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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第四章 孫子の兵法(11)

「あぁ、何か魚臭い、吉法師様、もう用は済んだのですから早くお城に戻りましょう」


 腹の中も懐の中も食材でいっぱいになっていた勝三郎は、今日一日の疲労感を漂わせながら吉法師に言った。吉法師も腹いっぱいの上に、両腕に抱えきれない程の尾張名産の食材を手にしている。


「何を言うておるのじゃ、勝三郎、まだ用は済んでおらぬぞ」


 そう言って、吉法師は別の場所へと向かって行く。


「えぇ、もう食べられませぬ」


 勝三郎は吉法師の言葉に驚きながら、その後を付いて行った。


 やがて吉法師と勝三郎は通りの角にある饅頭屋の前を曲がった時、その店の前で見覚えのある三人の子供が(たむろ)っているのが見えた。

 

「あ、あいつらは」


 昼間に那古野の城で暴れた内蔵助、犬千代、九右衛門の三人の子であった。三人は昼間暴れすぎて腹が減った上に、銭を持っていないのか、木箱に乗っかり、物欲しそうな顔で饅頭屋を覗いていた。


「何をやっているのじゃ、あやつらは?」


 そう言う勝三郎をおいて、吉法師は三人の後ろから静かに近付き、突如大声を上げた。


「わっ!!」


「うわーっ、」

「ひゃっ、」

「ぶわっ、」


 突然の声に三人は驚き、乗っていた木箱をひっくり返しながらその場に転げ落ちた。


「あっはっはっ」


 その三人の様子に吉法師は大笑いし、その後ろで勝三郎も含み笑いをした。


 犬千代と久右衛門の二人は地面に転がりながら一瞬何事が起きたのか、と言う顔をしたが、その声の主が那古野の吉法師だと分かると、泣き顔を見せながら頭を下げ吉法師に詫びを入れて来た。


「ぐすっ、きちほうしさま~、ひるまはすみませんでした~、ぐすっぐすっ」

「ひくっ、おしろよごしてしまって、ひくっ、ごめん、ひく、なさい」


 三人は武士の子として鍛錬の始めに那古野城を見学に訪れたものの、途中で城を飛び出した挙句に家中の者達と逸れ、途方に暮れていた様であった。


 しかし、この三人の中で内蔵助だけはぶすっとした表情のまま、許しを乞う事も無く、逆に驚かされた事に腹を立てている様子を見せていた。


「ほら、くらのすけもあやまれよ~」


 犬千代は三人で謝る事が必要だと思い、内蔵助に吉法師への謝罪の言葉を即したが、相変わらず内蔵助はぶすっとした表情をしていた。吉法師はそんな内蔵助に少し笑みを浮かべながら、三人に向かって言った。


「まぁ良い、別に儂はもう気にしとらん、それよりぬしら、ちょっと儂に付き合え」


「えっ、何、何かおごってくれるのか?」


 吉法師がそう言った時、真っ先に笑顔で飛びついたのは、それまでずっとぶすっとしていた内蔵助であった。


「はっはっはっ、こやつは調子いいのぉー、腹が減っているのであれば、ほら、先ずこれを食え」


 そう言うと、吉法師は木箱の上にごちゃごちゃした食材の山を置いた。それを見た勝三郎も懐の中に突っ込まれていた食材を取り出して、その木箱の片隅に並べて置いた。


 木箱の上には色々な食材が置かれたが、元々それらはその場で吉法師に食してもらう物であり、それらが無造作に混ざった状態には統一感が無く、見た目の印象も悪かった。


「なんじゃこりゃ、ひろってきたのか?」


 内蔵助はその差し出された食材の見た目の悪さに、思わず怪訝な表情を見せて言った。続けて九右衛門も言う。


「わしらいぬじゃないですよ」


 そう言う九右衛門の前で、犬千代はもう空腹の限界なのか、その食材に手を付けようとしていた。


「あ、こいつは犬ですけど」


「ちがう、わしはいぬちよじゃ」


 九右衛門にそう言い返しながら、犬千代はその食材の山に一つ、二つと手を付けていた。それを見ていた内蔵助と九右衛門も空腹への我慢が出来なくなっていた。


「くえるなら、わしにもくわせろー」

「わしもくう」


 そう叫んで、木箱の上の食材に手を付け始めた。


「うまい、しかしほんとうにだいじょうぶなんじゃろな?」


 怪訝そうな表情を見せながら疑っている内蔵助に、吉法師は笑顔を見せて応えた。


「大丈夫じゃ、みんなさっきその辺でもらったもんじゃから、ほらそれ、饅頭もあるに」


 吉法師がそう言った時、食材の山の中にいくつかの饅頭が見えていた。それを見た内蔵助はまた急ににこやかな表情に変わった。


「あー、さんしょくまんじゅうじゃぁ、いただきまーす、もぐもぐもぐ…、うわ、なんじゃこのまんじゅう、すっぱい!」


 驚きと悩ましげな表情を見せる内蔵助に、吉法師は笑いながら言った。


「はっはっは、それは当たりじゃ」


 その後、吉法師は勝三郎と、三人の子等を連れて通りの奥の店へと向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 那古野の城では林秀貞と平手政秀の家老の二人が茶の湯の一服を終え、明かりを灯した一室で吉法師の帰りを待っていた。


