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第三章 あえの風(2)

 吉法師は勝三郎、造酒丞と共に津島湊の門前町の通りを小走りに材木問屋を目指していた。特に急ぐ必要は無かったが、早く色々な材木問屋の品を見てみたいと言う勝三郎の歩みが速く、吉法師と造酒丞は勝三郎を追う様に付いていた。吉法師はその時歩を進めながら先程別れ際の吉乃の言葉を思い返していた。


 吉法師様、実はね、私…


 あの時吉乃は何を言いたかったのだろうか、その言葉の続きを考えていた時、吉法師はひとつ大事なことを思い出して天を仰いだ。結局あの吉乃は何処の人か分からずじまいとなっている。もしかしたらもう二度と会えぬかも知れない。そう思うと、先程の別れ際に大きな後悔の念が湧き上がった。吉法師は残念な思いと共にまた吉乃の笑顔を脳裏に浮かべながら歩みを進めていた。


 その時であった。


「吉法師!」


 吉法師は突如女性の声に呼び止められた。一瞬思い浮かべていた吉乃かと思ったが声質が異なり、すぐに別の人と思う。しかしながら普段自分を呼び捨てにする者は身近におらず、吉法師は誰だろうと思いながらその声が聞こえた方を振り向いた。するとそこには何人かの集団がおり、その中に実母の土田御前の姿を見つけた。


 母上…… 


 吉法師は呼び止めた女性が母と分かると、吉法師は少々の緊張感と共にうれしさが沸き上がってきた。しかしその母が小さな子供と手をつないでいて、その子供が弟の勘十郎だと分かると、そのうれしさは一瞬にして消え去り、先の手合せの一件と共に嫌な気分が思い起こされた。前にいる勝三郎も、勘十郎に突き倒された時の嫌な思いを未だ引きずっている。そしてまた勘十郎も手合せに負けたという思いを引きずっているためか怪訝(けげん)な表情をしていた。吉法師と勘十郎はお互いに目線を合わせる事を避けていた。


 吉法師は母の周りにいる人々に目を向けると、そこには母の兄弟で叔父の土田政久、泰久等、土屋家の親族が総出で来ているのが見えた。彼等は皆で祭りの(かたわ)ら買い物を楽しんでいた様で、皆が祭りの道具や土産を手にしており、勘十郎も片手に何やら大事そうに土産物を抱えていた。土田御前は手をつないでいた勘十郎の手を離すと、ゆっくりと吉法師の方に歩いて来た。


 土田御前が近寄って来ると、吉法師は何を言われるのかと少し緊張して身構えた。勝三郎と造酒丞はその場に片膝を落して控える。造酒丞は同じ織田弾正忠家の一員で、そこまで控えていなくても良さそうなものだが、何故か自分より小さな吉法師の影に隠れる様にしておとなしくしていた。


「この様な所で会いましょうとは、吉法師も祭りを見に来たのですか?」


 吉法師はこの母の問いに少し困った。第一の目的は舞の先生の覚悟の舞を一見する事であったが、舞を習いに、と言う話になった時の説明は難しくなると思う。吉法師は咄嗟に舞の事を伏せて返答をする事にした。


「いえ、京に発つ政秀を見送りに、ただ最後の宵祭は観て行こうと思っております」

「それでは宵祭は私達と一緒に観ますか?」


 この時、吉法師は日頃会う機会の少ない母との触れ合いを大切にしたいと思った。母の申し出を快く受けたかったが、向こうで勘十郎がそれを望まぬ顔をしている。またこの後には孫介達とも合流する予定、母との触れ合いを深める感じにはなりそうに無い。


「いえ、せっかくですが、他の者もおりますれば……」


 そう言うと吉法師は視線を下に落とした。自分の断りの返事に対する母の表情は見たくなかった。


「そうですか、残念です」


 そう言うと土田御前は吉法師の後ろの二人に目を配った。二人は如何にも現在仕事中ですという様な雰囲気を作り上げている。その二人を見て土田御前はこの様な祭りの日でも吉法師には織田弾正忠家の嫡子として色々と考えるべき事、やるべき事があるのだろうと思った。無理に吉法師を誘う事は出来ないが、このまま別れるにも少し素気ない気がする。


