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第六章 継承 濃尾の覇権(25)

 吉法師たちは一宮の町の人々と一緒に沿道に投げ込んだ障害物の片付けを行なった後、改めて皆で一宮神社を訪れた。神社の庭先では勝三郎が五郎八と他の子供衆に相手方の民家から得た馬を披露していた。


「なかなか立派な馬では無いか!」

「いいなぁ 勝三郎」


 子供衆の皆が羨むその馬はこの時相手方から得た唯一の戦利品となっていた。五郎八はその馬を眺めながら驚きの様子を伺わせている。


「この馬であの民家から真っ直ぐここに来たのか、大した手綱捌きだな」


 先の民家から道なき道を一直線にこの神社まで来るとすれば相当に高度な手綱捌きが求められる。それを子供の勝三郎が熟すことは今回初めて行動を共にしている五郎八にとって驚くべきことであった。


「何のこれしき!」


 そう言って勝三郎は得意気な様子を見せると、他の子供衆が冷ややかに口を挟む。


「まぁ我ら日頃吉法師さまの許で馬術を鍛えておるからね」

「逆に勝三郎で熟せるなら大した道のりでは無かったのであろう」

「しかしよくこの馬をもらって行こうと思ったものだな」

「その発想はやっぱり勝三郎だよね」


「おい!」


 得意気になっていた勝三郎は馬に羨む他の子供衆の話に少し憤りを見せた。その勝三郎を見て他の子供衆が笑顔を見せる。この時五郎八は彼らの潜在能力に深い感心を寄せていた。


 この子らは将来一流の戦人になることを目的として日頃吉法師様から与えられた大層な訓練を熟している。おそらく馬術だけでなく、他の武術や学術においても高度な教育を受けているのであろう。


 五郎八は将来の吉法師の周りを固める彼らの姿を思い浮かべた。そこでは凛々しく成長した彼らが他の仲間と共に戦場で、そして政務で縦横無尽に活躍している。次の瞬間、五郎八は彼らの中に自分の将来の姿を探した。彼らのその姿は何か自分が将来目指している姿に思っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 この時、吉法師は四郎、三左と一緒に神社の御殿で、宮司の関から新たな神宝の保管方法についての説明を受けていた。


