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第六章 継承 濃尾の覇権(22)

 吉法師は監視を行っている農家の納屋の屋根裏から覗く形で、手前の路地を去って行く五郎右衛門を見送った。その時民家からは米俵や野菜を積んだ数台の商人の荷車が運び出されているのが見える。少し離れた路地ではその様子の報告であろう、こちらに向かっている弥三郎の姿が見えた。


吉法師は五郎八の方に顔を向けると一つ問い掛けた。


「ところで四郎はどうしたのじゃ?」


 吉法師は祖父江五郎右衛門の渡し場に一緒に向かったはずの四郎の姿が見当たらないことが気になっていた。


「四郎様は何か気になる事があるとかで、このあと一宮神社に向かうと申しておりました」


 四郎の気になる事とは何であろうか、少し四郎が考えに思いを巡らせてみたが何も浮かばない。差し当たり四郎には思う通りに任せてみようと思う。


「そうか、では四郎は待つことにしよう、この後儂も周囲の偵察に回ろうと思うので、五郎八は同行してくれ」


 吉法師はそう言うと五郎八を連れて納屋を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その時四郎は一人で一宮神社本殿の裏手にある周囲の草木が生い茂る杜の中を探っていた。


 ここには何か自分を引き付けるものがある。先に吉法師たちと訪れた際、そう感じていた四郎は再度一人で確認する必要があると思っていた。


「あの感覚は確か……」


 自分を引き付ける感覚、それは自分への使命であろうか、以前にも受けた記憶がある様に思う。


「向こうか?」


 杜の中を彷徨っていた四郎であったが、感覚に導かれながら歩みを進めていくと、鬱蒼とした周囲の中で一筋の光が差し込む場所があるのを目にした。徐に近寄って行くとそこには以前の記憶と重なる光景が広がっていた。


「やはりそうか……」


 四郎はそう呟いて暫しその場に立ち尽くした。その四郎に向けて何かを語り掛けるかの様に一陣の風が吹き付けていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後四郎は一宮神社の御殿にいる関長安の許を訪れた。


「これは四郎様、三左でしたら先程戻りましたよ?」


 長安は三左と入れ替わりに現れた四郎を不思議に思いながらも宝物の警備について説明を始めた。


「三左に確認してもらいながら盗難防止の策を強化しました。宝物の能面もあの様に厳重な箱に収めた後、警備の目が行き届く場所に移しています」


 四郎が長安の指差す先に目を向けると、屈強そうな警備の者が目を光らせている背後に重厚な箱が置かれているのが見えた。箱には頑丈な施錠がされており、盗難が簡単では無いことを視覚的に匂わせている。


 しかし四郎はこの様子を見て違うという感覚を抱いていた。


「長安殿、この神社の狙われていると思われる物ですが、何かもっと他に特別な宝物があるのではないですか?」


 その四郎の問い掛けに長安は首を捻った。


「はて、いや、何やら昔は何やらあったらしいのですが、今宮一番の宝物はあの能面です」


 特別な宝物と言えば、長安は神社の長老たちから過去にそういう物があったと聞かされた事を思い出した。しかしいつの頃か紛失し、今では無いと聞いている。長安は四郎がなぜその様なことを聞くのか不思議に思った。


「そうですか……」


 四郎は盗賊団が狙う宝物はこの能面では無く、何か別のもっと重要な神宝であると予見していた。しかし長安は全くその存在を知らぬ様である。四郎はそれ以上追求するのは難しいと思いながらも、他に何か無いかと部屋の周囲を見渡した。


