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第六章 継承 濃尾の覇権(20)

 吉法師は四郎、五郎八と共に盗賊団の後を付ける三左と子供衆を追って、木曽川の土手沿いを北に向かっていた。


「あそこが渡河の場所か?」


 前方に舟を使って川を渡る人々が見える。その多くは物流に関連する者たちの様で、舟には人と一緒に様々な荷物が積まれている。また一方ではこれから美濃攻めに向かうと思われる軍勢を乗せた渡し舟も見えた。


「盗賊団はもう川を渡ってしまったのであろうか?」


 美濃側に渡ってしまうとこの先追う事は難しくなる。吉法師の懸念に五郎八が答える。


「いえ、ここの渡し場は美濃攻めが行われるということで、以前から警戒が厳しくなっていたのですが、大橋の奥方様が盗難に遭われた後、更に検閲強化の早馬を出されているので、強盗団が盗品を携えて美濃側に渡るのは困難でしょう」


 改めて渡し場の方を見てみると、確かに鎧で武装した多くの武者たちが渡河を求める者たちを厳しく検閲している様子が見える。渡し場の周囲にはそれを担当している武家であろうか、家紋を示す旗がたなびいている。それを見た四郎が声を上げる。


「ここを任されているのは祖父江殿ですね、であればこの渡し場は安心でしょう」


 祖父江家は津島神社の神職の家柄で、同じく津島を拠点とする大橋家とは縁が深い。このため検閲に手を抜くことはあり得ず、この場には適任であると思われた。


 吉法師たちがその検閲の様子を眺めていたその時であった。


「吉法師さま!」


 前方から呼び掛けられた吉法師が目を向けると、そこには駆け寄って来る勝三郎の姿があった。吉法師は勝三郎が目の前まで来た所で声を掛けた。


「勝三郎、着物の運び役、ご苦労であったな」


 吉法師は出雲の御船が借りた衣装を舞小屋に運び戻した勝三郎に労いの言葉を掛けた。この時勝三郎はまた面倒なことを押し付けられたと、不服に思っているのではないかと思ったが、何故か満足気な笑顔を見せていた。


「着物運びなどお安い御用です、またいつでもやりますよ!」


 その時勝三郎はひばりに不本意な呼称をされながらも、津島の舞台で一躍人気者になったひばりと気さくに話ができる間柄になったことをうれしく思っていた。しかしその様な内情を知る由の無い吉法師は勝三郎の笑顔を不思議に思いながらも話しを続けた。


「それで勝三郎、他の皆は何処におるのじゃ?」


 その問い掛けに対して勝三郎は道の先を差しながら答えた。


「盗賊団の連中はこの先の一宮の少し手前にいます。今皆で周囲から見張っている所です」


 追っている袈裟を纏った集団が尾張で行動を起こしていた盗賊団であることはほぼ確実な状況となっている。彼らの行動を抑え、盗品の奪還を行いたい所だが、下手に行動を起こせば大きな闘争に発展するかも知れない。美濃攻めが行われている状況の中、国内の混乱が誘発される様な事態は好ましくは無い。どの様な判断を行うべきか、悩み所であるが、先ずは皆と合流して判断に必要となる状況を収集することが必要なことと思う。


「よし、我らも向かおう」


 吉法師らは勝三郎の案内のもと、他の皆がいる一宮へと向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 三左は一軒の農家の屋根裏の隙間から、身を屈めて目の前の通りに面した民家を監視していた。その民家の中庭では何人かの男たちが動き回っており、近くの道端では子供衆の四人が遊んでいるふりをしながら中の様子を窺っている。


「あそこが奴らの集まっている場所か?」


 三左と同じ様に身を屈めて吉法師が問い掛ける。


「うむ、ここまで見張っておった感じではあの民家こには七、八人くらいおる様じゃ、もしやすると盗賊団は我らの想定以上に多いかも知れぬ」


 神妙な面持ちで様子を伝える三左に吉法師も険しい表情を見せる。


「そうか、して、あ奴らのこの場の目的とか、これまでの盗品などは確認できたか?」

「いや、まだできておらぬ、あの民家に持ち込まれておるのかどうかすらも」


 吉法師はその三左の答えに頷くと、屋根裏に空く隙間からその民家を覗き見た。外見は至って普通の民家に見えるが、中庭に見える者たちは上位者の指示で動いている様子が見られ、何やら組織的に成り立っていることが窺える。しかしあの民家の利用目的や盗難品の有無などまでは分からない。