「うむ、これであれば安心であろう」


 一宮の宝、尾張の宝であるこの神宝が再び盗まれる様なことがあってはならない。吉法師は安堵の表情を見せながら御殿を出た。


 その時であった。


「吉法師様はこちらにお出でか?」


 外から現れたのは近隣の渡し場の監視役を担っていた祖父江五郎右衛門の一団であった。その人数は先に渡し場で会った時より増えている。


 祖父江は吉法師を見つけて歩み寄ると片膝を付いた。


「吉法師様、他国の盗賊の者どもを捕まえたそうで?」


 そう問い掛ける祖父江に一つ吉法師は頷きながら応えた。


「うむ、首長格の者は取り逃がしたが他の者らは捕えた」


 領主嫡男が自ら先頭に立ち国の治安維持のために努める。祖父江は何と頼もしい若君かと思いながら話を続けた。


「吉法師さまの御尽力には敬服致します。我らの方であの民家に残っていた者も全員捕り押えました。併せてこの者たちも引き取らせてもらえればと思います」


「うむ、頼む」


 その返事に祖父江は吉法師に一礼すると、背後にいる武将の方を振り向き再度頭を下げた。


「山内殿、御助力よろしくお願い致します」


 するとその男は無言のまま配下の者たちを引き連れて御殿の裏手へと向かって行った。祖父江が吉法師に説明する。


「今の者はこの近くの黒田城の山内殿です。此度緊急にて救援を依頼致しましたところ即座に応じてくれた次第です」


 その説明に吉法師は笑顔を見せた。祖父江もまた今回の事態の打開に向けて臨機応変に行動してくれたのだと思う。吉法師はこの祖父江に発した笑顔を隣にいる関に向けた。


「これでここ一宮の治安も安泰じゃな」


 吉法師のその言葉に関もまた笑顔を見せた。


「はい、吉法師様始め皆さんのおかげにてめでたしめでたしです」


 その関の笑顔に、四郎と三左も笑顔を見せた。


「神宝も無事戻り良かったですね」

「ははは、偶然我らが訪れたのもこの縁あってのものだな」


 この時皆が笑顔を見せ合う中で、祖父江だけは他に何か言い難そうな事がある様で、神妙な表情を見せ続けていた。


「吉法師様、残念なお知らせが一つ、これですがちょっと修復が不可能でした」


 そう言って祖父江は一つの衣装箱を吉法師に手渡した。吉法師が衣装箱の蓋を開けると、そこには何か形容してはいけないボロボロになった物が収められている。


「何じゃこりゃ?」


 何か分からない吉法師の隣で三左が咄嗟に頭を抱えている。その様子を見た四郎が気付いて吉法師に耳打ちする。


「これはくらの方様が京の西陣にご発注されたという着物では無いですか?」


 良く見れば確かに紫色の絵柄の模様が施された着物であることが窺える。しかし京の西陣織は見る影もない。吉法師はそっと衣装箱の蓋を閉じた。


「はて、これは如何なる状況かな?」


 そう言って吉法師は事情を知っていると思われる三左に横目線を向けた。その吉法師の視線に三左が慌てる。


「いや、それは、あの、どっぷんって……、すみませぬ!」


 三左はしどろもどろになりながら商人に扮した者たちから取り返した時の着物の状況について吉法師に説明した。


「それは致し方ない」


 三左の説明を聞いた後、吉法師は一言呟いた。


 手を抜いて招いた結果ならともかく、全力で行った結果を問い詰める訳にはいかない、吉法師はそう呟きながら三左の肩をポンポンと叩いた。そして次に吉法師は姉のくらの方にどの様に説明しようかと考えた。このまま見なかった事にして、行方知れずという事にしようかとも思ったが、後々姉の知る所になった時の事を考えると、やはり誰かがこれを届けながら説明する必要があると思う。


「誰が適任だろうか?」


 そう思いながらふと庭先に目を向けると、子供衆の皆に手に入れた馬を披露している勝三郎の姿が見えた。吉法師は手にしていた衣装箱を置くと、御殿から出て勝三郎の方へと向かって行った。


「勝三郎、すまぬがその馬でちょっと頼まれてくれ、姉上の着物が見つかった様でな、一つ返しに行ってはくれまいか?」


 その吉法師の指示に勝三郎は喜びの表情を見せた。


「えぇ! 見つかったのですか、それはくらの方様お喜びになられます。自分が行っても良いのですか?」


 一緒にいる五郎八や他の子供衆がぎょっとした表情を見せる中で、着物を送り届けたお礼に大層な褒美がもらえるかも知れないと思った勝三郎は歓喜の声を上げた。


 勝三郎はこの時皆の中で唯一、着物の惨状を知らずにいる者であった。その勝三郎の反応に手応えを感じた吉法師が更に応えの方向を誘導する様に話し上げる。


「勿論じゃ、勝三郎は幼き頃より姉上と顔見知りだし、此度ちょうど馬を得て運ぶことが出来る者だし、何より先に着物を運ぶ用事があればまたやりますと申しておったからな、一番適任じゃ、是非頼む」


 吉法師は出雲御船が借りた着物を運んだ時の言葉をも引用して勝三郎に頼み込んだ。一番の適任者として崇められた勝三郎にもはや断る由は無い。


「分かりました、届けて参ります」


 勝三郎は津島のくらの方の許まで着物を運ぶことを承知した。


 その時、近くで話を聞いていた五郎八と子供衆の内蔵助、犬千代、九右衛門、弥三郎は互いの顔を見合わせながら不安な表情を見せていた。


「おい、着物って?」

「あぁ、あれだよな」

「あの汚れは落とせたのかな?」

「向こうにいる三左を見てみよ」

「だめそうだな」


 皆が肥溜めに落ちた後、かき回しまくった着物のことを思い起こした。もしかすると祖父江殿がきれいにしているかも知れないと思うが、本人は奥でこちらを避けており、状況を知っている筈の三左に至っては絶望的な表情を見せている。対照的な表情をした勝三郎が搬送の準備をしながら話し掛けてくる。