 するとその時であった。慌てた様子で神社の長老らしき二人の者が駆け込んで来た。


「た、たいへんだ、長安!」

「社の大事な宝物が盗まれた!」


 平静さを失っている長老たちに、長安はまた首を捻りながら問い返した。


「宝物ですか? 能面ならばここにありますよ」


 そう伝える長安に長老たちは困惑の様子を深めながら言った。


「違う、五鈴鏡じゃ、太古よりこの宮に伝わる神宝じゃ」

「ぬしは知らなかったかも知れぬが、舞台奥にある隠し部屋の龍神像に収めておったのじゃ」


 その長老たちの言葉に長安も困惑の表情を深めていく。


「何ですと、その様な宝物は過去に紛失したのでは無かったのですか?」


「偽りじゃ、神宝の存在はこの宮でもごく一部の者しか知らぬ秘宝なのだ」

「あの隠し部屋と龍神像についても知る者は我々のみじゃ」


 一宮神社に太古の神話時代より伝わる五鈴鏡、それは熱田神宮の草薙の剣に匹敵する神宝であった。しかしその日常の警備に対しては熱田程に費用が掛けられず、一宮では長年ごく一部の者にしかその存在が知らされない秘宝という状態となっていた。このため宮司という立場ながらも美濃出身の長安に対しては秘匿されていた。


「しかしあの舞台奥の部屋は普段施錠されていて入れないのでしょう。ましてやそこにある隠し部屋など存在すら外部に知られる由も無いのでは?」


 長安の疑問に二人の長老も首を傾げる


「その通りじゃ、だが最近は祭りの神事舞で舞台奥の部屋までの出入りまでは行われておった。ただ部屋での行動は厳重に監視しておった」

「うむ、特に怪しい動きをする者はおらんかった様に思う」

「うーん、そうですか」


 悩み込む長安と二人の長老に、それまで黙って話を聞いていた四郎が問い掛ける。


「そう言えば巫女が行方不明になっているとお聞きしましたが、関連している可能性があるのではないですか?」


 それを聞いて長安と二人の長老が思い出したかの様に声を上げる。


「そうだ、確かその巫女が来る時に一度部屋の確認のために開けた」

「確かに、となると一緒に消えたその巫女が怪しいな」

「いやちょっと待て、昨日の見回りでは五鈴鏡の存在を確認しておる。無くなったのは昨夜から今朝の間じゃ、巫女がいなくなったのとは時間が合わぬ」


「一体どういうことだ?」


 三人は顔を見合わせながら同時に首を捻った。その様子を見て再び四郎が訊ねる。


「昨日から今朝にかけて外部の者の出入りはありませんでしたか?」


 その問い掛けに三人は最近出入りした者を思い浮かべた。


「今朝訪れたのはいつもの味噌樽積んだ商人くらいじゃな」

「そうじゃのぉ、基本的に他の商人との取引は宮外だが、宮の中まで運び入れてくるのは味噌問屋くらいじゃな」

「しかしあの味噌問屋、時折用も無いのに訪れることがあるよね」

「あぁ、そう言えば、巫女がいなくなった時にも来ておった」


 怪しい味噌問屋の存在、今になってその行動を思い浮かべると宮のあちらこちらを窺っていた節が見える。それは五鈴鏡の情報を得ようとしての事では無いかと思われる。


「秘匿にしておいた事が返って裏目に出てしもうた」


 二人の長老は後悔の念と共に天を仰いだ。秘匿にせず厳重な警備を当てていればこの様な事にはならなかったと思う。もう太古より受け継いで来た宮の神宝である五鈴鏡を目にする事は出来ぬのであろうか、絶望感を漂わせる長老たちに四郎が話し掛ける。


「取り敢えず私は吉法師様の所に戻りこの事を報告します。もしかしたら何か盗んだ者たちの情報を得ているかも知れませんし」


 その四郎の言葉は神宝の奪還に向けた一縷の望みであった。


「よろしくお願いします、四郎様」

「我らの神宝を奪い返してください」

「何卒、何卒……」


 二人の長老は一宮を後にする四郎に向かって涙ながらに懇願していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 吉法師と五郎八が周囲の偵察から戻ったのは日没近くの周囲が薄暗くなり始めた頃であった。