「急いでいる様子でしたが宵祭まではまだ時間があるはず、何処へ向かっていたですか?」


 土田御前は少し会話を続けようと思い立ち、祭りとは反対の方向に向かっていた吉法師に問い掛けた。


「はい、この先に良い材木問屋があるというので、そこに向かっております」


 この言葉を聞いて土田御前は少し胸が詰まる思いがした。今日の祭り日に材木問屋とは、吉法師は子供ながらに尾張の国の政務に関わる仕事をしている。土田御前は自分達ばかりが買物や祭りを楽しんでいる事に対して何か申し訳無さを感じたが、家中の者たちを前にしてそれを表に出す事は出来ない。何か代わりに出すものとして、供の者が持っていた一つの包みを差し出した。


「それではこれをお持ちなさい」


 吉法師はその中身が分からぬまま、母から包みを受け取った。ずしっとした重みを感じる。包の中はたくさんの銭の様だった。


「今日は祭り日、吉法師もそれで少しは祭りを楽しみなさい」


 吉法師はこの銭をどうして良いかは分からなかったが、とにかく母の気遣いに対しては嬉しかった。


「母上、ありがとうございます」


 吉法師は母に礼を述べるとその包みを勝三郎に手渡し、また三人で材木問屋を目指して走り始めた。少し離れた所から、土田家の叔父達が手を振っている。その周囲には自分の従兄弟達であろうか、祭りを楽しんでいるたくさんの母子が見えた。


 土田御前は少し吉法師を見送った後、皆の方へ戻って行った。勘十郎は母が兄の吉法師と話をしている間、ずっと不機嫌そうな顔を浮かべていた。


 吉法師たちはその後無言のまま歩みを進めていたが、ある所まで来ると造酒丞はそれまで息を止めていたかの様に大きく息をした。


「ふぃー、緊張した、御前様は苦手じゃ、素行に厳しくてのぉ」


 造酒丞は小走りを続けながら呟いた。


「酒兄はいつも素行悪いからのぉ、それでさっきはおとなしかったのかー、母上の前では酒兄も子供の様じゃのぉー」


 そう言って吉法師は造酒丞に笑顔を見せた。更に調子に乗った勝三郎が造酒丞に話し掛ける。


「そうかー、今度私も造酒丞様に苛められた時は御前様に言えば良いのですね」


 その勝三郎の言葉を聞くと、造酒丞は眉間をひくひくさせて言葉を返した。


「そうじゃのー、例えばこんな時か!」


ペシっ


 造酒丞は走りながら勝三郎を小突いた。


「あた、もー、わー、御前様ー、ここに悪い子いまーす」


ペシっ


「わー、御前様ー」


ペシっ


「わー」


ペシっ


ペシっ

ペシっ

ペシっ


 何だかんだとこれも祭りの余興なのであろうか、傍からは二人の様子が楽しそうに見えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 三人は門前町の外れにある材木問屋の屋敷に着くと、使用人に中へと案内され、さっそく色々な木材の品定めを始めた。そこには(かし)(ひのき)(けやき)(くり)胡桃(くるみ)、松、杉等の良く知られた木材のほか、あまり名の知られていない外来種の物など、たくさんの種類の木材が集められていた。そしてまたそれら木材が実用に合わせて試験的に様々な形に加工され、それぞれの木材の特長にあった用途例が示されていた。生活用具から家具、農耕具、武具の他、建築木材として模型等、多くの見本品が並んで展示されている。


 それらは屋敷の主人の商売を超えた木へのこだわりなのであろう。木材や木材加工の展示品は屋敷の奥へと続いた後、更に奥の中庭一面へと広がっており、さながら博物館の様であった。


