プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 4
それは、白い靄が人の形を作ったかのような存在だ。
こんなアバターは見たことない。少なくとも一般プレイヤーではこんなのは作れない。
「すまないね。君と話をしたかったから、チャットは中断させて貰ったよ」
朽野がフリーズする。一秒、二秒と経過。
白い影が「おーい?」と朽野を呼んでいる。
古い夜の洋館、そこに浮かび上がる白い影、連想するのは一つだ。所謂、幽霊だ。
普段の朽野だったらビビるだろうが、女の子との会話を邪魔された朽野にはそんなこと関係ない。
「何すんだよっ! 折角の美少女(推定)との会話を邪魔するんなんて、あんた何様つもりだよ? 何の権限があってこんなこと」
朽野の脳内で「フラグが立った!」とアルプスな少女が喜んでいたのにこの仕打ち。
誰であろうと、ゆるさん。血の涙を流す勢いで、白い影に詰め寄り、そして……
「僕? 僕は運営だけど? 邪魔したのは運営の権限で」
「どうもすみませんでしたっ!」
土下座をする勢いで頭を下げる。
朽野からすると雇い主。しかも、天下の『Knights of the Round Online』の運営だ。
世界規模で支持されているVVRMMOの運営は、まさにエリート集団。
そこまで、頭を下げる必要はないのだが権力に弱い小市民は条件反射で頭を下げてしまう。
「いいよ。君と僕との仲だし、ね」
クスクス、と笑う運営。
その笑いは、気に障る。ノイズ混じりの声だからではない。
気分が悪い。何故か彼の言葉は、朽野の心をざわつかせる。
「えーっと、あなた、誰です?」
こんなアバターだとわからないが、少なくとも自分の悪友にこんな喋り方をする奴はいないはずだ。
今日は変な日だ。自分が知らず、しかし相手が自分のことを知っている、という経験を二回連続で起きるなど自分の人生の中では滅多にない。
「それは難しい質問だね。ただ、そうだね、君とは兄弟のようなものだよ」
「俺は一人っ子のはずですが?」
もしかしたら、親父がハッスルして、知らない処に兄弟の製造ラインを作り上げているかもしれないが、可能性はゼロに近い。あの禿頭では無理だろう。
「だから、似たようなものだって、ただ、『ある段階まで』に限られるけど、君のことなら何でも知っているよ。
中2病患って、教室で『やめろ!みんなを巻き込むな!』とか、叫んじゃったり、
好きな子のリコーダーをペロペロ舐め回し、あまつさえ……」
「やめろっ! やめてくれぇぇぇぇぇぇ」
ジタバタと身体を捻って悶える。が、甲冑なのでカクカクした動きになってしまう。
「そう、君が夢を諦めた、その原因も知っているよ」
その言葉に、一気に血の気が引く。
クックック、と白い影が笑う。白い影には目がない。だが、その視線は間違いなく朽野の右足を見ている。
「……何で、そんなこと」
「口にするのかって? ごめんごめん、君のことを知っている、そのことを知ってもらう為さ。辛かったよね。あの絶望感は他人にはわからない。けど、僕には、解る。十分、過ぎるほど、解っているよ」
うんうん、と頷く運営。それが切っ掛けで、頭の中で何かがブチ切れる。
「てめぇ、何様のつもりだ。古傷をえぐるような真似しやがって、さっさと帰りやがれ!」
頭に血が登る。相手がエリートだろうが何だろうが知ったことではない。
『運営』を見ていてイラつく理由が理解できた。
傲慢な自分、かつての自分を見ているような気分、そう、それは自分の醜さを見せられているかのような不快感だ。
「ああ、もう少しだけ僕の話を聞いてよ。君の前に姿を現したのは、イベントの通知の為だよ。ほら、始まるよ」
瞬間、世界にノイズが走る。
ざ、ざざざ、と羽虫が飛び交うような音、そして、次の瞬間、世界が真っ赤に染まる。
≪運営:プレイヤーの皆様へお知らせです。
本日、17:00をもちまして、Knights of the Round Onlineを含むオラクル社のすべてのコンテンツは、現実世界との融合の為、終了させていただきます≫
「な、なんだよ。これ」
コンテンツの終了?そんな話は一切聞いていない。それに現実世界と融合?その言葉の意味が理解出来ない。
だが、嫌な予感ばかりが募っていく。
ドン、という音と共に地面が揺れる。そして、その揺れは止まることなく次第に大きくなる。
飾ってあったツボが落ちて割れる。天井の破片が肩に当たり、HPのゲージをわずかに削る。
更に、強い揺れ、バランスを崩し、窓に手をかける。
そこで見えた外の世界は、激変していた。夜空は『WARNING』の文字で埋め尽くされ、建物の外では、プレイヤーが逃げ惑い、割れた地面に飲み込まれ消えていく。
横に発つ白い影が笑う。直感的に目の前の影が仕掛けたことだというのを理解する。
「てめぇ! 何の悪ふざけだ」
白い影に掴みかかる。が、それに触れることはできず、そのまま通り抜ける。
「悪ふざけ? いや、本気だよ。これは、君と僕の為のアップデート、喜んでよ。君は再び『最強』を目指すことが出来る」
≪運営:新しいルールに関しては、後日通知させていただきます。
これからも、新しい現実をお楽しみください≫
「では、再び現実で会おう」
「待て!!」
手を伸ばそうとし、同時に地面が崩れる。
足場を失った朽野は、そのまま、落ちていく。
それは、暗い、暗い穴。どこまでも、どこまでも落ちていき、そして……
◆◇◆◇◆
「おい、朽野! 朽野! 起きろ!」
≪強制退出≫
意識を取り戻した朽野の目の前に赤い文字が映っている。
次に感じるのは、空調の無機質な匂いだ。
オンラインにはない鮮明な感覚に、朽野はほっとする。
「おい! 大丈夫か? 大丈夫だったらさっさと起きろ!」
声でわかる。バイト先の上司の声だ。大友さん、30歳、廃人ゲームプレイヤー。
このゲームもやりこんでいて、職業は暗殺者。女性キャラで、ビキニ装備を好んで使っている。
現実では、太った身体に、無精髭。長い髪を後ろに結んでいる典型的な廃人の姿だ。
(夢、だったのか?)
