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第六章 継承 濃尾の覇権(19)

 御船の公演が行われる会場の周辺には至る所で多くの出雲舞の開催を知らせる幟端が設置されていた。


「この幟端の列は何じゃ?」

「さっきはこんなに無かったよね」


 先程訪れた際には数本程度しか無かった幟端が異常なほどに増えている。

 弥三郎が呟く。


「父上と兄上の仕業だな」


 それは先程まで一緒にいた加藤図書助とその嫡男の又八郎が仕掛けた広報策であった。急ごしらえで備えられた様なものであるが、その列を見ているだけで出雲舞開催への強い意欲が感じられる。その光景は開催側のやる気が感じられないと言って早々に舞台の撤去を始めようとしていた工人たちを、そうではないと引き留められる様に思う。そしてまたその幟端には民衆に向けて以下の様な二つの謳い文句が添えられていた。


一会にて良縁生まれる出雲舞

 伊弉冉、伊弉諾に導かれ


生涯の縁を演ずる夢舞台

 津島、熱田の舞娘と共に


 二句はこの興行舞が出雲の神を以て男女の良縁を結び付けることを示しており、また津島と熱田の舞娘がその舞台に花を添えることを伝えている。町内外の若者たちの間では即座にこの幟端が話題となっていた。


「おい、この舞台見に行けばぬしにも嫁が来るのではないか?」

「そうかな、嫁来るかな、舞台見に行った方がいいかな?」

「いや、むしろ行かないとまずいであろう」

「逆にこれは見ないときっと後悔するぞ!」

「もしかしたら金輪際良縁が無くなるかも知れぬしな」

「そうだな、最後の良縁を得る機会かも知れぬ」

「絶対肖っておいた方が絶対良い」


 もはやこの出雲舞は若者たちの人生における必須な舞として広まっていた。


 吉法師たちが賑わいを見せる舞台会場の入口に来ると、門の上に「歓迎出雲一座」と書かれた大きな垂れ幕が掲げられているのが目に入った。しかしその垂れ幕には何処か見覚えがある気がする。


「あぁ、再利用されておる!」

「ははは、余計な一幕で終わらずに良かったな、五郎八!」


 その垂れ幕は「出雲一座」と書かれた部分が別の布で修正されていた。どうやら加藤親子は大橋家でこの幟端の協力を仰ぎ、そのついでに五郎八の垂れ幕も再利用した様であった。


 吉法師たちは舞台が見える会場に入ると、集まっている人の多さに驚いた。


「こんなに集まっているのか!」

「午前の舞の失敗が嘘の様じゃ」

「あの幟が話題を呼んでいますね」

「あぁ、宣伝文句として大当たりだな」


 興行の専門家において、どの様な宣伝をすれば客が集まるかという課題を掲げた時、最も有効な手段はその人の関心事で心を突き動かし誘導することである。その民衆の大きな関心事こそが子孫繁栄であり、その基となるのが良縁である。その良縁にご利益があるとの銘文が刻まれている以上、無視することはできない。後で後悔しないためにも、ここで出雲舞を観覧することは人生の行動に必要な一択となっていた。


「さすがは熱田の豪商加藤家だな」


 吉法師は思わず二人に感服した。二人が放った宣伝の二句は民衆の心理を見事に突いている。これは今後の自身の政務にも何か応用できるのではないかと思う。そしてこれだけ観客が集まれば恐らく問題の窃盗団も金目の観衆を狙って紛れ込んで来るに違いない。吉法師は舞台上に一度目を向けた後、皆に声を上げた。


「よし、散開して見張り開始だ!」

「おう!」


 その吉法師の掛け声に皆は一斉に会場内に散らばって行った。


 三左、五郎八がそれぞれ会場の左右に付き、場内には子供衆の内蔵助と犬千代、九右衛門と弥三郎がそれぞれ組みとなって見張りを始めた。吉法師は舞台正面にある照明台に登り皆の位置を確認した。舞台からは合図を送って来る四郎の姿が見える。おそらく一番会場を見渡せるのはあの四郎であろう。吉法師はそう思いながら四郎に返信の合図を送った。


 やがて陽が沈みかけた頃、少し雑多ながらも小気味良い鼓の音が会場に響き渡った。いよいよ良縁を掲げた舞が披露される。観衆は気持ちの高ぶりと共に会場を沸き立たせた。


 その鼓の音を奏でていのは小七郎であった。小七郎は会場の雰囲気に緊張しながらも何か自分が盛り上げの先陣を切ることを快く思った。そして一つの楽句が終わり、小七郎がここと思った瞬間、姉のひばりが舞台の上方から宙を舞い降りるかの様にして現れた。突然の舞娘の登場で驚いている観客に、ひばりは立て続けに跳躍を基本とした独創的な舞を披露する。ひばりの衣装の袖は舞の動きに合わせてはためく様に長く作られており、派手な動きに余韻を残す印象を与えていた。


