表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/129

第四章 孫子の兵法(6)

 少し陽が傾きかけて来た頃、那古野の城はようやく悪ガキ達の暴れた跡の片付けを終え、いつもの落ち着いた場所に戻っていた。


 吉法師は本丸御殿奥の間の上座に坐し、家老の林秀貞は一段下がった左手に、そして右手には平手政秀が坐し、その後ろには風変りな格好をした平田三位が控えていた。三位の肩に先程まで肩に乗っていた鷹は御殿に入る時に誰かに預けたのであろうか、そこにはいなかった。


 政秀は吉法師と秀貞に訪京の報告を行っていた。


「今回の朝廷への献上は友閑殿のご助力を得て、万事恙無く行う事が出来ました。これで御父上、弾正忠様は朝廷から正式な官位を授かる事になり、名実共に尾張の主となるでしょう」


 吉法師は訪京の際の記録を確認しながら報告をする政秀の話をじっと聞いていた。


「友閑殿はそのまま京に留まり、その後の手続きなどにご対応頂いております」


 そう政秀が言った時、吉法師は津島で拝見した友閑の敦盛の舞を思い出した。


(友閑殿、すばらしき舞であった)


 その後は自分も那古野に近い熱田で舞を習い始めていて、敦盛を一差し舞う毎に自分の将来に対する覚悟も固まっていた。もはや将来への不安や迷いは無い。そしてその代わりにいつも思い起こす事があった。


(吉乃、元気かな…)


 あの津島の夜以降、吉乃とは会えずにいる。


 覚悟を固めるための舞の練習の度に吉乃の手解きを思い出し、その思い出が津島湊の天王祭の情景へと続いていく。まきわら船の灯り、あえの風、そして吉乃の笑顔、そして自分が成すべき事。


(天下の再構築)


 吉乃と自分だけの将来の心願となっていた。


 政秀の報告は続いていた。


「都の将軍家の衰退は予想以上で、周辺大名のされるがままとなっています。もはや国どころか都の政務すら行える状態ではありません。このため諸国では何処も群雄割拠の成すがままの状態で、所によっては門徒衆や町方衆が支配している様です」


「はー、何という世じゃ、もはや武家政権とは言えぬのぉ」


 秀貞はため息をつきながら報告の惨状を愁いていた。そんな秀貞を見て政秀は言った。


「はい、武家が統治している所でも、その実は出自不明な家筋の出の者が多く、もはやこれまでの様な朝廷や将軍家による支配は困難でしょう」


「そうじゃな、武家の支配においても三河の松平などは元は郎党の集まりみたいなもの、それに美濃の道三などは商人の出である事は有名な話じゃ、何れも正当な家筋を組んでおらぬ故、もはや民に支配されておると言って良いであろう」


 武家による政務の乱れを突いて民の者が次々と政務に入り込んで来る事に、秀貞は違和感を感じていた。しかし政秀はそれを自然な物事の流れと考えている。政秀は少し笑顔を見せると秀貞に言った。


「しかしながら織田家も格式で言えば、東の今川や武田の様な正統な家系ではありませぬ。今この世で必要なのは名より実であり、織田家は実を高めて名を取り、足利将軍家は実を落して名を失おうとしていると言う事でしょう」


 政秀の現状に対する考えに、皆が黙って頷いていた。明日衰退の憂き目を見るのは自分達かも知れない。秀貞はその懸念を口にした。


「こうも都の将軍家が衰えるとは、何が問題だったのかのぉ?」


「いやそれは一言では語れぬとは思います」


 この問い掛けには政秀も即座に答えられなかった。


「うーむ」


 基本的な問題があったはず、政秀と秀貞は考え込んでいた。悩ましげな顔をした二人を見ながら吉法師も考えていた。


(将軍家が力を落した原因、何であろう?)


