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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第四章 孫子の兵法(4)

 女子衆がいなくなった後、落ち葉と戯れていた四郎の槍柄を拾い上げたのは弥三郎だった。


「あぶなかったー、さすがは四郎兄ぃ、すごい人気じゃ」


 弥三郎は女子衆が四郎を目掛けて突進して来た時、咄嗟にそれをかわし、少し離れた場所に避難していた。


 弥三郎は女子衆が消え去った方を確認した後、手にした四朗の槍柄をまじまじと見た。


「これが四郎兄ぃの選んだ槍柄かー」


 まだ体の小さい弥三郎にとって年長の四郎が選んだその柄は少し重く感じる。


 弥三郎は先程の四郎の華麗な演武を思い浮かべながらその槍柄を構えた後、真似をして振ってみた。


(確かこんな感じ)


 すると頭の中で四郎の演武が重なり、弥三郎は何か自分が勇ましくなった様な気がして、思わず笑みがこぼれた。


 しかし商家の子息の自分にこれまで全く武芸の心得は無い。弥三郎は少し恥ずかしくなり、誰かに見られていなかったか辺りを見回したが、幸い近くには誰もいない。少しほっとする弥三郎だったが、その時別の事に気が付いた。


(あれ、そう言えば父上がおらぬ?)


 先程まで一緒にいた父の図書助が四郎と共に消えていた。しかし容姿端麗の若い四郎は女子衆に連れ去られたとして、ずんぐりむっくりの狸親父の父までを連れ去っては行かないと思う。


(さては!)


 弥三郎は思った。


 父は四郎を助ける振りをして、一緒に女子衆にもみくしゃにされるのを楽しんでいる。弥三郎の頭の中ににやけた顔をした父の姿が浮かんで来る。


「あの色親父が!」


 そう言いながら弥三郎は父のにやけ顔を振り払うかの様に大きく槍柄を振り回した。


 その時であった。


「あぶねー」


 いつの間にか弥三郎の近くに一人の男子が立っていて、弥三郎が振り回した柄が当たりそうになったのを既の所で(かわ)していた。


 その男子は背が高くて体付きも良く、如何にも武家の子と言う感じであったが、年は自分と同じ様な所であろう、弥三郎はその男子に少しぶっきらぼうに訊ねた。


「だれじゃ、おぬしは?」

「おぬしこそ、だれじゃ、柄などふりまわしおって」


 二人がお互いに初対面の相手を牽制しながら顔を見合せていると、試用として並べてある武具の棚の方から、別の二人の子供の声が聞こえてきた。


「九右衛門、こっちこっち、色々とおもしろいものがあるぞー」

「おー、これはなんじゃー」


 その声を聞いて弥三郎と対峙していた男子は、瞬時にその関心事を目の前の弥三郎から二人の方に移した。


「何じゃ、何があるのじゃー?」


 そう言いながら男子は弥三郎を置いて、二人のいる武具棚の方に向かって走って行った。


(あいつは九右衛門と言うのか、)


 弥三郎はそう思いながら、走り去って行くその男子の先を見ると、二人の男子が勝手に武具を持ち出して遊んでいるのが見えた。そこに今目の前にいた九右衛門と呼ばれていた男子も駆け寄っていく。


「おー、なんじゃこれ、刺さるぞー」


 一人は色々な種類の槍先を地面に投げ付けて遊んでいる。


かきーん、かきーん


 もう一人はしきりに落ちている石を槍柄で打っていた。そこに九右衛門が加わり、九右衛門は弦を外れた弓を持ち上げると、弦の先に槍先を付けて振り回し始めた。


(まったくあいつら!)


 どうやらあの三人は武家の鍛錬を受けさせるために、今日初めてこの城に連れた武家の子供達らしい。年は皆自分とそれ程変わらない様に見える。弥三郎は自分の家の商売物が彼らによって遊びの道具として使っている事に腹が立って来ていた。


(もう、がまんならん)