「くらの方様からご褒美もらっちゃうかもね」


 そう言って笑顔を見せる勝三郎に、五郎八と子供衆は表情を引きつらせながら応えた。


「い、いいなぁ、勝三郎」

「ご、ご褒美、羨ましー」

「で、できれば代わりに行きたーい」


 そう言葉にしつつも脳裏にくらの方の激怒する様子が浮かぶ。


「勝三郎、すまぬ……」

「どうか、無事に戻って来てくれ……」

「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」


 皆の妙な笑顔の中、関が問題の着物が入った衣装箱を運んで来てそのまま馬に積んでいく。着々と勝三郎の出立の準備が整うに連れて、何か自然と人身御供に赴く勝三郎への敬意が湧いてくる。


「勝三郎の出陣を祈願して、皆の者!」

「えい、えい、おー!」

「えい、えい、おー!」

「えい、えい、おー!」


 子供衆と五郎八は出発する勝三郎に向けて鬨の声を上げた。途中からその声を聞いた三左が加わる。


「何じゃ、たかが着物を運ぶだけなのに大袈裟じゃな、まったく」


 勝三郎は彼らの様子を不思議に思いながら、吉法師に出立の準備が整ったことを知らせに来た。吉法師が声を掛ける。


「勝三郎、奪い返す時に多少傷んだことを説明しながら姉上によろしく伝えてくれ」

「分かりました、それでは吉法師様、お先に行って参ります」


 勝三郎はそう言って一礼すると一路津島に向けて馬を走らせた。


 その後、勝三郎の馬が見なくなると、五郎八と他の子供衆が即座に吉法師の許に来て着物の状態を訊ねた。そして酷い状況のままである事を知り戦々恐々とする。


「まぁ勝三郎なら大丈夫であろう、あ奴は昔から姉上に色々と文句を言われながらも好かれておった。先には泥だらけで訪れて今度は泥まみれの着物を持参なんて、ちょっとした洒落で逆に受けるやも知れぬ」


 吉法師はそう言って楽観的な様子を見せた。しかし皆はあのくらの方がその様な洒落の通じる人と思えない。勝三郎はなんという姉弟の間に挟まってしまったのであろうかと思う。


「勝三郎、無理芸させてすまぬ……」


 三左は天を仰ぎながら呟いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 翌日吉法師らは一宮神社の関を伴って祖父江が守る木曽川の渡し場へと向かった。そしてその途中、四郎と一緒に妖怪に扮して山法師らに足止めを仕掛けた場所に立ち寄った。


「あぁ、ここだ、確かにあの時この辺の岩が光って見えたんだよ」


 そう言って吉法師はその時の鎌を持ち出し、その刃を研ぐ仕草を見せた。それは雨の降る中、輿の綱を断ち切るため錆び付いた鎌の刃を咄嗟に研いだ岩であった。一度周囲を見渡した関が応える。


「ここは七つ岩だね」


 七つ岩、そこは太古日本創世の主である神武天皇がその剣を磨いたという伝説の場所であった。


「ふ~ん、ここにはその様な謂れがあったのか」


 吉法師がそう呟いたその時であった。


 目の前の岩に向けて上空から光の粒が降り注いだ。何の光であろうか、そう思いながら皆が見上げると、一羽の白い鳥が光の粒を振り撒きながら上空を舞っていた。


「あの鳥は?」

「熱田にいた鳥では無いか?」

「そうじゃ、あの時の白い鳥じゃ!」


 それは雨上がりの陽が生み出す偶然の光景であろうと思いながらも何か神秘的なものを感じる。そして何故だろうか、この光景は初めてでは無く以前にも見たことがある様な気がする。


