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第三章 あえの風(5)

 新介ら六人が構える長い竹の旗印の棒は三間以上もあり、一間半から二間しかない川並衆の槍柄を圧倒していた。


 川並衆は先行していた三人の仲間が一瞬でやられると、後から続いていた者たちは進撃する事を躊躇して、新介らが構える長竹棒の少し手前で止まった。そしてその間に孫介、与兵衛らがその長竹棒の列に加わると、その長竹棒は横一線に十四本となり、ほぼその参道の道幅に広がる。参道の上の境内にいる観衆から見たその光景は何とも勇壮なものであった。


 先程まで那古野若殿衆の敗走にて勝負が決したと思っていた境内の観衆はこの新たな隊列の出現に大きな歓喜の声を上げていた。


「吉法師さま、すごい!」

「ああ、先程の敗走は作戦だったのか」

「初陣の采配とは思えぬのぉ」


 その観衆の中で風変りな鳥の巣頭の男がまた近くの観衆の者に訊ねる。


「本当に吉法師殿はこれが初陣なのか?」


 訊ねられた者達も、この吉法師の衆の演出の様な戦い方に感心していた。


「ああ、そのはずじゃ」

「御覧の通り、吉法師さまはまだ元服前の子供じゃからのぉ」

「実際の戦にはまだ出れぬ」

「でもあんた、なぜそんな事を訊くのじゃ?」


 鳥の巣頭の男は吉法師の戦の進め方に終始驚きの表情を見せていた。

 

「いや、何か戦の真髄を心得ている様でな」


「ははは」

「いやいや、逆に良く知らぬからじゃろ」

「あぁ、旗印を槍柄の代わりにするなんざ、模擬戦ならではじゃ」

「まぁ、子供の考えることだからのぉ」

「そうそう、時折子供とはあの様な突拍子も無い事を考えるものじゃ」

「あっははは」


 しかし鳥の巣頭の男は神妙な面持ちでこの成り行きを見計らっている。


 単なる子供の思いつきなのであろうか、いや、やはりそうではない様に思う。これは子供の突拍子もない発想では無く、しっかりとした展開の想定の下に勧められている様に感じられる。おそらくその是非はこれからの展開を見ていればはっきりするだろう。


 鳥の巣頭の男は食い入る様にこの模擬戦の成り行きを見定めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その時、吉法師は参道の端にある岩の上から采配を出していた。


「まずは、ばっちりじゃな」

「はい、吉法師様」


 吉法師の隣には佐久間半介がやや短い旗印の棒を持って立っていた。


「やはり槍は長い方が有利じゃな」

「はい、そして技量の差はあの様に密集させる事でその隙を埋める事が出来ます」


「うむ、そして軽さで言えば竹か」

「はい、この模擬戦では殺傷力は要りませぬ故、軽い竹が最良となりましょう」


「本来この模擬戦は本戦での槍柄の選定と言う事が目的であったが、模擬戦そのものの勝ちにこだわってしまったなぁ」

「それで良いかと思います。戦では機先を制した者が圧倒的に優位、そのための攻め方、勝ち方はその都度では変わりますでしょう、ですので結果の勝ちにはこだわり、その勝ち方にはこだわらずとも良いかと思います」


「そうじゃな、よし、またここからじゃ」

「はい」


 吉法師と半介の若い二人は、ここまで自分達の描いた通りに模擬戦が進んでいる事に満足しながら次の展開を思慮していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方この時小六は自軍の後方から状況を伺っていた。


 相手が一斉に敗走し始め、この模擬戦の勝ちを確信した瞬間に、思いもよらぬ長竹棒の部隊が登場してその勢いを止められ、その後相手が態勢を構える間、それに対応する良好な指示が出せずにいた。


 弾正忠の息子は何という戦いをするか。旗印の竹の棒を槍柄として使ってくるというのは 本来の模擬戦の目的である槍柄の選定という点からは明らかに外れている。この模擬戦での勝利の方に重点を移したのだと思った。


 那古野若殿衆十九人に対して川並衆は十七人となっていた。若殿衆は三人が子供のため未だ人数の上では戦力差は無い様に思われるが、小豆坂七本槍などの手練れの者もおり、何よりもその勢いが若殿衆の方に傾いている。


「よし、ここから逆転じゃー!」

「おおーっ!」


 威勢の良い吉法師の掛け声と共に那古野若殿衆の長竹棒の列を崩さず、川並衆に向かって突進して行く。川並衆はこの棒の長さの違いに対してどう対応して良いか分からないまま、打ち合いを始めなければならない状態になっていた。


若殿衆の棒の使い方はその長さを活かして前後に突く攻撃のみの単純な動作に対して、川並衆は左右の防御の動きを含ませながらその隙を見て前後の攻撃の動作をする。


 明らかにその動きの一つ一つで長竹棒の若殿衆の方が優位であった。川並衆はジリジリと押され後退しながらの動きとなり更に不利な状況に陥っていく。


「くそー、こんなんありかー」

「あたた、あたた、やめてー」


 何人かの川並衆がまた戦死扱いになっていた。


 長竹棒は長いながらも軽い、意外に振り回せる。あの槍襖に弱点は無いのか、前線からの悲鳴が聞こえてくる中で小六は考えていた。


 