 その時、政秀の後ろに控えていた三位が二人の話に割って入ってきた。


「金の流れですよ」


 突然皆の後方から声を上げた三位に、三人ははっとして振り返った。三位は自分に皆の目線が集まった所で話を続けた。


「様々な利権などによって大金を集める事ができ、それを動かせる者が人動かし、物を動かし、世を動かすのです」


 その言葉を聞いて隣に座っていた政秀が言った。


「うむ、確かにそうかも知れぬ、今の将軍家の財力は著しく衰えてきておる様じゃった」


 三位の言葉は世の乱れにつながる事態の核心を貫いていた。


 足利将軍家による統治は設立当初から緩やかな武家大名の連合体によるもので、強固な主従関係が出来上らぬ内に南北朝の騒乱や御家人同士による利権争いが起き、中央集権化が不確実な状態のまま将軍職の代を重ねていた。


 当初から将軍家に全国の利権が集中する様な体勢になっておらず、最終的に応仁の乱という形で、その連合体その物が崩壊した状況であった。


 それは同時にこれまでの天皇家、朝廷、将軍家を中心とした古来からの血統政治の終焉でもあった。そして時代が新たな国の仕組みを模索する時、最も重要になるのは、その各地の利権の先が何処に集約されていくのかと言う事である。


 三位は話を続けた。


「この様な世においては、門徒衆も町方衆もそして在地の武家も皆が生活のため独自に金を稼ぐ事を行わねばなりません。その際、最初は自分達の利権を守るために武装を行うのですが、それがやがて周囲を支配する力となっていくのです。今諸国で統治する者において一番大事な事は、如何にして領地で敵に負けぬ金の稼ぎ方をするか、という事になるかと思います」


 吉法師はこの三位の言葉に吉乃の言葉を思い出した。


(武家も金を稼ぐべき、三位殿は吉乃と同じ様な事を言っている)


 政秀と秀貞は頷きながら三位の言葉を聞いていた。三位は時折吉法師の反応を窺いながら話を続けていた。三位は吉法師の方を見て話を続けた。


「吉法師様の御尊父、信定公はそれを良く理解されていて、尾張国内で最も大きな利権を持つ津島湊にいち早く着目され、自身の勢力下に取り入れられました。これが今の織田弾正忠家発展の源でありましょう」


 吉法師は三位の話が自身の家に及び、初めて口を開いた。


「そうじゃな、その後熱田湊を加えた金の流れが今の父上の力となり、我らのこの城を治める力となっておる」


「そうですな、今やこの尾張国内で弾正忠家が財力で負ける事はありませぬ」


 政秀は自分が連れて来た三位が、非常に分かり易く世の情勢を説いて行くのを聞いて、吉法師に会わせた甲斐があったと思っていた。一方、秀貞は少し三位の話に対して少し気になる疑問が生じていた。


「三位殿、それは武家として先ず優秀な商人になれという事か?」


 武士の本業は先ず統治、そして外敵から本領を防衛する武力、元来金を稼ぐと言う手法を心得てはいない。しかし三位は疑問の表情を浮かべる秀貞の方を振り向くと、にやっと笑みを浮かべて言った。


「その通り」


 三位はそう言い切って話を一度まとめて見せた、秀貞は少し疑問に思いながらもそうか、と言って納得していたが、その言葉に吉法師は納得できず少し首を捻っていた。


(確かに吉乃もそう言っていた、だが何か引っ掛かる)