(何かを伝えようとしている……)


 吉法師はその光景に何かの意志を感じた。するとその時、隣にいる四郎が話し掛けて来た。


「吉法師様、これは日本創世の主からの言伝です」


 その言葉に吉法師は四郎の方を振り向く。


「四郎、何と?」


 吉法師が問い掛けると四郎は上空を舞う白い鳥に目を合わせながら答えた。


「乱れた今の世を再構築せよと」


 その四郎の言葉に吉法師は思わず笑みを浮かべた。


 それは以前天王祭の時に吉乃から受けた言葉であった。思えばあの時の火の粉が舞う中で受けたその言葉が今の光の粒が舞う光景に似ている様に思う。吉法師はもうあの時既に今のこの光景と創世の主の言葉が届いていたのだと思った。


 幻視にて重なる吉乃を浮かべながら吉法師が答える。


「四郎、承知したと伝えよ」


 その吉法師の答えを受けながら四郎も笑みを見せた。


「どうやらもう伝わっている様ですね」


 その言葉に上空を見上げると、白い鳥は首を縦に揺り動かしながら雲間に現れた太陽に向かって飛び去って行く所であった。そして陽の中に入った後、その姿は徐々に小さくなって消えて行く。その白い鳥は日本創世主である神武天皇の化身であろうと誰もが思った。


「吉法師様、天下の再構築、生涯を掛けた大変な事業となりましょう」


 その四郎の言葉に祖父江は吉法師誕生時の祈願を思い起こし、関は先の神宝の奪還を思い起こしていた。


「それは吉法師様がこのあゆちに誕生された時にはもう定められていたものなのでしょう」

「此度我ら神宝の縁がその発動を伝えるべくお導きなされたのでしょうね」


 それぞれ吉法師との繋がりを思い返す祖父江と関を見て四郎が言う。


「吉法師さま、我ら揃ってここに御祈祷致します」


 熱田の千秋四郎、津島の祖父江五郎右衛門、一宮の関長安の尾張三社が揃ってこの場で吉法師の天下の再構築の成就を祈願する。それは心身の根底を支えると共に周囲の気を清浄化させるという、不思議な感覚を伴うものとなっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後、吉法師は老夫婦が住む農家に戻り借りていた鎌を返した。そして異常な切れ味となった鎌に驚く彼らに笑みを浮かべて一礼した後、向かいにある相手方の拠点となっていた民家に入った。民家は既に祖父江の部隊が制圧しており、先に入った祖父江の家臣や子供衆が敷地内で詳細な捜索を進めていた。


「吉法師さま、これを見てください」


 祖父江はそこで残されていた荷車を吉法師に見せた。


「これであればかなり大きなものでも隠して運べそうだな」

「はい、実際にこれと同じものが密輸送に使われているのでは無いかと思われます」


 その荷車は中央に山なりの空間が施されており、その周りを何か別の物で覆う事で中の空間を隠せる様な作りになっていた。吉法師がその荷車の作りついて見定めていると今度は別の方向から呼び掛けられた。


「吉法師様、ちょっとこちらに来てください」


 それは犬千代の声だった。声の方向がした民家の奥に行くと、そこには壁に隠された隠し部屋があり、中には米俵や根物野菜、塩や味噌などの樽が積まれていた。


「吉法師さま、こちらは本物ですがその隣にあるのは偽物です。おそらく見た目の数合わせに用いていたのでしょう」


 それらは先の荷車に施された山なりの空間を覆い隠すのにちょうど良い大きさに揃えられており、正に盗品を隠して運ぶためのものと思われた。


「吉法師さまぁ!」


 また別の方向から今度は内蔵助が自分を呼ぶ。どうやらまた新たな隠し場所を見つけたらしい。吉法師が向かうと床下の隠れた空間に特殊な武器が整然と置かれていた。中には偽装して武器とは判別し難い物もある。