「別の方法で情報を探る必要があるな」


 彼らの目的が判明すれば、同時にこの民家の拠点の意味が推測できると思う。


「近くの一宮神社に赴いてみますか?」


 考え込む吉法師に四郎が提案した。一宮神社は小規模ながらも門前町を有し、この周辺では一番賑わいを見せている場である。訪れてみることで何か彼らの目的につながる事項が分かるかも知れない。


「よし、行ってみよう。三左と四郎は一緒に来てくれ、五郎八と勝三郎はここを頼む、犬千代たちと連携しながら監視を続けてくれ」


 そう言うと吉法師は気合を込め勢い良く立ち上がった。しかしその時、自分がいる場所が足場の狭い天井裏だという事を忘れていた。意図せず体勢が崩れ梁の上から転落しそうになる。


「おっとっと!」


 間一髪転落を免れた吉法師は梁から下方を覗いた。下は薄暗く床面までの距離は測れないが相当高い様に見える。


「危なかった、もう少しで落ちる所であった」

「気を付けてくだされ吉法師さま、奴らと対峙する前に怪我をされては笑えませぬ」


 吉法師が冷や汗をかき、五郎八が心配している横で、三左は大きな笑い声を上げていた。


「ははは、大丈夫じゃ、この下には収穫されたばかりの綿花が積まれておる。例え落ちてもふかふか布団の上じゃ」


 その言葉に再度下を覗いてみると確かに何か栽培された植物が山になって積まれているのが見えた。


「なるほど、確かに怪我はせぬかも知れぬが、運気が転落しそうで怖い。やはりちゃんと降りよう」


 武家として運気を大事にする吉法師であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後、吉法師は四郎、三左と共に尾張一宮神社を訪れた。そこでは巫女による五穀豊穣を祝う神楽舞が披露されており、地元の民衆が見物に訪れていた。吉法師はその舞台の周辺で沸き起こっている歓声が気になり目を向けた。するとそこには派手な演技を披露する舞娘の姿があった。


「あれ?」


 それは跳躍を見所とした独特の舞で、つい最近見た娘の舞に似ている。舞台に近寄ってみるとやはりその舞娘は津島の舞台で舞を披露していたひばりであった。


「ひばり殿の様ですね」

「すっかり人気者になっとるな」


 四郎と三左もひばりに気が付いた様であった。三人は津島の舞台から間を開けずして、再びこの一宮で舞を披露しているひばりを不思議に思いながら見ていた。


 そして独自の舞が終わり観衆に一礼したひばりはその直後、演出の続きの様に舞台から羽ばたき降りると、そのまま吉法師たちの目の前に駆け寄って来た。


「やっ、久しぶり、あれ、ドロ勝はおらんのね?」


 他の観衆の視線が集まる中、気軽に声を掛けて来るひばりに吉法師は困惑しながら問い掛けた。


「ついこの間津島で会ったばかりだけど、それはそうとさっそくここでの興行の話が届いたのか?」


 問い掛ける吉法師にひばりは首を捻りながら答えた。


「いやね、あの後この一宮神社から舞の披露を予定していた巫女の代役を要請する連絡があったんよ」


「それで別れの言葉も早々に津島を後にしておったのか」

「結さんはちょっと名残惜しい様子でしたよ」


 その三左と四郎の言葉にひばりは一瞬寂しい様子を見せたが、直ぐに気を取り直して笑顔を見せた。


「まぁ、また結には会えるでしょ!」


 勝負を掛けて結に挑んだ津島での前座の舞対決、それは楽しい思い出になるのと同時に、自身の認知度が世間に広まる切掛けとなっている。結とは最後の別れ際であまり話をすることが出来なかったが、また何処かで舞を通じて会える日がきっと来ると思う。それはひばりの願望を込めた予見であった。


