は笑顔を見せながら言った。


「これは自己紹介が遅れました、手前は尾張緒川を治めております水野信元と申す者で、こ奴は義子の森隆です」


 吉法師はこの男の言葉に驚いた。


「何!」


 水野家と言えばこの笠寺の対岸に大高城の拠点があり、隣接する織田方の鳴海城の山口家との間で小競り合いを続けていると聞いている。


(こ奴敵ではないのか?)


 吉法師は少し身構えた。又兵衛と勝三郎も吉法師を守るかの様にすっと間に立ち入った。その緊迫した反応を示す吉法師らに信元は笑いながら言った。


「ははは、吉法師さまが警戒されるのはもっともじゃ、じゃが御安心なされよ、実は昨日我らはお父上の弾正忠様と盟約を結ぶことになったのじゃ、つまり今はお仲間じゃ」


 そう言って信元は、雨に濡れぬ様に信秀の盟約の書状をちらつかせながら、昨日の会談の様子を語った。


 昨日の今日で自分が聞いていないと言うことなのかも知れないが、あまりにも都合が良く即座に信じられることでは無い。しかしこの水野の二人の様子から、嘘を言っている様にも思えない。


「どう思う?」


 信用できそうか否か、勝三郎と又兵衛はその判断に困り、答えを出せずにいた。


 すると吉法師はその場から少し離れた一益の所に駈け寄り、水野の二人の事を訊ねてみた。吉法師にとっては一益も今日会ったばかりの関係であったが、勝三郎の池田家と旧知の間柄である事や、対決での鉄砲の実演を経て、一益は既に吉法師にとって信頼しても良い存在と考えられる様になっていた。


「どう思う?」


 一益は本日初見の自分に、生死に関わるかも知れぬ様な、重要な判断への意見を求めて来る吉法師の対応を不思議に思いながらも、何か親近感を覚えていた。


「あれは水野信元であることは間違いないぞ、儂は津島で何度か見かけたことがある。三河の特産を一生懸命に売り込んでおった。意外に領民のことを考える良い男であると思うぞ、」


 そこへ勝三郎と又兵衛も寄って来ると、吉法師が言った。


「先程あの男が見せた書状の押印は確かに父上の物じゃと思う、それから以前、叔父上(信光)が水野家と盟約の折衝しておるとの話は聞いたことがある」


 状況的に話の辻褄は合う。そして一益たち、特に三人の子には饗宴の馳走を施したい。


 しかし何とも都合が良すぎる上に、是と判断する決め手が無い。


(信用して良いのだろうか…)


 吉法師は相手の深層心理を見定めるべく、少し離れたその場所から鋭く深い視線で信元と森隆の二人を窺き見た。


 この視線に水野の二人は少し耐えきれずに仰け反りそうになった。


 その鋭い視線は吉法師からだけでは無く、勝三郎、又兵衛、一益と益氏に加えて、子供の慶次郎、天心、玉たちからも出ていた。


 饗宴は受けたいけど、今一つ信用できる判断に至らない。雨が降る中で、状況は膠着していた。


 その時であった。


「父上!森隆様、この様な所にいたのですか?」


 突然四人の侍女を引き連れて現れた若い武家の女が、大きな声で信元と森隆の二人に声を掛けた。


「て、照!」

「て、照殿!」


 吉法師たちも突然大きな声と共に現れた若い女に着目した。

 女は信元の娘で森隆の妻の照であった。


 照は約束の時間になっても現れない信元と森隆に怒りを示す母のそばに居る事が耐えられず、探しに行くと言って出て来ていた。


「母上はもう待たされ続けてカンカンですよ!」


 この照の言葉に信元と森隆は一瞬背筋に恐怖を覚えた。


「い、いや、今そこで大事な客人にお会いして、我らの饗宴にお誘いしておったのじゃ」


 信元は妻の姿を浮かべながら、娘の照に言い訳をする様に言った。怪訝な表情を浮かべる照に、森隆も話を付け加えた。


「本当じゃぞ、照殿、ほらそこにおるあの皆さまがたじゃ、まだ少々行くかどうか、決めかねておられる様じゃがの」


 そう言って森隆が吉法師たちの方を指差すと、照は間髪入れずその方向に向かって歩き出した。


「お、おい照!」


 照は母を待たせている事もあって急いでいた。


 父と夫、水野家の客人が饗宴の誘いを悩んでいるとすれば、その原因を確認して、早々に連れて参りたいと思った。


 照は四人の侍女を引き連れて、吉法師たちのいる方に向かって行った。


「何じゃ?」


 吉法師たちは突如現れた水野家の者らしき女性の集団の接近に少し身構えた。


 照は吉法師たちの前まで来ると、一団を見渡し、一度又兵衛の方を向いた後、吉法師の方を向き直して、明らかに分かる作り笑顔を繕って言った。


「我ら水野のお誘いに悩む事はございません、さぁ、参りましょう!」


 照は父たちが饗宴に誘ったこの者たちを、今回の父の商いに関連する一団であると思っていた。そして最初に一団を見渡した時、一団の主人は最初又兵衛と思ったが、少し見て用心棒程度であると察すると、その後、うつけの様な姿で子供ではあるが、吉法師がこの一団の主人と悟り、一点絞りで誘いの声を掛けていた。


(さ、逆らえぬ!)


