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第六章 継承 攻城の果て(8)

 吉法師は又十郎の案内のもと三左と弥三郎と共に不審者が出没しているという二之宮に近い羽黒城を目指して馬を歩ませていた。向かう道の先には普段那古野で目にすることの無い高さの山々が連なっており、その山頂付近は初秋の西陽に照らされ輝いている。その光景は何か自分たちの訪問を歓迎している様であった。


 先頭で馬を進める又十郎が振り向き話し掛けて来る。


「羽黒城の梶原様は我々の商売のお得意様だが、人間的に信頼できるお方と聞く。それに家中共々織田弾正忠家には多大な好意を抱かれている様だ。不審者の探索には持ってこいの拠点になると思うぞ」


 又十郎はそう言って得意気な表情を見せた。


吉法師は羽黒の城を盗賊団に対する拠点としても考えていた。これまでの施策にて尾張南方から西方にかけては情報伝達の態勢が整ってきている。残る尾張東方に態勢を築くためには先ず信頼できる味方の存在が必要となると思う。


「まずは態勢を整えて情報収集じゃ、梶原殿には付加を与えてしまうかも知れぬが是非ともお願いしたい」


 今尾張国内では皆が美濃出征に力を注いでいる中で、突然の自分の訪問と協力依頼は多大な迷惑を与えるかも知れない。相手によっては怒りを表す様なこともあると思う。吉法師は光輝く山々を眺めながら、まだ会ったことの無い梶原平次郎という人物を想像しつつ、自身が求めたい事柄について整理していた。


 やがて視線の先に羽黒の城が見えて来ると、それと同時に城の前でたくさんの人々が集まっているのが見えた。


「おい!」

「はい!」


 咄嗟に三左と弥三郎が身構える。城に着いた時の想定は、吉法師の突然の訪問に城主の梶原殿の慌てる様であったが、目の前の様子では逆に待ち受けされている様に思える。想定外の状況に馬の歩みを止めて様子を窺っていると、城の方から一人の武者姿の子供が走り寄って来た。


 その若武者は息を切らしながら吉法師の前で跪くと、馬上の吉法師に話し掛けてきた。


「吉法師さま、ようこそ羽黒においで頂きました。私はこの羽黒の城主梶原平次郎でございます」


 そう言って吉法師の前で平伏する平次郎に吉法師は少し驚いた表情を見せた。


(子供か……)


 平次郎の年頃は自分と同じか少し年上くらいに見えた。そのためであろうか、多くの尾張国内の城主が美濃出征に出る中で、この平次郎は出征に声が上がらなかった様であった。


(しかし何とも殊勝なことじゃ……)


 目の前の平次郎は自分と同様に幼くして城主の役を担いながら必死に家名を繋いでいることが見て取れる。その姿を見ていた吉法師は笑みを見せて声を掛けた。


「平次郎、突然の訪問すまぬ、此度は世話になる」


 その吉法師の挨拶に平次郎が恐縮していると、城の前にいた者たちがぞろぞろと集まってきて笑顔で平次郎に声を掛けた。


「平次郎、良かったのぉ!」

「吉法師さま訪問の御目に掛かるとはな!」

「あぁ、何か立派になったものじゃ」

「いやぁ、何やら儂もうれしいぞい」


 それは平次郎の城を支える近隣の民であった。平次郎が皆に向かって頭を下げる。


「皆さん、今宵は吉法師さま歓迎の催しを頼みますぞ!」


「あいよ!」

「食材は皆で持ち寄っとるから大丈夫じゃ」

「平次郎、安心せい!」


 平次郎の依頼は集まった民の者たちに笑顔で受け入れていた。


(民との距離感が近いのだな)


支配する者と支配される者、その関係の中で、どの様にすればこの様に有効的な関係が築けるのであろうか、吉法師は平次郎と民との会話を不思議に思いながら聞いていた。


 この後吉法師らは羽黒の城内で歓迎のもてなしを受けた。城は少し大きな屋敷という程度で、贅沢と思える様なものは一切無かったが、案内された間や料理には客人を持て成すのに十分な体裁が整えられている。


「突然の訪問にも関わらずこの様なもてなし痛み入る」


 その吉法師の言葉に平次郎は再び恐縮の表情を見せながら応えた。


「全て民のおかげです。我らは祖先よりここ羽黒の民の世話を受けて参りました。本当に感謝しかありません」


「そうか、梶原氏はここで家名を繋いでおるのであったな?」


 祖先に当たる梶原景時は平氏でありながら源頼朝を助け鎌倉政権発足に貢献したことで頼朝生存時に隆盛を極めていた。しかしその後頼朝亡くなると、他の家臣による粛清を受けて本家が没落する事態となっていた。羽黒の梶原氏はその時の難を逃れた景時の庶子が流れ着いたもので、その時以来民に支えてもらいながら家名を受け継いでいた。