 ひばりが津島の舞台の最後に出雲の御船と三人で披露した舞を思い出していた時であった。


「姉上ぇー、また新たな舞台の要請が届きましたよー!」


 一人の子供が声を上げながら走り寄って来た。それはひばりの弟の小七郎であった。小七郎の姿を見て吉法師が声を掛ける。


「おぉ、小七郎、何やら頑張っておるな」


 その自分への話し掛けに小七郎は姉と話をしていた相手が吉法師と気が付いた。


「あ、吉法師さま、お久しぶりです。その節はお世話になりました」


 その小七郎の言葉に吉法師は首を捻った。何故か小七郎もひばりと一緒で開口一番、久し振りとの挨拶を口にする。それ程過去の話ではない筈であるが、二人にとってあの津島の舞台は遠い過去の出来事になっているのであろうか、二人はどれほどの忙しい日々を過ごして来たのかと思う。


 小七郎がひばりに話を続ける。


「姉上、母上から地元で行われる開催の祭りにて舞を披露する様にとの事です。その日程が既に迫っていてもう早々にここを離れないと間に合いません」


 小七郎はひばりの巡業日程の管理者となっている様であった。


「えー、また休み無しで移動なの?」

「ははは、ひばり、人気が出るというのも辛いものよのぉ」


 吉法師はそう言って辛そうな表情を見せるひばりに笑って見せた。しかしその直後にひばりは割り切ったかの如く笑みを見せる。


「ふふっ、もうそれを楽しめる様にするわ、それじゃあ、吉法師さま、またね」

「おう、頑張れよ!」


 最後に吉法師が鼓吹すると、ひばりは手を振りながら小七郎と共に舞台奥の仕度小屋の方へと去って行った。


「津島の舞台で二人の人生は大きく変わってしまった様じゃのぉ」

「その様ですね」


「ま、特技が活かせるし、何より楽しそうで良かったのではないか?」


 吉法師は二人が去って行く様子を暫し目で追っていた。すると小屋の手前で神社の着物まとった男が二人の横を通り掛かり、すれ違いざまに急な代役を頼んだ礼であろうか、何度かひばりに頭を下げている様子が見えた。


 その後その男が吉法師たちの横を通り過ぎようとした時だった。


「何故、ぬしがここにおるか!」


 突如三左が怒号の声を上げながら男に掴み掛かり、押し倒した挙句、羽交い絞めにして男が動けぬ様にした。


「何をしておる、三左!」


 突然の出来事に吉法師が驚きながら問い質すと、三左はその理由を叫んだ。


「吉法師様、こ奴は美濃の武家の者ですぞ!」


 そう言って三左は更に男への締め方を強めた。


「ちょっと、あいててて……」


 堪らず男は苦悶の声を上げるが、三左は容赦無く締め続ける。その様子を見た吉法師が三左に向かって少し強めの声を上げる。


「よせ、三左!」


 神社の衣装を纏った男に敵対の意思はなく、自分が言えた事ではないがその姿からは武家としての意思すら低い様に見える。何はともあれ三左の知り合いの者であれば盗賊団がここに潜伏していることについての情報を得たい。吉法師は三左に男を離す様に命じた。


「げほっ、げほっ、突然の不意打ちとは酷いな、三左!」


 男の方も三左のことを知っている様であった。


「吉法師様、この者は関長安と言い、父は美濃関城主にて今美濃の敵方におる筈の者です。今この尾張にのうのうと居て良い者ではない」


 声を荒げる三左に対して長安は飄々としている。


「三左ぁ、ちょっと待て、確かに父上と兄上は今美濃にて尾張方の軍勢と対立しておる様じゃが、今日の儂は神職の身でここに来ておる。この身においては美濃とか尾張とかは関係無い」


