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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 笠寺の姫(1)

 弓対決の翌朝、空には厚い雲が広がり、時折強い風が熱田神宮の木々の枝を揺らす中、五人の一行が熱田湊を目指して歩いていた。


「今日は熱田湊から舟で笠寺に参ります」


 そう言って加藤屋敷を出る松井友閑に、吉法師は勝三郎と又兵衛を伴って付いて行く事にした。又兵衛は昨日同様に手描きの揚羽蝶の旗印を掲げていた。


 そして一行にはもう一人加藤図書助が熱田湊まで、船の手配と皆の見送りのため同行していた。加藤図書助は笑顔を見せながら吉法師に言った。


「吉法師様、夕べの宴は楽しゅうございましたな?」


 吉法師は図書助の言葉に少し顔を引き()らせながら応えた。


「あ、あぁ」


 吉法師が昨晩急遽友閑に付いて加藤屋敷まで赴いたのは、日頃修練していた自身の覚悟の舞と定めた敦盛の出来栄えを、普段会えぬ友閑に見定めてもらい、更なる向上に向けた指導をお願いしたいと思ったからであった。


 しかし昨晩は事前に吉法師が懸念した通り、屋敷で宴会が催され盛り上がる中で、友閑は彦右衛門と左近の斬新な舞の数々に興味を抱き、自身の覚悟の舞を見定めてもらう状況にはならなかった。


(次に会えるのはいつになるのか分からぬ、このまま友閑先生と別れる事はできぬ)


 そう思った吉法師は更に熱田湊から笠寺に向かう予定の松井友閑に同行する事にした。


 昨晩宴会を共にした彦右衛門と左近の二人は加藤屋敷から直接自領に戻っており、四郎は熱田神宮の神事があり、弥三郎には吉法師の今日の行動について那古野まで伝令に向かわせていた。


(今日は是が非でも友閑先生に我が覚悟を示す敦盛の舞を見て頂きたい)


 図書助が尚も夕べの宴会での出来事を語り掛けて来る中で、吉法師は友閑に話を切り出す機会を窺っていた。


 やがて道の先に熱田湊が見えて来た所で図書助が言った。


「おぉ、湊に着きましたな。手前は笠寺への渡し舟の手配をしに行って参りますので、皆様はこの先の桟橋の方で待っていて下され」


 笠寺は潮が満ちると陸続きの場所が沈み、島の様になる場所であった。この時間は潮が満ちていたため、一行が笠寺に行くためには舟が必要であり、図書助はその手配を行うために湊で船頭が集まる場所に向かって行った。


 吉法師はこの図書助が離れた瞬間を、好機とばかりに友閑に声を掛けた。


「友閑先生、少々お願いがあります。是非我が覚悟の舞として修練している敦盛の舞を見て頂き一度ご指導伺いたい」


 友閑は昨日から度々何かを言いたそうにしている吉法師の事を気にしていたが、自分からは触れる事無くその場をやり過ごしていた。


(そういう事か、であれば吉法師にしっかりとした意見をいう事を考えて、これまで吉法師の舞に触れずにいたのは正解であったな)


 友閑は少し笑みを浮かべながら吉法師に言った。


「そうですか、それでは桟橋で図書助殿を待つ間、少し見させて頂きますか」


 ようやく、そう思いながら吉法師は友閑に向かって頷いて見せた。


 熱田湊の域に入った吉法師、松井友閑、勝三郎、又兵衛の四人は、そのまま桟橋の方に向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 桟橋では大勢の船乗りや荷駄を運ぶ者たちが、慌ただしく船と湊の倉庫の間を行き来しながら、荷物の受け渡しを行っていた。


 東日本の諸国から最大市場である畿内の堺や京との物流を考える時、その労力や日数から、船輸送で熱田か津島の湊を使うのが望ましかった。


 しかしその際にはこれらの湊で荷物の検閲や課税を受ける必要が生じる。それは尾張織田家に交易の内容が全て見計られと共に、本来自分たちが得るべき利益分が吸い上げられる事を意味する。