 このひばりの舞に民衆は歓喜の声を上げた。


「おぉ、すごい舞じゃ」

「この様な跳躍する舞はこれまでに見たことが無い!」

「これまでの舞の印象を変えるな」

「あぁ、あそこまでの動きはまるで演技じゃ」

「いや、手先の動きには舞のしなやかさが宿っておる」


 小気味良い小七郎の鼓の音に乗せて跳躍を基本とする舞を披露するひばりに観衆は同調して自然と体を揺らしていた。ひばりの舞は技で観衆を魅了していた。


「凄いわ、ひばりちゃん、あの様な舞は私も初めて、勉強になるわ」


 舞台裏ではひばりの舞を見ていた結も驚きの様相を見せていた。一方その横で四郎は吉法師に目線と手振りで合図を送っていた。


「会場左奥、場違いの怪しき者……」


 吉法師はその四郎が示す方向に目線を向けると、そこには僧衣を纏いながら顔を伏せている一人の男がいた。その男は舞台には関心が無い様に見え、周囲を窺いながら会場の中寄りに向かって移動している。


「確かに怪しいな」


 吉法師からの合図で他の皆もその男の存在に着目し始めた。窃盗団の者とすれば他に仲間もいると思われるが、他に似た様な者は見当たらない。


「違うのか……」


 吉法師が真偽を探っていると、やがてひばりが演じる舞は終わり、民衆から大きな拍手喝采が起きた。


「いやぁ、躍動感のある舞であったのぉ」

「あれは何処の娘じゃ?」

「この津島ではないのか?」

「噂で聞いたことがあるのだが、はて何処であったかのぉ?」

「何処か分からぬが、また見てみたいものじゃ」


 それまで無名のひばりの舞が民衆の中で好評価を得ていた。舞台裏に戻ったひばりには一座の皆からも賛美の声が上がっていた。


「いやぁ、良かったよ、ひばり殿、想定以上の盛り上がりになった」

「本当、この様な舞は我々も初めてです」

「先ずは初端で大盛り上がり、良かった、良かった」


 結も衣装と化粧の準備を終えた姿で駆け寄って来ると、勢いを付けてひばりに抱き付いた。


「ひばりちゃん、とても良かったわ、楽しい、最高の舞だわ」


 その結の反応はひばりにとっては意外であった。


「あ、ありがと……」


 どちらが観衆の大きな称賛の声を得ることが出来るか、という勝負事と思っていたひばりは自分を褒めたたえる結の反応に困惑していた。


 するとその時歓喜の声が広がっている舞台裏の場に、のそっと気の抜けた面持ちで一人の男児が現れた。


「おい、持って来たぞ」


 それは勝三郎であった。


 勝三郎は御船のためにひばりの姉が以前舞台で使用した舞の衣装を持参したところであった。


「お、ドロ勝、ご苦労!」


 その言葉に勝三郎は複雑な気分になった。その呼ばれ方もこの使い走りも気に入らない。しかし舞台衣装を纏ったひばりに目の前で直接話をすることができることには何とも言えぬ高揚感を感じる。そこで目にした舞と観客の高評価の声援が勝三郎の中に描くひばりの立ち位置を途轍もなく高い場所へと押し上げていた。


 舞台の裏方の者が勝三郎から衣装を受け取り御船の許へと運んで行く。それを見届けた結は何か緊張した表情を見せている勝三郎にふと笑顔を見せた後、舞台裏の皆に向かって声を上げた。


「それでは次はわたくし、行って参りますわ」


 そう言うと結は拍手が沸き起こる舞台裏で四郎に一礼した後、共に舞台へと向かって行った。


「おい、あれは?」

「まさか、嘘だろ!」


 舞台に上がった結の姿を目にした民衆は皆驚きの表情を見せた。


「あれは熱田神社の舞娘じゃないか」

「本当だ、今話題の結だ、ここで前座をやるのか」

「凄いな、幸運じゃ」

「おい、しかも背後で篠笛を手にしているのはまさか!」

「あれは熱田宮司の千秋四郎じゃないか!」

「四郎自ら演奏するのか」

「何という共演じゃ」

「どえりゃーな、これ前座だろう」


 意外な二人の前座での登場に観衆の間ではどよめきが起きていた。しかし四郎が篠笛の演奏を始めると、観衆の耳はその音に聞き入り、どよめきの声は自然と収まっていく。そしてその音に合わせて結が舞を披露し始めると観衆の目は舞台に釘付けとなった。


