第四章 孫氏の兵法(3)
試用場の別の一画には笹穂槍、十文字槍、沢瀉槍、片鎌槍など、様々な槍先、そして色々な長さや太さ、材質の異なる槍柄が子供の鍛錬用から大人の実戦用まで見本市の如く並べられていた。
弓には矢の本数と言う制限があり、刀は二、三度打ち合えばもう刃こぼれが酷く使い物にならない。それに比べて槍は素人にも扱いやすく戦国の集団戦において最も主要な武器となっていた。
吉法師達は津島湊での模擬戦以降、槍の選定は最重要事項と考える様になっていて、その探究に力を入れていた。
その並べられた槍の近くで、千秋四郎は様々な槍の柄を入念に試していた。突き、打ち、払い、実戦を思い描いた演武で素早い槍先の動きを試み、自身に合った最高の一本を選ぼうとしていた。
この千秋四郎は織田家配下では異質で、武士でありながら熱田神宮の大宮司を務めていた。容姿端麗な四朗が宮司の姿で舞う神事の舞は民衆から夢の娯楽の如くの人気があるのだが、ここでの演武はそれとは異なる勇壮な舞となっていた。
吉法師は天王祭の後、那古野から程近い熱田に舞を見に行き、そこで同年代の四朗と出会って意気投合してから、度々四朗の熱田に出向く様になっていた。
その時人気のある四朗の周りには、常に様々な民の者が一緒におり、最近の流行りごとや作物の状況など、一緒に色々な世間話を楽しんでいた。それは吉法師にとって民の感覚を得ると共に、世間の情勢や情報を知り、民衆統治について考える良い機会となっていた。
一方の四朗の方は、那古野の城と熱田神宮をお互いに行き交う様になる中で、武士の鍛錬を経て、自分が強く成長している事に喜びを感じる様になり、いつしか本業の宮司よりも一介の武士としての方が楽しい生き方になっていた。
一心不乱に演武で様々な槍を試す四朗から少し離れた所には、少々小太りの体付きをした熱田商人の加藤図書助と、その息子でまだ幼顔の弥三郎が四郎の演武を見ていた。
「四郎兄ぃ、かっこいー」
弥三郎は四郎の演武に釘付けになって見ていた。本業は熱田神宮の宮司の四郎は本来戦は無縁の家柄である。
しかし今幼少の頃からいつもその手にあった大幣は槍になり、優雅な神楽は勇壮な演武になって、その四朗の姿は、図書助と弥三郎だけでなく、その場を通り掛かる者達を引き付ける様になっていた。
「四郎様、素敵ですわー」
弥三郎の声から始まった四朗の舞を賞賛の声は一つ、また一つ増えているのだが、槍柄の感触を得るために演武に集中する四郎の耳には入っていなかった。
「四郎さまー」
四郎から少し離れた所では城の女中達や、城内に出入りする商人の娘達もが足を止め、四郎の演武に見入っていた。容姿端麗な四郎の真剣なまなざしで見せる華麗な演武は、彼女等にとって良き見世物の舞になっていた。
「いいのぉ、四郎殿の舞は女子衆が集まって来て」
図書助と弥三郎の周りには四朗の舞の噂を聞きつけたのであろうか、城内のあちらこちらからたくさんの女子衆が集まって来ていた。図書助はもう四朗の舞ではなく、四朗の舞いを見に現れて来る女子衆を見ていた。
その後、ひと時の時間を経て四郎は最後の決めの格好と一筋の汗でその演武を終え、自分に最も合う槍柄を一本に絞った。
(よし、やはり槍柄はこいつが一番良い、あと穂先は…)
四郎がそう思った時だった。
わー
パチパチパチ
四郎は自分の周囲で何やら大きな拍手と喝采が沸き起こっているのを耳にした。
(なんだ?)
何気なく周囲を見渡すと、数十人もの女人衆が自分の方に着目しているのが見えた。思わずギョッとする四郎であったが、それも束の間、その女人達は四方から我先にと走り寄って来た。
「四郎様、舞良かったですわ」
「四郎様、ご休憩ですか?、ぜひ奥座敷にお越しください」
「四郎様、私にも個人的に棒術ご教授くださいませー」
「四郎様、終りでしたら一緒にお帰りを」
「四郎さま」
「四郎サマー」
四郎は四方から押し寄せる女子達に逃げ道なく、瞬時に囲まれていった。
「う、うわっ」
槍の武芸に磨きがかかる四郎であったが、女子衆の来襲には一溜まりも無かった。いや、逆に磨きがかかったからこそ、女子衆からの関心が高まり、皮肉にもこの様な事態が起きたと言える。
「うわぁーーーーーー」
四郎は断末魔の様な叫び声を上げた後、女子衆の集団の中に埋もれて姿が見えなくなり、やがてその集団と共にその場から消えていった。
四郎のいた場所には四郎に選ばれた槍の柄が、一本空しく転がっていた。




