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第六章 継承 濃尾の覇権(13)

 茂みの外では造酒丞らが吉法師と子供衆の戻りを待っていた。


「長い用足しだな」


 皆で囁いているとようやく皆が戻って来るのが見えた。しかし何故か吉法師の後ろに続く子供衆は一列になって来ておりその光景に違和感がある。子供衆は皆で何やら担いでいる様であった。


「吉法師さま、何を持ってこられたのですか?」


 結が近くまで来た吉法師に不思議に思い問い掛ける。


「槍じゃ」


 その吉法師の応えに皆が首を捻った。


「用足しに行って槍を拾って来たのか?」


 そう言って造酒丞は笑顔を見せたが、子供衆が地面に立てた実際の槍を見て表情を変えた。


「ほぉ」

「これは良い槍ですね」


 造酒丞と一緒に隼人正が感嘆の声を上げる。


「やはりこの槍は業物なのだな」

「苦労して茂みから運び出した甲斐もあったということだ」


 小豆坂七本槍の二人の様子を見て子供衆は苦労して茂みから運び出した達成感を感じていた。槍はかなり汚れているが、改めて穂先を見ると良い業物であることが見て取れる。


「なぜ茂みにこの様な槍があったのですか?」


 四郎が訊ねる。それは皆が思う所であるが、誰も答えることは出来ない。困惑する皆の様子を見ながら吉法師が述べる。


「まぁ、これも何かの縁であろう。これから美濃に向かう酒兄たちの戦勝祈願にこの槍を奉納しようと思うてな」


「なるほど!」

「その様な意図があったとは!」


 茂みの奥で眠っていた業物の十文字大槍、これをこれから向かう津島神社に奉納すればこの上ない戦勝祈願になる。その吉法師の考えに皆が賛同していた。


「吉法師さまの用足しが結んだ縁ですね」

「確かに用足しが無ければあの様な茂みに入ることは無かったからな」

「妙縁だな」

「いやこの場合は尿縁だな」


「酒兄ぃ!」


 茶化す造酒丞に皆が声を出して笑い合った。


「どれどれ」


 冗談が受けて気を良くした造酒丞は槍への興味が尽きず、子供衆から槍を受け取ると軽く振り回してみた。


ブーン!


 風を切る音が周囲に鳴り響く。それと同時に造酒丞は何かの気を感じ取っていた。


「この槍、持ち主の元に帰りたがっておる・・・」


 それは槍に籠る念の様なものであった。


「酒兄ぃ、そんなことが分かるのか?」


 吉法師は驚いた。


 槍の材質は木や鉄であり、心は無く意思が宿るものではない。しかし一人の武士が戦で命を預けるものとあればその個人の心技体が映り込むものとなる。この様な十文字大槍の業物であれば尚のことと思う。


「良くは分からぬが・・・」


 それは造酒丞にとっても得体の知れない奇妙な感覚であった。この世にて計ることができる感覚では無い様に思うが故にうまく説明することができない。悩む造酒丞は更に次の瞬間、子供衆の背後に現れた奇妙なものを見ると怯みながら声を上げた。