「当時の本家には感謝の心が無かったのですよ、今の我らは逆に日々感謝しかありませぬ」


 そう言いながら平次郎は笑って見せた。


 その平次郎の笑顔を見て吉法師は思った。平次郎はこの羽黒の象徴として民に受け入れられ一切の生活の面倒を見てもらっている。その民への感謝の思いが平次郎の他方への気遣いとなって現れているのだ。


「ははは、ぬしも城主として苦労が絶えぬのであろうな、儂と同じじゃ」


 そう言って吉法師も笑顔を見せた。事前の又十郎の情報や先程の民との会話、そして自分と年頃近くして同じく城主を担うこの梶原平次郎は信頼できる者と判断していた。


 自ら皆に茶を注ぎ回る平次郎に吉法師が問い掛ける。


「平次郎殿、儂が訪れることは事前に聞いておったのか?」


 吉法師は城の訪問時に城の前で民の者たちと共に自分を待ち受けていたことが気になっていた。羽黒城訪問は又十郎の発案で急遽決まった事であり事前に知り得たはずは無い。その問い掛けに平次郎がまた笑顔を見せる。


「ここ羽黒の民は話好きな者たちが多ございまして、昼には吉法師さまの御一行が小口を経てこちらの方に向かっているという目撃情報が届いておりました。その後直ぐに羽黒への軌道確実、との連絡を受けて訪問受け入れを進めていた次第です」


 その話は吉法師にとって衝撃的であった。


 自分が何も伝えていない訪問先が、羽黒の民を中心とした情報網で伝わり、歓迎の準備が進められている。今回は味方になる者たちの間での伝達であったが、敵対している者たちの間での伝達となれば只では済まなかったと思う。


「そうであったか、うーむ、此度は羽黒の情報伝達能力は何とも素晴らしいと言っておこう。儂も今一度気を付けねばならぬ」


 おそらく此度は帯刀した状態で馬にて移動していた姿が周囲の目を引いたのであろう。羽黒の情報伝達に驚きつつも、美濃出征の中での隠密行動は慎重に行うべきと思った。


 民への称賛に続けて吉法師が再度問い掛ける。


「ところで平次郎殿、此度我ら二之宮付近で不審者が出没しているという情報を得て参ったのだが、何か民から情報を得ておるか?」


 平次郎はその問い掛けに少し思い起こす様子を見せながら答える。


「近頃二之宮の背後で何やら山を荒らしている者たちがいるとの話を聞いたことがあります」


 それを聞いて三左、弥三郎と顔を見合わる吉法師に平次郎が話を続ける。


「詳細は分かりませぬが、楽田にはもっと詳しい情報が入っているやも知れませぬ、明日調査協力を要請する書簡を送りましょう」


 二之宮の麓には織田筑後守の楽田城があり一帯を支配していた。不審者についても何か情報を得ているかも知れないと思われるが、同じ織田家でありながら筑後守は清州織田藤左衛門家の庶家で、織田弾正忠家とは日頃のつながりが希薄く、美濃出征の状況下で協力に応じてもらえるかは不透明であった。


 吉法師は平次郎の話を受けて弥三郎の方を振り向いた。


「弥三郎、明日使者に付いて楽田の様子を見て来てくれ」


 弥三郎はその指示に対して同意を示すが、その後直ぐに何やら不安な様子を見せて問い掛けてくる。


「吉法師様は明日如何されますか、まさかとは思いますが……」


 弥三郎は自分の心中を察している様であった。吉法師は弥三郎にニヤッと笑みを見せながら答えた。


「儂は明日二之宮を探索してみる」


 その言葉に弥三郎はやはりと思いながら困惑していた。自分が安全を理由に制止を求めても、おそらく聞き及ぶことはないであろう。


「大丈夫じゃ、三左と又十郎がおるから心配はおらぬ」


 心配する弥三郎に対して、吉法師はそう言いながらニッと笑って見せた。その言葉に三左も自信たっぷりに任せておけと笑顔を見せるが、又十郎は逆に困惑の表情を見せていた。


「い、いや、わいも?」


 いつもは頼られることに意気揚々とする又十郎であったが、今回は何人いるのか分からない不審者の者たちとの戦闘になることもあり得る。そうなると普段武器を扱うことの無い自分の身は非常に危うい。


