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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第四章 孫子の兵法(8)

 民衆が行き交う熱田市場の中、平田三位、吉法師、勝三郎の三人は三位を先頭に馬を走らせていた。


 しかし吉法師と勝三郎は前を駆ける三位の馬を不思議そうに見ながら、その間を少し空けていた。


(うーむ、一緒に並んで仲間と思われたくない)

(うわぁ、何か恥ずかしい)


 三位が騎乗している馬は少し太めの黒い農耕馬で、その頭には大きな角の飾りを施しており、さながら黒い牛に乗っている様であった。三位そのものが風変りな芸人の様な格好だっため、その異様さは際立っていて、市場を擦れ違う人々の視線を集めていた。


(本当にあれは馬じゃろうか?)


 吉法師と勝三郎はそう思いながら、三位の後について馬を走らせていた。


 やがて三位は市場を出て、少し離れた寺に続く野原の中で馬を止めた。吉法師と勝三郎の二人も三位の馬に寄せて止めた。


(ここに何があるのであろう?)


 目標設定や戦略立案と一緒に行うべき事、その答えがこの野原の中にある様だが、やはり吉法師にはその答えは思いつかない。不思議がる吉法師の横で勝三郎も不思議がっていた。


(ここで何をするのであろう?)


 勝三郎はここまで何も説明されておらず、ここに来た目的すら分からない状況であった。


 三位は馬を降りて、右腕を水平に肩の高さまで上げると、それまで上空を舞っていた鷹の飛龍がその腕に舞い降りてきた。


(おぉ!)


 颯爽と鷹を操る三位の姿に、吉法師と勝三郎は一瞬心を奪われた。三位はその二人の様子を横目で確認すると、目の前に広がる野原を示して言った。


「さて吉法師様、ここに何が見えますかな?」


 吉法師はその三位の問い掛けを受けると、野原の方を見て考え始めた。


 この野原にこれまでの話の答えがあるのであろう、それは三位の話口から察しが付くが、如何にどう考えてもその答えは浮かばない。


(悔しいが分からぬ)


 吉法師が悩んでいるのを見て、勝三郎が横から代わって答えた。


「三位様、何が見えるかって、何も特別変わった物は見えませぬ。ただ一面の野っ原です」


 勝三郎は状況が良く分からず、三位殿は何を言っているのだと言う表情をしていた。それに対して吉法師は困った表情をし考えている。そんな二人を見て、三位はふっと笑顔で言った。


「そうですな、ではやってみますか」


 この言葉に草原の方を見ていた吉法師は三位の方を振り向いた。


(何を始めるのだ)


 吉法師がそう思った時、三位は勢いよく腕を振り、乗っていた鷹を上空に放った。放たれた鷹は大きく羽ばたきながら上昇し、ある高度に達すると野原の上空をぐるぐると旋回していた。


「三位様、何が始まるのですか?」

「まぁ見ていてください」


 勝三郎と三位でその様な話のやり取りをした直後だった。


 突如、鷹は地面に向かって急降下したかと思うと、何か鷲掴みにして三位の腕に戻って来た。


 その腕には兎が捕えられていた。


「おぉー!」


 間近で見た鷹の速さと迫力に吉法師と勝三郎は圧倒され思わず声を上げた。


「すごい三位様、これが鷹狩ですか、初めてみました」


 そう興奮して言う勝三郎続き、吉法師も声を上げる。


「確かにすごい、上空から一気に獲物を捕える。なるほど、確かにこれを戦に用いれば強い」


 しかしこの吉法師の言葉を聞くと、勝三郎は変な顔になった。


(え、まさか吉法師様、鷹狩部隊を作ろうとされているの?)


 勝三郎は部隊の皆が戦で鷹を腕に乗せ、鷹で攻撃する様子を想像した。


(な、何か違う気がする)


 悩ましげな顔になっていた勝三郎の隣で、吉法師の考えはもっと奇想天外な戦法を考えていた。


(鷹の様に部隊の皆が上空から敵に攻撃を仕掛ける、さすれば相手がどれだけたくさんいても、どの様な守りの堅い城にいても勝てる…)


 しかし吉法師は三位の腕にいる鷹の姿を見ている内に、その答えがやはり難しそうな気がして来た。


(いや、しかしどうやって戦に用いるのじゃ、人は空を飛べぬ)


 吉法師は鷹の様に上空から敵に攻撃する戦の戦法を用いるとした自分の答えに少し疑問を抱いていた。しかし三位を見て吉法師はまた思った。


(いやいや待て、あの風変りな三位殿じゃ、もしかして空を飛べるのでは?)