 そう思った時、弥三郎は大事に手にしていた四郎の槍柄を近くの植木に立て掛け、三人に向かってけ駆け寄って行った。


「やめろ、やめろ、おめーら、それはおめーらの遊び道具じゃねー!」


 そう言いながら弥三郎は一人の男子から槍先を奪い取った。


「なんじゃ、おぬし」


 槍先投げに夢中になっていたその男子は、突如手に持っていた槍先を奪われ、むっとしていたが、弥三郎は構わず、次に先程の九右衛門と言う男子の前に立ち言いつけた。


「それも元に戻せ、それはうちらの商売もんじゃ」


 しかし九右衛門は弥三郎の言葉に同意するつもりは無いらしく、相変わらず弦の先につけた槍先を振り回していた。


「それならわしが使えるかどうか試してやるけ」


 そう言うと九右衛門は弦先に付けたを今度は槍先を弥三郎に向けて前後に振り始めた。明らかに弥三郎を挑発している行動だった。


「ふざけるな、それは釣竿ではないわ、返せー!」


 弥三郎が九右衛門から強引に弓を取り上げようとした時であった。


ビリッ


 弥三郎が先程別の男子から取り上げた槍先が九右衛門の袖に引っ掛かり、九右衛門の袖は大きく破けてしまった。これには弥三郎も少々悪かったという思いがしていたが、この状況で相手に弱みを見せる訳にもいかない。弥三郎は強い口調で言い切った。


「おぬしがすぐに返さんのが悪いんじゃ」


 九右衛門は破れた袖を見ながらワナワナと震えていた。


「わしのお気に入りが!」


 九右衛門はそう言うと、持っていた弓を投げ捨て、試用の武器棚に走って行き一本の棒を掴むと、怒りに満ちた表情で弥三郎の方へ走り寄って来た。


「おのれ、ゆるさん!」


 弥三郎はその九右衛門の表情と手にしている物を見て慌てて逃げ始めた。


「それ金棒じゃないか、冗談じゃない、よせー」

「うるさい、まてー」


 九右衛門は逃げる弥三郎を追い駆け、園庭の奥へと走り去って行った。


「きゅうえもーん、どこへ行くんだー」

「しょうがないなー」


 残された二人はしばらく弥三郎と九右衛門が走り去って行った方を見ていたが、彼等が視界から消え去るとまた別の武具をあさり始めた。


「ま、そのうち帰って来るやろ」

「ああ、それよりこれ、木刀も色々あるぞ」

「あー、ほんとじゃ、これなげー、うーん、でも重いなぁ」


 二人は色々な木刀を手に取っては投げ散らかしていた。そしていくつかを振り回している中で、片方の子はその手にした木刀で試しに何かを小突いてみたくなり辺りを見渡した。


 しかし周りには適当な物が何も無い。その視界にあったのは隣の子だけであった。


「わし、けんじゅつはとくいなのじゃ、おりゃ!」


ポカッ!


 そう言ってその子は持っていた木刀でもう片方の子の頭を小突いた。


「いて、なにすんじゃ?」


 叩かれた方の子は突然の不意打ちに驚いた後、相手が何か楽しそうな笑みを浮かべている事に腹を立て、直ぐ様自分の持っていた木刀でお返しに出た。


「そりゃ、おあいこじゃ」


ボカッ!


 その打ち当ての度合いはやられた腹いせの勢いもあり、最初の子の打撃よりも強い。


「いて、そんな強く叩いてねーぞ、このくらいじゃ」


ドカッ!


「あいた、てめー、この、てや!」

「いてーっ、突きの方がいてぇじゃねーか!」


 互いに相手を数発ずつ小突き合った後、相手を睨みながら唸っていた二人だったが、やがてその感情の高まりが限界を向かえると、激しく衝突する事態となった。


「勝負じゃー、いぬちよー」

「望むところじゃー、くらのすけー」


 二人の男子は佐々内蔵助と前田犬千代、後の佐々成政と前田利家であった。二人の対決はこうして突如として威勢よく始まった。


「おおりゃー」

「とぉりゃー」


 互いに木刀を構えると同時に相手に突進していき激しくぶつかり合うことになった。


かつーん、かつーん

かつーん、かつーん


 しかし二人はまだ幼い子供であった。そのぶつかり合う音は妙に可愛いものであった。


 内蔵助と犬千代の勝負は城内のあちらこちらの場所を変えながら行われていた。そして遠くでは九右衛門が金棒を振り回しながら、弥三郎を追い駆けている。


「このこのこのー」

「えい、えい」

「まてー」

「あぶねー」


 四人が二人ずつ、互いの相手しか見えておらず、周囲が全く見えていない状況になっていた。


「こらー、おまえら城の中で暴れるなー!」


 城内の者達が声を荒げていたがその声は届かず、四人は場所を点々と移動しながら、城内のあちらこちらで乱闘を続けていた。


ばーん!


