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第六章 継承 濃尾の覇権(9)

 次の回廊の仕掛けを前に弥三郎はうきうきした表情を見せていた。


「さぁ、次はいよいよ最後の仕掛けですよ」


 しかしこの特別警戒体制の名の元に布かれた障害物突破競技を楽しんでいるのは弥三郎だけで、吉法師、四郎、結の三人にはどの様な仕掛けが待っているのか不安しかない。


「残りからすると犬と猪か?」


 吉法師が訊ねた。


 これまで干支の動物に因んだ仕掛けが施されており、残るは犬と猪の二つであった。


「はい、犬と猪のからくり模型ですが攻撃してくるのは一体ずつの筈です」


 弥三郎は更に概要を伝える。


「しかしながらこの最後の仕掛けは兄者が一番力を入れていて、毎度更新されているのですが凝り方がすごいのです。でも、まぁ四人で仕掛けの狙いを分散させながら進めば突破できましょう」


 それを聞いて吉法師たちは少し安堵の表情を見せた。


「なるほどからくり模型であれば動きもそれほど早くはあるまい」

「しかも全部で二体であれば突破への余裕もありそうですね」

「最後の仕掛けの突破、頑張りましょう」


「おー!」


 先程の猿山に比べれば、計二体のからくり模型の攻撃は数と速さで劣り、難易度としては下がる様に思われた。吉法師、四郎、弥三郎、結の四人は掛け声と共に最後の仕掛けが施された部屋へと入って行った。


 その部屋はこれまでに無い薄暗い部屋だった。


「暗いな、灯りは天井付近に一つあるのみか」

「周囲の壁までの距離感が掴めないですね」

「端の方に何か動物の模型が並んでいますわ」

「気を付けてください、どれか二体が襲ってきますから」


 吉法師たちは部屋の端に並ぶからくり模型に注意しながら部屋の真ん中へと進んで行った。


「弥三郎、出口はどっちだ?」

「暗くて分かり難いかも知れませんが、正面真直ぐに隠し戸がある筈です」


 正面には上方にある灯りが見える他は数本の柱が見えるのみで反対側の壁を視認することは出来ない。吉法師たちはからくり模型が動き出し、自分たちの進行を阻んでくることを想定しながら慎重に進んだ。


 そして部屋の中心付近まで来たその時だった。


ギュイン!


 突如何かの装置が駆動し始めた様な音が部屋に響くと、端にある二体の模型が目を光らせて突進してきた。


「何、早い!」


 それは事前の予想通り、犬と猪を模った二体のからくり模型であったが、予想とは遥かに異なる早さであった。吉法師は結を庇いながら間一髪二体の突進を躱すと、四郎と弥三郎も咄嗟にそれぞれ別の方向に飛び跳ねて躱した。


ドカーン!


 後方から突進してきた猪の模型は前方の柱に激突し破壊する形で止まった。


「なんて破壊力だ!」

「あれはもらう訳には行かないですね!」

「兄上、これは危ない、やりすぎじゃ!」


 皆が次の動きを警戒していると、部屋の端の方まで移動した二体のからくり模型は目の光を消しその動きを停止させた。しかしそれと同時に別の二体の目が光る。


「気を付けてください、別のやつが来ます!」


 その弥三郎が声掛けた瞬間、新たな二体が突進して来た。


「ちっ!」


 吉法師は再び結を庇いながら二体の模型を回避した。


 その後、吉法師たちはこの回避行動を何度か続けた。目の前を猛烈な勢いで通り過ぎる二体の模型、その速さも破壊力も模型という印象をはるかに超えている。吉法師は通り過ぎる二体を見つめて思った。


(一体あの模型はどの様にして動いているのだろう?)


 これまで見たことの無いからくり模型、その動作原理に強い興味が惹かれる。しかしここは目的となるこの部屋の突破を第一に考えるべきと思う。部屋の周囲を見渡した吉法師はこの時重要なことに気が付いた。


(出口の方向が分からなくなっている…)


 最初部屋に入った時には薄暗さもあって把握できなかったが、この部屋は円形になっている様で、からくり模型の突進を回避しているうちに入口と出口の方向が分からなくなっていた。


(この部屋に入った時から勝負は始まっていたということか…)


 最初部屋に入った時はからくり模型の方に警戒の目が集中し過ぎて、周囲の部屋の状態についての警戒が行き届いていなかった。


「弥三郎、出口はどっちだ!」


 吉法師は弥三郎に訊ねた。しかし弥三郎も瞬時には判断付かぬ様であった。すると吉法師の隣にいる結が言った。


「吉法師さま、出口は向こうですわ」


 そう言って結が指差す方向には先ほど猪のからくり模型に破壊された柱がぼんやりと浮かんで見えていた。


「そうか、ありがとう 結」


 最初の攻撃で猪は後方から突進してきて前方の柱を破壊している。つまりは破壊された方向に出口はある。それは確かな結の見解であった。


「よし、今だ、突破するぞ!」


 吉法師たちは再度突進してきたからくり模型を躱し、出口の方向に駆け出そうとした。しかしからくり模型の動きはただ直線的に突進して来るだけではなかった。


バシッ!