 戦に勝つためにはどうしたら良いか、と言う事を考えて来た吉法師には先ず商人になれと言う答えが今一つ納得できなかった。吉法師は三位に訊ねた。


「三位殿、武家も先ず稼ぐべき、それは分かる気がするが何かすっきりしない」


 三位はそう言う吉法師の様子を見て、先程家老の二人に見せた笑みとは違う笑みを見せていた。


 その時、政秀と秀貞は三位の金を稼ぐという話の流れから、領内の収益状況について議論を展開していた。


「少し領内で糧米の収穫が落ちている所を確認せねばのぉ、あと湊の品目については往来が落ちている物がある故、その対策も行わねばな」


 秀貞は渋い顔で領内での思いついた懸念事項を羅列していた。


「はい、では勘定方と算段致しましょうか?」


 政秀は秀貞の懸念に対して勘定方の部屋に赴き確認する事を提案した。


「うむ、そうだな確認しておこう」


 秀貞はそう言うと、政秀と二人で立ち上がり部屋を出ようとした。しかしその時、三位は二人の様子を横目に見ながら、吉法師の話に続けて別の課題を当てた。


「はい、吉法師様の言う通りです。実は金を稼ぐと言う事の前に、考えるべき重要な事がございます」


 その言葉を聞いて秀貞は改めて三位の方を見て座り直した。政秀も改めて一歩横に引いて座り、三位が吉法師と直接話をし易くした。


「一体何じゃ、三位殿」


 秀貞が少しぶっきら棒に訊ねた。秀貞は退室して次に向かおうとした所を制された形になり、少し気分を損ねていた。三位はそんな秀貞の様子に構う事無く話を続けた。


「稼いだ金は使うためにあります」

「それは当り前であろう」


 三位の言葉に即座に秀貞は反応する。


「その際は無駄なく有効に使わねばなりません」

「う、うむ」


 秀貞はそれも当たり前の事であると思ったが、その後に出てくるであろう更なる言葉を考えるとそれ以上何も言えず、次の三位の言葉を待つしかなかった。政秀と吉法師も黙って三位の次の言葉を待っている。その様子を見て三位はここぞとばかりに力を込めて言った。


「金を稼ぐと言うのは一つの目的でありますが、最終的な目的では無く、その先につながる目的がしっかりしていなければその必要な程度すら図れません。このためその先にある目的、いつまでに、この尾張を、織田弾正忠家をどの様に致したいか、という目標を設定する事、そしてそれに対する稼ぐ額が十分かどうかを議論する事が大事になりましょう」


 吉法師は突然話が何か別の方向に飛んだ様な気がして、直ぐには理解できずにいた。三位はそんな吉法師の表情を窺いながら話を続けた。


「つまり全体の予算は軍事面だけでなく、国の将来に対して総合的に最大効果が得られる様にしなければなりません。そのためには包括的な戦略の立案が必要になるのです。そしてその使える金が増えると言う事はこの目標と戦略の幅を広げる事と考える事が出来ます」


 三位は兵法家と称しているが、兵法と言うのが戦略の一つで、常に政務と直結している事を知っていた。


 吉法師はなるほど、と思った。確かに将来に対しての目標がはっきりしていて、その戦略もしっかりしていれば方針として迷う事も無く、金を稼ぐと言う意味合いもそこに直接つながる事で理解しやすい。


(目標の設定と戦略の立案)


 これまで吉法師はその様なことを深く考えた事が無かった。ただ戦で勝てば国は大きくなると思い、これまで良い槍とか、力と技の鍛錬などを検討していたが、将来への準備と言うのはその様な単純な物では無い、と思った。


(目標の設定と戦略の立案、具体的に何を?)


 しかし吉法師は具体的な行動として、先ず何をすれば良いのか、と言うと何も思案が浮かばなかった、吉法師はまた困惑の表情を浮かべていた。


(もし今、皆を集めてその目標の設定と戦略の立案について吟味するか、などと言ったらその時点で話が混乱し、全く前に進めなくなるのではないか)


 これまで吉法師は難題に対して議論した結果、粗末な答えや妥協した答えしか得られず、非常に無駄な時間を費やす思いがあった。吉法師がその様な事を懸念する中で、秀貞は今度こそ、と言わんばかりに立ち上がって言った。


「では皆を集めて、目標の設定と戦略の立案について吟味するか」


 それは吉法師が今まさに聞きたくない一言であった。しかし吉法師も代わりにこうすると言った方策が思い浮かばない。また吉法師が困った表情を浮かべているのを見て、三位はその心中を察する様に笑みを浮かべていた。


 立ち上がる秀貞に対して、政秀は恐らく三位の話は未だ続くであろうという事を予見してか、今度は未だ座ったままでいた。


「では若、直ぐに皆に明朝出仕の案内を出します」


 そう言って秀貞が部屋を出て行こうとした時、またもやその機先を制する様に三位が声を上げた。


「しかしながら吉法師殿、実は目標の設定と戦略の立案の前に更にやるべき事があります」


 この言葉に秀貞は部屋を出て行こうとする歩みを止めた。そして三位の方を振り向き、再度の三位の覆しの言葉に秀貞は腹を立てて言った。


「またか、三位殿、一体次は何なのじゃ」


 三位の言葉に納得し、次の行動を起こそうと思うと、いや更に別のやるべき事が、と話を持ち出す。その風変りな格好と一緒で何とも真の考えが読めない、


(何とも話が読めぬ、しかしここで終ってもらっても困る)