 理由は異なれど、吉法師も悩まし気な顔になっていた。


 吉法師は更に、実は三位は天狗か何かで、人間でも無いのではと思いを巡らせながら、三位の観察をしていた。


 三位は鷹が掴んでいた兎を餌にすり替えながら、逆に吉法師の表情の変化を観察していた。


 吉法師は初め鷹狩の凄さに感激し、次に答えが分かったと思い晴れやかな表情になったかと思えば次の瞬間また考え込み、最後は稀有なものを見る表情で自分を見ている。


 三位はその表情の変化から吉法師の考えている事を推測し、吉法師の観察の受けながら笑顔で言った。


「吉法師様、さすがに私は空を飛べませぬぞ」


 吉法師は自分が思っていた突拍子もない事を質問する前に三位に当てられ、少し照れ笑いをしながら言った。


「やはり無理であるか、では何であるか?」


 そう問い質す吉法師であったが、やはり三位は直ぐには答えようとはしない。二人のやり取りは見ていた勝三郎は、その内容について行けず首を捻っている。そして吉法師が焦れて来るのを見ると、三位はようやくその答えの手掛かりを教えてくれた。


「吉法師様、違いがありますのじゃ、鷹と我々、そしてこの兎」


 吉法師はその言葉を聞いて再び考え込んだ。


 明らかに今の言葉は答えの本質につながっている。吉法師はその質問の本質を考えていたが、勝三郎は聞いたそのままで答えを口にした。


「三位様、何を仰います。鷹は空を飛んでいましたから。上空から兎の姿が見えたのでございましょう、我等はここからでは草が邪魔で見えませぬ、また兎にも上空は見えませぬ」


 三位はパチッと手を叩くと、笑顔を見せながら勝三郎の方を指差して言った。


「そう、勝三郎の言う通り」


 吉法師は状況を述べただけの勝三郎に、あっさりと正解と言う三位の姿を見ながら最後の結論を考えていた。


「と言う事は、もう分かったでありましょう、吉法師様、目標設定、そして戦略立案と同時に行うべきもの」


「えっ」


 この三位の言葉に勝三郎は驚いて吉法師の方を見た。勝三郎はここまで二人に付いて来たものの、二人がそんなに難しい話をしているとは知らずにいた。


 吉法師は目を閉じて、自分が鷹になったつもりで上空を舞っている様子を思い描き、その時、鷹に何が見えていたのかを想像していた。


(兎、周囲から隠れているつもりの兎…、そうか、そういう事か!)


 吉法師は静かに目を開けると、三位の方を見てニヤッと笑って言った。


「分かったぞ、三位殿、答えは情報じゃな」


 吉法師は晴れやかな表情で言葉を続けた。


「鷹には兎が見えていたが、兎には見えていなかった。勝三郎の言う通り全てはこの差じゃ。そしてもし我らが兎を捕まえようとしたら、野原の茂みに入らねばならぬ、さすれば兎に見つかり、容易に捕える事、合い叶わぬ。つまりは相手の情報をいち早く収集し、その状況に合わせながら目標や戦略に向けた活用をせよ、という事であろう」


 吉法師の説明に三位はにっこりと笑って手を叩いた。


「さすがは吉法師様、御明答です」


 吉法師はその三位の手の叩き方が、少し人を馬鹿にしている様な感じで気になったが、特に腹も立てずに笑い返した。しかしその後、三位は急に真剣な眼差しになって話を続けた。


「吉法師様、実は手前、先の津島での川並衆との模擬戦の時、ちょうどその場所を通り掛かりましてな、始終拝見させていただきました」


「おぉ、そうか三位殿、我等の戦ぶり、見事であったろう」

「はい、長柄の長所を活かしての戦ぶり、お見事でした」


 吉法師は三位の言葉に頷きながら、得意気な面持ちを浮かべていた。勝三郎も突きの構えを見せ、得意気になっている。


 そんな吉法師に三位は続く質問を与えた。


「では、吉法師様、あの模擬戦の勝因は何であったとお思いですか?」

「えっ?」


 吉法師は三位のこの質問を不思議に思った。


(おかしな事を聞く三位殿だ、今自分で長柄での戦いぶり見事と言ったはず、勝因はそれしかないであろう…、いや違うのか)