「竹……、そうか!」


 そして小六はこの対策案が思い付くと大声で前線に指示を出した。


「皆ひるむなー、奴らの棒は長くても竹ぞ、皆で固まって中央一点に絞り下から潜り込めー、さすれば襖は破れる」


「おぉ、そうじゃ」

「おお、ご褒美目の前でこんな竹の襖、突破してやるわー」

「そうじゃ、いけー」


 川並衆は小六の指示に勢いを盛り返し、一丸となって中央の長竹棒に突っ込んで行った。


 それはこの模擬戦で初めて見せる川並衆の一体感のある攻撃であった。


 中央一点に絞って何回かの打ち合いの後、二人掛かりで竹棒をはじいた隙に一団が長竹棒の襖の一線を突破して、長竹棒の下に潜り込み、その隊列へと突入して行った。


 上の境内からは吉法師の衆の長竹棒の襖の中央が突破され、その姿が崩れていくのが見える。模擬戦の形勢はまた逆転した様に見えた。


「川並衆もやるのぉー」

「ああ、いかん、今度は吉法師さま、だめじゃ」


 戦の勢いは再度川並衆に移り、吉法師若殿衆の危機的な状況が見て取れた。一回その襖の先端を突破されると、横方向への防御の弱い長竹棒は不利である。


 吉法師としてはこの長竹棒で中央から突破される事は想定していなかった。この状況に吉法師は少し焦りを感じながら半介の方を窺った。


「まずいぞ半介」


 不安な様子を見せる吉法師に対して、半介はこの状況にも落ち着いていた。


「大丈夫です、こんな事もあろうかと……」


 半介はそう言うと、持っていた竹棒を投げ捨て岩を飛び降り、前線に向って走って行った。そして半介が向かうその途中には勝三郎が待っていた。


「勝三郎!行くぞー」

「おう」


 半介と勝三郎はそれぞれ参道の端に飾ってあった竹を持って前線へと走って行った。


 前線では長竹棒の襖を崩し中央から突破しようとする川並衆に対し、新介を中心に長竹棒を左右に振って必死に防いでいた。


「いかん、突破される」

「新介、ねばれー、奴らを行かせるな」

「そっち行ったぞ、そこ手薄にするな」

「おぉ」

「いかん、竹棒もそろそろ限界じゃ」

「いたたた、やられた」

「だめじゃ、儂の竹棒も、いて、やられた」


 新介は辛うじて敵の進行を防いでいたが、味方の長竹棒の中には途中で折れ曲がってしる物、砕けてしまっている物などが出ており、川並衆の一丸となった猛攻を防ぎ切れず、新介の周りの佐久間衆にはバタバタと戦死扱いとなっていく者が出ていた。


「まずい、突破される」

「新介が孤立する、与兵衛、真ん中に詰めろ」

「うがー」

「いかん、早くしろ!」


 まさに若殿衆の隊列が乱れ、中央が突破され様としたその時だった。半介と勝三郎が後ろから走り寄って来て言った。


「与兵衛どの、どいてー、どいてー」

「おりゃぁー」


 与兵衛は一瞬二人の方を振り向くと、慌ててその進行を妨げぬ様に避けた。


 そして半介と勝三郎は二人並んで、一丸となって攻めてきていた川並衆の先頭に持っていた竹で突っ込んで行った。


「ブッ!」

「何じゃ、この竹は?」


 川並衆の男達はもう少しでこの長竹棒の襖を突破し、この模擬戦に勝つ事が出来ると思った時、突如目の前に現れた竹の笹枝に視界を遮ぎられその進行を止められた。


 半介と勝三郎が持っていたのは、枝笹がびっしりと付いたままの竹の棒であった。


「うぉー、邪魔じゃ!」

「何じゃこりゃ!」

「進めん、こんなんありかー」


 槍柄を振り回す事もまま成らず進行の勢いを止められた川並衆に対して、中央の新介らは少し後退し態勢を立て直していた。


 それはまさに突破を試み様とした川並衆に対して前後から挟み撃ちを掛ける形になっていた。


「よし、今じゃ!」


 突破目前でその侵攻を妨げられた川並衆に対し、那古野若殿衆はすかさず後方から周囲を包囲しながら攻撃を仕掛けていた。この若殿衆の攻撃に対して川並衆は勢いは完全に衰え、隙をみてその包囲網から脱出を試みるのがやっとという状態になり、ついには突破目前の先頭にいた三人が狭まる包囲網から逃げ切れず完全に囲まれる形に陥った。


「あいたたたた」

「待て、待て、いててー」

「ちょと、あいててて、勘弁じゃー」


 その結果、三人は四方からの集中攻撃を受け戦死扱いとなった。川並衆の中央突破はあと少しと言う所で叶わずであった。


 新介は体勢を立て直しながら起死回生の援護となった半介と勝三郎に声を掛けた。


「助かったよ、半介、勝三郎」


 他の若殿衆もまた態勢を立て直しながら、半介と勝三郎に合図を送っていた。勝三郎は自分の活躍が皆の助けになったことで得意気な表情を見せていた。


「合戦の竹やりに舞う短冊紙」


 半介が呟く様に一句読んで見せる。川並衆の進行を止めた勝三郎と半介の竹の笹には願い事が書かれたたくさんの七夕の短冊が掲げられていた。



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