「いた!」


ビシッ!

「たっ!」


バシバシバシ!

「あいててて!」


 吉法師、四郎、弥三郎は躱したからくり模型が通り過ぎる時、細かい突き当ての攻撃を受けた。それにより吉法師たちはその場から大きく動き出すことが出来なかった。


 犬と猪を模したからくり模型が代わるがわる立て続けに襲って来る。


バシバシバシバシバシ!

ビシビシビシビシビシ!


 通り過ぎる瞬間の連続した突き当ての攻撃、吉法師たちは先程よりも大きく躱して二体をやり過ごすが、出口の方向に向かうことは困難な状況となっている。このままでは出口に辿り着けない。そして逃げ回っている内に模型の攻撃にやられてしまう。再び突進してきた二体を躱しながら吉法師は考え込んだ。


 するとその時、弥三郎が申し訳なさそうな様子で近寄って来た。


「申し訳ありませぬ、吉法師さま、兄者は私の知らぬ間にからくり模型の能力を向上させていた様で」


 吉法師はその弥三郎の言葉で何かこの仕掛けに対する思いを新たにした。これは命を賭けた戦ではない。しかし戦は全ての情報を知り尽くして出来るものでは無く、この仕掛けの攻略という意味では実戦に通じるものがある様に思う。


(ここは攻略のためにもう少し情報が必要…)


 そう思った吉法師は弥三郎に笑顔を見せた。


「いやいや、弥三郎、この仕掛け、なかなか楽しいじゃないか!」


 その吉法師の笑顔に何か救われる思いを得た弥三郎も伝心の笑顔を見せた。吉法師はその弥三郎に仕掛けの突破に向けた指示を出す。


「弥三郎、突破への情報が欲しい。試しに出口とは異なる方向に一度搖動を掛けた後、急反転して出口の方向に駆け寄ってみてくれぬか?」


 それは先ほどの猿山の仕掛けで吉法師が見せた戦法だった。からくり模型の動きは細かい突き当ての打撃があるものの基本的には直線的な攻撃であり、変則的な平面攻撃にて攻略が可能ではないかと考えた。しかし、もしかしたら他にも攻撃の手法があるかも知れない。吉法師はそれを見極めたいと考えていた。


「分かりました、吉法師さま、それでは次にからくり模型が通り過ぎ去った後、私は右から回ります」


 そう言って弥三郎が吉法師から少し離れると、間髪入れずに二体の模型が突進して来た。弥三郎はその二体を躱すと右方に向けて駆け行った。出口とは異なる方向のためかここで二体に反応は見られない。次に弥三郎は急反転し出口を窺う様子を見せた。


ピシュッピシュッ


 するとその時、からくり模型から何かが発射された音がした。


 その直後だった。


ズダーン!

「あいてー」


 それは弥三郎が派手に転倒する音だった。


「如何した、弥三郎!」


 吉法師は二体の突進を躱しながら弥三郎に向かって叫んだ。


「何か液体を撒かれました、わっ、これ油の様です」


 弥三郎は床に撒かれた油で出口に向かうどころか、立ち上がることさえも困難な状況になっていた。


(なるほど…)


 吉法師はその弥三郎への攻撃を見ると再度自分も試してみようと考えた。


「四郎、結を頼む」


 そう言い残した吉法師は二体のからくり模型の突進を躱すと、弥三郎とは反対の左方に走り込み、その後急反転して出口を狙った。その吉法師に左方から犬の模型が狙いを定める。


プシュップシュッ


 犬の模型から発射された液体は直接吉法師を狙っていた。吉法師はこれを躱すとその液体は猪の模型に命中した。その直前に放たれた猪からの液体は犬の突進を回避しようとした四郎の手に命中していた。


「あ、まずい!」


 四郎の手に命中した液体は油だった。その油により手を滑らせた四郎はうまく結を掴めず補助ができない。そこに犬のからくり模型が迫る。


「いやー!」


 結が恐怖に駆られて叫んだ。すると犬のからくり模型は激突の寸前で進行角度を変えて素通りして行った。


ドカーン!


 一方で猪のからくり模型は壁に激突していた。犬の模型から発射された液体は墨の様で視界を奪われた様な激突の仕方であった。何か激突した周辺で黒い大きなゴキブリの様な黒い影が蠢いている。


 その様子を見ながら吉法師は再度出口を目指して中央奥へと駆け込んだ。そこにまた別の二体の模型が迫る。


ピシュッピシュッピシュッ!

プシュップシュップシュッ!