 吉法師は三位の問いに対して、自分が考えていたその勝因に疑問を持ち始め、容易に答えられずにいた。しかしその二人の会話を聞いていた勝三郎はまたもや真っ直ぐにその疑問を三位にぶつけた。


「三位様、おかしいですよ、今、三位様も長柄の使用見事と言われたではないですか?」


 素直に疑問をぶつける勝三郎に対して、三位は言った。 


「ええ、確かにそう言いました。でもそれが勝因では無いと言う事です」

「えぇ、違うの?」


 勝三郎はそう言って首を捻った。


(やはり違うのか)


 吉法師はそう思いつつ、今回の鷹狩、そして情報という事に結び付けて考えた。


(情報、情報、情・・・、そうか)


 吉法師は今回早くして答えが浮かんだ。


「三位殿、分かった。勝因は我らが桁違いの長さの長柄を使うという事を相手が知らなかったという事じゃな」


 勝三郎は手をポンと鳴らし、なるほどという顔をしている。


「その通りです、吉法師様、もし相手方が竹の長柄で攻めて来ると知っていれば、あの様な戦い方はしなかったでしょう。先ずじっくりと時間をかけて打ち込んでその柄の破壊を狙えば、模擬戦の結果も違っていたものと思います。それをしなかったという事は竹の長柄が敵に知れていなかったという事になり、それを特に隠そうとせず模擬戦を行って勝ったという事は単に幸運としか言い様がありません」


 吉法師は自分達の知恵で勝ったと思っていた模擬戦が、実は単に幸運で勝ったのだと言われ、少しがっかりな気分であったが、三位の話においては妙に納得する物があった。


「それでは吉法師様、もう一つ」

「なんじゃ、三位殿」


 吉法師は三位の厳しい見方に対し身構える様にして、三位の次の問い掛けを受けた。


「本日手前は平手殿に兵法家として那古野に入城させていただきましたが、平手殿が京へのご出立の時においては殆ど知り置きありませんでした。なぜここまで平手殿にご信任いただけたとお思いなされますか?」


 吉法師はまた考え込んだ。


(爺と三位殿が知り合ったのはごく最近の事であったのか、隼人正や権六も信頼を置いていた。この短時間でそれを三位殿は狙って行ったと言うのか、一体どうやって?)


 政秀や隼人正が、如何に優秀な兵法家と言えこの様な風変りな人物を、那古野に導くまで信頼する様になったのか、吉法師は疑問になっていた。


(分からぬ、三位は人の心を動かす方法を心得ていると言うのか)


 吉法師の困っている様子を見て、今度の三位は直ぐに答えの手掛かりについての話を始めた。


「実はですな、吉法師殿、政秀殿と友閑殿は京へ赴くと良く訪れる団子屋があったのです」


「うむ、その話なら以前友閑殿から聞いた事がある」


 それは政秀と一緒に友閑に会った時の話であった。吉法師が団子屋がどう関係したのか、話に注力する中で、三位の話は続く。


「はい、実は今回その団子屋で初めてお二人にお会いしたのですが、もうそこには娘さんはおりませんでした」


「うむ、それも聞いた、嫁に行ったとかであろう」


 ここまでは吉法師も知っている事であった。三位は笑顔を見せながらその先の話を続けた。


「はい、実は手前その話を知る機会がありまして、お二人に会う前にその娘っ子の嫁ぎ先を調べた所、近くの別の場所にのれん分けして別の団子屋を開いている事が分かりました。その事を初めて京でお会いした際に二人にお伝えしましたら、その事で大変話が盛り上がり、後日その団子屋に連れて行って指し上げました所、また話が大盛り上がりになりまして、その結果、短い期間で信任を得る事が出来たのです」


 この三位の話を聞いて吉法師は驚愕した。


 つまりは今日のこの日のこの瞬間まで、全てが三位の狙った行動の内にあったのである。ようやく吉法師は兵法家の意味、重要性が少し理解できた様な気がした。


「なるほど、この時に人の心を動かしたのも情報の持つ力、という事か」

「左様です」


 これを聞いて吉法師は情報という物が、単に知ると言う受動的な物では無く、能動的に色々な活用の仕方がある事を知った。


(なるほど、やはり兵法家というのは考え方がすごい)


