第五章 女房鉄砲仏法 那古野弓対決(3)
岡田助右衛門(重善)と下方左近(貞清)は、城外から大勢の取り巻きの若い男女を連れて、御殿奥の曲輪にある弓場に向かっていた。
その集団は二人をはじめ皆が派手な色使いの服を纏っており、さながら新興宗教集団の様であった。
「何が始まるんですか?」
その取り巻きの集団に紛れ込んでいた犬千代は、近くを歩いていた赤尽くめの格好をした男たちに声を掛けた。
「ふゅえ、何じゃおぬし、知らんで来たんか、まぁ、儂らが知ったのも先方じゃがな」
「何でも弓対決らしいぞ」
「あぁ、小豆坂七本槍の四人が激突するとかで、盛り上がっておる」
「見ないと三年の後悔だそうじゃ」
「ははは、那古野の吉法師様はこういう興業的な事が好きだからのぉ」
犬千代は赤尽くめの男達の話に、頷きながら聞いていた。
「おう、ところでこの対決、誰が勝つと思う」
「そぉじゃなぁー」
犬千代の存在を他所に、男達が勝者の予想についての話をし始めた所で、犬千代は歩みを止めた。
「なるほど、と言う事の様じゃ、やっぱり来て良かったな、面白そうじゃ」
そう言って後ろに振り返ると、そこには内蔵助と九右衛門が立っていた。
「あぁ、そうじゃな」
「学問より面白そうじゃ」
三人は助右衛門と左近が引き連れている取り巻きたちと一緒に、対決の弓場に入って行った。そして大勢の観客からの声援と拍手を耳にした。
「おー、いよいよじゃなー」
「さて、誰が勝かのぉー」
観客の皆が期待する中で、勝三郎と四郎が慌てた様子で、審判長としてこの対決を取り仕切る家老の青山与三右衛門に何事かを伝えている。
助右衛門と左近は観客に大きく手を振りながら射場に向かっていて、そこでは対決の相手となる孫介、新助、与兵衛、そして又兵衛の待ち受けていた。
「おい内蔵助、あれ、おぬしの兄者じゃないか?」
犬千代が指差した先には、射場で入念に弓矢の調整を行っている内蔵助の兄の佐々孫介がいた。
「本当だ、どうやらこの対決に参戦する様じゃな」
そう言う九右衛門の横で内蔵助は憮然とした表情を見せていた。
「すごいな、内蔵助は、小豆坂七本槍の二人がおぬしの兄者なんだから」
家の事とはいえ自分の事ではない事を羨ましがられても嬉しくない。犬千代の更なるこの言葉に内蔵助は更に気分を悪くした。
「言うな」
内蔵助は同じ佐々家で隼人正や孫介の立派な兄たちと比較される事を嫌っていた。生活全ての行動で家名を重んじ、家臣の見本の様な優秀な二人に対し、自分は自分の思うがままに生きたかった。
我がままと言われ、兄たちとの比較されながら家命としてこの那古野には来たが、家のために努めようと言う気にはなれずにいた。
(兄者がまたここで勝てば、儂はまた比較されてしまうわ)
内蔵助はこの対決自体は面白そうだと思っていたが、自分の兄が出ている事に対しては良い思いはしなかった。
内蔵助が憮然とした表情を見せる中、犬千代は九右衛門にも向かって言った。
「そう言えば九右衛門、ぬしの親父殿も小豆坂七本槍であったな」
九右衛門の父は、織田造酒丞でやはり先の小豆坂の戦で、七本槍の功名を得ている。この犬千代の言葉に九右衛門も少し困った顔をして応えた。
「そうなのじゃ、今日はおらん様で良かった、いついつも儂は小豆坂七本槍の息子と言われ、皆から期待されるばかりで困っとる。はっきり言って・・・」
「迷惑じゃ!」
ここで内蔵助と九右衛門は声を合わせていた。
「ふーん、そんなもんかのぉ」
前田家には近年その様な功名のある者がいない。
(身内に名誉ある者がいると言うのも大変になることがあるのじゃな)
犬千代は少し不思議がっていた。
そんな時、助右衛門と左近に慌てて何事か指示を出していた家老の青山が、その後、三人の方に急ぎ近寄って来て言った。
「ぬしら、ちょっと急の用じゃ、こっちに来い」
三人は突然家老の青山に声を掛けられて、学問の方をさぼった事を咎められるのではと思い、躊躇しながら近寄って行った。
「あ、青山さま、如何されました」
「何か、ありましたか?」
そう問い掛ける三人に対して、青山は少し慌てた様子で言った。
「まぁ、良いから三人とも急ぎ儂に付いて参れ」
そう言うと、青山は射場から的場の方に向かって歩き出した。
「何ですか?」
三人は青山に理由を問いながら、その後を付いて行った。
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岡田助右衛門と下方左近は弓場の射場に入ると、そこで待っていた孫介たちに声を掛けた。
「よぉ孫介、久し振りじゃな、新助と与兵衛も元気そうじゃな?」
「孫介、その袴の柄はもう古いぞ」
孫介は対決の場にあまりにも派手な格好をした助右衛門と左近を見て、呆れた顔をしていた。