「その後の民家の様子はどうじゃ?」


 吉法師は農家の屋根裏で見張りを続けていた勝三郎と九右衛門に問うた。


「味噌樽を積んだ商人の荷車が入って行ったくらいですね」

「他に怪しい者などの出入りはありませぬ」


「ん、それはおかしくないか?」


 二人の報告に対して吉法師は疑問の表情を浮かべた。


 米を運び出しているという先の弥三郎の報告から、彼の者たちはこの場の撤収準備を進めているとの推測をしていた。ここで味噌樽が運び込まれ、それが貯蔵するという意味になるとすれば、それは先の推測に当てはまらない。


「確かに、吉法師様の言う通り」

「此度の味噌樽を運び込む意図は計りかねます」


 味噌樽搬入の意図に悩んでいると、そこに四郎、三左、弥三郎の三人がほぼ同時に戻って来た。吉法師の目の前に来て早々に四郎が声を上げる。


「一宮神社で神宝の五鈴鏡が盗まれました」

「ごりんきょう?」


 初めて耳にする神宝の存在に吉法師を始めその場の皆が首を捻った。


「その様な宝物、長安は口にしておらんかったぞ」


 長安から聞いていない宝物の存在、憮然とした表情を見せる三左に四郎が説明を加える。


「五鈴鏡は日本創世時代の神宝らしいのですが、宮の長老たちの間で長年秘匿とされていた物らしく長安殿も知らぬ様でした。三左殿と入れ替わりに私が訪れた時、それが盗まれた事実と共に長老たちが明かしてくれています」


「その様な宝物があったとは」


 その話を聞いて三左も合点がいった様であった。


「日本の創世時代の神宝となると、それはまさしく尾張の宝ではないか」

「あぁ熱田にある草薙の剣並みのお宝じゃ」

「国外に出されてはならぬな」


 皆がその神宝の存在と共に盗難の影響について声を上げた。続けて五郎八が張り込みを続けている民家を気にしながら声を上げる。


「奴ら以前からあそこを拠点にその情報を集めていたということですね」


「おそらくそう言う事だな」

「用意周到に準備を行っていたということか」


「ところで今日民家の出入りに味噌樽を載せた荷車はありませんでしたか?」


 その四郎の問い掛けに吉法師たちはギョッとした。


「ありました、味噌樽を担いだ荷車、民家に入って行きましたよ!」

「四郎、味噌問屋が何か関係しているのか?」


 勝三郎と吉法師が驚きの声を上げる。ちょうど味噌樽を乗せた荷車について疑念を抱いていた所であった。


「実は宮の方にも今日味噌問屋が味噌樽を持って訪れていたのです。同時に宮の神宝が盗難にあったということで容疑を掛けていた次第です」


「そうだったのか!」

「商人にも成りすましていたとは!」

「これまで出入りしていた商人たちも盗賊団の仲間ということか」

「集団は予想以上に規模が大きい様だな」

「取り敢えずその五鈴鏡とやらは今あの民家の中じゃな」


「味噌問屋となるとまた吉兵衛の出番ですね」


 辛辣な話が続く中で勝三郎が真剣な表情で冗談を噛ませる。


ポカッ


 空かさず吉法師は勝三郎にゲンコツを飛ばした。しかしもしかすると状況に応じてそれが必要となる展開があるやも知れぬと思う。吉法師は皆の方を向き直すと少し声を高めて皆に指示を伝える。


「民家の監視を強める。あの民家は近く神宝の五鈴鏡の運び出しを以て撤収されると思われる。その持ち出しの場を抑えて奪還する」


「おう!」


 吉法師たちは威勢の声を上げると監視の人数を増やしつつ、武器の手入れを行うなど五鈴鏡の奪還に向けた準備を進めることにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 やがて辺りは暗くなると同時に雨がしとしとと降り始めた。すると暗がりに乗じて味噌樽を運ぶ一団が周囲を窺う様にしながら出て来た。