「今度は、何ごとぉ?」


 内蔵助と犬千代が木刀で打ち合いながら、障子戸を破壊して乱入したのは林秀貞の執務室であった。先程の一本の矢が飛び込んで来るだけの状況とは異なり、人が飛び込んで来て暴れている状況の中では、さすがの祐筆達も業務として書を認められる状況では無い。祐筆達は巻き添えを食わぬ様に奥の部屋へ整然と避難して行く。


「おまえら、こんなとこで、やめんかー」


 秀貞は痛い腰を押さえながら必死に二人を止めようとしていた。


「いぬちよ、これでも喰らえ!」


 そう言って、内蔵助は近くに置いてあった(すずり)を犬千代に向かって投げつけた。


「なんの、喰らうかぁ!」


 そう言って、犬千代は飛んで来た硯を木刀で打ち返した。


「ぐぁーっ」


 ここで悲鳴を上げたのは秀貞であった。


 打ち返された硯は秀貞の腰を直撃し、その顔にも墨が飛び散っていた。


 内蔵助と犬千代はそんな秀貞の様子を気にもせず、次の勝負への場所へと疾風の様に立ち去って行った。


 むごい状態となって動けなくなっている秀貞、しかし部屋に戻って来た祐筆達はそんな秀貞を他所に、淡々と部屋の片付けを行って執務を再開していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方、三番家老の青山は別室で商家の者を相手に商談を行っていた。


「この見積りはちと高すぎるのでなないか?」

「そうは言っても青山様、信州の箆はこの時期、入手も困難で高こうなります。牛角の筈も高いですし」

「原因は又兵衛か、うーむ、それにしてものぉ」


 その時であった。


「おまえ、かなりしつこいぞー!」


 子供の一声が聞こえたと思った直後、何か破壊音が聞こえて来る。


ばきばきばきばき、どかーん!


 一人の子供が廊下に並ぶ障子戸を金棒を振り回して次々と破壊しながら、前を逃げる子供を追い駆けていた。


「はぁ、はぁ、待ちやがれー」


どかーん、どかーん、


 二人は青山が商談を行っている部屋の前を通り過ぎ、その破壊音と共に遠ざって行った。

 

 青山と商家の者は暫しの間、今目の前で起きた一瞬の事態が良く理解できず、あっけに取られていた。


 そして我に返った商家の者は青山の方を向くと、苦笑いを浮かべながら青山に言った。


「さ、さすが、那古野のお城の鍛錬は場所を選ばぬ激しさですな」

「うむ、すまぬがこの部屋の修理も頼む」

「また、見積り額上がってしまいますね」


 青山は顔で平静を装っていたが、その肩は項垂れていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後御殿の庭園で叫んでいる者がいた。


「こらー、おぬしら、こっちに来るなー」


 那古野城の庭師であった。


 今回の相手は城主の吉法師では無く、どこぞの武家の小僧たちであり、最初庭師の男は遠慮無くその行動の静止を求めていた。


 内蔵助と犬千代は目の前から槍柄を打ち合いながらやって来て、手入れしている庭を踏み荒らしながら庭師の横を過ぎ去って行く。そして代わって弥三郎と九右衛門が別の方向から走り入っては、やはり庭を踏み荒らして過ぎ去っていく。


「や、やめてくれー」


 四人が通り過ぎる度に、植木が折られ、土が踏み躙られる。いつしか庭師の要求は懇願に変わり、更には空しい悲鳴へと変わって行った。


「あ、あぁー」


 別の場所にいた吉法師達はこの時ちょうどこの場所を通り掛かり、先程まで何事も無かった城内が、一瞬にしてあちらこちら荒れている事に驚いた。


「何じゃ、これは何ごとじゃ」

「先程通り掛かった折りにはこの様な状態では無かったはず」


 その時、吉法師たちの前方で四人の子供が走り回りながら暴れているのが見えた。


「あー、あいつらじゃな」

「こらー、おまえらー、庭荒らすなー」


 吉法師はそう大きな声で叫んだが、四人の子供たちはその言葉には気付かず、駆け去って行く。


「まったく、あいつら」

「これ以上、園庭をめちゃめちゃにされては困る」

「よし、追い駆けよう」


 そう言って吉法師たちは四人を追い駆けて行った。その様子を見て庭師の男は思った。


(吉法師さま、その通り、でもあれ、いつものあなたですから~)


