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鼠姫は竜王に嫁ぐ【短編版】

作者: しきみ彰

 瑞英ルェイインが竜宮に来たのは、決して竜王に見初められたいからではなかった。


「瑞英様! 宴が始まってしまいますっ……こちらのお衣装にお着替えください!」

「ヤダ。別に、わたしが行ったところで、何かが変わるわけないし」

「瑞英様ぁ……」


 瑞英は、自身の侍女であるゴウ族、藍藍ランランからの要望を跳ね除けた。瞬間、犬の獣人にたる狗族特有の犬耳がぺたりと垂れ下がる。ふさふさの尻尾も力なく落ち、いかにも気落ちしているのが窺えた。

 それを一瞥だけし、瑞英は今着ているものとは別のもの、動きやすく汚れても構わない服に身を包む。藍藍が慌てふためく中、瑞英は躊躇いなく服を脱いだ。その頭からは、シュ族特有の鼠耳が生えている。尻の辺りからは長い尻尾が垂れ下がっていた。

 瑞英は獣族の中のシュ族――ネズミの耳と尻尾を持った獣人――の姫である。獣族としては最底辺に住まい、ずる賢く小柄なところが特徴だ。大抵地下を潜っているため、肌は白く髪の色素は薄い。平均身長は百五十センチ。

 その例に漏れず、瑞英も白銀の髪に白い肌を持ち、身長は百三十五センチだ。他種族からすれば、子どもと同様に見られることだろう。

 そんな瑞英が今いる場所こそ、竜宮、獣族において最も強いロン族の住処だ。

 瑞英がロン族の国へとのぼってきたのには、わけがある。それは瑞英のほうに理由があるわけではない。ロン族のほうに理由があるのだ。

 ロン族というものは、強ければ強い個体ほど、ひとりのつがいを大切に扱う。それが一生を過ごす伴侶となるからだ。そしてロン族の場合、同種族以外に番が生まれる可能性があるというのだ。

 そんな事情により、添え物と言わんばかりの扱いで竜宮に上がってきた瑞英だったが、彼女には下心があった。それは決して竜王に見初められたい、という邪なものではなく、純粋な知識欲からくるものだった。

 シュ族はその性質上、好奇心旺盛で知識欲が豊富だ。その上ずる賢く、機転が働く。そんな一族の末の姫として生まれた瑞英は、その欲がひと一倍旺盛だったのだ。

 そんな中やってきたロン族からの便りに、一番に手を挙げた娘こそ瑞英だ。そして彼女の父親も、自身の一族から番が選ばれるはずもないと高を括っているため、娘を快く送り出した。現に今まで、シュ族の姫が番に選ばれたことはない。嫁に選ばれなければ、嫁候補たちは強制的に自身の領地に帰るのだ。

 その上各地には、瑞英など目ではないくらいの選りすぐりの獣族の姫がいる。地味で目立たない瑞英が竜王と合間見えるのは、嫁候補としての顔合わせのときだけだろう。その際とて瑞英など、周りの煌びやかさに霞んでしまう。

 そして今代の竜王は、色々な意味で規格外だった。

 今回の参加人数は百八人と過去最多ならしい。瑞英が読んだ書物では、八十五人が最高だったようだ。そんな稀な例に挙げられている竜王がどんなものか、多少興味は湧くが、今の瑞英の前では霞と同じだ。

 どちらにせよ顔合わせまでの間、瑞英は目的の場所に足を運べるわけだ。

 ああ、どんなものがあるのかな。今から楽しみだなぁ。

 藍藍からの追求を得意の口八丁と逃げ足で撒き、瑞英は竜宮入りしたその日に調べた場所を、嗅覚を使って探り当てる。

 瑞英が向かう場所は書庫。

 獣族最大級の貯蔵を誇る、竜宮の書庫である。



 ***



「けほ、けほ……屋根裏はやっぱり埃っぽい」


 書庫の屋根裏から侵入を果たした瑞英は、埃を払いつつ目を輝かせた。目の前に広がるそれはまさしく、瑞英が欲し続けてきたものだったのだ。

 瑞英の頭を遥かに超える高さを持つ棚。それは部屋の隅々に置かれ、溢れかえるほどの書物を収納している。本特有の匂いに、瑞英の好奇心はさらに膨れ上がった。

 こここそ、獣族最大級の書物が眠る書庫である。

 そもそもロン族の書庫に様々な書物が集まるのは、他種族が媚を売るために貢物として贈っているのだ。瑞英としては渡りに船、望んでもみない事実である。

 ばれないように細心の注意を払いつつも、瑞英は数冊書物を引き抜く。


「ここでは読めないから……部屋に持って帰るか。でもそうなると、あんまり多くの本が読めないんだよなぁ……」


 瑞英としては、それが不満の種だった。

 そもそもこんなふうに書庫に侵入する者は、瑞英以外ではほぼいないだろう。屋根裏などという窮屈な場所をくぐり抜けられるのは、シュ族以外にはいるまい。

 瑞英はぱらぱらと紙を捲り、その感覚に胸をときめかせていた。まるで恋する乙女のように高揚した顔は、さほど表情が動かない瑞英としては珍しいものだ。

 瑞英は数秒悩んだ後、今日は初日いうことで部屋に持って帰り読むことにした。何事も慎重なことが重要である。

 六冊ほどの本を風呂敷に包み、瑞英はそれを背負う。欲張ったのもあってか、案外重くなってしまった。が、読みたい本を読めないほうが辛い。瑞英はそそくさと屋根裏に上り、痕跡を残さないようにしてからそこから立ち去った。









