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第六章 継承 攻城の果て(1)

 夜も更け辺りに暗闇が広がる中、生駒八右衛門と共に民家に戻った吉法師は皆を広間に集め、改めて吉乃の失踪についての詳細を聞いていた。犬千代、内蔵助、弥三郎、九右衛門の子供衆、三左と五郎八、そして一宮神社の関長安がそれぞれ蝋燭の灯りに照らされながら厳しい表情を見せる中、八右衛門が悲痛な表情を浮かべている。


「全く連絡が取れぬのです」


 八右衛門の話によると、生駒家は此度の美濃攻めにおいて、北にある国境の渡し場の監視を担っており、家中の者がその着任に向かう途中に舞を披露するという吉乃を一宮に連れて来ていたが、その後迎えに来た八右衛門は約束の時間を過ぎても本人に会えずにいるという。


「申し訳ない、こちらで行方知れずになった巫女舞のお方だろう」


 失踪の時間的に行方知れずとなっている生駒家の吉乃殿は一宮に巫女舞を披露するために来た娘に間違いないと考えられる。そう呟く関に吉法師は困惑した様子を見せながら問い掛けた。


「関殿、この一宮での吉乃の失踪がどういう状況だったのか、もう一度聞かせてくれぬか?」

「分かりました」


 その後の関の話によると生駒家の軍列と共に一宮を訪れた吉乃は舞台奥の部屋で一人舞の仕度を整えていたが、いつまで経っても部屋から出て来る様子が無い状況を不審に思った社の者が確認すると、その姿は消え去っていたという。その後社内の何処かに迷い込んでしまったかと考え、社の皆で周辺を探し回ったが見つからず、何か理由が生じて生駒家の軍列に戻ったのではないかと結論付け、津島に急遽代理要請を出したとの事であった。


「今考えると、あの時神宝が無くなった時と同様に味噌問屋に扮した者たちが訪れておった様に思う」


 その関の呟きを聞いた皆が俯きながら頷いている。


「出くわしてしまったか」

「うむ、恐らくその時に浚われたのであろう」


 この後、同じ場所で神宝が盗まれる事件が発生していることから、吉乃の失踪に関しても盗賊団が関わっている可能性が高いと思われた。恐らく味噌問屋に扮した盗賊団はこの時神宝を盗みに訪れたのだが、偶然訪れた吉乃にその様子を見られたため、その時は神宝を諦めて吉乃を連れ去り、後日改めて神宝を盗み出したものと思われた。


 消息を絶っている生駒家の吉乃は吉法師の母方の縁者の者、他の子供衆から吉法師との関連性を聞いた三左と五郎八が呟く。


「まずいな」

「あぁ」


 吉乃が盗賊団の盗みの邪魔をしたとすれば、そのまま吉乃を生かしておくであろうか、二人は即座に吉乃の命が危ういと思った。そしてそう思ったのは他の皆も同じであった。内蔵助が居ても立っても居られない気持ちから声を上げる。


「早く吉乃殿を救け出そう」


「助けるって、お前吉乃殿が何処に連れて行かれたか、知っとるのか?」

「知るか!」

「いや待て、盗賊団に扮した連中なら先に捕まえたであろう」

「そうか、あの者たちに何処へ連れて行ったか吐かせれば良い」

「そうだ、連中は今何処だ?」


 味噌問屋に扮した盗賊団の連中は祖父江殿と一緒にいた近隣の武家という者たちが連れて行ったはず、その祖父江殿は吉法師と一緒に四郎を見送った後こちらに現れていない。吉法師は既にその確認に向かわせたのであろうか、子供衆の四人はその答えを知る吉法師の方を同時に振り向いた。


 その時であった。


「吉法師様!」


 部屋の外から当の祖父江五郎右衛門が慌てた様子で広間に入って来て、吉法師の前に座り込み声を上げた。


「吉法師さま、黒田城の山内殿に盗賊団の者たちの捕縛状況を確認したのですが、今し方別の盗賊団の襲撃を受けて全員に逃げられてしまったとの事です」


「何!」


 その祖父江の報告に皆が驚きの表情を見せた。


 吉法師は吉乃の失踪を聞いた時、早々に盗賊団との関わりを疑い、祖父江に捕縛していた者たちへの尋問を指示していた。しかし彼らを捕縛していた山内氏の黒田城が武装した何者かの襲撃を受けると同時に城内からも内応者が出て、盗賊団全員に逃亡されてしまったという。