 庭師の男はいつもは園庭を荒らす方の吉法師が、庭を荒らす子供たちを注意しようとしている事に違和感を感じていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 九右衛門から逃げる弥三郎の足は疲れ知らずの速さだった。弥三郎は商いで決められた時間内で何か所も回らねばならない事が多く、走り続ける事には慣れていた。


 弥三郎は大きな縁石の上に乗り、金棒を担いで息を切らしながら追い駆けて来る九右衛門を見下ろしながら言った。


「いい加減に追い駆けて来るのは止めろ、そんな物を担ぎながら、わしに追いつくと思っているのか!」


 九右衛門は袖を破られた事に対してはもうどうでも良くなっていたが、このまま弥三郎に逃げられたままで終りにする事は納得できなかった。負けず嫌いの久右衛門は息を切らしながらも金棒を担いで追い駆け続けていた。


「はぁ、はぁ、うるさーい」


 九右衛門はそう一声上げると金棒を一度大きく振り回し、植木の枝葉を舞い上げた。金棒を担いで弥三郎を追いかける九右衛門は子供とは思えぬ大層な力の持ち主であった。


「やれやれ…」


 弥三郎はそう言うとまた園庭の奥へと走り去って行き、九右衛門はそ金棒で園庭の植木をなぎ倒しながら追い駆けて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方内蔵助と犬千代は場所を変えながら木刀での打ち合いを続けていた。走る二人の目の前に御殿から別棟に続く渡り廊下が迫る。


「いぬちよめ、これならどうだ」


 内蔵助は走りながら渡り廊下の上に一度飛び乗ると、そこからすぐさま振り返って飛び降り、頭上から犬千代に打撃を与えようとした。しかし降り立った周りに犬千代はいない。周囲を見渡していた時、頭上に気配を感じ咄嗟に持っていた木刀を跳ね上げた。


ぱしっ


 内蔵助はその跳ね上げた木刀に別の木刀が当たる衝撃を感じた。やはり上から打撃が打ち込まれていたのである。


 内蔵助が振り返ると目の前に犬千代が立っていた。犬千代は内蔵助が手前から渡り廊下に一度上がる瞬間、同時に渡り廊下の上に上がり、逆に時間差で内蔵助の上から打撃を仕掛けていた。内蔵助の裏をかいたつもりであったが、その攻撃は内蔵助の勘の鋭さに阻まれていた。


(わしのさくせんのうらをかくとは…、やるな、いぬちよ)

(あれをはじくとはいいかんしている…、やるな、くらのすけ)


 二人は共に相手に感嘆していた。


 最初は些細な不快感から始まった勝負であったが、この時点で二人は全力で勝負できる相手がいる事を嬉しく思えていた。


かつーん、かつーん

かつーん、かつーん


 二人は場所を選ばず木刀を交えていた。しかし二人の通った場所は散々で、普段は土足厳禁であるはずの部屋や廊下の至る所に、彼等の足跡が残されていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 九右衛門は未だ息を切らしながらも金棒を抱え弥三郎を追っていた。


「はぁ、はぁ、くそ、あいつどこ行きやがった」


 すると右手上の方から声が聞こえた。


「だから、そんな金棒持ってでは、わしには追いつかないと言うたろ、しかしぬし、九右衛門と言ったか、すごい力持ちじゃな、その金棒は大人が振り回すやつじゃ、ふつうの子供ではそんなに持って運べんぞ」


 弥三郎は木の上に座っていた。さすがに木の上までこんな金棒を持って登れない。


「くそ、身軽なやつだな、こんな重いのではやっておれぬわ」


 そういうと九右衛門は金棒を投げ捨てて、武具を並べた棚のある方に向かって走って行った。


「そうださっき植木に槍柄が立て掛けてあったな」


 このぼそっと呟いた九右衛門の言葉に弥三郎が反応した。


「何、植木に立て掛けた槍柄」


 弥三郎の頭に四郎が選んだ一本の槍柄が思い浮かんだ。そして咄嗟に木の上から飛び降りて叫んだ。


「だめじゃあれは、あれは四郎様のお気に入りじゃ」


 弥三郎はそう言うと、九右衛門の後を追い駆けて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 内蔵助と犬千代は未だ木刀で打ち合っていた。既に色々な所で打ち合いをしている二人は体中が泥だらけである。