 瑞英が書庫に通い詰めてから、十日が経った。今となっては書庫で本を読み漁り、読む本は日に日に増えている。

 瑞英は新たな書物に手を出しながらも、残念そうに思う。

 こんなに素晴らしい書庫があるのに、どうしてロン族の方々はそれを使わないんだろう。

 現に、瑞英が書庫に入り浸り始めてから二日が経っている。しかしその際にやってきた者は、片手で足りるほどしかいない。

 宝の持ち腐れだ、と不貞腐れつつも、瑞英は新たな知識を手にし目を輝かせた。


「これは……ロン族の戦の歴史か」


 ぱらぱらと捲り、瑞英はひとりぶつやく。彼女は既に、一目見ただけで書物を記憶できるまでになっていた。彼女の頭の中にはおそらく、今まで読み漁った書物が書庫のようにまとめられ、記憶されていることだろう。

 瑞英は過去数千年にも及ぶロン族の戦の歴史を見て、ほう、と吐息を吐き出した。さすがは最強の名を欲しいままにするロン族だ。その圧倒的さたるや、驚愕する他ない。

 書物に没頭していた瑞英だったが、ふと物音を聞きピンッと背筋を張った。急いで書物を戻すと、最近見つけた身を潜めやすそうな場所に入り込む。間違いなく、瑞英ほどの小柄さでないと入れない隙間だろう。瑞英はぐっと息をこらえた。

 足音は、恐ろしいほど小さく書庫に響いた。気配を殺すのがうまいのであろう。気配を読むのが上手い瑞英ですら、物音に耳をそばだてるだけで手一杯だ。今まで何人かここにやってきたが、そこまでやれる者はひとりたりともいなかった。

 誰か大物が来たのかな。まぁ、書庫だし。お偉いさんたちが来ても、おかしくはないか。

 瑞英はぴくぴくと耳を震わせ、身を固くした。相手はどうやら、お目当ての何かを探しているようだ。

 早く何処かに行かないかなぁ。あの書物の続きが読みたいんだけど。

 瑞英は湧き上がってくる欲を抑えつつ、唇を噛んだ。すると本を抜き出す微かな音がし、次第に音が遠ざかってゆく。どうやら目当てのものを見つけたらしい。

 ああ、良かった。これでまた、書物が読める。

 そう思い、瑞英が隅から抜け出したときだ。


「なるほど。精霊たちが「鼠が入った」と言っていたが……これはまさしく、鼠だったな」


 甘いような鋭いような、そんな声が聞こえた。魅惑的、とでも言うべきだろう。瑞英は尻尾から、這い上がるような寒気を感じた。

 瑞英は、自分より遥かに長身の男を見上げ、目を見開いた。

 身長は二メートルを越すだろうか。瑞英が見たこともないくらいの長身を抱く男は、色白の肌と透けるような銀の髪を持ち合わせていた。恐ろしいほどの美貌の麗人だ。それはまさしく、強者たるロン族特有のものだろう。

 そんな中光る青の瞳は瞳孔が爬虫類特有の棘状になり、瑞英を見下ろしている。

 ロン族だ。しかも、かなり強い個体の。

 瑞英はこれからどうしようかと、無表情のまま考えた。しかしロン族から逃げることなど、この世で一番難しいことだろう。ロン族はその性質上、逃げるモノを追いたくなる習性を持ち合わせている。

 これぞまさしくお手上げだ。瑞英は潔く白旗を振った。


「申し訳ありません。どうしても書物が読みたくて、ここに来ていました」

「……ほう? ……なるほど。わたしを見ても、怯えないのか……」


 瑞英は一応とばかりに作法通りの礼をする。ロン族の男が、そんな瑞英の態度を見て首を傾げた。しかし瑞英としては、意味が分からないだけだ。お咎めがあるならば早くして欲しいなーと思っているくらいだ。

 ああ。もうここの書物が読めないのか……辛いわぁ……。

 そんな中でも瑞英の頭を支配していたのは、そんな物欲だったが。

 落胆のため息をこらえたときだ。瑞英の体がふわりと浮いた。

 瑞英が気付いたときには、彼女は男に抱き上げられていたのだ。

 え。なに、これ。どーゆーこと?

 動揺のあまり声が出ない瑞英に、男は嬉しそうにほくそ笑む。その顔すら、全てを魅了してやまないだろう。


「面白い、娘。わたしはお前のことが気に入った――」


 その後、そのひとこそ今代竜王である強者、雅文ヤーウェンであることが分かるのだが。

 瑞英がそれを知るのは、もう少し先の話である――

10/4 追記

続編希望が多かったので、10/6より連載を始めることにします。そのときはまたよろしくお願いします。

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