そうとしか思えない。
「すみません、あの自分、寝てました?」
ログインしている間は、身体は寝ていて、脳は起きている状態だ。
しかし、たまに本当に寝てしまうプレイヤーもいる。ゲームの最中寝ることなど仕事でやっているか、睡眠時間を極限に削ったプレイヤーくらいだろうが……
「んなことはどうでもいい! さっさと筐体を外せ!」
「あ、はい」
筐体。それはVRMMOにアクセスする為のヘッドギアだ。
目を覆う形になっているので、強制退出の文字しか見えていない。
かなり、長時間ログインしていたので、肩が凝る。
ゆっくりと手を動かすと、金属同士が擦れる音がする。
「え?」
確か、バイトに来た時の恰好は、TシャツにGパンというラフな格好で来たはずだ。
何故か、服が重く、そして硬い。まるで全身を覆われているような感触、甲殻生物になったかのような感じだ。
ヘッドギアを外す。容赦ない光が視界を焼く。
「……眩しい」
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫……で、す?」
そこにいる人物を見て、朽野はフリーズする。
そこに、大友さんがいた……30歳のおっさんがビキニ姿で
後ろに結んだ艶やかな黒髪、透き通るような白い肌。出るどころは出ているその肢体。
「Oh……」
まともに視線を合わすことが出来ない。
「お、おい! 目をそらすな。俺も好きでこんな恰好してんじゃねえよ! とにかく、そこの鏡を見ろ!」
起される。そこは、いつものバイト先であるオラクル社の厚木支社だ。
よくあるオフィスの光景。違うのは、椅子が倒れるリクライニングであること、そして、何やらファンタジーな格好をしている人が沢山いるということ。
「おい! これ、どういうことだよ!」
そう、言っているのは、頭にターバンを巻き、腰に曲刀を指した中東風の、しかし見た目は東洋人の男。手に持った綱の先には一頭のラクダ。かなり邪魔くさい。
「お、俺に聞くなよ! さっきまで、イベントの手伝いしてて、で、突然、現実世界と統合するって……」
もう一人は、迷彩服を着込み、銃を携えた若い女性。俺っ娘だ。いいですね。俺っ娘、デレたら可愛いだろうな。
「どういうことでおじゃる? どういうことでおじゃる? 麻呂には一体何が起きているのかわからんでおじゃる」
麻呂語を喋る、公家っぽい恰好をした男……ってこいつ元からこんな感じだったか
そんな感じで、十人程、様々な格好をしているが、共通することは一つ
すべてオラクル社のゲームのデザインということだ。
ターバンの男は、大交易時代online
銃を持った女は、ソルジャーズ・ソウルonline
麻呂は元からだが、大友さんは、自分と同じナイツオブラウンドonlineだ。
全員、見覚えがある。ここにいる全員が、オラクル社でバイトしている面々だ。
(と、いうことは俺も?)
ガシャ、ガシャと音を立てて、鏡の前に立つ。
そこに映るのは、見慣れた冴えない自分の顔と、それに見合わない立派な緑色に輝く甲冑だ。
「おいおいおいおいおい、ちょっとまて」
夢だと思っていた。あの体験。まさか、本当に?
運営のアナウンスは、何といっていた?そう、『コンテンツ』の終了と、そして『現実世界との融合』だ。
「あ、おい! 朽野! どこにいく!」
「すみません、外、見てきます!」
そのまま、バイト先を飛び出す。エレベーターを使おうとするが何故か、電源が落ちている。
「くそっ」
甲冑姿だとは思えない身軽さで、階段を駆け下り、そして、外に飛び出す。
そこに広がっていたのは……
「……世界変えすぎだろ。運営」
SFチックな巨大ロボットが飛び交い、剣と魔法の世界の冒険者が逃げ惑う。
そんな、様々なオンラインゲームが混じりあった混沌とした現実世界だった。
プロローグ、これにて終了ですっ!