 それは熱田の神楽舞であった。


 結の舞う姿からは熱田の神話と共に幼き娘が戦乱の世で生きる苦労が伝わる。その舞を見入っていた観衆の中に自然に涙を溢す者が現れる。四郎が奏でる音に乗せて舞う結の指先の一振りが観衆の心に囁き掛ける。ひばりの舞が観衆の体を揺さぶる舞であったのに対し、結の舞は心を揺さぶる舞となっていた。


 その時四郎は演奏を続けながらも吉法師に合図を送っていた。


「先程の男、一人の者に接近中……」


 その時、結の舞う姿に見入ってしまっていた吉法師は四郎の合図に気付くと、近くを張っていた五郎八に指示の合図を送った。五郎八は吉法師に向かって小さく頷くと、何気ない素振りで男に近寄って行った。


 陽が沈み始める中で始まった結の舞は完全な日没と同時に終わる。すると観衆は一瞬静まり返った後に、大きな拍手喝采の声を上げた。


「いやぁ良かった!」

「さすがは熱田で人気の結だ!」

「ぬし泣いておるではないか?」

「そういうぬしもじゃろう」

「もう前座でこの二人は反則であろう」


 結への賛美の声は舞台の裏方でも響き渡っていた。その大きさは先のひばりの時に勝るとも劣らない。


「引き分けね、ひばりちゃん」


 舞台裏に戻った結がひばりに話し掛けた時、ひばりはうっすらと涙を滲ませていた。


「そうね、結……」


 そこでひばりは初めて結に親近感を見せた。結の舞には自分には無い何か深いものがある。良くは分からないがそれは認めなければいけないものに思える。ひばりは結にぎこちない笑顔を見せていた。


 観客の盛り上がりは二人の前座で最高潮に達していた。そして急場で前座の役割を共にやり切ったという二人は互いに戦友的な思いを抱く様になっていた。


「最後は姉さんだね!?」

「えぇ、御船さんの出雲舞、楽しみだわ」


 最後に御船が華麗な出雲の舞を披露すれば公演は大成功となる。期待を込める二人の前に一人の女子が衣裳部屋から慌てた様子で飛び出して来た。


「た、大変です!」


 それは御船の衣装を担当する女子であった。


「如何した?」


 何か御船に大きな問題が起きたのか、裏方にいた一座の男衆が訊ねるが、その女子は何かその理由を言い難そうにしている。


「それが、その……」


 すると奥から当の本人が少し恥じらいを見せながら現れた。皆がその姿を見て度肝を抜かした。


「御船様、その衣装は?」

「小さい、小さいぞ!」


 御船が纏っていた衣装は小娘用の衣装の様で御船には明らかに大きさが合っていなかった。皆の目線が未だ舞台裏の端に留まっていた勝三郎に振り向けられる。


「いや、知らぬぞ、儂は友閑様に手渡されたあれを持ってきただけじゃ!」


 その時、ひばりは御船の衣装を見つめていた。


「あれは確かに姉者の衣装の様だけど、おかしい、あんなに小さかったかな?」


 どうやらそれはひばりの記憶違いの様であった。その衣装はひばりの姉の未だ成長過程の時の物であったため、成人女性に対してはかなり小さい作りとなっていた。一座の男衆はその御船の姿を見て落胆した。


「この様な衣装で御船様を舞台に出せぬ」

「もう舞台は終わりだ~」

「中途半端じゃ~」

「ここまで頑張ったのに~」


 皆が悔しさを滲ませていた。しかし当の御船は既に覚悟を決めていた。


「これで出るわ、お客さんにもたくさん来てくれて、ここまで二人が前座を繋げてくれて、この期に及んで最後に私が出ないという選択はないわ」


 その御船の言葉にその場の皆が驚いた。


「御船、良いのか?」

「この様な衣装で良い訳なかろう!」

「出雲本社に確認を取る必要があるのではないか?」

「その様な時間がある訳なかろう!」

「だがここで公演中止はもっとあり得ぬ」


「御船……」


 ここで意見を言い合っても答えが出る訳でも無く、最終的には皆が御船の思いを汲むしかない。皆がそう思った。公演が前座だけで終わるということなどはあり得ぬ。しかしめちゃくちゃな衣装で舞う出雲舞の評判はこれで地に堕ちてしまうかも知れない。もはや一か八かのかけとなっていた。


