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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第五章 女房鉄砲仏法 那古野弓対決(1)

 尾張那古野城では城内のあちらこちらで若者たちが様々な鍛錬に励んでいた。


 棒術、剣術、弓術、馬術、格闘術、皆がそれぞれの指導役の下、真剣な面持ちで取り組んでいる。またその一方で、城内所々の曲輪の中では学僧による国学や算学の学問のほか、兵法学、暦学、史学、政治学など、幅広い講義が行われていた。


人の才が国を支える


 それは家老平手政秀の国政にかける教育の方針で、政秀は尾張領内の武家や商家、豪農の家などから、多くの将来有望な若者を集めて、将来の国を担うべき教育を行っていた。


 しかしその様な立派な教育の方針とは裏腹に、若者たちは皆ならず者か、傾奇者の様な派手な成りをしていて、とても一国の将来を担う者たちには見えなかった。


 その原因はこの城の城主、吉法師にあった。


 若者たちはその才を見込まれて那古野へ来た後、城主らしからぬ派手な格好で個を主張をする吉法師に感化され、次第に自分たちもそれぞれの個を主張する格好をする様になっていた。いつしか那古野の城は、個の主張を競い合う最新の流行発信基地の様になっていた。


 城内の視察を行っていた家老の平手政秀はそんな若者たちを悩ましげな顔で見ていた。


「はぁ~、何か妙な集団になってきておる…」


 政秀はため息をつきながら、自分が描き続けていた理想の教育方針が何かずれている様に思っていた。


「はぁ~」


 そして政秀が三度目のため息をついた時だった。政秀のもとに門番の若者が息を切らしながら走り寄って来ると、慌てた様子で言った。


「はぁはぁ、ご家老様、今大手門の方にたくさんの民の者達が詰めかけております。如何すればよろしいのでしょうか?」


「何じゃと、民が!」


 政秀は突然の事態に驚きの表情を見せて叫んだ。すると更に別の門番の男が駆けつけて来て、政秀に言った。


「ご、ご家老様、今民の者たちに大手門を突破されました。たくさんの民が城内に流れ込んで来ております」


「なにー、何じゃ、一揆か、いかん、若が危ない」


 政秀が真っ先に案じたのは、自身が傅役となっている吉法師の身であった。政秀は急いで城主の吉法師のいる本丸御殿の方に向かって走って行った。


(なぜだ、なぜ一揆など起きるのじゃ、理由が分からぬ、いや、とにかく先ずは若の無事が一番じゃ…、若ぁー)


 傅役として弾正忠家の嫡男である吉法師に何かあってはならない。そして既に城門は破られているとなると、城を脱出するとしても一刻の猶予も無い、政秀は自らその老体に鞭を打つかの様に、全力で本丸御殿へと向かった。


 やがて政秀は体をふらつかせながら、ようやく御殿の入口に着いた時、ちょうど吉法師に直接仕えている千秋四郎と池田勝三郎が御殿から出て来た。政秀は息を乱しながら二人に問うた。


「はぁはぁ、四郎、勝三郎、若はどこじゃ、民の者たちが一揆を起こし、城門を破って、城内に乱入しているらしいのじゃ、ここは危ない」


 逼迫した様子の政秀を見て、四郎と勝三郎は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに思い当たる節がある様で、笑顔を見せ合った。


「ご家老様、それならば御安心下さい、その民の者たちを城内に呼び入れているのは吉法師さまご本人ですから」


 その四郎の言葉を聞いて、政秀はまた驚いた表情を見せた。


「な、何じゃと」


 すると今度は勝三郎が政秀に言った。


「吉法師さまでしたら、今その民の者たちを迎い入れるため、その城門の所に行っておりますよ」


 政秀は勝三郎の方を見て言った。


「な、何と、若は城門におるのか、若は一体何をされようとしておるのじゃ?」


 政秀には吉法師の行動が理解できなかった。


「あれ、ご家老さまは吉法師さまから何も伺っておりませぬか?」


 勝三郎は政秀に不思議そうに訊ねると、政秀も困った様子で答えた。


「いや、何も聞いておらぬ」


 家老の政秀が、今城内で起きている事を把握できていない。四郎と勝三郎は少々違和感があったが、その原因が吉法師であれば止むを得ないと思った。


「ご家老さまではなく、ご苦労さまですね」


 勝三郎は政秀には聞こえない様な小声で、四郎にそう言うと、四郎は思わずプッと吹き返した。その様子を見て、政秀は言った。


「何じゃ、若は一体何をされようとしておるのじゃ、何がおかしいのじゃ?」


 軽い混乱を起こす政秀から、変な形で追及を受ける様になった四郎と勝三郎は、政秀に言った。


「ではご家老さまも一緒に参りましょう」

「何じゃどこへ行くのじゃ」

「まぁまぁ」


 二人はそう言うと、孫がお爺さんの手を引く様にして、政秀を御殿の奥に導いて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 那古野城の大手門の前では、吉法師が加藤図書助とその子の弥三郎と共に、来城する民の者たちを迎えていた。


 吉法師は橙色の派手な羽織を纏うと共に、頭には朱色の紐でまとめた茶筅髷を大仰しく仕立てており、見た目ではとてもこの城の主には見えず、成り上がりの商家の子の様であった。


