間章:白と赤
カーン……カーン……カーン
鉄を打ち付ける音がする。
それは、聞きなれた剣戟の音。
気がつくと、灼熱の太陽が頭上にある。
できる影は、八本の腕と足に鎖を繋がれた巨体。
吹き荒れる砂塵が視界を遮る。
その砂嵐の向こうから、一つの影が飛び出す。
それは青い肌、赤い瞳を持つ自分と同じ剣闘士。
自分より2回りも小さな体で、恐怖で顔を歪ませながら曲刀を振り被り、自分の刃は剣ごとその青い肌を叩き切る。
瞬間。湧き上がる歓声。自分の名前が響き渡る。
そこは、壁に囲まれたコロッセオ。
頭上から見下す人々に、剣を掲げ、雄々しく吠える。
それに応えるように、歓声が大きくなる。
みんなが自分を見ていた。自分を見て興奮していた。
そこに、自分の足元に転がる敗者には一切目をくれない。
吹き荒れる砂塵が、その流れる血を覆い隠していく。
いつ、自分も動かぬ屍になるのか恐れつつ、けれど、逃げ出すことも出来ない状況に絶望していた。
この狭い檻が自分の住む世界のすべてだった。
風景が切り替わる。
空に浮かぶのは金と銀の二つの月。
そこは砂漠。
乾いた極寒の大地。
焚き火を囲い、仲間達と酒を酌み交わす。
炎で浮かび上がる影は、前よりも一回り大きくなり、足を繋ぐ鎖は今はない。
仲間が何か話かけてくる。
日本語ではない言語。しかし、何を言っているのか理解できる。
トカゲのような男に、頭に角の生えた女。一つ目の巨人もいる。
仲間に囲まれて、大きな声で笑い声をあげる。
朝を迎える。
地平線の向こうから登ってくる太陽。
その太陽を背に迫る異系の軍勢。
武器を掲げ、雄叫びをあげる。それに合わせて仲間たちも声を張り上げる。
ドスン、と一歩踏み出す。吹き付けるのは灼熱の砂塵。
それを切り裂き、一歩一歩。足を進める。
自分の背後には数千という仲間達。恐れはない。
もう、あの狭い檻で怯えている自分はいない。
あの軍勢の向こうには、どこまでも広がる世界が待っているのだから
◆◇◆◇◆
赤城は、割り当てられた部屋でぐっすりと寝ていた。
「……オルド、エル、エアリアラ」
にまにま、と理解の出来ない言語で何やら話している様子。
床に転がるのは酒瓶と、エロい本。アルコールの匂いが鼻につく。
一体何の夢を見ていることやら。
白石は、この状況下に、呆れたようにため息をつく。
ここは町田の街。落としたとはいえ、街を出れば敵地ど真ん中。
この状況下でも寝れる彼がどういった神経をしているのか、一度解剖して調べてみたいものだ。
ともあれ、彼には起きてもらわないといけない。起こそうと、近づくと。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
いきなり、赤城が寝ながら雄叫びをあげる。
「……本当、一体何の夢を見ていることやら」
さっきの音でも起きることはない。
「赤城ど……」
声をかけようと近づくと、瞬間。手を掴まれる。
(しまっ!)
そのまま、押し倒され、首元にナイフを突きつけられる。
「……おはようございます。赤城殿」
冷や汗をかきながらも、白石は表面を取り繕って挨拶をする。
「あ~、なんだ。てめぇかよ」
つまらなそうに返すのは気だるげな一人の中年。
信じたくもないが、この不真面目そうな男が白石の上官だ。
「あの、どいてくれませんか?」
男に押し倒されている状況。正直、気持ち悪い。
「ああ、悪い悪い」
恐らく、彼も寝たふりをしていたという訳ではないのだろう。
人の気配を察知して目を覚ました。自分のあの馬鹿でかい寝言では一切、目を覚ますことがなかったのに、だ。
キリッ、と奥歯を噛み締める。
人の気配で目を覚ますなど、普通は出来ない。
彼も彼の部下も今でこそ、戦いを本業にしているが大災害前は平和な日本で暮すごく普通な一般市民だったはずだ。
そんな環境下で育って、人の気配で目を覚ますスキルを手に入れるなど、常識ではありえない。
彼に付き従って常に浮かぶのは劣等感。しかし、それを表に出さず、白井はいつもの無表情で彼の前に立つ。
「たっく、なんだよ。気持ちよく寝ているってーのによ」
「この状況下で昼寝が出来るあなたが羨ましいですよ」
呆れたように、ため息をつく白石。
「だってよー。俺達、ほぼ徹夜で行進したんだぜ? どー考えても無茶だろう。そりゃ、眠くなるって」
「その無茶な命令を出した貴方が言わないでください」