「遅いのぉ、若殿は、一体どこまで行かれたのかのぉ」


 秀貞は吉法師の帰りが遅く心配、と言うよりは自身の一日の仕事が長時間に及ぶ事に対して、愁うと共に苛立っていた。


「三位殿の言われる目標設定と戦略立案と、もう一つの重要な事というのは何であったのでしょうかね」


 政秀は三位がお題に挙げていた三つの大事を、再度思い返していたが、もう秀貞の興味はそこには無くなっていた。


「もう、どうでも良いわ」


 秀貞はどうせ大した事ではなかろうと、憮然とした返事を返していた。


 その時であった。


「ご家老!、ご家老!」


 部屋の外からドタドタと廊下を走り寄って来る男の声がしたかと思うと、無造作に部屋の襖が開けられた。


「なんじゃ、騒々しい」

「ご家老、大変です、一大事でございます」


 入って来たのは二人の若い城番の者達であった。


「何じゃ、如何した」


 二人の尋常ではない慌て方に、家老の二人は少し慌てて聞き返した。すると城番の一人が息を整え一言発した。


「若殿様が…」


「何じゃ、若が如何した?」


 政秀は若という言葉に反応し、珍しく相手を威圧する様な面持ちで問い質した。


 政秀の脳裏にこれまで傅役として見てきた吉法師の成長が走馬灯の様に浮かんでいた。爺と言って可愛い幼子の吉法師が自分の教えの中で、強く、逞しく、そして自身の意見を持つ様になって今日に至っている。この先も無事に元服させる事が自分の使命である。政秀は走馬灯の最後に立派な吉法師の元服した凛々しい姿を思い描いていた。


(何かなど絶対あってはならない)


 そう思いながら発している政秀の威圧感に、若い門番が戸惑っている中で、今度は秀貞が問い質した。


「何じゃ、どうしたのじゃ」


 秀貞はこれまで実質的にこの那古野の城を城代という様な立場で取り仕切って来たが、最近は吉法師が成長と共に、度々問題を起こす様になり、危惧する機会が増えていた。


「そ、それが…」


 城番の二人が家老の二人にそう呟いた時だった。


「爺、今帰ったぞー」


 そう大きな声で叫ぶ吉法師を見て秀貞と政秀の二人は仰天した。


「わかー、何ですかその格好はー!」


 吉法師の格好は城を出て行く時の立派な若殿様の格好とは異なり、頭は髻を派手な紅色の紐で巻いた茶筅髷に仕立て、上着は派手な柄の湯帷子を一方の袖から腕を出して着ており、下は半袴をはいている。もはやしきたりを重んじる武士とは程遠く、だらしない今時の町人の若者の様であった。


「わ、か…」


 政秀は何か自分の意識が薄らいでいくのを感じていた。あまりにもこの吉法師の変貌した姿は衝撃的だった。薄まって行く政秀の脳裏に再び幼き可愛かった頃の吉法師の姿が走馬灯の如く駆け回っている。


(わかー!)


 政秀が気を失う瞬間に見たものは立派に元服の姿ではなく、今の最新の姿であった。


「ご家老、ご家老、お気を確かに!」


 城番の若者が政秀に駆け寄っていく横で、秀貞は戸惑いながらも必死にこの状況を理解しようとしていた。


「何? 何? 何? どういう事? 若? それ何? 三位の教えなの???」


 そう言って秀貞が吉法師を問い詰めていると、後から内蔵助、犬千代、九右衛門の悪ガキ三人が笑いながらズカズカと部屋に入って来た。


彼等もまた茶筅髷を施しつつ吉法師と同じ様な格好をしている。彼等は部屋に入るや否や互いの髷を引っ張り始め、部屋の中は一気に騒がしくなっていった。


「何じゃ、おのれらまでー」


 そしてその三人の後ろにはやはり同じ様な格好をした勝三郎が控えていた。しかし勝三郎は自分の意に反してさせられているためか、少し困惑した表情で目立たない様に後方で控えめにしている。


 三人の子等は部屋の中をうろちょろしたかと思うと、面白がって色々な部屋の中の物を弄っていた。


「こら、それはいかん、触るな!」


 秀貞は段々と頭がおかしくなりそうな気がする中で、吉法師に問い詰めて言った。


「若? 目標設定と戦略立案と共に重要な事を聞くために三位の後を付いて行ったんじゃよね? それがこれ? うつけなの? うつけになる事なの? 分かんない? 訳分かんない? 若分かんない?」


 秀貞の言う事が徐々におかしくなっていく。


 一方の吉法師は若い商人の間で流行の最先端となるうつけの格好を身にまとい畏怖堂々としていた。それは情報が大事という三位が与えた教えの一端であるが、それが弊害となり、最新の流行であるうつけの格好に至る背景について周囲の目からは理解できない。


やがて秀貞は錯乱状態に陥った。


「あははははっははははっはー、ははああっはー、」


 様子がおかしくなった秀貞の笑い方を見て、政秀を介抱していた城番の若者は思った。


(家老の一人は錯乱、もう一人は気絶、そして城主はうつけ、大丈夫じゃろかこの城は…)


 この後、尾張の国中に那古野城主織田弾正忠家の嫡男がうつけになったという話が広まっていった。



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