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ある画家の話  作者: 水花
2/2

ある画家の話 2

 筆を置き、少し離れた場所から眺め……そうして、ゆっくりと息を吐き出した。


「……出来た」

 

 もう自分には、色を置くべき場所がわからない。

 これ以上何処に手を加えていいか、わからない。

 現時点での、作品の完成だった。

 

 筆を下ろすのを躊躇った白いキャンバス。

 その面影もないくらい、様々な色や形で、そこは彩られている。

 大きな窓から入る柔らかな光に包まれて、絵は静かにそこに在った。


「完成したの?」

 アトリエの入り口から、同居人がこちらを伺っていた。

 自分が本当に集中しているときは、彼はこちらに近寄ってこない。

 今もそっと、近寄るタイミングを計っていたみたいだった。

 頷くと、彼はぺたぺたと足音をたてて、隣に立った。首を傾げ、ふうんと呟きながら絵を見上げる。

 この瞬間が、一番緊張するのだと言ったら、彼は笑うだろうか、それとも呆れるだろうか。

 他の誰に見せるよりも、どこの展覧会に出すのよりも。

 他の誰の評価を得るよりも、一番。


「なんだか音楽が聞こえるみたい、な。そんな感じがする」

 俺は好きだなと彼は笑う。

 どんなに言葉を尽くす感想より、解剖して分析するような評論よりも、その短い言葉が何よりも嬉しいものだった。


「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」

 ようやく肩の力を抜いてスツールに座りこんだ。

 そうして、そうだ、最後の最後、仕上げが残っていたと、再びパレットを取り上げる。

 絵に溶け込むように彩度を下げた色に混ぜ合わせ、彼の方へ差し出した。

「仕上げだよ。サインをお願いできるかな」

 彼はきょとんと目を丸くし……そうして呆れた声をあげた。

「アレ、本気で言ってたんだ!」

「そう、しっかり本気。色は決めさせてもらったけど、好きな形にどうぞ」

 差し出されたパレットと、完成したキャンバス。それらを交互に眺めやったあと、彼はまったくと笑った。

「どんなでも、文句言うなよ」

 言わないよと答えると……彼は躊躇いもなく絵の具を手のひらにつけた。


 そうして。

 描きあがったばかりの、キャンバスの片隅を走る、数本の線。

 まるで。

「鳥の足跡みたいだね」

 絵の模様と言えばいえる。サインでなく絵の一部のようでもある、そんなサインを彼は残したのだ。

「ありがとう。これでこの絵は完成したよ」


 そうして……再び向かうのは、まっしろいキャンバス。


「さて、次は何を描こう」

 

 何度も躊躇った後、ようやく下ろされた筆。広がる色とかたち。

 真白の完璧さなど打ちこわし、進む先には、どんな色が見えるのだろうか。


                               END

 


お読みいただき、ありがとうございました。

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