 つまりは駿河の今川家も相模の北条家も、そして甲斐の武田家も、国力が増して畿内との関係が深まるほど、その意に介さず、物流としては織田家に依存する事になる。


 特に駿河の今川家は尾張での物流拠点としていた那古野を吉法師の父である織田信秀に奪われ、日頃よりこの物流の状況を不快に思っていた。


 吉法師たちはその様な事情の籠った荷物たちの間を通り抜け、何艘かの船が停泊している桟橋に向かって行った。


ザザーッ


 桟橋では波の音が響いていた。海上での風は陸地よりも強い様で、船が浮かぶ湊の海面には、強い白波が立っていた。


 吉法師は空を見上げた。


 上空の雲はその厚さも、流れる速度も加藤屋敷を出立した時よりも増している様に見えた。 


(天候が怪しいな、笠寺への舟は大丈夫であろうか?)


 吉法師は友閑の方を振り向いたが、友閑はさほど心配する様子はしていなかった。片膝を付き近くに控える勝三郎と又兵衛も、やはり天候を気にする様子は無かった。


「さぁ、では吉法師殿の修練の成果を拝見いたしますか」


 友閑はそう言うと、真剣な面持ちで敦盛の舞に合わせた手拍子を取り始めた。吉法師もその友閑の姿を見て手にした扇子を広げると、舞の体勢を構え、その気合を込めた。


ザザーッ


 一際大きな波の音を合図に吉法師は、気合を込めた右手の扇子の一振りと共に、敦盛の歌を口ずさんだ。


「人間五十……、」


 その時であった。


「吉法師様ぁ、早く~、こちらです、こちらの舟に乗ってください、本日は天候が悪くて、笠寺への舟はこれしか無いそうです、早く、早く、もう出航するそうですから」


 少し離れた桟橋の上から図書助が叫んでいた。図書助は身振り手振りで大至急を伝えている。


 舞に込めた吉法師の気合は瞬時に霧散し、吉法師は思わず友閑の方を振り返った。


「ははは、致し方無いですな、では舞の方はまた後で改めさせていただきますか」


 友閑は笑顔を見せながら、図書助のいる舟の方に小走りで向かって行った。


(是非もない)


 吉法師は昨晩に続いてまたしても友閑の手解きを受ける事が叶わず、残念に思いながら図書助のいる桟橋の舟に駈け寄って行き、勝三郎と又兵衛もその後を追って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「吉法師様、早く、早く!」


 吉法師はそう言って急かす図書助を横目に通り過ぎ、舟に乗り込んだ所で思った。


(意外と小さい)


 吉法師は自分たちの乗る船の大きさを勝手ながら印象付けていた。これまで目にしていた桟橋に係留している船は東国との荷物を運ぶ貨物船のため大きく、勝手ながらこれと同型の船に乗り込むと思っていた。


 それらの船が大人百人は乗れるであろう大きさであるのに対して、図書助が手配し、自分たちが乗り込んだ舟は大人十人も乗れば一杯であろう大きさしかない。


 舟には既に二人の男が乗り込んでおり、船頭と二人の漕ぎ手を含め九人が乗り込んでいた。


 図書助は四人が乗り込み、甲板に腰を下ろすのを確認すると桟橋の上から最後に挨拶の声を掛けた。


「吉法師様、友閑様、すみません、今日は悪天候で他に笠寺に向かう船はなく、唯一向かうというこの舟に急遽相乗りさせてもらう事になりました、舟の成りは小さいですが、船頭は優秀ですので安心してください、では道中ご無事で!」