 万事休す、皆がその報告を聞いてそう思った。盗賊団への繋がりを無くしたこの状況において吉乃の消息を辿るのは極めて困難となっていた。何とかせねばと思考を働かせようとするが、時間と共に昼間の疲労が逆に皆の心と体を休息へと向かわせていく。次第に皆が目を閉じて押し黙って行く中で、吉法師は目を閉じながらもこの後の行動について考えを巡らせていた。


(吉乃……)


 一宮で味噌樽に押し込まれる吉乃の姿が思い浮かぶ。そしてその後に運ばれる先、それは神宝が盗まれた時と同じくこの民家であった。今いるこの場所、吉法師はそう思った瞬間目を見開くと皆に向けて声を上げた。


「このまま考え込んでいても埒があかぬ。先ずはこの民家を今一度徹底的に探索してみよう。以前は神宝の探索を前提に行っておったが、何か見落としがあるやも知れぬ。何としても吉乃の消息に繋がる手掛かりを見つける!」


 その時の吉法師の言葉には先の神宝の奪還の時以上に強い意志が込められている様に感じられた。その込め方は吉乃の存在が単なる親族では無く、先の神宝以上に大事なものだということを示している。皆は捜索困難な上に既に命を奪われているかも知れないという状況に諦めの気持ちも芽生えていたが、その吉法師の強い意志を受けると自然と気合が入った。


「はっ!」


 皆は吉法師の言葉に強く応答すると、広間を出て改めて屋敷内の探索に向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 吉法師たちは改めて屋敷の中で広く捜索を行う事にした。これまで確認していない所を中心に床下から、屋根裏、倉庫蔵、庭の地面まで、怪しいと思われる場所は手当たり次第捜索の対象としていた。まるで家を解体している様な捜索の音は蝋燭の薄明りの中、夜を徹して行われた。


 やがて周囲が白々として来ると、捜索の途中で力尽きる者が相次ぎ、至る所で寝込む者が出ていた。その中で吉法師は汗だくになりながらも必死に台所にある食材を移動させ、吉乃に結び付く物が無いかを確認していた。


(吉乃は一宮で浚われた後この民家に連れて来られている筈だ。もしかすると未だこの屋内に監禁されておるかも知れぬのだ!)


 強い思いを込めて捜索を続ける吉法師であったが吉乃に繋がりそうな物は何も見つからない。すると次第に疲労が勝る様になり気持ちが沈んで行く。


(吉乃、ここには来ておらぬのか、今生きておるのか……)


 吉乃の笑顔が再び脳裏に浮かぶ。だがその笑顔は何か心無しに寂しそうに見える。


(もう会えぬのか……)


 そう思った時、自然と汗に紛れて一筋の涙が零れた。


 もう昨日からの捜索でほぼ探す所は無くなっている。何も出て来ないとなればこれ以上続けることは出来ず、中止を決断しなければならない。しかしそれは吉乃との永遠の別れを意味する様な気がする。


 考えることが辛くなってきた吉法師は捜索の手を止めると、そのまま力尽きたかの様に台所の床に倒れ込んだ。疲労のためか呼吸が苦しい。そう思った吉法師は根菜が詰められた麻袋の間に挟まっている扇子が目に入り無意識に手を伸ばした。ぼうっとしながらこれで仰げば少し呼吸が楽になるだろうと思った吉法師は扇子を広げると同時に驚きの表情を見せた。


(何、これは?!)


 その扇子は車輪の半分を模した様な絵柄をしていた。吉法師は急いで八右エ門の所に持って行くと、彼も同様に驚きの表情見せた。


「これは我が家の家紋です」


 その扇子に描かれていたのは生駒家の家紋である生駒車であった。それは吉乃が残したものである可能性が高く、更に場所が台所ということから殺されずに生きてここから連れ出された可能性が高い事を窺わせている。他の皆が集められ徹底的に検証が行われる。


