変化するということ・3
ポツポツ、と降り出した雨は次第に強くなる。
ねずみ色の空に、濡れて黒くなったアスファルト。
まるで、二人の心情を現すかのような空に、心の中で小さく舌打ちをする。
その姿に、六花が心配そうに朽野を見る。
一番大変なのは彼女だというのに、しかし、それに答える余裕は朽野にはない。
ただ、繋いだ手をぎゅっと強く握る。
今の彼女は普段と変わりない。束縛するようなロープや手錠など一切使ってない。
ただ、彼女を縛るのは、その繋いだ手のみ。
彼女も握る手が強くなる。ほっとしたように笑うが、顔色は少し白い。
そもそも、強気な彼女がこんなに感情を露わにするなんて、彼女も相当追い詰められているのだろう。
そうしてたどり着いたのが町田駅前。
少し前まで、冒険者や商人、場合によっては棺桶屋やら、主婦などでごった返していたこの場所も今は静まりかえっている。
とは言っても人がいない訳では無い。
音を立てず、佇む兵士達。何も言わず、ただ視線のみをこちらに向けてくる。
(広場にパンツァー2、その他プレイヤー10。〇井屋上、遠距離型パンツァー2、小田急のビルには狙撃型が1か)
そして、兵士達の中心にいるのは二人の男。
「おー、よく来たな」
そういうのは、赤城大地。いつの間にか、大佐などと大層な役職をもらっている男は、朽野の記憶の中とあまり変わりがない。
樽の上に腰掛け皮肉げな表情を浮かべている。
前あった時より少々白髪が増えているが、それでも、肉体的に衰えている様子はなく、寧ろ活力にあふれている。
手には赤ワイン。彼の着込んでいるマントと同じ色だ。
「よ~。はじめまして、だな。俺は赤城一佐だ。えーっと、朽野伸也だっけ?」
気づいた様子はない。いや、気づくはずもないのだ。
こちら側からすると何度か顔を合わせているが、あちら側からするとはじめまして、だ。
と思ったら、赤城は自分の顔をじーっと眺めてくる。もしかして、気づかれたか?
「えーっと何か?」
「いや、おっさん、ちーっと疑い深くてな。おーい、白石。円卓の騎士に朽野っていたか?」
「はい、あまり目立ちませんが存在します。朽野伸也。戦後、円卓の騎士に選ばれた男です。戦場でのそこそこの働きと、レヴァイアタンと呼ばれる組織とも深い繋がりがあるとかで選ばれたとか。円卓に選ばれる理由にしては弱いですが、まぁ、人数合わせで選ばれたようですね」
円卓の席は12席。東京との小競り合いで1名、命を落としてる。
確かに、自分が円卓に選ばれた背景にはそういったこともある。
「そうか。まぁ、どこのどいつかはどーでもいいんだけどよ」
その言葉に、報告した副官らしき男がむっとする。
服装からしてパンツァー乗り、か。なんというか神経質そうな男だ。二人の会話からして上手くいっていないように思われる。
「さっきから気になってるんだが、その探るような眼、一体なんだ?」
じろり、と赤城がこちらを見る。
「あ、あはは。何のことです?」
相変わらずいい勘をしている。
「やー、おっさんの勘違いじゃなければ、さっきうちの兵力を確認してたよな? ご丁寧に、隠していたスナイパーの位置まで確認しやがって」
「しょ、小心者なんですよ。一応、なんかあった時の逃げ道は用意しておきたいので」
あはははははは、と乾いた笑い声をあげる。
頬に冷や汗が伝う。これは、演技ではなく本当の冷や汗だ。
「ああ、心配せんでも、そちらのお嬢さんを渡してくれれば、何もせんよ」
朽野の表情が苦悶に歪む。が、それも一瞬だ。
「わかった。今、受け渡す」
「……あっさりしているな」
「自分だって我が身が可愛いです。彼女といたら、自分の命さえ危ういし」
「そこは安心してください。彼女さえ手に入ればこの町には興味はありません」
そういうのは、副官の白石だ。朽野を見るその目は軽蔑の色が思いっきり出ている。
まぁ、そうだろう。朽野が取り付けた約束は、街の住民の安全ではなく自分たった一人の身の安全なのだから
だが、朽野はそんな視線を無視し、彼女の背を、ぽん、と押す。
その軽い感触が胸を打つ。
浮かぶのは罪悪感。そして、本当にこの選択で正しかったのか?という迷いが苦悶の表情となって現れる。
だが、最早、流れてしまったことは変えようが無く……
一歩、二歩、三歩と彼女が進み。そして、白石が彼女の腕を引き、後ろへ下がる。
「……気にくわねぇ」
赤城がぽつり、と呟く。
そこには、飄々としたおっさんの雰囲気は一切ない。
「何か企んでいるな? おっさんに教えろよ」
口調は、軽い。しかし、その空気は飛び掛かる寸前のオオカミそのもの。
目の前の獲物を食い殺さんと牙を剥く。
ゆっくりと朽野に近づいてくる赤城。一歩進むごとにその殺気は濃密になる。
「え、えーっと。何といいますか」
その殺気に当てられ、乾いた笑いをあげながら、頬を掻く。そして……
「俺が何かするんじゃないかって警戒するなら、後ろの女をちゃんと見張れ。ばーか」
次の瞬間、幾つかのことが同時に起こった。
朽野が銃を白石に向けて放ち、白石が、よろめく。
赤城は朽野に向けて、大剣を振り下ろし、細剣で弾く。
そして連続しておきる爆発音。六花を中心に円を描くように、地面が破壊され、そして――
「しまった!」
六花の立つ地面が沈み、そのまま地下へ広がるダンジョンへと落ちていく。
上手くいった、赤城の鋭すぎる視線に冷や汗を掻きながらにやり、と笑みを浮かべる。