 これが兵法家なのだろうか、吉法師は何とも不可解に感じていた。


「三位殿、我等は今、何に対して行動すべきなのか?」


 政秀もこの話の結末を煽っていた。三位は三人の顔付きを見て、軽く笑みを浮かべながら話を続けた。


「目標を立てる、戦略を立てる、実はこれだけでは駄目なのです。これだけではその実効性において問題が生じます」


 ここで吉法師は少し考えて、あっと思った。吉法師の頭に敦盛の舞が浮かぶ。そして意気揚々に三位に向かって答えた。


「三位殿、分かった、そこで必要なのは儂の覚悟であろう」


 吉法師は自信を持って答えた。しかしそんな吉法師に三位はまた人を食った様な笑みを浮かべて言った。


「ははは、残念ながら吉法師様、その様な物、領主としては存じませぬが、我等兵法家からすれば左程重要なものではありませぬ」


「な、なにー!」


 この三位の言葉に吉法師は先程の秀貞以上に腹を立てた。


 吉法師は父上や沢彦和尚、友閑、そして吉乃の敦盛の舞から得た己の将来への覚悟の思いが何か軽視された様で、非常に悔しい思いを感じていた。しかしながら、それに代わる答えは思いつかない。横にいる政秀と秀貞にも他に何か答えが思い浮かばぬか目線で求めたが、二人とも分からぬ様子であった。


「では何じゃ」


 吉法師は悔しい表情を少し醸し出しながら三位に訊ねた。しかし三位は焦らすかの様に、直ぐに答えを出そうとしない。そしてにこっと笑顔を見せながら言った。


「知りたいですか?」


「・・・・・・」


 この三位の言葉には更に悔しく思わせる所があって、吉法師は容易に知りたい、とは言えずにいた。しかしその顔が早く教えろ、と言っている。三位はそんな吉法師の心を読み取っていた、と言うか、ここまでの話自体がほぼ彼の筋書通りの展開なのであろう。急に立ち上がると吉法師の方を見て言った。


「よし、では行きますか!」


 そう言うと三位は脇目も振り返らずバタバタと部屋を出て行った。


「何っ、待て何処へ行くのじゃ、三位殿!」


 このまま中途半端にこの話を終わりには出来ない。慌てて吉法師は部屋を出て、三位の後を追い駆けて行った。


「三位殿ぉ」

「ちょ、ちょっと若殿ぉ」


 咄嗟に部屋を出て、廊下を小走りに去って行く三位と吉法師に対し、二人の家老は着いて行けず、部屋に取り残されていた。


 秀貞は三位の話が中途半端になり、この後の行動をどうして良いのか分からず少し混乱しながら、政秀に詰め寄った。


「政秀、何なのじゃ、あの三位と言う男は?」

「はぁ」


 そう返事する政秀はこの事態に何の対応も出来ず、放心した状態となっていた。そんな政秀に混乱する秀貞は更に詰め寄っていた。


「あの男はぬしが連れて来たのであろうが?」

「はぁ」


「大丈夫か、二人を一緒にしておいて?」

「はぁ」


 政秀と秀貞の二人の家老は互いに悩ましげな表情を見せ合っていた。


 その後二人は暫くの間、言葉すら失って部屋の中で沈黙していた。しかし斜陽の涼しさが妙に体に伝わる様になると、政秀は手をぽんと叩いて秀貞に言った。


「そうだ秀貞殿、実は京の都で土産を買うて参りましたのじゃ、ちょっとした茶器なのですが、どうですか、これから一杯、茶の湯でも」


 突然楽天的な事を言い出す政秀に、秀貞は即座に言い返した。


「政秀、何を言うておるのじゃ、この様な状況で茶など…」


 そう言って政秀の言葉を強く否定しようとした秀貞であったが、他に成すべき事も無い。


「やろう茶の湯、あまり考えても仕方がなさそうだし、何か少し空気寒くなって、温かい物でも飲みたいと思っていた所じゃった」


「はい、私もです」


 そう言うと、二人はゆっくりと部屋を出て、茶の湯が出来る別の部屋へと向かって行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