「ここに荷車の車輪の痕がありますね」

「うむ、ここで別の荷車に移されておるな」


 その車輪の跡を見ていた弥三郎が気付いて声を上げる。


「犬千代、内蔵助、これは恐らく我らが見ていた米俵や野菜を運び出しておった時の荷車の跡だ。確かこの付近から出ておった」


 それは犬千代と内蔵助が屋敷の監視をしていて、その場に弥三郎が差し入れに寄った時であった。三人は荷車がこの周辺から数台出て行くのを確認していた。米俵を積んだ荷車の方は何やら取引らしき話をしていたが、野菜の方は今思うと密かな感じであった様に思う。


「そうだ、確かにその様な荷車の動きがあった」

「我ら吉乃殿が運び出されるのを見ておったということか!」


 その時は相手方の状況が分からなかったとはいえ、その事実に三人は衝撃を受けていた。それは三人の話を聞いていた吉法師も同様であった。


(あの時の荷車か!)


 農家の納屋の屋根裏から祖父江五郎右衛門を見送った時、自らも商人の格好をした者たちが数台の荷車を運び出すのを見ていた。その時は彼らの目的も知らず、ましてやその荷車で吉乃が運ばれているなどという事は知る由も無かったが、現実としてあの時、吉乃はあの荷車で運ばれていたと思われるのである。


(吉乃……)


 荷車で運ばれる吉乃の姿が思い浮かぶ。不遇な状況ではあるが、生きて運び出されていることには少し安堵する。


(絶対に助け出す!)


 吉法師は強い意志を込めると皆に今後の指示を出した。


「吉乃を運ぶ者たちは神宝を運んでいた連中と同様に一宮を抜けて生駒が守る北の国境の渡しを越えようとしていたと思われる。時間次第で実際に越えようとしたかは分からぬが、我らこれから彼らの痕跡を探りながら北に向かう」


 盗賊団は浚った娘が生駒家の者だということは認識していると思われる。しかし北の国境の渡しを彼女の実家の生駒家が守っているという事は知らず、一方で生駒家側も家中の娘が浚われたという事実が未だ認識できていないかも知れない。吉法師はこの一宮と北の渡しの間を先ず捜索の手掛かりを得る対象の場と考えていた。


「はっ!」


 子供衆の四人と三左、五郎八が吉法師の指示に応えて声を上げる。


「吉法師様、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる八右エ門に一つ頷いた吉法師は続けて関長安と祖父江五郎右衛門に声を掛けた。


「祖父江殿、関殿、我らはこの後北の渡しに向かいます。二人には連携しながらこの一宮での守りをお願い致します。もし何か状況に変化がありましたら知らせてください」


 その吉法師の言葉に二人は少し恐縮しながら応える。


「承知しました吉法師様、我ら津島や熱田とも連携を取りながら情報網を築いておきます」

「吉法師様、神宝の奪還ありがとうございました。道中、お気を付けて」


 気が付くと朝陽が周囲を照らす様になっている。吉法師らは即座に身支度を整えると二人に見送られながら民家を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一宮を通り過ぎた吉法師一行は生駒八右エ門と共に遠方の美濃の山々に向かう一本の道を進んでいた。これまでと異なる点として、皆がそれぞれ敵の民家に保管されていた槍を所持しており、武家の者たちぽい印象を与える出立ちとなっていた。もはや何時何処で盗賊団と交戦することになるか分からず、これまでの吉法師お忍びの旅という形で進む訳にはいかなくなり必要な武装となっていた。そして荷車が通行可能な整備の整った道、障害物無く荒れていない道、盗賊団の荷車が通ったであろう痕跡を辿りながら歩みを進めていた。


「何か、おかしくないか?」


 五郎八は一宮を通り過ぎて暫くの後、何か違和感を覚える様になっていた。犬千代もその違和感に気が付く。


「確かにおかしい、迷わなすぎる」


 その言葉に皆がそこまでの道のりを思い起こした。何度か二股の道や脇道があったが、何れも迷うことなくここまで進んできている。


「そうか、こんなもんじゃないのか?」

「あぁ、他は荒れ道ばかりであったしな」

「荷車で進むとなれば今まで来た道しか無かろう」

「いや、だからじゃ、もっと分かれ道に悩むかと思っておった」

「うむ、何か逆に誘導されておる気がする」

「ははは、気のせいじゃろう」


 五郎八と犬千代はその後も分かれ道が訪れる度にその選択性がはっきりしていることに違和感を募らせていた。吉法師は二人の懸念を気にしたものの、荷車を想定すると他方の道を選択するという考え難いと思った。


(もしかすると盗賊団が仕掛けた罠であろうか?)