(う、上手くいった。マジ冷や汗ものだったけど)
朽野は、ここに来る前の会話を思い出す。
◆◇◆◇◆
タクからの六花を見捨てろ、という言葉。
その言葉に朽野は一瞬、怒りを覚えた。しかし、すぐその熱も冷める。
彼も何も感じていない訳では無いのだ。考え抜いたうえでの結論なのだろう。
必要以上に硬い彼の声がそれを物語っている。
だから、考える。他に手はないか?と。
『彼らは、どこにいる?』
『町田の駅前だ』
ダンジョンの入口。アイテムショップから葬式屋までそろっている正に町の中心だ。
六花がこちらを見ている。
ああ、自分達が何を話しているのか、何となく理解しているのだろう。
体は震えている。しかし、状況を理解しているのだろう。逃げ出そうとしない。
強い子だ。朽野は本当にそう思う。同じ立場だったら錯乱して何をしでかしているか分からない。
震えながらも、毅然とするその姿は、とても輝いていて、後ろめたい自分は真っ直ぐ彼女を見ることが出来ない。
目を逸らしながらも考える。
「彼らに伝えてくれ。彼女を、差し出す、と。それと……」
チャットではなく彼女に聞こえるように肉声で、それが自分に出来る精いっぱいの誠意だから
「今、ダンジョンに潜っている冒険者に連絡を、爆弾使える奴いるだろう? あとチャットをジャミングする装置。それもとびっきり上等なやつ貸してくれない?」
その言葉に、タクがぴくりと眉を動かす。
「現在ダンジョンに潜っている奴らとは連絡は取れるし、装置も幾つかあるが……何をするつもりだ?」
「要するに街を人質に取られなければいいんだろう? なら、街には隠れられない。門から街の外に出ることは戦力的に難しい。可能だったとしても、チャットを通じて街を人質にされたら元も子もない。なら、ダンジョンに逃げ込めばいいんじゃないか? それもチャットの通じない状況にしてさ」
確かに自分達が知らなければ街の人間を人質にしようもない。当たり前だが対象が知らなければ人質の意味は全くない。
だからこそのチャットのジャミング装置。タクならかなり質のいいジャミング装置を幾つかかりることが出来るはずだ。
「無謀だ。敵の本陣、しかも相手は赤城だぞ?しかも、あそこは上位ダンジョン、そんなに上手くいくはずがない」
「あー、まぁ、何とかするさ」
その言葉に、タクがはぁ、とため息をつく。
「……お前のことだ。最悪、何とかするだろうが『あれ』にはリスクが付きまとう。それだけは覚えておけよ」
それに対し、朽野は曖昧な笑みで返す。
「……六花さん。見捨てるなどと言ってすまなかった。こちらとしての方針は決まった。君はどうする?」
「どうする、とは?」
「彼に乗るか。乗らないか、だ」
その問いに関して、六花は無言で朽野に近づく。
「え? 何?」
その無表情に一歩引いた朽野。その一歩分さえも彼女は詰め寄り、そして、二人の距離は0になる。
甘い、ラベンダーの香りと共に、頬に暖かく、そして柔らかい感触が押し当てられる。
ぽかん、とする男達に、六花は、ふん、とその大きな胸を張って笑う。
「何、固まっているの? 頬にキスなんて挨拶のようなものだし」
そう言いながらも、六花は頬を真っ赤に染めている。
「タクのいうことは理解出来る。可能性がないならそっちに従うのもありかなとも思ったけど……」
強い意志を持った目。それが熱をもって朽野を見る。
「生きれる可能性があるなら死にたくない。だけど、私にあげられるものはない。だから、その……」
視線を逸らし、今度こそトマトのように真っ赤になりながら彼女はいう。
「も、もし、私を神奈川まで連れて行ってあげたら、そ、その、その先までしてあげても、いい、わよ?」
◆◇◆◇◆
「ふ、ふふふふふふ」
思い出したらテンションが上がってきた。
不思議だ。心は熱く燃え上がっているのに、頭はどこまでも澄み渡っている。
自分の熱き情熱が、触れた雨をその場で蒸発させていく。
戦闘時、心も頭もどこまでも冷め渡っているが、今は違うっ!
ハートは震えるし、燃え尽きるほどにヒート。血液はビートを刻みすぎて、鼻血となって噴き出している。
「おーい、白石、俺、あれと戦うのかよ? 変わってくれない?」
「嫌です。なんか、よくわかりませんが発情して我を失っていますし、私は『アーッ!』にはなりたくないです」
「しかし、まいったなぁ。おい」
ダンジョンに降りるのは簡単だ。しかし、降りてその間に神奈川の軍隊が到着したら完全に逃げ道を失ってしまう。
ダンジョンには別の出口もあるが、問題なのはすべて神奈川方面に繋がっているということ。
「まぁ、いい。こいつ、捉えずひっ捕らえるとすっか。なーんか情報引き出せるかもしれないし」
そういって、赤城が武器を振り下ろし、朽野もそれより早く武器を振るう。
ただし、下に向けてだ。
「オーダー『グラン・シャリオ』」
剣から放たれた七つの閃光が、朽野の地面を砕く。
そう、彼には戦う必要はない。必要なのはどうやって逃げるかだ。
一瞬の浮遊感と共に、それは落下へと変わる。
朽野の首めがけて振り下ろされた剣は、朽野の髪を数本とシールドを削る。
「ふははははは、また会おう! 明智君!」
そういって、朽野は自身の空けた穴へと落ちていく。
暗闇の中を下へ下へと、その胸に達成感を抱きながら、ただただ落ちていく。
次回から、ダンジョン攻略開始です




