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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 那古野弓対決(4)

 吉法師が弓対決開催の宣言をして上座の方に戻ると、ようやく対決の準備が整ったのか、家老でこの対決の審判を務める青山が矢道に出て来た。


「皆の衆お待たせ致した。それではこれより那古野城弓対決を始める」


 そう言って青山は参加する六人を呼んで観衆に紹介した。


岡田助右衛門(小豆坂七本槍)

下方左近(小豆坂七本槍)

毛利新助

河尻与兵衛

佐々孫介(小豆坂七本槍)

中野又兵衛(小豆坂七本槍)


 皆が那須与一の扇の的を射た齢十六、七の若者である。四人は先の小豆坂の戦で小豆坂七本槍の功名を得て世間の知名度も高く、黄金の世代と評されていた。


 矢道に居並ぶ六人の中で、一方の端に立つ助右衛門と左近は、戦での功名を得て後、日頃から民衆慣れしており余裕の笑顔で観衆に手を振っていた。


(よぉし、目立っておる、これは尾張中に名を売る良き機会じゃ)

(ふふふ、次の公演の宣伝に持って来いじゃな)


 二人はそう思いながら、先程の与一の舞の一部を披露していた。


 その隣では民衆慣れしていない新助が観衆の視線を受けて恥ずかしそうな様子を見せていた。


(うわー、たくさんの観衆が集まっておる、この中やるのか、格好悪い所は見せられぬなぁ)


 人前で弓の腕前を見せる事自体が初めての新助は、多くの観衆と小豆坂七本槍と言う実績のある参加者が集まるこの対決で、日頃の鍛錬での実力を出し切る事に集中していた。


 その隣の与兵衛は観衆を意識することは無かったが、少し腹を抱えて辛そうな様子を見せていた。


(は、はら減った)


 与兵衛は昨夜また深酒をした挙句に、今朝は寝坊をして十分な食事を取れずにいた。


 グーグーと腹を鳴らせている与兵衛の横では、孫介が緊張した面持ちを浮かべていた。


(この弓対決で儂は勝つ、そして次の戦で更に成果を上げ、儂は儂の城を得る!)


 日頃から独立心の強い孫介はこの弓対決を重く受け止め、自身の将来を導き出す決戦の場と考えていた。


 その孫介の隣では、弓の腕前に絶対の自信を持つ又兵衛がその自信を醸し出していた。


(この弓対決では全ての矢を的の真ん中に当てるのが目標じゃ)


 小豆坂七本槍の又兵衛は尾張でも指折りの弓の腕前を持っており、対決の勝負よりも結果の内容に拘っていた。


 観衆の大きな声援、そして六人がそれぞれの思いを抱く中で、青山の声が場内に響いた。


「弓対決は全部で三本勝負、其の一は動く的対決じゃ」


 その青山の言葉に会場の観衆は騒めき、助右衛門、左近、又兵衛の三人も不思議がった。


「動く的じゃと?」

「何じゃそりゃ?」


 左近の問い掛けに隣に立つ新助が応えた。


「吉法師さまは普通に弓対決を行っても実戦ではあまり意味が無い、対決はなるべく実戦を想定して行うべきじゃ、と青山さまに言われたそうじゃ」


 三人は頷きながら言った。


「ふーん、それが実戦想定ということか」

「なるほどのぉ」

「まぁ、面白そうじゃないか」


 納得した表情を見せる三人に新助は更に笑顔を見せながら言った。


「以前、青山さまは吉法師さまご提案の戦法を不採用に判断されたこともあったのだが、この対決は青山さまが自ら取り組まれている所を伺うと、よほど意味のあることと思われた様じゃな」