「吉法師様、良く考えると木ってすごいですよね、生活の道具や工芸品から、武具、家や橋などの建築部材まで、色々な物に変わるのですから」


 勝三郎は木の利用価値の広さに驚きながら、あちこちと(はしゃ)ぎながら見回っていた。吉法師も興味を持って色々な木材を手にしてみては、その感触、重さ、硬さなどをじっくりと確かめていた。造酒丞はもう何度も来ていてそれほど驚くものは無いのであろうか、同じ場所の前でずっと立ち尽くしていた。


 どの木材が一番槍柄に適しているか


 それは吉法師の今回津島訪問のもう一つの目的であった。即ち精神面で覚悟の舞を拝見すると共に、実働面としては最強の槍柄を比較検討することであった。


 吉法師が屋敷の中を見回し、木彫り職人の木材加工技術とその芸術性に感嘆していた時、屋敷の主人が奥の間から出て来て吉法師に声を掛けた。


「吉法師様、ようこそ我が屋敷へ、色々な木材、是非御覧になって行って下さい。この屋敷には殆ど見本しか置いておりませぬが、御入用があれば、後程必要な物を必要な形で必要な分だけお納め致しますよ」


 屋敷の主人はよほど品揃えに自信があるのか、得意気に話しをしていた。吉法師はそんな主人を一目見て、さっそく本題について尋ねた。


「主人、実は色々な木材を槍柄として試したいのだが」

「へ、槍の柄ですか」

「ああ、色々と試してみてその中で一番良い木材を我が軍の決戦の槍柄として選びたい」

「はぁ、左様で」


 吉法師の力のこもった説明に対し、なぜか主人の受け応えには気が入っていなかった。


(なぜだろう、子供だと思って軽んじて見ているのだろうか?)


 吉法師は幼少の物心がつかない内から那古野の城主という立場にいる。最初の頃は自分自身が城主である自覚も無く気が付く事も無かったかが、成長してその立場が徐々に理解出来る様になってくると、幼い自分に対して、その地位を重要視して来る者と、子供と思って軽んじてくる者の二通りの者がいる事が分かった。吉法師はこの屋敷の主人も自分の話を子供のお遊び、と軽んじながら聞いているのだろうと思った。


「主人、槍の柄に最適の良い木材が見つかれば、我軍が皆使うのじゃ、そうすればたくさん売れるのじゃぞ」


 吉法師もまだ若いながら、これまでたくさんの商人を見てきており、商人はたくさん買うという言葉に弱いという事を知っている。しかしなぜかやはりこの主人は話に乗って来ない。


「はー、でも使えるんですか、それ」


 主人はもう少し何かを訊きたそうな様子であった。しかし吉法師が困惑している様子であったためか、深く訊くのを止めている様に感じられた。


「まぁ、良いですわ、槍の柄になりそうな棒は、向かいの屋敷の軒下に色々な種類を並べておりますから、そちらを案内しますわ」


 そう言うと、屋敷の主人は店先の方へ歩き出した。吉法師はその主人の後を歩いて行った。そして途中、あちこちキョロキョロと見渡している勝三郎に声を掛ける。


「勝三郎、向かいの屋敷だって」 

「あ、はい、吉法師様」


 そう言って、勝三郎も後を付いて行った。しばらくすると、先程から同じ場所でじっと何かを見据えている造酒丞がいた。


「酒兄、あっちだって」

「おう、って何が?」


 造酒丞はあっちと言われて付いて行くが、良く考えると吉法師達が何か特別な目的を持って材木問屋に来たと言う事は知らない。三人は主人と共に一度博物館の様な屋敷を出て、向かいのやや古びた屋敷の前に行き、その軒先にあった(むしろ)を除けた。そこには数多くの棒状の木材が並べて置いてあった。


「おぉ、あるある」

「これなら色々と比べられますね、吉法師様」


 吉法師と勝三郎は目を輝かせながら、右の棒、左の棒と見定め始めた。しかし造酒丞はこの棒を何に使うつもりでいるのだろうと首を傾げている。その様な造酒丞の様子にお構いなしに二人は一本、また一本振ってはその感触を確かめている。