「これで先ずは少し分かりました様ですね」


「うむ、目標の設定、戦略の立案と共に情報の活用は一緒に考えねばならぬ、三位一体じゃな、三位殿、これをご自信の名を持って示してくれるとは、さすがじゃ」


「ははは」


 三位は笑いながら鷹狩を続けた。


 三位一体、この時吉法師には三位の風変りな格好が何か神々しく見え、その教えは神の教えの様に思えた。


 しかし横で聞いていた勝三郎にはその話の重要性が良く伝わっていなかった。未だに首を捻りながら、別な三位を思っていた。


(うーむ、三位殿の三位は風変りな格好の三位殿とあの牛の様な馬、それとあの鷹の事ではないかと思うけど)


 心の中で思っていた勝三郎であったが、その時三位の馬と鷹がそれを察するかの様に勝三郎を見ていた。


「ぶるるるる」

「くあー」


 勝三郎は自分の思いが、何か三位の馬と鷹に伝わった様な気がして驚いていた。その横で吉法師はその後も鷹狩を続ける三位を見ていた。


(三位殿のやる事には全て意味がある。恐らくこの風変りな格好も、単なる趣味では無くきっと何か意味があるのであろう)


 吉法師は興味を持って三位の姿を観察していた。三位から野原に放たれた鷹は、暫くするとまた獲物を捕えて舞い戻って来る。


「この場所は良く獲物が取れる。鷹狩には最高の場所じゃ、ははは」


 三位は更に二度、三度と鷹を放っては獲物を捕らえ、鷹狩を楽しんでいた。吉法師と勝三郎はしばしその鷹の舞う姿を目で追っていた。


(鷹やるな、ぬしの能力はたいしたものじゃ)


 勝三郎は先程鳴き声対決していた鷹の凄さを感じていた。吉法師は鷹狩で情報活用の大切さを理解すると、実際に自分でも鷹狩をやってみたくなった。


「三位殿、儂も一度鷹を放ってみたい」


 吉法師は何でも自分で試してみないと気が済まない性分であった。鷹狩りも自分で実際にやってみて本当の価値、そして面白さが分かる様な気がする。


「やってみますか、吉法師様」


 三位は次に吉法師がそう言い出す事を予測していたのであろう、ニコッと笑顔を見せると、右手につけていた鷹を乗せる革製の腕巻きを外し吉法師に着けて上げた。


「飛龍!」


 三位が鷹の名を呼ぶと、近くにいた鷹は吉法師の腕に飛び乗って来た。吉法師は右腕にずしっとした鷹の重みを感じた。間近で見る鷹の姿にはやはり迫力があった。


「ぬし、飛龍と申したか、いくぞー」


 そう吉法師は鷹に声を掛けると、鷹もその声に応えるかの様に返事をする。


「クァー」


 そして吉法師は右腕を大きく振りながら声を上げた。


「行け―!」


 右腕の重みが無くなると同時に、鷹は颯爽と晴れ渡った大空へと飛び出して行った。


(これは何とも・・・)


 吉法師は何とも言えない爽快な気分を感じていた。鷹は上空の大空を我庭の如く、飛行している。


(空か、あの鷹にはどういう風に地上が見えているのだろう)


 思えばこれまで空という世界を感じる事など無かった。いつも生活で事を成すのは地上であり、その生活の考えも地上の世界、つまりは限られた世界で行われている。


(空を飛ぶが如く)


 そう、あの空を舞う鷹の様に広き世界から地上を見ればまた見方が大きく変わるのであろう。吉法師は鷹を見上げながら、今の自分の状況を重ね合わせていた。


(広い情報の中で判断すると言う事は、それだけ可能性、実現性、具体性が高まると言う事だ、それはそれに応じた目標設定や戦略立案が可能になると言う事につながる。そういう事か)


 吉法師はここまで来て三位が伝えたかった事がようやく理解できた様な思いがした。


 やがて上空の鷹は獲物を見つけたのか、地上の一点を目指して急降下して行き、地上で何回か羽をバタつかせた後、何か獲物を捕まえて吉法師の腕に戻って来た。吉法師は再び右腕にずっしりとした重みを感じた。