 そう言う長安は次の瞬間、吉法師の隣に四郎の姿を見つけると、驚きの表情を見せながら四郎に歩み寄り頭を下げた。


「これは四郎殿、その節は大変世話になりました!」


 その様子に吉法師と三左は呆気に取られた。


「長安、先ず頭を下げる相手が違うだろう」


 三左は長安がまず頭を下げるなら尾張織田弾正忠家嫡男の吉法師であろうと説いたが、長安には特別な事情がある様であった。


「我ら、こちらの熱田神社の方々には多大な恩があるのだ」


 以前一宮神社は戦乱で荒廃しかけた時、熱田神社の者たちが協力してその復興を助けた経緯があった。それは四郎が幼少の頃の事で、四郎も伝え聞く程度では知る話であった。


「確かに父からその様な話を伺っております」


 四郎は吉法師にその話が事実であることを伝えた。


 盗賊団が潜伏している場所に現れた敵方の武家の者、疑惑の目で見れば、長安の言葉はこちらを信用させ、何か裏で工作を施そうとしている様にも思える。しかし四郎よりその話が事実であることを伝えられると、信頼できるかも知れないとも思う。


 長安が話を続ける。


「神社の復興において、四郎様の御父上からは社殿の修復だけでは無く、宝物、門前町、芸能という継続的な発展要素を教えてもらいました。今まだ規模は小さいですけど、周辺の村を上げて皆で豊かになれる様にと頑張っている所でなんですよ」


 この一宮は普段人の往来が少なく閑散としており、この様な場で津島や熱田と同じ様な発展を目指すことは至難に思える。しかし幸福に生きたいと思うことは皆一緒であり、そこに向けて地域を上げて努力していることは敬意に値する事と思う。


 吉法師が納得して頷いていると、長安が逆に問い掛けてきた。


「しかし、尾張総大将のご嫡男ともあろうお方が、何でまた美濃攻めの最中にこの一宮などに?」


 確かに一宮は戦の戦略上においてもそれほど重要な地点ではない。それは長安が感じた素朴な疑問であろうが、厳しい視点で見れば、父が敵方に属している美濃の者としては訊いてはならない。


ギロッ!


 三左は聞くなと言わんばかりに無言で長安に睨みをきかせた。それに対して吉法師は既に長安への警戒を解いているためか、温和な表情を見せた。


「まぁまぁ三左、美濃の者を全て敵方とする事はやめよう。言うなればぬしも五郎八も元は美濃の者だし」

「あ、確かに、その通りで……」


 その吉法師の言葉に三左の表情は穏やかになり、長安も気を良くして話を続けた。


「そうじゃ、本来尾張と美濃の民は同じ濃尾の野で生活の営みを分かち合う仲間の様なものじゃ、両国を結ぶ河川を通じて海の豊かさと山の豊かさを共有しておる。喧嘩はいかん。平和で仲良くせねばならぬ」


 それは両国にまたがって生活の場を成している長安の率直な思いであった。長安は神社の宮司として民衆の中に身を置くことが多く、権力争いで戦乱の時代を長引かせている武家の価値が見出せずにいた。


「そうだな、皆が平和に楽しく世が動くことを望んでいる。長安の申す事は正しい」


 飄々とした言い回しの長安であるが、言っていることは民衆の意見として正しいと思う。三左もその国を超えた濃尾への思いに感激していた。


「長安、ぬしの言う通り、濃尾の平和が一番だ」


 そう言って三左は長安を抱きしめた。その三左の抱き締めは感激に潤い先程にも増して力が籠っている。


「さ、三左、苦しい……」


 再び苦悶の表情を浮かべる長安に対して、それを見ていた吉法師は、今度は止めようとはせず四郎と一緒に笑顔を見せていた。


 その後、吉法師は改めてこの神社に来た目的を長安に説明した。盗賊団のこと、尾張で被害が増えていること、そしてこの一宮神社の近くの民家に拠点らしき場所があること、それは長安も知らない事実の様であった。


 そして一折の説明が終わると長安はこの神社としての備えについて考え始めていた。


「もしかすると盗賊団はこの神社の宝物を狙っているかも知れないな」


 その長安の推測に三左が問い掛ける。


「この神社に盗まれる様な宝があるのか?」

「まぁ、熱田ほど大層なものでは無いけどね」


 そう言って長安は軽く笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、吉法師様、ここは神社としても連携させて頂きながら対応できればと思います」


 その長安の言葉に吉法師も軽く笑顔見せた。


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