まぁ、それがあったから、最適なタイミングで町田を攻撃できたのだが……
東京に侵入したあのオカマ……ではなく、軍曹からの報告が入ってからの赤城の判断は早かった。
本土に帰還中だったのを翻し、町田へと方向転換。部下の悲鳴などもろともせず徹夜の強行軍を決行したのだ。
大災害前と違い、日本の地形は大きく変化している。
平野の続く関東でも、谷や山、森に川、場所によってはダンジョンが出来上がっており、何よりモンスターが沸くようになり、移動が更に困難になっているのだ。
もし、通常通り町田に向かえば、丸一日かかる。一日遅れて入れば、彼女は町田を出て横浜に向かっていたかもしれない。
そうなれば、もう自分達では手出しのしようがない。
「だから、こうして休めって命令だわけだろー。お前も交代で休めよ」
「眠れない兵士が大勢います。敵地で取り残された状況。作戦失敗であるならばさっさとこの地から出るべきです」
その言葉に、はぁ、と赤城は大きくため息をつく。
恐らくは、一つは、『この程度』の状況下で眠れなくなる部下の不甲斐なさに嘆いているのだろう。
だが、帰ってきた答えは違った。
「おいおい、解んないのか? 俺達がこの街を出れば、ジャミングやんでしまうでしょうが、そうしたら、チャットのし放題。堂々と、町田に戻ってしまうだろ? だから、もう少しここにいる必要があるンだよ」
その言葉に、白井は呆然とする。
「つまり、あなたは……まだ、彼女を追うつもり、だと?」
「あったりまえだろ? こんなチャンス、今後、まずないからな」
「し、しかし。町田の地下ダンジョン『埋れし巨人の都』は、町田は神奈川方面に10以上の出口が用意されてます。それを一つ一つ塞ぐのは自分達の兵力ではまず不可能だ」
「だが、もし現在地がわかっているとすれば?」
その言葉に、はっとする。
「まさか、彼らのパーティーにスパイを?」
その言葉に、赤城はにやり、と笑う。
現在、チャットは出来ない状況だ。しかし、フレンドリストは生きている。
フレンドリストには、相手がどこにいるか表示される。
ゲームではあまり問題なかったこのシステムだが、現実となると様々な弊害を及ぼすようになった。
お互いの同意の元でなければフレンド登録は出来ないし、また見せないよう非通知設定もできるが、悪用しようとすればいくらでも出来る。
例えば、地下のダンジョンを探索している彼女の元に、スパイを送り込む、とかだ。
常識的に考えれば、不可能だ。
警戒している彼女達に見知らぬ人物が接触しても、まず警戒されるだけ、送り込むには、朽野、もしくは六花の顔見知りでなければならない。
彼の知り合いは、この街に多くいるだろう。だが、自分達は町田を襲った張本人だ。そんな自分達がお願いして、いうことを聞いてくれるはずがない。
それに、地下ダンジョンは広大だ。偶然、それに適した人材を見つけ出したとしても、合流させるのは至難の技。
悪条件に更に、悪条件がつく状況。しかし、悔しいが目の前の男ならそれを可能にしそうな何かがある。
白石は、考える。
元より彼は、六花を殺すつもりはない。
彼は、野心家だ。大災害前は、どこにでもいる一般人にしか過ぎず、必死に手を伸ばしても手に入るのは、それなりのステータスとそれなりの金。
大災害前の社会システムは良くも悪くも完成されていた。出来るだけ不平等を排除したシステム。白石から見れば、それは皆で皆の足を引っ張り合っているようにしか見えなかった。
彼は、憧れていた。誰もが自分に頭をたれ、自分の命に従うそんな光景を……
無論、それは空想。自分が憧れていた光景が一国の支配者たる『王』の姿であることにすら気づかなかった。
いや、気づいたかもしれない。だが彼の持つ常識がそれを邪魔していた。
だが、大災害によって常識が崩れ落ちた時、彼はその夢を受け入れた。受け入れ、現実にする為に動き出した。
大災害前であれば、笑われるような空想。しかし、既存の概念が崩れ落ち、不安定なこの情勢下なら不可能ではない。
その為の必要なパーツ。それが『運営』。このような世界を作り出せる彼女なら、更に世界を都合のいいように変えることが出来るに違いない。
「わかりました。では、赤城殿の作戦に従いましょう」
すました顔で答えながら、白石は心の中、クスリと笑う。
今は彼に従おう。だが……
(最後に笑うのはこの私だ)
彼は気づかない。そんな彼の姿を赤城が、冷めた目で見ていることに