「き、吉ちゃん、その背後にいるのはこの槍に憑いた妖怪か、何か見えちゃっているんだけど、この槍振ったから出て来たのか、あれは逆に社で除霊するのか?」


 普段見ることのない狼狽えた造酒丞の姿、吉法師は造酒丞の視線の先を振り向いた。そこには泥だらけになった勝三郎が怨めしそうに立っていた。


「あぁ、あれは勝三郎じゃ」

「勝三郎???」


 造酒丞は目を凝らして確認した。言われて良く見れば確かに勝三郎っぽい様にも見えるが、もはや妖怪と疑われる様な風体となっている。


「地面に刺さっていた槍を引き抜く時に、土泥に突っ込んだのじゃ」


 吉法師は事の成行きを説明したが、その人間離れした風体はもはやこの世の存在からかけ離れている様に思える。


「よ~か~いじゃ~な~いで~す~よ~」


 勝三郎の呟きに造酒丞が慄く。


「うわっ、こわっ!」


 勝三郎の姿に怯える造酒丞の様子を見て皆が笑った。


「凄いな、勝三郎、あの造酒丞殿に恐怖を与えるとは」

「あぁ、戦では無類の酒兄の弱点を突いた感じだな」

「夜であったらもっと強烈な印象であったな」


 妖怪恐い、突如露呈してしまった弱みは造酒丞の威厳を損ねるものであった。


「何を言うとる、儂は妖怪など恐れるものでは無いぞ」


 今更ながら強がりを見せる造酒丞に妖怪呼ばわりされた勝三郎がここぞとばかりに食って掛かる。


「さ~けのじょ~~~~」


 その裏返った声に造酒丞の鳥肌が一斉に沸き立つ。


「うわ、儂の名前を呼ぶな、の、呪われるだろ」


 造酒丞は再び皆の前で狼狽える姿を見せた。その意外な一面に皆が笑顔を見せた。


(強者にも意外な弱みがあったりする)


 槍の名手、豪勇な武士として知られている造酒丞が妖怪を恐れる。皆が笑い飛ばす中で笑う中で吉法師は何か学ぶべきことの様に思い真剣な表情を見せていた。


 一行は津島神社の境内に着くと皆で戦勝祈願の参拝を行った。


 吉法師の両隣に造酒丞と隼人正が付き、その背後に子供衆らが並び、そして更にその背後には美濃攻めに参加する二百余りの造酒丞と隼人正の軍団が整列していた。参拝が終わると造酒丞は念が籠る槍を恐る恐る掲げながら吉法師に問い掛けた。


「吉ちゃん、この槍は我らの詰所の方で一度確認してから改めて奉納しようと思うが良いか?」


 津島神社には造酒丞が守備する詰所があった。そこで一度預かり清掃と由来の確認の後、奉納物として取り扱うという。


「了解じゃ、そうしてくれ!」


 吉法師はその意見に同意すると一緒に詰所へと向かった。


 詰所の近くには多くのみすぼらしい格好をした者たちがあちらこちらで屯していた。


「あの者たちは?」


 吉法師の問い掛けに対して造酒丞は少し困惑した表情で答えた。


「戦乱の中で家や職を失った者たちだ。特に美濃で禄を失って流れて来ている者が多い。最近は我らの美濃攻めのことを知り、ここに来れば何か職が得られるだろうと思うて集まって来ておるのじゃ」


「ふーん」


 吉法師はその説明を聞くと改めて彼らを見渡した。元は武士と見られる者が多い様に思うが、彼らには戦に対してどころか、生きるための覇気からして感じられない。


「残念ながらあまり食えて無い者が多い」


 困惑した表情の吉法師を察して造酒丞が説明を加えた。食えぬと生体が衰える。生体が衰えると武士としても衰える。武士として衰えると更に食えなくなる。完全な悪循環となっている様であった。


(戦乱の世の敗者たちか・・・)


 そう思いながら通り過ぎ詰所に入ろうとしたその時だった。


「十文字、わしの十文字…」


 一人の男が声を震わせながら槍を持っている造酒丞によろよろと歩み寄って来た。


(なんじゃ、この者は?)


 ボロボロの衣服にぼさぼさの頭と無精ひげのその男の姿は典型的な敗者の武士のものであった。その男の弱弱しい動きからは何日もまともに食えていない状況を窺い知ることができる。もはや武士の者とは思えない衰え方を見せている。


(酒兄ぃ、どうするのだろう…)


 吉法師は造酒丞の対応に着目した。どうやら男の注目は造酒丞に渡した槍にある様に見える。すると造酒丞は持っていた槍を静かに男の目の前に差し出した。


(酒兄ぃ、試している…)


 吉法師はそう思いながら成行きを見守った。


 そして男が手を震わせながら槍を掴んだ時であった。一瞬その槍が光り輝いた様に見え、一瞬目を閉じた吉法師が再び見返すと、男の表情は全く別人に変わっていた。


「我が槍、我が手元に戻りし!」


 そう叫ぶ男からは強い覇気が発せられる様になっている。


「どうやらこの槍はぬしのものに間違いはなさそうじゃな」


 造酒丞が男にそう話し掛けると、男は造酒丞に向かって片膝を付いて頭を下げた。


「小豆坂七本槍の織田造酒丞様とお見受け致す。我は清和源氏の末裔の森三佐衛門と申す者、美濃にあった我が領地を取り返すべく、是非とも、是非とも此度の美濃攻めの一員として雇って戴きたい」


