赤ちゃんは、どこから来るの?
すみません。更新を一ヶ月ほどサボりました。
年末、仕事がドタバタし過ぎて、申し訳ございません(滝汗
(言った。言っちゃった。言っちゃったよ! ど、ど、どうしよう?)
天牙と朽野は、神奈川と東京が戦争を開始してから、つまりは数年の付き合いでしかない。
しかし、彼は戦場で背中を預け、預けられる関係、戦友という関係は決して浅くはない、と信じたい。
(そ、そう、朽野は戦友。戦友が道を踏み外さないようにするのも自分の役目っ!)
別に六花が嫌いとかそういう意味ではない。今日知り合ったばかりだが、とても息が合う。
だが、その……彼女は色気がありすぎる。
メリハリのある体つきとか、大きな胸とか、整った容姿とか、そんな彼女とえちぃことしたら、どハマリして戻ってこれなくなるかもしれない。
そう、これは嫉妬などではない。ただ、戦友を心配しているだけだ。
自分で自分を偽る。最も、ダラダラと冷や汗を垂らしながら言っても説得力は皆無だが……
最も冷や汗をかいているのは彼女だけではない。
困ったような表情を浮かべる六花。
一見、小さい子が駄々こねるのを「困ったわね」といった風に見ているようにも見えるが、明るいところで彼女を見れば頬から垂れる一雫の汗が見えるはずだ。
(え、えーっと、天牙ちゃん、朽野のことが好きってこと? これって修羅場? え? やばくない?)
経験豊富を装っているが、今世でも前世でも六花は元々、引きこもりに近い。
研究室に篭もり、魔術の研究をしていた魔女。前世でも勇者パーティーに加わるように王から命令されていたが研究室に一ヶ月篭城し候補から外してもらったという経緯もある。
『私は、研究者です。勇者様と同じパーティーなど荷が重すぎます』
そうは言っているが実際の処、世界を救う名誉や王の命令よりも彼女は知らない人と四六時中いるのが嫌だっただけだ。
その癖、人目を惹く魅力的な肉体と、見栄っ張りな性格が影響して経験豊富だと周囲に思われていた。
そして、その傾向は今も変わらない。
世界が一変し、引きこもるどころではなくなった為、少しは耐性はついたが、それでも人と話すのが得意という訳ではない。
「や、約束? 確かにしたよ? キスのその先をしてあげるって。ま、まぁ、彼に守って貰う為の約束で、し、仕方ないかなーって」
「むっ、朽野。弱みにつけこむような真似をしたのですか? だったら、僕が懲らしめて……」
「だ、大丈夫大丈夫! わ、私から言い出したことだし、ま、まぁ、私、経験豊富だし? その程度なんてこともないしっ!」
「で、ですよね。ろ、六花ちゃんは経験豊富ですからね! じゃ、じゃあ……」
もにょもにょ、と天牙が言いよどむ。
「ぼ、僕が朽野を説得出来たら、約束無かったことにしてくれますか?」
そう、彼女は対人との経験が少ない。だから、つい逃げる方向に動いてしまう。
「もちろん! 天牙ちゃんがどうしても嫌だったらって言うなら……」
そこまで言って言葉を区切る。『私が説得して無かったことにして貰うよ』そう言おうと思ったのにその言葉を放つことが出来ない。
朽野との『キスの先の約束』は、中身は乙女な六花にとってもかなり重大なーー恐らく一生を左右する決断だ。
しかし、彼と六花は約束をしたのだ。
彼女の中で約束とは神聖なものだ。前世での宗教の影響ではあるが、今でもそれは正しいと彼女は思っている。
だから、彼女は約束を破るのはプライドが許さない。が、その約束を果たすことで彼に思いを寄せている天牙を泣かせることは、朽野と彼女の関係に亀裂を入れることとなり、恐らく誰も得をしない不幸な結果になる。
だから、朽野に頭を下げて許してもらうしかない。ないはずなのに……
胸が、痛い。
彼との約束が果たせないことに、とても心が痛む。
何故?と自問自答する。
約束を果たせないことに対するプライドが傷つけられることとは別種の心の痛み。
(ああ、そうか……)
六花は気づく。彼と一緒にいると幸せになれて、朽野が天牙とじゃれていると微笑ましいと思うと同時に少し胸が痛くなって、
そして、一生を左右するような約束をしたくなるようなこの感情の正体は……
「ごめん、さっきの言葉は無し」
そう言って、六花は天牙に頭を下げる。
「確かに約束は、彼に守ってもらうその対価を支払う為に交わしたもの。何かを貰ったら、それ相応のものを返さないといけない。私には何も無かったから、だから私自身を差し出すしかないかなって、だけど、今の私はその約束を果たされることを楽しみにしている」
「それって……」
天牙の言葉に、六花は頷く。
「うん、私は、朽野を、朽野伸也が好きなんだと思う」
口にするとその思いが更に強くなる。
自分の意思がはっきりしたせいだろうか?