 常日頃戦で勝つ事を考え、その武器や戦略を考えていた吉法師であったが、母の土田御前の様な、強い決断で行動を促す武家の女性に対しては、逆らう術を得ていなかった。


「あ、あぁ」


 吉法師は是非どちらとも取れる様な返事をして、直ぐにしまったと思った。照はその吉法師の返事を聞くと、作り笑顔を勝ち誇った笑顔に変えて言った。


「はい決まり、では行きましょう!」


 そう言って照はさっと手を振って侍女たちに指示を出した。


 すると四人の侍女たちは笑顔で先ず吉法師と又兵衛、一益、益氏の男たちの手を引いて、連れて行こうとした。


(水野家か、まぁ、この女の人の様子からしても計画的な策略の意図は感じられない、まず危険はないであろう)


 吉法師は鉄砲の実演への礼と三人の子らに饗宴を施したいと言う思いもあり、多少強引だが、良き饗宴参加の判断のきっかけになったと思った。そして被っていた笠を勝三郎に返して言った。


「では皆で馳走になるか」


 そう言って、一人の侍女が手にした傘の中に入り込み、そのまま吉法師は門前町の宴会の場へと連れられて行った。


 続いて女性に慣れていない又兵衛は侍女の一人に傘を掲げられると、少し遠慮がちな様子でそれを受け取り、被っていた笠を勝三郎に預けた後、自らが手に持って掲げて、その侍女と共に吉法師の後を着いて行った。


 そして逆に雨に打たれて既にずぶ濡れの一益と益氏は、吉法師と又兵衛に続き、遠慮無く侍女たちの傘に入り込むと、その後を付いて行った。


 この時、慶次郎、天心、玉の三人の子供たちは、なぜ突然現れた女の人たちが皆を連れて行くのか、理解出来ずにいた。


「皆どこへ行くのじゃ?」

「さぁ?」


 照は戸惑う三人の子供たちを最後に連れて行こうとした時、その内の一人の子が幼い娘子である事に気が付いた。


(女の子?こんなに汚れて、)


 よく見れば丸顔の可愛い娘子、それが本来の娘子としての華やかさも持たせてもらえないばかりか、この雨と泥で物乞いの様になってしまっている。


(この様な男たちの中にいれば致し方ないか…)


 照が不憫に思いながら玉の目の前で立ち尽くしていると、状況が理解できていない玉が不思議そうに照に訊ねた。


「我の幸せ、来たの?」


 それは玉が誰に対してでも口にしていた言葉であったが、照はこれを真剣な表情で重く受け止めた。


「そうね、きっとそうだと思うわ」


 照はこれまでの玉の時の思いを、胸に押し寄せる思いで感じていた。


(この娘はずっと待っていたのだわ…、私に出会うのを…)


 照は今までの玉の苦労を祓う様にそっと玉の手を取ると、慶次郎と天心の二人も一緒に連れて、皆の後を付いて歩き始めた。


 信元と森隆は、吉法師たちが侍女たちの案内で饗宴の場に連れて行かれるのを、感心して見ていた。


「こんなにも早く皆の承諾を得るとは、さすがは我が娘じゃ!」

「全くです、義父上、相手が弾正忠家の嫡男でも物怖じ一つせず、見事に遣って退ましたな」


 そして一団の最後に三人の子を連れて照が通り掛かった時、信元は照に言った。


「でかしたぞ、照!」


 しかし照は父信元の褒め言葉に笑顔を見せることもなく、侍女たちに指示を出す様に言葉を返した。


「父上と森隆様は先に門前町の母上の所に行ってくだされ、そして母上に遅参の説明と、これから向かわれる皆さま方との饗宴の準備を早々に手配して下され」


 尤もな指示であった。


 遅参の説明と言う所に、信元と森隆は少し躊躇うものがあったが、確かに急ぎ門前町の饗宴の場で、もてなしの支度をする必要がある。


「そ、そうじゃな、よし急ぐぞ、森隆」

「は、はい、義父上」


 二人は照に促されると、袴の裾を持ち上げ、小走りで一足先に門前町に向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 皆が門前町に向かう中で、勝三郎は一人残り、射場の近くにあった地蔵に、借りていた吉法師と又兵衛の分の笠を返していた。


(もういいか、これも・・・)


 勢いは衰えていたが、雨は未だ降り続いていた。しかしもう激しい振りは無いであろう、勝三郎は自分の被っていた笠も地蔵に返し、最後に礼を込めて地蔵に軽く手を合わせた。


 その後、勝三郎は顔を上げると、石塔の上に吉法師の置いたかぼちゃの的がまだ置かれているのが目に入った。


(これくらいの距離なら石を投げても当たりそうじゃな)


 そう思った勝三郎は試しに近くの石を拾い、的に向かって投げてみた。


ぱしっ


 石は偶然にも的のかぼちゃに命中して、石塔の上から弾き落した。


(あ、当たった!)


 この後、勝三郎は何かうれしく思いながら、皆を追い掛けて行った。


 誰も見ていない中の勝三郎の一投であった。


 この一投は、雨の中では石投げが弓や鉄砲にも勝る良好な武器になり得る事を、人知れず証明していた。



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