 武家の品格を問われれば問題であるが、逆に民に対して身分差を感じさせない姿であった。このため吉法師の顔を知る民の中には、気軽に声を掛け、手を振る者が多くいた。


 そして何人かの者たちが通り過ぎた後、吉法師は七人の集団で訪れた中の一人から、挨拶されると共に話を掛けられた。


「吉法師さま、盛況の様ですなー、今日は楽しみにしておりますぞ」


 その男は熱田湊で吉法師がその安全を庇護すると共に、日頃良く訪れる宮宿の主人であった。吉法師はその主人の顔を見ると笑顔を見せて言った。


「おぉ、宮宿屋、良く来たのぉ」


 吉法師は客人を連れて来た宮宿の主人を笑顔で迎えた。吉法師は度々熱田湊に赴いてはこの宮宿に寄っていたが、それには理由があった。


 宮宿は湊を利用する他国の商人の宿泊場所として出入りが多く、商人の間の情報交換の場所となっていた。吉法師はそんな彼らを庇護しながら、直接話をする事により、様々な他国の生の情報を直接得ていた。その時に武家ではない、相手に同業と思わせる様な格好は、相手の懐に話を持って行く中で最適であった。


『彼を知り己を知れば百戦危うからず』


 吉法師は自身の行動方針を決める上で、平田三位より教わった孫子の兵法を、自身で最適な形を見出し実践していたのであるが、この時その吉法師の真意を知る者はおらず、単なる変わり者の若城主と思われていた。


 宮宿屋の男は背後にいる客人らしき六人の男たちを指し示しながら言った。


「ちょうど商いで湊に寄っていたこちらの者たちに、この催しの話をしたら是非観たいと申しまして、本日は一緒に連れて参りました」


 その宮宿屋の男の言葉を聞くと、吉法師はその男の後ろに六人の男がついているのを確認して言った。


「そうか、じゃぁ、七人で七文じゃな」


 そう言って吉法師は手を差し出した。


 他の者たちは、城主であるはずの吉法師が自ら入場料を催促する姿に少し驚いた表情を見せたが、吉法師を良く知る宮宿屋は笑顔を見せながら、懐から全員分の銭を差し出した。


「ははは、ではこれで」


 吉法師は受け取った銭の数を確認すると宮宿屋に笑顔で言った。


「確かに、ではゆっくり観て行ってくれ」


 そう言うと吉法師は皆を城内に通した。


 その後、六人の宮宿屋の客人たちは、城内に入り、吉法師の姿が見えなった所で、一斉にその印象を宮宿屋に伝えた。


「いやいや、たまげた、あの御年で何という大人の対応じゃ」

「全くじゃ、あの成りからすれば、城主や武家の嫡男には見えぬが」

「あぁ、商家のうつけの若者にしか見えぬが、見た目とは全く違うのぉ」

「うむ、商いを良く知っており、商才もありそうなご城主さまじゃな」

「いや、商いだけでなくこの世を良く知っておる様じゃ」

「まさに、これから世を動かそうとする御子じゃな」


 六人が六人とも驚きを声を上げていた。


「ははは、面白い御子であろう」


 宮宿屋の男は自分が良く知る若き城主の吉法師を、商人の皆が絶賛している事に上機嫌になりながら、城の奥の曲輪へと向かっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おぉ、良く、来てくれたのぉ…、では1文」


 吉法師はその後も引切り無しに城を訪れる民に、笑顔を見せながら入場料を取っていた。


 その時であった。


「吉法師殿」


 吉法師が声の方を振り向くと、民の列の中に一人の袈裟姿の男が並んで立っているのが見えた。


 僧籍の者が観戦に訪れるのは珍しい、吉法師は一瞬そう思ったが、その男の顔を見ると、喜び勇んで駆け寄った。


「沢彦様!」


 吉法師がその名を呼ぶと、民衆の列の周囲は騒然となった。沢彦宗恩、尾張の誰もがその名を知る高僧であった。


 吉法師は沢彦の前まで来ると、驚いた表情をして言った。


「びっくりしましたよ、まさか沢彦様が来られるとは、では1文」


 屈託なく沢彦にも入場料を要求する吉法師であったが、この言葉に対して沢彦は困った表情を見せていた。


「吉法師殿、このたくさんの民衆、一体城内で何が行われるのじゃ」


 僧籍の自分がいても問題無い事であろうか、沢彦は知らないという事に不安があった。


「あれ沢彦様、何が行われるのか知らずに来られたのですか、では是非来てください、きっと面白いですから」


 吉法師はそう言うと、続けて図書助と弥三郎の方に向かって言った。


「図書助、弥三郎、悪いがここを頼む、儂は沢彦様を城内に案内する」


 吉法師は二人から了解の合図を得ると、沢彦の背中を押して入城を促した。


「さぁ、沢彦様、行きましょう」


 城で何が行わるのか分からない不安はあったが、沢彦は意を決して入城する事にした。吉法師に導かれながら、城内を奥へと歩いた後、沢彦は更に困った顔をしながら小声で吉法師に言った。


「吉法師殿、誠に申し訳無いのだが、儂は銭を持っておらぬ」


 この沢彦の言葉に吉法師は笑って言った。


「ははは、沢彦様、構いませぬ、では私が出しておきます」

「すまぬ」


 申し訳無さそうな様相の沢彦を連れ、吉法師は城内を本丸御殿の奥の曲輪を目指して歩いて行った。


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