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第一章 吉法師(2)

 勝三郎への説教は小一刻ほど続いた後、しっかりしてよ!と言う秀貞の言葉で終いとなった。この言葉も本来吉法師に向けてのものであったが、本人にその意識は無い。秀貞は政秀にブツブツと不満を漏らしながら御殿の奥へと去って行った。


 その後吉法師と勝三郎は小石を拾っては庭園の真ん中にある大きな灯篭に投げつけて遊び始めた。二人は普段主君と家臣の関係にあるが、遊ぶ時は普通の子供同士となる。その時勝三郎は憮然とした表情で、先程の憂さを晴らすかの様に小石を投げつけていた。


 二人の投げた小石は灯篭の周辺であちらこちらに散乱し、中には的を大きく外れて庭園の遠くの方まで飛んでいる物もあった。その奥では先程の庭師の男が迷惑そうな面持ちで二人を見ていた。


 戦国の世において石投げは合戦で相手を挑発する一つの戦法であり、甲斐武田軍の石礫隊などが諸国に知られていた。子供心にいつも吉法師に負けたくないと思いながら鍛錬を行っていた勝三郎は先程の説教の事もあり、この石投げを遊びではなく吉法師との鍛錬に通じる競争事の一つとして捉えていた。


 どちらがうまく小石を当てられるか、と真剣な表情で石を投げ込む勝三郎に、吉法師は先程の馬乗りのことを挙げて野次る様に声を掛けた。


「しかし勝三郎は馬乗りが下手じゃのぉ」


 この言葉に勝三郎はカチンとした。


 確かに幼き頃より手綱を握って過ごして来た吉法師は、家中でも大人顔負けの手綱捌きで、今の自分では到底及ばぬものある。この石投げであれば自分の方が上手いと思ってはみたものの、馬乗りに比べると勝負の質として低い気がする。暫し考えた後、勝三郎は吉法師に勝てそうな鍛錬を思い付き得意気に話を切り出した。


「吉法師様、確かに馬乗りは吉法師様に敵いませぬが、槍構えは私の方が上手ですよ、この間もお師匠様から吉法師様より上手いと褒められましたし」


 この勝三郎の反論に対して、吉法師は何か少し思い当たる事があるのか、一考の様子を見せた。


「いや勝三郎、あれは槍に問題があるのじゃ!」

「は?」


 その吉法師の思いも寄らない応えに勝三郎は首を捻った。


「つまらぬ武器とは思わぬか、勝三郎?」


 尚も問い掛ける吉法師は日頃槍について考える所があった。


「槍柄は重くすると動きが遅くなりやられる、ならばとしてその柄を軽くすると柄は折れやすくなりまたやられる。ではとその間を調整し、最良の柄を得たとしても、重なる突き合いの中で消耗し、結局いつかは折れてやられる」


 吉法師はそう言うと近くに落ちていた小石を拾い、更に振りかぶりながら叫んだ。


「そんな物に戦で己の命が預けられるのか!」


 そう言って投げた吉法師の小石は的の灯篭を大きく外れ、奥の植木に命中した。その横ではまた庭師が気分を損ねている。


 その様子を見た勝三郎は槍の話も石投げも全く別な方向に飛んでいると思った。モヤモヤする勝三郎を他所に吉法師は更に話を続ける。


「それに槍は力のある者が有利だが、戦の中では皆から狙われやられやすくやられる。常に勝つという事を考えた時、その様な中途半端な武器では成し得ぬというのが結論にじゃ」


 吉法師は子供ながら日頃から如何にしたら戦で常に勝ち続けられるか、ということを考えている様であった。


「もっと何か戦で毎度圧倒的に勝つ方法はないかのぉ」


この言葉に勝三郎はまた吉法師が訳の分からぬ悩みを持っていると思った。


 武士は古来より槍、刀、弓を持って戦うものである。そこに疑問を持つこと自体がおかしく、武士としては黙って鍛錬し個の力を高める事が自然だと思う。勝三郎は吉法師の槍に対する考えは自身の腕が上達しない事への言い訳なのであろうと思った。