 森三左衛門と名乗る男はそう述べて派兵への参加を強く懇願した。しかしそれに対して造酒丞は困惑の表情を見せていた。


 この槍の無双さからして、この男は戦での戦力になるかも知れない。しかし此度の美濃攻めは数で圧力をかけるのみで実際の戦闘は行われないと聞いている。更に兵糧輸送など、全ての準備が既に整っている中で増員の調整が難しい。


「ぜひ、ぜひ、ぜひ、ぜひ、儂の槍捌きを美濃での戦でご披露させて頂きたい!」


 覇気を取り戻しゴリゴリ押して来る男、何か面倒そうな人間性と共に今後家中でその生活の保障を見続けるのも面倒な印象を感じる。造酒丞は困惑の表情で近くにいる隼人正に耳打ちした。


「おい、隼人正、悪い奴では無さそうだ、ぬしの佐々家で抱えてやったらどうだ」


 すると隼人正は造酒丞と同じ様な困惑した表情となって応える。


「うちですか、いや、うちは荒くれ者が多くて、家中の議論も無くこの場で決めてしまうのは非常に拙い。造酒丞様のところで雇ってあげられないのですか?」


「今更無理じゃ、我らもう既に今回戦の予算と兵糧が超過していて勘定方からきつい指摘を受けとる」

「それはこちらも同じです」


 二人は共に困惑の表情を伺わせると、互いに顔を見合わせて囁いた。


「それでは致し方ないな」

「ですね」


 短い言葉で互いの思惑が一致していることを確認した二人は、揃って吉法師の背後に回ると三左に向かって言い放った。


「三左殿、ぬしの槍を見つけたのはこちらの味噌問屋の嫡子吉兵衛殿なのじゃ、先ずぬしはこの御子に恩を返さねばならぬ、この御子の護衛をお願いしたい」

「こちらの御子は尾張にとって大切な御子じゃ、儂らが美濃へ行く間、守る者がおらぬで困っておった所じゃ、これも何かの尿縁、いや妙縁だ。しっかり頼むぞ」


 美濃へは連れて行けない、そう聞かされた三左という男は最初少し残念そうな表情を見せたが、自身の槍を見つけてくれた御子の護衛となれば、恩返しの意義と共に今の職を失った状態から脱却する機会にはなる。


「分かり申した、ここは吉兵衛殿をしっかりお守り致す」


 三左は少し覇気を弱めながらも応諾した。一方で吉法師は予想もしなかった二人の言葉に困惑の表情を見せていた。


(二人に謀られた、こ奴の面倒を押し付けられた挙句に吉兵衛復活かよ!)


 先程ようやく吉兵衛の偽名から解放されたのも束の間、再びこの三左に対して使うことを煩わしく思った。


「それでは吉兵衛殿、我らいざ美濃へ出陣致す」


 二人の軍勢が境内の脇に集結している。造酒丞と隼人正は吉法師、ならぬ吉兵衛に真剣な表情で出陣を伝えた。そしてその後、子供衆にも強く言い聞かせる様に伝え置く。


「ぬしらもしっかり吉兵衛どのをお守りするのだぞ」

「吉兵衛殿は尾張の将来に重要なお方ですからね」


 その言葉に対して、それぞれ二人の弟と子である九右衛門と内蔵助も真剣な表情で応える。


「心得ていますよ父上、吉兵衛殿は儂らがしっかりお守り致す」

「兄者、吉兵衛殿のことは安心して任せておけ」


 皆が真剣な表情で吉法師、ならぬ吉兵衛の護衛による無事を誓っていた。


 吉法師はその皆の会話を横で聞きながら思った。


(まったく皆で吉兵衛、吉兵衛しつこいのじゃ、絶対腹の中で皆笑っておるだろう)


 不機嫌な顔を見せる吉法師に三左が囁く様にして問い掛ける。


「おぬしの味噌造りの技は左様に凄いのか、尾張の将来を背負うほどとは」


 その時の吉法師は様々な困惑顔を混ぜ込めた複雑な表情を見せていた。


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