「これで終わりじゃー、いぬちよー」

「勝つのはわしじゃー、くらのすけー」


 そう叫びながら二人が渾身の一撃を放った時であった。


ぼきっ


 鈍い音と共に二人の木刀は真中から折れた。


(引き分けか)


 二人は呼吸を整えながら互いに顔を見合せ、にやっと笑い合った。


 実力は互角、この後更に続けても勝負は着きそうに無く、この折れた木刀では続ける意味も無い。


(これで終わりにするか)


 二人は頭でそう思いながら、相手の出方を窺っていた。


 自分から終りと言う言葉を口にする気にはなれなかった。何か先にその言葉を出した方が和を請い、負けを認める様な気がした。


(そう言えば、)


 その時二人は勝負の中で、近くの植木に良さ気な槍柄が立て掛けてあったのを思い出した。それを手にすればこの勝負が勝ちになる気がした。


「槍柄!」

「槍柄!」


 二人が再度互いの顔を見合せた。相手が不敵な笑みを浮かべている様子を見て、相手が自分と同じ事を思っていると感じていた。


「まだまだじゃー」


 二人はそう叫ぶと、立て掛けてある槍柄を目掛け、全力で走り去って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 九右衛門、弥三郎、内蔵助、犬千代の四人は同じ槍柄を目指して走っていた。そして植木に立て掛けてあった柄を見つけると、四人はほぼ同時にその柄を掴んだ。


「うぉ、なんじゃ、おぬしらー、どけー、これはわしんじゃ」

「おまえこそ、どけー、わしのとるなー」

「まて、これわしがいちばんにつかんだんだぞー」

「おぬしら、やめろー、これは四郎様のじゃ」


 四人は皆槍柄を掴んで離さず、自分のものである事を主張していた。


ぎゃーぎゃー

ぎゃーぎゃー  


 一本の槍柄をめぐり四人の子供たちが争っていた。


 互いに譲らぬ状況が暫く中、その子供達の騒ぎに四人の大人たちが近付いて来ると、その内の一人が争いの元となっている槍柄を四人の子供が張り付いた状態のままひょいと持ち上げた。


「うわぁー」

「何じゃー」


 子供たちの体は一瞬宙に浮き、すぐさま振り落された。


「あいててて」

「なんじゃ、一体」


 子供たちは尻餅をつきながら顔を見上げると、そこには無精ひげを生やした大柄な男が立っていた。


「おししょう」

「おししょうさま」

「おししょう」

「お、」(おにしばた!)


 それは柴田権六であった。


 家中でも槍の使い手として名高い権六は皆が知っていた。また権六は鬼柴田と呼ばれる外見の威圧感に反して子供の面倒見が良く、時折子供たちに槍の手解きを行っては、皆から師匠と敬われていた。


 内蔵助、犬千代、九右衛門もそんな彼の前では、争い事をする気にはなれなかった。


「内蔵助、お前は何を騒いでいるのじゃ」


 権六の後ろには内蔵助の長兄の佐々隼人正がいた。


「おぬしもこの那古野のお城に来れば佐々家の代表ぞ、恥ずかしい真似はするでない」


 隼人正は佐々家の家長として内蔵助を(さと)そうとしていたが、本人はまだまだ子供のため至って聞き分けが無い。


「はいはい、じゃ、あにじゃまた」


 内蔵助は素気なくそう言うと、その場から逃げる様に走り去って行った。それを見て犬千代と九右衛門の二人も言った。


「おししょうさま、また、おーい、まてよー、くらのすけー」

「それでは、みなさまがた、しつれいいたします、まってくれー」


 そう言って犬千代と九右衛門も内蔵助の後を追い走り去って行った。


「まったく困った悪ガキどもじゃ」

「まぁまぁ」


 困り顔の隼人正に対して、後方にいる壮年の二人は笑顔を見せていた。


 一人はこの那古野城の次席家老平手政秀であったが、もう一人は初めてこの城を訪れる者で、鳥の巣の様な頭をした風変りな男であった。



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