 図書助が桟橋から大袈裟に手を振って見送っているのに対して、吉法師は軽く手を振って応えるだけであった。


「図書助殿、お世話になりましたー!」


 勝三郎はそんな吉法師に代わって、図書助に礼を述べていた。


 この様子を見ていた同船の二人の男は、桟橋の見送りの男から出た吉法師の名前に反応し、顔を見合せて囁き合っていた。


「父上、お聞きになりましたか、桟橋のあの者、吉法師様って呼んでおりましぞ」

「ああ聞いた、桟橋の男は熱田の豪商加藤図書助じゃ、あ奴が吉法師様と敬語で呼ぶ子供となれば間違いない、あ奴があの弾正忠の嫡男の吉法師じゃ」


 親子の二人は暫くの間、吉法師たちに気付かれる事なく、その顔をちらちらと見ていた。そして何回か見た後、再び囁き合った。


「父上、何と言いましょうか、うつけの姿は噂通りですが、弾正忠様のご嫡男という印象は全くございませぬな」


「あぁ、何と言うか、思いのほか、ちんちくりんじゃな」


 その親子は山口左馬介と嫡男の九郎二郎であった。二人が吉法師と思い込んだ視線の先には勝三郎がいた。


 実際の吉法師が無言で控えて見えるのに対して、勝三郎はその元気さと共に、背後に意味は分からぬが旗印を掲げた大柄な男を従わせており、格上の子供に見えた。しかしその成りは大きくは無く、佐馬介のいうちんちくりんである。


「父上、どうやら我らの事は知られておらぬ様ですね」


 九郎二郎は声を細めて、父の佐馬介にそう言うと、佐馬介はニヤッと笑みを浮かべて応えた。


「ちょうど良い、織田家に属する我らの将来を考えれば、世間でうつけと噂になっておる嫡男の吉法師の事は、良く良く調べねばと思うていた所じゃ、このまま観察しようぞ」


 佐馬介と九郎二郎の親子は、波の音が響き渡る中、吉法師と思い込んだ勝三郎を横目でちらちら見ながらその状況を観察し始めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 舟は白波が立つ海上を笠寺に向けて進んでいた。


 漕ぎ手は波に負けぬ力で舟を前へ前へと押し進め、船頭はうまく波を()(くぐ)りながらその推進力を笠寺に向けていた。そして桟橋が遠ざかり、今にも見えなくなる様な大きさとなった所で、友閑が言った。


「それでは吉法師殿、舞の方を拝見いたしますか?」


 友閑の言葉に吉法師だけでなく、勝三郎と又兵衛も(ここで?)と思いその視線を吉法師に向けた。吉法師は波で不規則に揺れる甲板を見ながら思った。


(この様に揺れる舟の上で舞う事など出来るのか?)