「吉法師様、これなんかいい感じですよ」

「どれどれ」


 吉法師は勝三郎から渡された棒を掴むと、少し振り回してみた。しかし吉法師にはどうもしっくりと来ない。


「うーん」


 吉法師は困った。正直それ程でも無い様な気がする。そのため横で見ていた造酒丞にも訊く事にした。


「酒兄はどう思う」


 造酒丞は二人の棒を振り回す様子をみて、ようやく二人が槍の柄として良いものを選んでいる、という事が理解出来る様になっていた。


「どれどれ」


 造酒丞は吉法師から棒を受け取ると、縦横に二度、三度と振り回し、頭上で回転させた後、突きの動作をしてみた。造酒丞は織田家中でも剛勇を持って知られており、さすがにその槍廻しには常人に無い迫力があった。そして地面に棒を尽き当てると、吉法師にその感想を述べた。


「これ、ちょっと吉ちゃんには長くて重いんじゃない、取り回しが難しいよ」


 この言葉に吉法師は造酒丞が少し勘違いをしていると思った。


「酒兄違うよ、皆のじゃ、戦の時に皆で使う最強の槍柄を選びたいと思っているのじゃ」

「へ?」


 その時の造酒丞は先程の主人と同じ表情をしていた。


「いや、それは難しいよ、吉ちゃん」

「え、どうして?」


 吉法師は慌てて造酒丞に問い質した。最強の部隊にするために、皆の槍を最強の柄で揃える。何が難しいのだろう、考え込む吉法師に造酒丞は説明し始めた。


「吉ちゃん、こちらの棒、勝三郎は良いと思ったが、吉ちゃんはそれ程でも、と思ったよね」

「え、うん、確かに」


 吉法師はその時造酒丞にその心情を当てられ、少しドキッとした。造酒丞は吉法師の心境を更に読み取って話を続けた。


「それは人によって良いと思う槍の好みが違うからさ、硬さ、重さ、長さ、握り具合、感触、人それぞれで感じ方が違う、全ての人が良いという槍は無いであろう。ましてや槍は戦で自分の命を預けるもの、自分が本当に良いと思うものでないと、不安でならぬ」


「なるほどそうか、難しいものだな」


 戦は集団で行われているものの基本的な槍での戦闘の単位は一対一である。その中で名手になればなるほど、自分の技や力が一番発揮できる最も自分に合った槍を望む。そこを上の人間がこれが一番の槍だと言って、本人に合わない物を無理強いする事はできない。


 木にこだわる主人はこの特質的な問題を理解していたと思われる。


 吉法師は店の主人が話に乗って来ない理由が理解できた。しかしこれだけの木棒が並べられている中で、知見を得るためだけになるとしても、色々な木棒を槍柄にして試してみたかった。勝三郎は最初から造酒丞の話など気にしておらず、自分用としてあれこれと比べていた。吉法師も自分に合うのはどれかと色々な槍柄を比べ始めた。

 

 暫くすると勝三郎は土田御前から受け取った包みを放置し、気に入った棒を手にしてぶんぶんと振り回していた。時折また冗談でか、造酒丞に突きの動作を見せていたが、造酒丞から見ればその型はまだまだなのであろう。


「勝三郎、だめじゃそんな型じゃ、もっと尻に力入れろ」


そう言って造酒丞は横にあった棒で、勝三郎の尻をばんばんと叩いた。


「いて、いてて、何をするんじゃ」

「だめじゃ、勝三郎、腰も入れろ、本腰ってやつを」


 勝三郎は造酒丞が自分に槍の型を教えてくれていると思った。自分は権六に褒められた事もあり、自信を持って本気の構えを造酒丞に見せた。


「どうじゃ、」

「たはー、だめじゃ、そんなじゃ、まだまだじゃな」


権六と違って造酒丞は簡単に良いと言わず、その評価は厳しい。勝三郎の連続した力のこもった突きが連続して放たれていた。槍の名手であった造酒丞はそれを自身が手にした棒で(かわ)していた。