 盗品を搬送するための荷車の細工、特殊な武器による武装、それらを以て組織的に暗躍している者たちがいる状況では国内の治安が良くなる筈も無く、ましてや天下の再構築など掲げられる筈も無い。これを看過してはおけないという思いが沸き立つ。


 吉法師は皆を集めると力強く述べた。


「ここの拠点から推察すると、この集団の尾張国内の拠点は他にもあると思われる。それらを察知して根絶するためには先ずここを徹底的に調べ上げる必要があると思う。今日はここを寝屋として明日更に捜索を続ける」


 吉法師はそろそろ尾張領主の嫡男として那古野に戻り、留守居の対応を取るべきとも思ったが、この盗賊の暗躍を中途半端には捨て置けないと思った。この吉法師の指示に各人が次の行動に向けて動き出す。


「それでは吉法師様、私は関殿を通じて食事の調達に参ります」

「儂は再度周辺の治安の確認をして参ろう」

「私らは寝具と部屋の確認をしてまいります」


 皆が自発的に動き出しその場を離れて行く中、四郎は申し訳なさそうにして吉法師に近寄る。


「吉法師様、大分長い間熱田を留守にしましたので、私はここで一度戻ろうと思います」


 大宮司の父が美濃攻めに参加している状況の中、嫡男の自分が神社を長く離れている状況は好ましくない。四郎は此度天下の創世主の意志を伝える役目を終えた所で熱田に戻ることを望んだ。吉法師にとってこれまで四郎の同行は心強きものがあったが、四郎は自身の配下の者では無く、その行動を束縛する訳には行かない。


「そうか、四郎、残念だがここまで良く一緒に付いて来てくれた」

「いえ、また状況にて馳せ参じますので」


 吉法師はその四郎の言葉に頷くとこれまでの慰労を兼ねて握手を求めた。四郎の拳の力の入り具合に、これからも共に頑張って行こうという思いを感じ、吉法師は思わず笑みを溢した。その笑みを目にした四郎も自身の思いが伝わったと察して、笑みを見せていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後四郎は祖父江が手配した舟で熱田に戻る事にした。今日最後の灯を放つ夕陽を背景にして小舟に乗った四郎が川を下って行く。吉法師はその光景を近くの土手の上から見送っていた。


「四郎、ここまでありがとうな」


 吉法師は小舟が遠ざかって行くのを眺めながら心中で呟いていた。


「さぁ、吉法師様、皆の所に戻りますか」


 祖父江が来てそう話し掛けて来た時、吉法師は夕暮れの中で美濃に向けて新たに渡河していく一団を眺めていた。もう美濃攻めの部隊の招集は完了している筈であるが、追加の要請が掛かっているのであろうか、父の美濃攻めの情勢が気になっていた。


 その後皆のいる民家に戻ろうとした時であった。土手の前方から自分と同じ年頃の男児が走り寄って来るのが見えた。吉法師が何だろうと思っていると、その男児は吉法師の前で跪き、辛辣な声を上げた。


「吉法師様、どうか、どうか御助力下さい」


 どの様な問題を抱えているのかは分からないが、解決への手立てが無く苦慮しているのであろう。その表情には酷く焦燥感が浮かんでいる。この時吉法師はこの男児を見てふと思った。


(ん、この者何処かで見た様な気が……)


 その男児に何処か見覚えがある、そして同時に何か嫌な胸騒ぎがする。


「ぬ、ぬしは?」


 吉法師はその男児に身分を訊ねた。するとその男児は顔を顰めながら答えた。


「私は小折の生駒蔵人の嫡男、八右衛門です。妹を……、いなくなった妹を探してください」


 隣にいる祖父江が尾張領主の嫡男である吉法師様に一体何をお願いしているかと疑念に思う中で、吉法師はその心身を硬直させている。


「いなくなった妹の名は……」


 男児がそう話を続けた時、ふと吉乃の笑顔が目の前を横切る。それと同時に吉法師は八右衛門に向かって大きな声を上げた。


「吉乃か!」


 その吉法師の反応に八右衛門と祖父江は驚きの表情を見せた。


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