 半信半疑に思いながら、吉法師は船上に立ち上がり、友閑の手拍子に合わせて、一度霧散した気合を込め直して右手の扇子の一振りと共に、歌を口ずさもうとした時であった。


「人げっ!」

ザザザーッ


 大きな波音と共に、強い横波を受けた舟は大きく船首の方向を傾けた。しかし同時に船頭の咄嗟の対応で直ぐにまたその船首を元の方向に戻す。


 この舟の動きに、吉法師は舞うどころか、立っている事も叶わず、舟上を転がっていた。


「おやおや、何をやっておるのじゃ」


 友閑が呆れる中、吉法師は右に左に何度か舟上を転がった後、ようやく元の位置まで戻る事ができ、踏ん張って立ち上がった。


「ぐえー、もう一度じゃ」


 吉法師は必死にまた舞の出だしの体勢を作ったが、波の威力の前では無力であった。


「うわっ!」


 舟の不規則な強い揺れに耐えられず、再度簡単に倒された吉法師は、また舟上を右に左に転がっていた。


「それは遊んでおるのか、それとも遊ばれておるのか」


 友閑は舞の先生として厳しい表情を見せながら、中々舞に入れない吉法師を諫めていた。


「勝三郎、さ、ま、」


 又兵衛は本日も引き続き勝三郎の家臣の役目となっている事に承服できない思いを抱いていたが、吉法師の様子を見て勝三郎に声を掛けた。


「あ、何じゃ、又兵衛?」


 一方で遠慮の無い勝三郎に、又兵衛は苦笑しながら問うた。


「我らはそのぉ、見ておるだけで良いのでしょうか?」


 又兵衛は何か吉法師だけが苦渋の状態になっている事が気になっていた。


「よいよい、こういう時のあの人は何を言っても聞かぬ、ここは見守るのみじゃ」


 そう言いながら勝三郎は笑顔を見せた。


 しかしながら山口親子にとってこの時の勝三郎の笑顔は、荒波の揺れる舟の上で、家臣に舞の余興を無理強いするうつけの若殿に見えていた。


「ひ、酷い家臣の使い様じゃ」

「やはりうつけの噂は本当なのではないですか?」


 舟上を右に左に転がる吉法師を見ながら、山口親子は吉法師と思い込んだ勝三郎に嫌悪感を抱くと共に、その顔を急に青ざめさせていた。


 何度か舟上を転がった吉法師は、フラフラになりながら辛辣な声で言った。


「友閑先生、この様に揺れる舟上の場は想定外じゃ、舞う事など叶わぬ」


 舟の揺れは実際のところじっと立っている事すら出来ないほどで、舞などできる状況では無い。吉法師は友閑が無理を承知で難題を吹っかけているのだと思った。


 友閑はそんな吉法師の様子を見定めると厳しい面持ちで言った。


「これはまた異な事を申すますな」


 そう言われた吉法師はその言葉の真意が分からず面を喰らった顔をしていた。すると友閑はそんな吉法師を諭す様に言った。


「揺れる舟上で舞う事が想定外で出来ぬ事と結論付けて良いのですか?これを(いくさ)の話として置き換えて見て下され、想定外の場で(いくさ)となったので負けましたと、と言う言い訳が、領主たる者の言い訳として通るとお思いか?」


 この言葉に何も返せなくなった吉法師に、友閑の言葉は更に続いた。


「しかも吉法師殿は先日那古野で実戦想定として、様々な弓射の条件を家臣に与えて対決をさせておろう、その本人が、自分自身は修練と違って出来ぬ事を、想定外という言い訳けで片付けて良いのか?家臣から見れば道理が合わぬ事、吉法師殿は家臣を鍛える前に、先ず己の力を高める事が肝要じゃ」


 吉法師はこの友閑の言葉に自身の言葉を失っていた。


(グボッ)


 そして吉法師は友閑から目を逸らすと、(うつむ)いて塞ぎ込んだ。


「ん、大丈夫か?」


 その様子を見た友閑は、吉法師が自分の厳しい言葉で落ち込んでいる様に見えた。


 友閑は吉法師を元気付けようと、吉法師の肩に手を掛けようとした時、吉法師はそれを拒絶するかの様に舟尾まで走って行き、船から身を乗り出した。


「危ない!」


 その時友閑は吉法師が自分の説教に落胆し、思い余って舟から身を投げるのかと思った。しかし、それは違っていた。


ゲロゲローッ


 吉法師は船酔いを起こし、苦渋の顔を浮かべながら嘔吐した。


(ぐぇー、気持ち悪い~、もう舞どころでは無い)


 舟上を右に左にぐるぐると転げ回っていたのが原因であった。


 そのぐるぐる転げ回る吉法師の様子を見ていた山口親子も更に顔を青白くし、具合を悪そうにしていた。


「あの供の者は可哀そうに、(グボッ)、ついに船に酔うてしもうたようじゃな、」

「この波の揺れで舞う事など無理と言うもの、(グボッ)、全く酷い扱いをしますね、」

「あぁ、(グボッ)、家臣の扱いは、(グボッ)、酷いな、」

「我らも、(グボッ)、吉法師様が家督を相続されたら、(グボッ、)酷い扱いを受けますでしょうか、」


 山口親子も舟の揺れに耐えられなくなっていた。


ダダーッ


 そして遂に我慢が出来なくなった親子は慌てて船尾に向かうと、吉法師の隣に並び、吉法師と同じ体勢を取った。


ゲボボボボーッ

げろげろげーっ、


 三人は暫くの間、舟尾で並んだ状態のままそこから離れられずにいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 しばらくして吉法師は扇子を落して完全に降参の状態になっていた。友閑が近付くと吉法師は恨めしそうな目で友閑を見た。


(無理な事をやらせるのは酷い…)