「吉法師様、味噌樽を運ぶ商人姿の者たちが出て来ました」


 空かさずその状況を覗き込む。


「渡し場の方か」


 路地に出た一団は渡し場の方に向かって行く様に見えた。吉法師が内に向き直すと目の前には皆が集まっている。それを見て吉法師は各々に指示を出す。


「五郎八、奴らに先回りして祖父江五郎右衛門に連絡、前方を抑えよ」


 先程五郎八は吉法師と周辺の偵察に回った際、渡し場への近道を発見していた。吉法師の相手を上回る先読みに感嘆しながら五郎八は返答する。


「承知しました」


 続けて吉法師は三左に指示を出す。


「三左は奴らの背後を付け、後ろから挟み撃ちだ」

「よっしゃあ、引き受けた!」


 三左の威勢の良い返答の後、しかし一人で背後を抑えるのは難儀と思う。それを承知している吉法師は次に弥三郎に指示を出す。


「弥三郎、見張りに回っている内蔵助と犬千代と共に三左の援護に回れ」

「御意!」


 吉法師は子供衆の三人を三左の援護に付けた。そして続けて勝三郎と九右衛門に指示を出す。


「勝三郎と九右衛門は民家と周囲の監視を続けてくれ、今の状況にまた変化があるやも知れぬ、異変があれば逐次報告と対応を頼む」

「はい、吉法師様」

「分かりました」


 その二人への指示に対し、その時外の様子を窺っていた四郎が反応する。


「私も周囲の監視に回りましょう」

「そうか、四郎頼む」


 四郎は自ら周囲監視の任を名乗り出ていた。吉法師から指示を受けた皆はそれぞれの任へと散って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 どれほどの時間が経ったであろうか、吉法師は時折、外の様子を窺いながら、作戦の結果報告を待っていた。農家の屋根裏に一人残った吉法師の周りには暫しこれまでに無い静けさが広がっていた。


 その静けさは突如、想定外の声で終わる。


「何じゃ、あんたらは?」

「勝手に人の家に入って来おって!」


 それはこの間借りしている農家の老夫婦の声であった。続けて裏手から九右衛門の叫ぶ声が響く。


「吉法師さま、敵です、逃げてください」


「何!」


 その声に吉法師は驚きを見せた。民家の方の監視に気を取られていたこともあるが、何より誰もいない中、背後からの襲撃を受けることは想定していなかった。


 数人の黒い人影が屋根裏の自分に向かって来るのが見える。明らかに自分の存在に気が付いており、真直ぐ向かってくるのが分かる。そして手にしているのは短刀であろうか、時折手元の何かに反射する光が見えた。


「気運低下より直近の危機回避!」


 暗くて良く見えないが、吉法師は眼下に敷かれている綿花の山に飛び降りた。そして綿花の山を飛び出した吉法師は足元にこの綿花を刈り取ったであろう鎌が置かれているのを目にした。武器としては心許無いが丸腰よりは良い。それを拾おうとして身を屈めた時であった。


バン!


 何かが頭の上を通過し大きな音で内壁に刺さった。それは敵の者が投げつけてきた短刀の様であった。吉法師は即座に納屋を飛び出すと、外から木戸の鍵を閉めて襲撃してきた者を納屋の中に閉じ込めた。


「ふぅ~!」


正に危機一髪であった。その後吉法師は農家の納屋を離れて、少し離れた茂みの中にその身を隠した。


「勝三郎と九右衛門は無事であろうか」


吉法師は自身の拠点を抑えられ、他の皆と連絡の取れる状況ではなくなっていた。


「先ずは三左たちに合流するか……」


 そう考えた吉法師が渡し場の方に向かおうとしたその時であった。


「あ、あれは?」


 酒樽を運ぶ山法師の姿をした一団が民家の方から現れ、目の前の路地を渡し場とは逆方向に向かって行くのを目にした。その一団の中には以前目にした特徴的な長身を有する者が混じっている。


「まさか、こっちが本命か……」


 吉法師はその身を色々な場所に隠しながら彼らの後を付けて行った。


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