「うまいうまい、吉法師様、上出来です」


 三位はそう言いながら、すかさず鷹の持ってきた獲物を餌とすり替えた。


「三位殿」


 吉法師は真剣な面持ちで三位を見ていた。三位はその吉法師の表情を見て、自分が伝えたかった全ての事を鷹狩の体感を持って理解してもらえた事を悟った。三位は視線を少し上空に逸らすと、吉法師に語り始めた。


「ところで吉法師様、唐の国に伝わる古い兵法書の中に孫子の兵法と言う物があります」

「孫子の兵法?」


 吉法師は三位に問い返した。


「そう、今の戦乱の世においては非常に参考になるものです。そしてこの兵法書の中で、情報の重要性は次の様に謳われています」


『彼を知り己を知れば百戦危うからず』


 吉法師はその意味を黙って考えていた。隣で勝三郎も首を捻りながら考えている。


「そう、つまりは…」


 そう言って三位が二人に詳細な説明を続け様としたその時だった。


「こらー、おまえらー、そこで何をしてんのじゃー」


 自分達の方に向かって怒鳴り声が上がるのが聞こえた。


 三人が思わず声の方向を向くと、法衣を纏った男を中心として、七、八人の信者と思われる地元の農民たちが怒り狂った様子で自分達の方に向かって来るのが見えた。


「この仏社の領域は殺生厳禁ぞー」


 突然の事に吉法師と勝三郎は驚き、三位の方を見た。元々鷹狩をここでやりだしたのは三位である。この場所がどの様な場所かも当然熟知して鷹狩を始めたと思っていた。しかし三位の口から出た言葉は二人には信じられない言葉であった。


「あー、それでこんなにも獲物が取れるのか、なるほどのー」


 二人は焦った。怒りに我を忘れた彼等は鍬や鎌を振り上げながら迫って来る。彼等には信じている教えが全てで、もはや自分が那古野の城主で、などという話は通用しそうも無かった。


「情報無くして行動を起こすとこの様な問題も起こり得る、良き見本となったであろう」


 そう三位が言っている間にも農民たちが近付いてくる。


「三位殿、そんな悠長な、こういう時に兵法ではどうするのじゃ」


 堪らず吉法師は三位に問うた。勝三郎もこの事態におろおろとしている。三位は迫って来る農民たちの形相を見て、やはり話し合いは通用しそうも無いと思って言った。


「こういう時はですね、吉法師様」


 そう言うと三位は迫って来る農民達に背を向け、繋ぎ留めてある馬の方を指差して言った。


「逃げまーす、全力で逃げま-す」


 そう言って三位は馬の方へと駆け足で逃げた。


「やはりかー」

「えーっ」


 吉法師は今度は少しその三位の言葉を予想し、三位と同時に走り始める事ができたが、勝三郎はもたついてその場で躓いていた。


「ちょっと、ちょっと待って三位様」


 吉法師はまた同様に勝三郎を急がせる。


「勝三郎、早く早く、何されるか分からんぞ!」


 遠くからこちらに向かって農民たちが待てーと叫びながら鬼の形相で駆け寄って来ていた。それを見た勝三郎は慌てて起き上がり、全力で逃げ始めた。そして走りながら三位に向かって叫んだ。


「三位様、こういう肝心な時に孫子の兵法は役に立たんのですかー」


 この必死の訴えに三位は笑って言った。


「ははは勝三郎、兵法三十六計逃げるに如かず、と言うのがある。形勢が悪ければ無我夢中で逃げるのも一つの兵法ぞ」


 三位が情報が大事という見本として鷹狩に選んだのは殺生厳禁の場所であった。情報無く殺生禁止の場所を選んで鷹狩を楽しんでいた三位は兵法を使って苦肉の言い訳をしていた。


「何じゃもはや、兵法って何でもありみたいじゃな」

「そんな事を言っておるとほら、追い付かれるぞー」


「ひえー」


 全力で逃げる三人に農民たちが迫っていた。


 しかし追い付かれる既の所で、それぞれの馬に飛び乗る事ができ、その後ようやく農民たちとの距離は開いていった。彼らは走って追いつかないと分かると最後に持っていた鎌を投げ付けて来た。走る馬の近くの地面にビシッ、ビシッと音を立てて鎌が刺さっている。


「おぉー、恐えー」


 三人は危機を乗り越えると、そのまま熱田湊に向けて馬を走らせた。上空では鷹が優雅に空を舞いながら三人を追い駆けていた。



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