 その様な舞台裏方の事態を知らない観衆は最後の御船の出雲舞を心待ちにしていた。前座の二人の舞は自分たちの体を揺さぶり、心を揺さぶるものであった。本番の出雲舞はどの様なものか、自然とその期待度は高まっていた。


「いよいよ最後じゃ」

「前座のあの二人以上の舞なのであろうな」

「出雲舞、如何なものか!」

「良縁、こーい!」

「良縁、こーい!」


 観衆の大きな期待と歓声の中で楽団による出雲舞の演奏が始まると、会場は大きな歓声に包まれた。先ずはどの様にして始まるのか、観衆の注目が高まる中で御船は演奏が始まってもなかなか舞台に上がれずにいた。前座の二人の舞は予想以上の会場の盛り上がりを沸き起こしてくれた。自分はこの流れを繋いて無事終演に持って行けるのであろうか、この衣装で出ると言い放ったものの不安が過る。


「焦らすなぁ~」

「なかなか舞女は現れぬのぉ」


 観衆が不審に思い始める中で、御船は舞い初めの切掛けが掴めずにいた。その御船の戸惑う様子を見ていた四郎は小七郎に声を掛けた。


「まずい、小七郎、行くぞ!」

「え、あ、はい!」


 四郎は小七郎に声を掛けると、自身の篠笛を演奏に織り交ぜながら舞台に上がって行った。その意図が読み取れていない小七郎も四郎に続いて舞台に上がる。二人の舞台への再登場に観衆の皆が不思議に思う中で、二人は元の演奏を速く高音の曲調へと変えていった。


 暫くするとその曲は大きく変化したものになっていて、その曲調は御船の舞初めの印象に沿うものであった。満を持した様に御船がゆっくりと舞台上に現れて舞を披露し始めると、観衆からはこれまでに無い大きなどよめきが沸き起こった。


「うわっ、何じゃあの衣装は!」

「やばいよ、やばいよ!」

「いや、こ、これは、良い!」


 今の曲調は今の御船の衣装が合致している一方で、その舞は二人の前座に負けず劣らずの衝撃を有していた。衣装の観点からすると何か前座の二人に似た要素があるが、舞女の御船が見せる大人の女性の舞は優美、且つ大胆な迫力を併せ持っていた。


 御船には観衆の大きな声援が伝わっていた。これまでこの様な大きな声援を受けたことがあったであろうか。これまで今ひとつ不安の中で続けていた興行舞であったが、この声援は自信を持って良いと思わせてくれる。その切掛けをくれたこの衣装、そして自身の何かを変えてくれたこの舞台、御船は観衆の視線を浴びながら自身の舞に酔い痴れていた。勢いが付いた御船は更に舞の途中にて即興で和歌を歌い上げる。


 めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に

  雲がくれにし 夜はの月かげ


 そのやや娘の衣装で歌いながら舞う姿はこれまでに無い全く新しい世界観を有している。それは観衆にとっては登場を焦らされた挙句の斜め上を行く想定のものであった。


 鳴きよわる まがきの虫も とめがたき

  秋の別れや 悲しかるらむ


 御船の和歌を交えた舞は観衆の体と心の双方を揺さぶっていた。前座の二人が神に通じる舞とすれば、御船の舞は神そのものの様に思えてくる。


「儂、あの出雲の舞女が気に入った」

「儂の良縁はあの舞女にあった様じゃ」

「ええと名前はなんであったか?」

「出雲のお国の人しか分からぬ」


「儂、出雲に行きとうなった」

「あぁ、儂も出雲を訪れてお国さんを喜ばせたい」


 御船の舞が終わる頃、観衆の間では出雲の舞女として崇拝させる様な存在となっていた。


「結、行くわよ!」

「いいわよ、ひばりちゃん!」


 最後の演目では舞台裏で御船の舞を見ていたひばりと結がその振りの型を覚えると、御船を引き立てる様にして途中参加した。三人の共演に会場は大いに盛り上がり、やがて公演は終焉を迎えた。


 会場に大きな歓声と拍手が沸き起こる。その中で吉法師たちは怪しげな僧衣の男の挙動を見張っていた。


 僧衣の男は一人の武家の者らしき男に接触していた。武家の者は一見階級高く裕福そうに見えることから新たな被害者になる者と推測された。しかし注意深く見張っていたものの、特に何かが起きる様子も無く二人は別れて公演の終了した会場を後にする。


 空かさず三左と子供衆が僧衣の男の後を付けて行く一方で、五郎八は接触の状況を確認しようと武家の者らしき男に近寄って行った。そして五郎八が接触を試みようとした瞬間であった。