「くそー、とあー、おりゃー、あたー」


勝三郎はその後造酒丞に、全力で何度も何度も突きを放った。最初は遊びのつもりで棒を振り回していたが、造酒丞のダメ出しで本気になり、その後の挑発で徐々に実力以上の力が引き出されていた。造酒丞は口には出さなかったが、勝三郎の型を内心褒めたたえた上で、単純な奴ほど槍の腕は伸びるものだと思った。


 やがて吉法師にも自分用として何かしっくりするものが何本か見つかり、一本ずつ振り回しながら、最終的にどれが良いかでその選択を悩んでいた。その近くには、使用人に何本も棒を持って来させながら、屋敷の主人も立っていて、未だ他にもある様な事を示していた。


 吉法師は最良の一本を選ぶのに苦慮していた。判断材料が乏しく、少し合戦を模した打ち合いでもしてみて、実感触が掴めれば最良の一本が選べるかも知れぬと思った。吉法師は造酒丞を相手に打ち込みを掛けている勝三郎を見ていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その時、吉法師達の近くを、二十数人程のがらの悪い若者の集団が通りかかっていた。彼等は一見すると皆、盗賊を連想させる様な派手に傾いた井手達をしている。そして彼等が材木問屋の横を通り過ぎ様とした時、その中の一人が吉法師を見つけて思わず声を上げた。


「あー、お頭、あいつ吉法師ですぜ、弾正忠の倅の」

「なにー、どこだ、あーっ」


 集団の頭目は川並衆の蜂須賀子六であった。小六の父は津島に近い蜂須賀郷を統治していた武士であったが、小六が未だ幼き頃、信秀の勢力拡大に反目し一族共々その領地を追われた挙句、失意の中でこの世を去っていた。


父の死後、小六は若くして一族郎党を率いる事になったのだが、毎日が苦労の連続であった。流浪に等しい荒んだ生活からあれこれと必死で仕事を重ねた結果、木曽川一帯での水運業が成功し、ようやくの事で一族の生活が落ち着く様になっていた。


 小六の若き日の思い出には苦労しかなかった。手に取るものも無く妹をおぶりながら慌ただしく城を追われた日、泥をかぶりながら必死に荷物を運んだ日、盗賊に襲われ仲間が命を落した日など、これまで重ねてきた苦労の思い出には切りが無かった。


 あやつの親父のせいで……


 思い詰めた小六は吉法師の方を睨み付けると、声を上げながら真っ直ぐに迫って行った。


「うあー!!!」


「お頭ぁ?」

「お頭ぁ!」

  

 郎党達も事態が良く分からない中で、小六を追い駆け吉法師たちに迫って行く。


 そして吉法師達の所に来ると小六とその郎党等はその周りを囲った。この時吉法師達と一緒にいた材木問屋の主人と使用人の男は敵意が籠らせた形相の郎党達に驚いて、囲みの隙間からいち早く屋敷の中へと逃げて行った。


 勝三郎は突然の郎党達の来襲に土田御前より授かった銭の入った包みを急いで抱え込んだが、あたふたした挙句地面に落し銭を一部を巻き散らしていた。狙いは自分が持つこの銭かと嘆く勝三郎の周りで銭の音が鳴り響く。その横から造酒丞は怒鳴り声を上げた。


「なんだおのれ等はー!」


 相手は二十人程に対してこちらは三人、その内二人は子供、このまま襲われた一溜まりもない。この者たちは一気に襲ってくるつもりなのであろうか、造酒丞は近くに並んでいた棒を一本掴むと二人の前に出て身構えた。


 吉法師はこの状況の中、内心妙に落ち着いていた。


 もしかすると自分は今、死の危険に晒されているのであろうか、死に接するというのはこんなものなのだろうか、なぜかは分からないが恐怖も実感も感じられない。吉法師はこの状態で意外と冷静でいられる自分に対して少し不思議な思いを感じていた。


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