目の前のモヤが晴れるような、不思議な開放感に満たされる。
「あーうー、本気?」
その様子に、天牙が呻く。
「だって、あの朽野だよ? お馬鹿でエッチで、中二病で。それを隠そうとして、全然隠しきれてなくて、女の子にモテたいなんて思っているけど、全然鈍感でデリカシーが無くて……」
「だけど、仲間思いで、泣き言言いながらも、誰かの為に命をはれるような、いろんな意味で強い人。それは天牙ちゃんもよく知っていると思うけど?」
「……それは、よく、よく知っているよ。だって、戦友だし」
俯いて話す天牙の言葉に、六花は苦笑する。
「天牙ちゃん、朽野のことが……」
「す、好きじゃないよ!」
「じゃあ、自分と彼が子供が出来るようなことをしても?」
「そ、それは駄目!」
思わず上げた自分の声に、「あ」と天牙は赤面をする。それは、彼をどう思っているのか一発でわかる反応。
「べ、別に、僕が彼をどうこう思っているわけじゃなくて、その、朽野が六花ちゃんを傷つけたら困るし、その……」
不安げに揺れる天牙の瞳。ああ、可愛いは卑怯だ。六花は正直にそう思う。
元々、人形のように整った表情の天牙だ。中2モードの無表情の時は凄みのある美しさを感じさせるが、素の彼女は人形めいた美しさと、小動物のような内面。そのギャップが心を揺さぶる。
女性の自分でもこうなのだ。天牙と一緒に行動し、彼女の好意を受けている朽野が彼女に手を出さないのは、彼の鈍感であるがゆえだろう。
ああ、本当反則だ。彼女を泣かすようなこと、出来ないではないか。
「そう、か。じゃあ、仕方ない、ね」
そういう六花の言葉に、天牙が顔を上げる。
「え?」
「……今回の約束、断っておく」
そもそも、彼女は友達だ。そして、朽野との付き合いも長い。
それをひょっと出の自分がドサクサでした約束で掻っ攫うのはフェアではない。
「いいの?」
「いや、考え直してみると付き合ってすぐの人と子供が出来るようなことは、ね」
「だ、だよね! 朽野が六花ちゃんと釣り合うはずないし!」
「そういう訳じゃないけど、さすがに添い寝するのはまだ早いかなって、こういうのは順序を追って……」
「え? 添い寝?」
理解不能な六花の言葉に、天牙の思考はフリーズ。しかし、何とか立ち直り、引きつった笑みで六花に向かい合う。
「え、えーと、六花ちゃん。赤ちゃんはどうやったら出来るか知っている?」
「何を意味わからないことを、そんなの誰でも知っていることではないか」
「で、ですよねー」
良かった聞き間違いだ。デキる女である彼女が、あんなこと言うはずが……
「一緒の布団に入り、添い寝すればコウノトリが……」
「六花ちゃん、駄目だよ! 彼との約束はもうちょっと勉強してからだから!」
むんす、と胸を反らしていう六花の言葉に、天牙は絶叫した。
◆◇◆◇◆
――そして、今日という日が終わる。
天牙は、パチパチ、と燃える焚き火を眺め、ただ時の流れに身を委ねる。
時間は11時56分。
それを確認し、メールの画面を開く。
宛先は、東京軍の『赤木一佐』宛。
そこに書かれているのは、どこの出口に何時頃着くか、といった詳細なスケジュールだ。
点滅する送信ボタン。それを震える手で近づけ……
「六花ちゃん、ごめん。それでも、私は……」
そして、ボタンを押す。
ジャミングで、邪魔されるはずのメールは問題なく送信される。
サイは投げられた。投げられてしまった。
震える身体を抱きながら、彼女は、焚き火の前で丸くなる。
◆◇◆◇◆
東京軍が動き出す。
タクが部下からその情報を入手したのは深夜1時のこと。
街のあちらこちらを監視していた兵士達が一斉に、出発の準備を開始したとのこと。
街を眺めると、なる程慌ただしい。
赤城の指導が行き届いているので、略奪こそ起きていないが、街のあちらこちらで騒ぎが起きている。
逃げる様子は無い。東京軍の斥候が向かった先は神奈川方面。しかし、彼らが神奈川方面の出口から出てくると分かっても出口はそれこそ無数にある。賭けに出るには少々分が悪いと思うが……
「さて、こちらの手の内がバレているとは思わないし……」
タクは自分の背後に置かれている装置を見る。
それは二つの球体。コードが伸びておりその先には黒い箱が置かれている。
二つとも同じ形状だが、違う点が一つある。片方は緑色に輝き、片方は光を失っている。
これはチャットのジャミング装置。
何故、二つ用意しているか、理由は簡単だ。このジャミング装置は、連続で12時間しか使えず、また、同時に二台起動することが出来ないということだ。
タクが、数あるジャミング装置の中でこれを使用していることを知っているのは天牙や朽野を含めた仲間達のみ
ジャミング装置も様々なものがあり、それによって活動時間は違う。隙ができるとしても一秒程、そのタイミングを相手が掴めると思えないが……
「金は幾らでも出す。冒険者達を集めろ、東京軍を追うぞ。ジャミングは東京軍が出発するまで維持。出発と同時に解除。そして、神奈川に連絡。こちらの情報すべて伝えろ。信じてもらえないようだったら俺の名前を使っても構わん」
用心に越したことはない。
嫌な予感を胸に抱きつつ、彼は準備に取り掛かった。