 その青山は観衆と参加者に向けて、ノリノリで対決についての説明を続けていた。


「最初は動く的に対しての連射対決じゃ。これは合戦で動く敵に対し、短い時間で何本の矢を当てるかを想定した勝負である」


 ノリノリで観衆に説明する青山を見ていた政秀は思わず呟いた。


「青山の奴、やけに乗っておるのぉ」


 不思議に思う政秀に、隣で観戦する吉法師は笑顔を見せながら応えた。


「あぁ、青山も実戦形式の対決と言うのは、色々と意味があって面白いとか言って、今日朝早くから、色々と案を加えていたからのぉ」


 その話を隣で聞いていた沢彦も、対決が始まるのを心待ちにしていた。


「日頃弓術に縁のない我々も観ていて楽しめそうな気が致します」


 そして沢彦は更に的場の方を指差して言った。


「何ですかあれは?」


 沢彦が指差した的場の隅には、全身を厚板で固められた四人の人が立っていた。


 その背丈の大きさから中に入っているのは明らかに子供である。


「おい何じゃ、儂らこれって」

「青山さま、これ着ているといい事あるよ、とか言っておったが」

「うーむ、これはもしかすると…」


 その板張りされた中に入っていたのは内蔵助、犬千代、九右衛門の三人であった。三人は青山の指示で、その意味が理解できないまま、全身を板張りされていた。


 板張りされた隙間からしか周囲が見えない。そんな状態で三人は不意に四郎に声を掛けられた。


「はい動く的、準備はいいですか、そろそろ行きますよ」


 三人は四郎のこの言葉に驚いて叫んだ。


「やっぱりまとかよー」

「じょうだんじゃない」

「いやじゃ-」


 不満を喚き散らす三人に、同じ格好をした少し大きな子が声を掛けた。


「ぬしら諦めろ、いや、覚悟を決めよ、この城ではよくある事じゃ、この的板は寸法が間違っておって小さい子供しか入れなかったのじゃ」


 勝三郎の声だった。


 しかしその勇ましい言葉とは裏腹に、勝三郎は全身板張りされた格好でその見えない足をブルブルと震わせていた。


(損な役回り…、いや、この場は無心で扇となり行動するのみじゃ)


 勝三郎は矢を放つ与一の覚悟ではなく、射落とされる的の扇に思いをつなげていた。


 その間も四人に的役の指示を出した青山は、観衆に対決の内容を説明していた。


「開始の合図と共に四つの的が動き出す。これに目掛けて参加六人が一斉に矢を放ち、的に当たれば得点となる。時間は会場の皆で数える十の間じゃ」


 青山の説明に会場は大いに沸いた。


「おー、なるほど」

「実戦想定とはそう言うことか」

「面白そうじゃ」


 観衆の期待は最高潮となっていた。


 青山は観衆の方を向いたまま、手を振って参加者の六人に射場の方に向かう様に指示した。そして彼らが射場に歩きかけた時であった。


「よし行くぞ、ぬしら、突っ込め―、わぁー」


 勝三郎は青山の手の振りを対決開始の合図と勘違いし、的場の中央へ向かって雄叫びを上げながら飛び出した。勝三郎に続き悪ガキ三人も大声で叫びながら飛び出す。


「もうやけくそじゃー、うあぁー」

「うをー」

「ぎゃー、ぎゃー、ぎゃー」


 四人の的役が的場で暴れ出した姿を見た観衆は、突然対決が始まったと思い込み、大きな歓声を上げた。


 「は、早いよぉ」


 青山は自分の指示無く的が動き出したことに驚いた。しかし上座で見ていた政秀と観衆はこれが全て青山が見せる合戦の想定だと思った。


「意表を突いた敵の来襲を想定した合戦か、青山め、設定が細かいのぉ」


 対決は合戦で敵に急襲された想定に変わっていた。


「面白い設定じゃないか」


 参加者の六人は急いで射場に走って行くと、弓矢を掴み、動く的に向かって立て続けに矢を放ち始めた。同時に準備されていた太鼓や銅鑼が鳴り響き、会場がまさに合戦の様な騒々しさになると、観衆は誰からともなく声を合わせて数字を数え始めた。


一、二、三、……、


 参加の六人はこの会場の盛り上がりに対決の意気が上がっていた。


「いいぞ、この雰囲気!」

「ははは、面白いじゃねーか!」

「落ち着いて、良く狙って…」

「ぐ~」(腹の音)

「儂は勝つ!」

「よしやるぞ!」


 六人が矢継ぎ早に放つ矢道では、開始の合図をするはずであった青山が、その機会を逸して取り残されていた。


「うお、あぶない、」


 思わず矢道の真中で伏せた青山は、たくさんの矢が飛び交う中、匍匐(ほふく)前進で矢取り道の方に避難していた。


びしゅっ、びしゅ、びしゅっ、びしゅ、びしゅ、びしゅうー、

ばしぃーん、ばしーん、ばしん、ばしーん、ばしん、ずばしーん、


 太鼓と銅鑼と観声の中に、矢が放たれる音と、的役の者たちに命中する音が紛れている。その音が響く度に内蔵助、犬千代、勝三郎は板張りされた中で、驚きの表情を見せていた。


「うわ、こわっ、」

「あぶない、」

「うわ、これ危険すぎじゃ、」


四,五,六、……、


 的場で動き回る的の四人には次々と矢が射掛けられていた。


 本来戦の時と同じ様に、的が動くことで命中率が下がると思われたが。中で動いているのが板張りされて思う様に動けない子供であったため、その動きは遅く、ことのほか矢の命中率は上がっていた。


(こ奴ら、意外とやるな、さすれば)


 又兵衛は他の者たちが思った以上に的に命中させているのを見ると、一つの戦法を思い立った。


 又兵衛は二本の矢を同時に弓に当て、隣の孫介が矢を放つのに合わせて二本同時に放つと、一本は勝三郎の的に当たり、もう一本は隣から放った孫介の矢に当たってその命中を妨害した。


(ふっ)