 目は口ほどに物を言う、吉法師の愚痴の様な思いは友閑に伝わっていた。


 そんな吉法師を覗き込みながら友閑は言った。


「はっはっは、ぬしは自分はできぬ事をやらされておると思っておるのであろう、然らばそこで見ておれ」


 友閑は揺れる舟上に立ち上がると、吉法師の扇子を拾って舞の構えを見せた。そして揺れる足元を船と同化させながら歌と共に敦盛を舞って見せた。


人間五十年 下天の道を比ぶれば 夢幻の如くなり 

一度生を受け 滅せぬ者のあらざるべきか~


 友閑の舞は舟の揺れに関係なく完璧であった。舞の最後には大きな波飛沫(なみしぶき)が舞い上がり、一層の迫力を演出していた。


(な、なぜあの様な舞ができるのじゃ)


 吉法師は自分が手こずっていた波が、友閑には味方している様に思えた。


 友閑は舟上の舞を通して、どの様な状況でどの様な結果が起きても、全て正面から受け留め、最良の方向に導く事、つまりは将来の領主としての心構えを伝えたいと思っていた。


 しかし吉法師はこの舟上の舞にて、難易度の高い環境で舞える様になる事こそが、将来への覚悟を固める事になると思った。


「続ける!」


 吉法師は船酔いが続く中、揺れる舟上で舞を続けた。


 しかし直ぐにその極意が得られる物ではない。


 吉法師は何度も舟上を転げ回っては舟尾で嘔吐したが、それでも負けずに挑戦し続けた。

 やがて吉法師は自然な体の重心移動が出来るようになり、舟上での揺れの中でも少し舞える様になっていった。


(お、何となくコツが掴めてきた気がする)


 吉法師は一瞬うれしく思ったが、波の状態を見てすぐに、それは舟が波が小さい所を進んでいるだけである事に気が付いた。


(これでは修練にならぬ!)


 吉法師は勝三郎に目の動きと少しの手振りで合図を送った。


 一緒に見ていた又兵衛には、その吉法師の合図を理解する事は出来なかったが、幼き頃より吉法師に仕える勝三郎は、吉法師の表情と少ない合図だけで、思っている事を理解する事が出来た。


「舞の修練にならぬから舟を揺らせと申されておる」


 勝三郎が受けたこの指示に又兵衛は驚いた。


「えぇ、本当にー? え、え、やるんですか、か、か、か、勝三郎さま?」


 小豆坂七本槍と称えられた自分が臆する事を勝三郎は平然とやろうとする。又兵衛は少し勝三郎を主君ぽく感じた。


「深く考える必要無し、行動あるのみじゃ!」

「ぎょ、ぎょ、御意!」


 又兵衛を納得させた勝三郎は、又兵衛を左舷に向かわせ自らは右舷に取り付いた。そして二人は舟を大きく揺らし始めた。


おりゃー!

ザブーン

ザブーン


 これまで波に揺らされていた舟が逆に波を起こしていた。


 しかし優秀な船頭はそんな舟さえ巧みに操り、二人の漕ぎ手も楽しみながら漕いでいた。舟は海上を暴れ馬の様に、あっちこっちと向きを変え、時には舟の動きとは思えぬ、波の上を跳ねる様な動きで進んでいた。


 激しい揺れの中、友閑は涼しい顔で船の旅を楽しんでいる様であったが、山口親子は舟尾の方でもんどりうちながら転がっていた。


「や、やめれー!」

「やっぱり、(ぐぼっ)、あの若殿はうつけじゃ」


 吉法師はこの人為的な揺れの中、時折転がりながらも、必死に舞の修練を行っていた。


 そして吉法師は舟尾の方に転がって行った時、初めて佐馬介に声を掛けられた。


「ぬしも若くして大変よのぉ、そこまでして主君に上手い舞を披露せねばならぬとは、がんばれよ、(グボッ)」


 佐馬介は相変わらず勘違いをしていた。


 勝三郎のことをうつけの若殿と思い、吉法師のことをその若殿にいじめられながら頑張っている立派な家臣と思い込んで応援していた。


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