「ぬしらは相変わらず途方もない派手さじゃな」
孫介たち三人も由緒正しき武士の姿からすれば派手な格好であったが、弓を引く実務として考えれば支障の無い恰好であった。しかし助右衛門と左近のその格好はその度を超えていて、もはや弓対決を行う様な格好ではなく、派手な舞を演ずる様な格好であった。
「ぬしらが披露する武芸の武は、武じゃなくて、舞じゃないのか?」
孫介は皮肉を込めて言ったつもりであったが、二人は逆に真剣な面持ちで言い返した。
「おっ孫介、良く分かったな」
「さすがは孫介じゃ」
そう言うと二人は何もない空間となっている矢道に飛び出した。
「おい、何をする気じゃ?」
慌てて声を掛ける孫介に、助右衛門が一度振り向いて答えた。
「前座じゃ」
その言葉を聞いて、孫介は叫んだ。
「おいおい、本当に舞う気かよ!」
観客から見えやすい矢道の真ん中で、対決の前に舞を披露する二人に、孫介はまた呆れていた。
「又、射るなよ」
左近は試射をしていた又兵衛に注意を促して矢道を歩き、その中心を目指していた。
会場にいた観客は突然矢道に出てきた二人が何をしに出てきたのか分からず騒然としていたが、二人と一緒にいた取り巻きたちには何が行われるか分かる様で、大きな歓声を上げていた。
二人が矢道の中央で左右に並びの体制を作り、会場は静まり返ると、二人は一呼吸置いて、静かに羽織の裾を持ってパタパタと靡かせた。
先ずその場で一回りした後、助右衛門が舞を演じた。
白海に~、浮ぶ軍船、射てみよと~
女人掲げる、扇の的
続いて左近が舞を演じる。
義経の~、命にて射るは、若き与一
南無八幡、生死を賭ける、白羽の矢
そして最後は二人で舞を演じた。
一閃に、はらりと海に、舞う扇
武運長久、ここに極めし~
二人の舞は華やかな衣装と共に見事で、観客からは大きな拍手と喝采が起きていた。二人が披露したのは、越前幸若舞の那須与一の演目で、これから行う弓の対決の前座として、合致する心境を作り出す効果的な演出であった。
二人は演目の終りに、ちらっと的場の方にいる青山の方に目を配ると、青山がしきりに両手を左右に広げる仕草を見せているのが見えた。
どうやらこの二人の前座の舞は、対決の運営上で発生している対応のための時間稼ぎで、青山はもう少し引き延ばせと言っている様であった。
二人は困った挙句、無理矢理終りかけていた演目を続けた。
そーれ、
よいよいち~、よいよいしょ~
よいよいちぃ~、よいよいしょぉ~
よいよいち~、よいよいしょ~
よいよいちぃ~、よいよいしょぉ~
二人の舞は最後、本当に時間稼ぎの、だらだらの状態となっていった。
最初は見応えのあると思って観ていた観客も、そろそろいい加減にしろ、と思い始めてきた頃、二人のいる矢道に吉法師がやって来た。
「彦右衛門、左近、二人とも良き舞であったぞ」
吉法師の登場に、後は吉法師が何とか間を持たせるであろうと、少し二人はほっとした笑顔を浮かべて舞いを終えた。
そして吉法師は観客の方を向くと、持ち前の大声で、この城の城主として、そしてこの対決の主催者として、集まった観客に堂々とした挨拶の言葉を述べた。
「皆の衆、今日は突然の開催決定にも関わらず、良くこの弓対決に集まってくれた。今日対決に参加する者は皆、齢十六から十七の者たちである。そして先程彦右衛門と左近の二人が披露した演目の那須与一が、源平合戦の折、扇の的を射たのも丁度十六の頃と言われておる。もし外せば切腹して果てよう、そう思いながら放った与一の一矢、それは相当の覚悟であったであろう。この対決はそんな与一の思いを感じながら実戦を想定して行うものじゃ。そしてこの対決は、他の若い衆にもよくよく参考となるであろう、儂も楽しみにしておる」
この対決は単なる興行ではない、観客の皆も参加者の六人も、吉法師の言葉からこの対決に込められた奥深い思いを感じていた。
吉法師は今一度六人の参加者、そして周囲の観客を見渡すと、一層声を高めて叫んだ。
「ここに那古野城与一杯の開催を宣言する!」
この吉法師の言葉に参加者には一層の気合が入り、観客の皆には一層の期待が膨らんでいた。
沢彦宗恩も観客席から吉法師の話を聞き深く感嘆していた。
(弾正忠、ぬしは物凄い嫡男を得ておるのかも知れぬぞ、今ここにいる皆が吉法師の世界の中におる、少なくともこの場は吉法師の天下となっておるのじゃ)
沢彦宗恩の隣では政秀が涙を見せながら吉法師の言葉に感動していた。
(若、もはや若はこの爺の考えの及ばぬ所におられる)
必要だと自分が判断すれば、反対意見があっても押し通す。その時は理解されなくても、結果で理解してもらえば良い。時折城主、そして領主にはそう言う対応が求められる。
先程口にしていた小言は奇麗に消え去っていた。