 又兵衛は狙った通りの二本の矢筋に薄笑みを浮かべた。


 妨害を受けた孫介は初め偶然のことと思ったが、隣で又兵衛が薄笑みを浮かべているのを見て、又兵衛の妙技であることを悟った。

 

(又兵衛め、何ともこざかしい真似を)


 又兵衛はその二本射ちの技で他の者の妨害をしながら、自身の矢を命中させていた。


七、八…、


 そして次に又兵衛が次に放った二つの矢は、同時に内蔵助の頭と右足の防御板に命中した。


「うわぁ」


 内蔵助は態勢を崩して転倒し、顔を覆っていた厚板を飛ばした。目の前にはたくさんの矢が飛び交っている。内蔵助は自分の顔に目掛けて矢が突き刺さる事を想像して恐怖に慄いた。


(あれは内蔵助じゃないか、一体何をやっておるのじゃ)


 孫介はちょうどその時内蔵助の的を狙っていた。


 その的の厚板が外れ、その中に弟内蔵助の恐怖の表情を見た時、孫介は矢を放つ事が出来なくなっていた。


…九、十 


「射ち方やめーい」


 終了と同時に、顔を露わにしている内蔵助の許に勝三郎が駈け寄った。


「内蔵助、大丈夫か?」


 時間にして十数える間と言うのは観る者には一瞬であったが、次から次に矢を受ける的役にとっては非常に長い時間に感じられていた。顔を覆っていた厚板を飛ばし危険な状態になった内蔵助は、終了と共に安堵した後、怒りを示した。


「討ち死にしそうになったわ!」


 勝三郎はそんな内蔵助に笑顔を見せて言った。


「ははは、危なかったのぉー」


 勝三郎は内蔵助の怒りを鎮めるべく笑って慰労していた。


 その時、四郎は四人の的に刺さった矢の本数を確認して回っていた。矢の羽には六色の色が付けられていて、誰が放った矢かを確認できた。


「すごいな、犬千代、殆ど当たっておらぬ」


 四郎が犬千代に殆ど矢が刺さっていないことを確認すると、犬千代は得意気に言った。


「あんな矢になど当たるか、防御の板も要らんかったわ」


 厚板を外しながら自信に満ちた表情でそう言う年下の犬千代に、四郎は思わず苦笑した。そしてまた次に九右衛門の姿を見て、四郎はまた別の理由で苦笑を繰り返した。


「九右衛門は少しくらい避けねばな」


 二人の視線を受ける九右衛門には、体の至る所に無数の矢が刺さっていて、動く毬栗(いがぐり)の様な状態になっていた。


「あぁ、何じゃ、避けて良かったのか?」


 その九右衛門の姿を見て犬千代は呆気に取られた。


「九右衛門、こりゃ壮絶な討ち死にじゃな」


 その姿は奇妙であった。


「うーむ、これは討ち死にと言うか新しい生命体の誕生という感じじゃな・・・、矢を数えるのがたいへんじゃ」


 四郎は一本、一本引き抜いては羽に付けられた色を確認していた。


 四郎が参加者の放った矢の数を集計している時、観衆は最初の対決の感想を述べ合っていた。


「すごい迫力であったのぉ」

「あぁ、まさに合戦の様であった」

「皆良い腕をしておった」

「あぁ、この勝負、誰が勝ったのであろうかのぉ」

「楽しみじゃ」


 会場の観衆はその結果を心待ちにしていた。


 暫くして集計を終えた四郎は、審判役の青山にその結果を記した紙を手渡した。そして青山はその紙を確認すると矢道に出て来て、観衆に向かい結果を発表した。


「助右衛門五本、左近五本、新助四本、与兵衛五本、孫介二本、又兵衛八本、」


 観衆より大きな歓声が上がる。


「又兵衛は八本か、すごいな」

「やはり又兵衛強いな」

「他の者も皆すごいぞ、十数える内にあれだけ射掛けるとは」

「孫介だけ少ないのぉ」


 不甲斐ない結果に表情を曇らせている孫介を遠目に見て、内蔵助は渋い顔をしていた。


(何をやっておるのじゃ、兄者は)


 日頃比較されるのが嫌で、一緒にされることに嫌悪感を抱く内蔵助であったが、家中で自分の面倒を見てくれる兄を心の中では応援していた。


 上座では興奮した様子で沢彦が吉法師に声を掛けていた。


「やはりあの者が強いですな」


 最初の見込み通り、と言う思いで又兵衛の勝利を予想する沢彦に対し、吉法師は冷静に自分の予想を返した。


「いや、意外に差が付かなかった様に思う、もっと差が付くかと思うておった。これはまだ分からぬ」


 吉法師はこの結果を自分なりに考察し、今後の展開を推測していた。


(吉法師、もう目線は立派な領主の様じゃな)


 真剣な眼差しで対決を見ている吉法師を、沢彦は感心して見ていた。


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