 二体からの液体飛ばしの攻撃だった。しかし吉法師はこの攻撃を躱す。


ドカーン!


 すると今度は油まみれになり制御を失った犬のからくり模型が壁に激突し、その周辺では先程と同様に黒い大きなゴキブリの様な黒い影がガサゴソと蠢いている。


 吉法師の所に四郎が合流すると、二人を標的にして再度別の二体が迫った。


「四郎、うまく合わせろよ」

「承知です、吉法師さま」


 二体は突進と共に突き当てと液体飛ばしを織り交ぜた攻撃を仕掛けてくる様相を見せている。


「四郎、行くぞ、三、二、一、今だ!」


 その掛け声と共に吉法師と四郎は当時に跳び上った。


バシバシバシ!

ビシビシビシ!

ピシュッピシュッ!

プシュップシュッ!


 二体のからくり模型は目標の二人に攻撃を躱されると、互いに相手の攻撃を受ける形で交差し部屋の端で停止した。


ボトッ

ボトッ


 互いの攻撃で猪の模型は片方の牙が折れ落ち、犬の模型の方はしっぽが取れ落ちた。先程までは部屋の端で停止すると同時に目の灯かりは消えていたが、此度は何故か消える様子が無い。それどころか、双方共に炎の如くめらめらとしている。


 双方の模型の周囲に黒い影が蠢き、その向きを再び中央に向けている。そして向き終わった時、突如大きな叫び声が部屋に響いた。


「犬ころ組めぇ、もう勘弁ならーん、ぶっ潰ーす!」

「猪ころ組めぇ、返り討ちじゃ、地獄へ落としたるー!


 双方が相手の模型を罵ると、部屋の中央に向かって突進した。


バシバシバシバシバシバシバシバシバシ!

ビシビシビシビシビシビシビシビシビシ!

ピシュッピシュッピシュッピシュッピシュッピシュッ!

プシュップシュップシュップシュップシュップシュッ!


 二体は部屋の中央で仲違いを起こし、全力の突き当てと液体飛ばしを展開していた。その中に吉法師たちはもういない。


「うわっ、すごいな」

「何か、別の意味で恐い」


 この時吉法師たちはもう部屋の端で出口の隠し戸を見つけ、その前で観戦していた。


ドカンドカン、バキッ、ベキッ、ボコッ!


 見る見るうちに残骸化していく二体の模型、暫くして両方の模型とも動かなくなった後、双方の模型から黒い影がさささっと四散してその様子は終わった。


「ははは、面白かったな、色々と!」


 もはや吉法師たちの行く手を阻むものはない。吉法師は笑顔を見せながら悠々と出口の隠し戸を抜け出た。


「おもしろかったか、どうかという意味では私は恐いばかりで面白くはありませんでしたわ」


 次に隠し戸から抜け出て来た結は安堵の表情を見せながら呟いた。


「模型は忍びらしき者が入って動かしていたのですね、私も知りませんでした」

「吉法師さまはどこで気付かれたのですか?」


 弥三郎と四郎は不思議そうに問いながら抜け出て来た。吉法師はそんな二人にまた笑顔を見せた。


「犬の模型から発射された液体が猪の模型に命中した時、猪の模型はまるで視界が奪われた様な感じで壁に激突しておった。それと犬の模型は結に激突しそうになった時、急にその方向を変えておった。まるで女子には危害を加えぬと言わんばかりの対応であった。まぁ、何か人の意思が見えた感じであった」


「へぇ~、さすが吉法師さま」

「まさかあの状況でその様なことを見取っていたとは」


 弥三郎と四郎が感嘆する中、吉法師は話を続けた。


「あと幸運だったのはあの二体は日頃より仲が悪かった様だということだな、途中二体での液体飛ばしの攻撃があった時、猪からの攻撃は我らにではなく先程やられたお返しとばかりに犬の方に向けられていた様に感じた」


「相手の仲まで見定めていたとは」

「それであの様な作戦に出られたのですか?」


「ははは」


 その四郎の驚いた表情での問い掛けに、吉法師はまた笑って応えた。


 攻略の最中に洞察力を働かせて情報を収集し、高度な分析力を用いて見極め最善策を講じる。弥三郎と四郎は改めて吉法師のこの仕掛け攻略への対応に感嘆していた。


 強力な二つの敵の間で仲間割れを起こさせる様に誘導し、潰し合いをさせて自軍を有利な展開に導く。それは古来のことわざにある漁夫の利というものに近いが、漁夫の利が受動的なものに対し、今回能動的に起こしたという点で戦略的に大きな意味がある。


 四郎は再び熱田の白い鳥の姿を思い起こしながら吉法師を見つめていた。


(吉法師さまの洞察力、分析力、対応力は全て成功への摂理にかなったものになっている、やはり天下再構築の天命を受けられる方なのか…)


 四人は弥三郎の兄又八郎が待つ制御部屋へと向かっていた。


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