「ははは何じゃ、又十郎、臆しておるのか?」


 吉法師は不安な表情を見せる又十郎を少し嘲るように誇張して笑った。こういう態度に対して又十郎が対応する態度は決まっている


「臆してなどおらぬわ、おもしろい、不審者の正体、わいが暴いてやる」


 吉法師はその言葉に今度はクスっと笑みを浮かべた。又十郎の扱いに長けた吉法師であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 明くる日の朝は時折雨が混じるどんよりとした天気であった。吉法師は三左と又十郎を連れて不審者の確認に二之宮の山中へと分け入ったが、数刻経ってもなかなか不審者や盗賊団につながる様な足跡を得られずにいた。


「以前不審者が出没したのはあの池の付近か?」

「うむ、その様だのう」


 周囲の地面を探りながら話をする吉法師と三左の横で、又十郎が落ち着かない様子を見せながら羽黒にて借りた槍を振り回している。本人は周囲の探索よりも身の安全を優先して槍の練習しているつもりなのであろうが、その動きはあまりにも雑な様相を見せていた。


「おい、又十郎大丈夫か、何か見ておれぬぞ」


 三左がその酷い槍捌きの動きに懸念を抱いて声を掛けると、又十郎は不快な表情を見せる。


「うるさい、わいの槍捌きにケチを付けるな!」


 その返答に三左は吉法師に笑みを見せた後、又十郎を立てる様に言った。


「ははは、いやぬしがあまりに独創的な槍捌きを披露しておったのでな、儂の槍捌きも披露しておこうかと思ったのじゃ」


 そう言うと三左は二人から離れて一本の木の前で槍を構えた。そして自身の気を高めた直後に渾身の突きを放った。


はーっ!

ドーン!


 三左の一撃により、周囲の土埃が舞い上がり小枝や草木が吹き飛ぶ。同時に対峙した木が後方に向かって倒れていく。その土埃が収まると三左の周囲には一欠けらの草木も無い空間が生まれていた。


 又十郎はその一撃を見ると、口を開けて驚きの表情を見せていた。三左の周囲の地面が何か熱を帯びた様に燻っている。本物の槍を持つ男の凄さを体感した又十郎であったが、気の強さでは負けない。


「さ、三左殿の槍の腕もまぁまぁであるな」


 その言葉は負け惜しみによるものであったが、その表情は何か納得している様子が窺える。それは山中で不審者に遭遇しても近くにこの者がいれば大丈夫という安心感を得ての表情であった。


(本物を知るというのは面白き事であり、大事な事でもあるのだな……)


 本物の槍遣いの威力を知った後の又十郎の心境の変化、その様子を見ていた吉法師は思わず笑みを見せた。


するとその時であった。


パーン!


 大きな破裂音が山中に響き渡った。その音に反応して三人が振り向く。


「池の向こう側だ!」

「今のは鉄砲の音では無いか?」

「盗賊団か?」


 二之宮に来て初めて得た足跡とも言うべき音の異変、吉法師は興奮さながらに即座に確認するべきと思った。


「音がした池の反対側に行ってみよう」


 二人が同意を示して向かおうとする中で吉法師が一度止める。


「すれ違いになるおそれがある。三左、ぬしは池の右から向かってくれ。儂と又十郎は左から向かう」


 もし音の主が池を挟んで自分たちとは逆の行方を辿るとなれば、すれ違いとなり確認の機会を逃すことになる。吉法師は確実に音の主を確認するためには二手に分かれて池の両側より進む必要があると考えていた。


「分かった!」


 三左は吉法師の意を汲むと、即座に草を搔き分けながら池の先を右回りに去って行った。


「よし又十郎、我らも行こうぞ!」


 吉法師はそう叫びながら又十郎の方を振り向いた。しかし又十郎の方は何やら硬直した様相を見せている。


「お、おう……」


 先程までの勢いが無くその声が妙にか細い、池の反対側に向かう歩みが重くなっている。吉法師はその又十郎の様子を不思議に思った。


(あ、そうか!)


 全く足跡が得られずにいた中で耳にした鉄砲の様な破裂音、それを至急確認することに全思考を集中させていたが、暫くして又十郎の表情を覗いた時、ようやくその理解に至った。


(さっき得た安心感は何だったのじゃ!)


 突如吉法師と二人での行動となる中で、又十郎の表情はそう語っている様であった。


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