吉法師も勝三郎も戦で勝ちたい、と言う思いは同じである。しかし吉法師は領主としての視点であり、そこに掛けた費用に対する効果を算段し、よりその効果を高めるための追求を行っている。その様な考えは一兵卒である勝三郎には理解できない。


 吉法師が戦に用いる武器について熟慮を始める。


「接近戦で毎度有利に戦うにはやはり刀より槍だな、戦での動きの無駄は少なく済むし何より安く作れる、やはり槍を何とかするしかないか……」


 吉法師は一度物事に悩み始めるとその解決策を求めてとことん悩む性分であった。そのためその解決策が得られないと悩みはどんどんと深みに嵌って行く。


「槍柄の木材で何か良い物があれば……、軽くて丈夫なもの……、もしかすると矛盾した要求となるのか……、うーん……」


 先程の説教と同じくこの悩みに関しても始まると長くなる。いつ終わるのだろうか、勝三郎はうんざりしながら聞いていた。


「だめだ、やはり考えれば考えるほどつまらぬ武器だ」


 吉法師が悩みを解決に持っていけず苛立ちを見せ始めた時、勝三郎もうんざりする気分の限界を超えて言葉を走らせた。


「吉法師様、それは御自分の槍の腕が上達なさらない理由ですか、その様な理由の方がよっぽどつまらないですよ」


 瞬間的に吉法師の拳が飛ぶ。


「うるさい!」

ポカ!!


 吉法師は思わず勝三郎の頭を小突いた。


「あた、も、申し訳ありません!」


 勝三郎は迂闊に走らせた言葉を表向き詫びつつ、苦い顔で吉法師のことを考えていることが理解し難い面倒な人と思っていた。


 二人の石投げはこの後しばしの間続いていたが、最初に始めた頃とは反対に今度は吉法師の方が憮然とした表情で投げ込んでいた。


バシッ!

ビシッ!


 その後二人の石投げの命中率が高まっていた時であった。御殿の奥から胸に甲冑をまとった一人の足軽の男が走り寄って来ると、吉法師の目の前で地面に片膝を付き大きな声で叫んだ。


「吉法師様、ご報告致します。昨日三河小豆坂にて駿河の今川勢、三河の松平勢と激突、激戦の末お味方の大勝利でございます」


 その男の報告が伝えられた瞬間、吉法師の周囲で大きな人の歓声が湧き上がった。


「よっしゃー、大勝利!」

「おぉー、めでたいことじゃー!」

「尾張ばんざーい、織田家ばんざーい!」

「勝ち戦じゃぁ、さすが弾正忠様じゃー!」


 足軽の男は三河の戦場からの使者であった。那古野の城内では三河で行われる合戦の結果が大きな関心事になっていて、その報告が近々に吉法師の許に届くであろうと、城内の何人もの人が密かに吉法師に密着して様子を窺っていた。


 大勝利の報は城内の家臣や使用人、城に出入りしている商人や僧侶、奥女中へと伝わり、歓喜の声があっと言う間に城内全体に広がって行く。


「吉法師様、おめでとうございます」

「お味方の大勝利、おめでとうございます」

「吉法師様、これはお祝いの品ですじゃ」


 結果報告の瞬間から、我先にと吉法師の下へ祝辞を述べる人々が集まって来る様になっていた。そして予め用意がしてあったかの如く祝いの品が次から次へと届く。使者の男が去り、入れ替わりにやって来た城の使用人たちが勝三郎に向かって叫ぶ。


「勝三郎、お前も運ぶのを手伝え!」

「えー」


急に慌ただしくなった城中で、勝三郎は次々と届けられる祝の品々を運ぶ人足として連れ去られて行った。吉法師は引切り無しに訪れる家臣や近隣の人々からの祝辞を受けながらも憮然とした表情を浮かべていた。


 一喜一憂しては喜べない。内心はまだ先程の悩みを引きずっている様であった。


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