「待て、五郎八!」


 五郎八は手前にいた白髭の男に制止させられた。


 自分を知る白髭の見知らぬ男、不審に思った五郎八であったが、その顔を良く見ると直ぐにその人物が判明した。


「吉兵衛様!」


 それは変装した姿の村井吉兵衛であった。吉兵衛は男から少し離れた所に五郎八を呼び寄せると小声で伝えて来た。


「五郎八、あの武家の者に儂は見覚えがある。あの者は儂が付けるので吉法師様にはその旨を伝えよ」


 吉兵衛は先に襲われたことが承服できず、大橋家からの帰り際、独自に盗賊団の探索に動き、そこで吉法師たちと同様に武家の者と接触しているのを目撃していた。あの武家の者は被害者には見えず、むしろ何か関係者に思える。そう思った吉兵衛は盗賊団を吉法師や五郎八たちに任せ、自身はこの武家らしき者の身元を確認することが必要と考えていた。


「分かりました吉兵衛様、お気を付けて!」

「うむ、ぬしもな」


 五郎八は吉兵衛とそう言葉を交わすと吉法師の許へと戻って行った。


 舞台裏の吉法師の所には、三左と子供衆以外の者たちが集まっていた。吉法師は戻って来た五郎八を見ると即座に問い掛けた。


「如何であった、五郎八、あの者は何か被害を受けておったか?」

「いえ、声を掛けるのを控えました」


 その応えに吉法師が何故かと問い掛けると、五郎八は改めて吉兵衛に会ったことを伝えた。


「そうか、確かにあの者が盗賊団寄りの者である可能性がある以上、そこで話し掛けるのは好ましくない、吉兵衛殿の連絡を待とう」


 そう言って吉法師は一つ頷いて見せると神妙な面持ちで話を続けた。


「五郎八、先程三左殿たちより、僧衣を纏った男の方は別の四人と合流して北の方に向かった様じゃ、どうやらこちらは盗賊団で間違いなさそうじゃ、我らは奴らを追う」


「分かりました、私は吉法師のお供を致します。で皆様方は如何されるので?」


 五郎八は集まっている皆に問い返すと又八郎が代表して応えた。


「私は父や御船さんたちと共に熱田に戻ります。御船さんたちには今度熱田で公演して頂くつもりです」

「そうですか、熱田でも成功すると良いですね」

「はい」


「いや、もうこの津島で凄い反響となっておるから熱田でも成功間違いなしじゃ」


 図書助が興行に自信を見せる。


「ははは、確かに!」


 笑顔を見せる又八郎、図書助、御船の横で結は少し寂し気な表情を浮かべていた。


「結さんも熱田に?」


 五郎八が訊ねると結は一度吉法師の方を向いた後、何か言い難そうにして答えた。


「はい、私も熱田に戻って御船さんたちのお手伝いを致そうかと思います」


 吉法師はその結の言葉に笑顔を見せた。


「結、ここまでありがとうな」

「いえ、吉法師さま、こちらこそ」


 それは互いへの感謝の言葉であった。その言葉と同時にこれまでの様々な思い出が蘇る。ここは一時さよならの場となるが、思い出はここで終わりでは無く、きっとまた熱田で続きがあると思う。二人は暫しの間、互いの顔を忘れぬ様にと見つめ合っていた。


 五郎八は隣でこの様子を見ていた四郎にも同じく熱田への帰還を問い掛けたが、四郎は首を振ってみせた。


「私はもう少し吉法師様に同行します」


 熱田宮司家の四郎がなぜこれほど神社を空けて吉法師に同行するのか、皆が不思議に思ったが、四郎には未だ何かやり残していることがある様であった。五郎八もその様な事情を深く探ろうとは思わない。


「そうか、それでは暫し仲間だな」


 そう言って笑顔を見せる五郎八はひばりと小七郎の姿が見当たらないことに気が付いた。


「ひばりと小七郎は一足先に友閑様の舞小屋に戻った。勝三郎が送っている」

「そうでしたか」


 何か勝三郎の呟きが聞こえる様な気がする。勝三郎は再び衣装の運び役を演じているのだと思った。


 最後に図書助が出立しようとしている吉法師に話し掛ける。


「吉法師様、この先くれぐれも無理はなさらぬよう」

「うむ、図書助、熱田に戻ったら那古野の爺にも我らの動向を伝えておいてくれ、きっとおろおろしておろう」


 この美濃攻めの折に自分が城を抜け出してから少し日が経っており、平手の爺も当惑していると思う。吉法師は図書助にそう言付けると四郎、五郎八を伴い他の皆を追って北へと向かって行った。



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