 そう思いながら次の二股の分かれ道に辿り着いた時であった。


「ここは悩み処じゃないか?」

「確かに、そうだな」


 一方の本道らしき道はこれまで通り荷車が通行可能な整備された道であったが、「この先落橋につき通行不可」との立札が掲げられている。その一方で側道となる他方の道は少し荒れており、荷車の通行に適していない様に窺える。


「如何する?」


 道の先を見渡してもどのくらい先にその対象の橋があり、どの様な状態になっているのか、を見定めることができない。


「ここは先ず情報集めじゃな」

「うむ、ここはその必要がありそうじゃ」

「おい、あそこに地元の農民らしき者がおるじゃないか?」


 その三左の言葉に皆が振り向くと少し離れた場所に農作業に勤しんでいる男がいるのが見えた。


「本当じゃ、あの者に訊いてみるか?」

「そうじゃな」


 三左と内蔵助はそう言うと代表して男に近寄って行った。そして暫くの後、二人はたくさんの芋を手にしながら笑顔で戻って来た。


「芋、もらっちゃったよ」

「後皆で食おうぜ」


「それでどうだったのじゃ?」


 ほくほく顔の二人に呆れる皆が問い掛けると、二人はようやく道の先を伺った結果について話をした。


「やはりこっちの本道は先で橋が落ちとって通れなくなっとるらしい」

「うむ、で、そっちの側道は少し道悪いけど荷車も十分に通っているらしいぞ」


「そうか、ではやはり立札通りということか」

「そうだね」


 この確認の後、吉法師らは改めて側道を進むことにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後暫く進んだ吉法師一行は進む毎にその路面に首を捻る事態となっていた。


「おい、ここの路面岩がゴロゴロしているじゃないか、荷車大丈夫か」

「ここは道が沼地の中を通っておる、荷車は通れぬのではないか」

「これはもうちょっとした崖じゃん、荷車無理じゃん」


 そして傾斜が付いた河原のあぜ道に出た時、明らかに荷車が通れる状態でない路面という状況で不信感が最高潮に達する。


「これはもしや……」

「嵌められたのか?」


 皆がそう思った時であった。


ザザザザザ


 突如四方の草陰から農民の格好をした十五、六名の男たちが現れ吉法師らを囲った。すかさず槍を構える吉法師らに対して男たちは太刀を構える。一人の男が不敵な笑みを浮かべながら声を上げる。


「無駄な抵抗はするものではないぞ」


 相手の計略に嵌った上でのこの人数差、状況は圧倒的に不利であった。相手は農民の格好をしているが、その太刀を構える雰囲気から農民では無い様に窺える。美濃の敵方の者であろうか、吉法師は緊迫した状況ながら相手の正体を窺っていた。しかしジリジリと迫り寄る相手に全滅を掛けた交戦か、武器を捨てての投降かの選択を迫られる。


(どちらもあり得ぬ!)


 そう思いながらも相手は徐々に間合いを詰めその刃先を寄せてくる。吉法師は皆に目を配った。その表情から皆の覚悟は既に整っていると感じ取る。吉法師は全滅覚悟の交戦の合図として、手にした自身の槍を振り上げようとした。


 するとその時、吉法師は手にした槍では無く自らの体が浮き上がる感覚を覚えた。


「あー!」

「ちょっと!」

「待てー!」

「吉法師さまー」


 その瞬間子供衆たちの声が広がる。


ズタッ、タタッ


 吉法師は突如現れた馬を操る男に首裾を掴まえられそのまま連れ去られていた。突然の出来事に慌てて追い駆ける子供衆と五郎八、三左、しかしその男は傾斜が付いた河原のあぜ道を片手で吉法師を掴んだまま巧みな手綱捌きで馬を走らせその場を離れて行く。皆は目の前で吉法師が浚われたことに驚きながらその馬の後を必死になって追い駆けた。


 その状況の中で八右エ門は周りの様子を窺いながら皆の後を追っていた。後を振り向くと農民の格好をした者たちは仕組んだ謀が破られたためか追い掛けて来ない。そして見事な手綱捌きで吉法師を掴み去って行く馬の者に心当たりがある。八右エ門は一人安堵の表情を浮かべながら皆を追っていた。


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