プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 1
長い、長い戦いの果て、彼らは『ここ』に辿りついた。
「追い詰めたぞ。緑の騎士!」
白銀の騎士は目の前の暗闇に向けて声を上げる。
白銀の騎士は満身創痍。王より授かった自慢の鎧は、傷つき、聖剣はここに来るまでに血に塗れ汚れきってしまっている。
彼に従う仲間達も、すでに疲れ切っている。だが、彼らの眼には諦めの文字はない。
緑の騎士を倒す為、最後の力を振り絞ってこの場にたっている。
ここは、魔物がひしめく古い洋館。魔が支配するこの場所は、黒一色で統一されていた。
何もかもが黒い。壁も飾られた絵画や花瓶さえも。そこから感じ取れるのは一つの思いだ。
闇と同化したい、という強い願い。
そう、ここの主は人間。
だが、邪悪な儀式の果て自らの死をもって今、人の殻を取り払おうとしている。
『よくぞ……』
皺枯れた声が闇から生まれる。
『よくぞ、ここまで来た。人間の若造よ』
月光が、窓から差し込む。そこに浮かび上がるのは、黒になり切れない深い、深い緑の鎧を着込んだ騎士の姿。
その姿、少年が一歩、後ろに下がる。
怯えている、その事実に若い騎士は怒りに似た感情を感じる。
しかし、それをそっと背中を支えてくれる人がいる。
「大丈夫」
振り返る。
そこには、大切な人が微笑んでいる。
いや、彼女だけではない。
ここまで一緒にきた仲間達が、大丈夫だ、と頷いてくれる。
心は落ち着きを取り戻す。そうだ、自分は一人じゃない、仲間がいる、と
「緑の騎士、お前の首貰い受ける!」
≪警告:ユニークモンスター『緑の騎士』が出現しました≫
「行くぞ! みんな!」
おう!と答える仲間達の声を背に、若い騎士は剣を振りかぶった。
◆◇◆◇◆
(ま、演出はこれくらいでいいですかねー)
目の前の熱い展開に対し、緑の騎士は、かなーり冷め切っていた。
本日、バイト4時間目。何十回、彼らのようなプレイヤーを相手したのか覚えていない。
『おーい、交代まであと何時間?』
パーティーチャットで、GMに呼びかける。
『さっき、あと2時間やて、伝えたやろ。ほら、頑張り~』
帰ってきたのは、関西弁の女性の声。
(ああ、いい声だ。多分、美人なんだろーな)
とか、夢想するのがこのバイトにおける自分の数少ない楽しみだ。
現在、流行のVRMMO『Knights of the Round Online』の世界の中にてボスキャラとしてログイン中。
VRMMO。所謂、ネットゲームというものだが、このVRMMOの登場はネットゲームの歴史を大きく変えた。
巨大なバーチャルリアリティー空間を作り上げ、自分自身がネットゲームの中に入り込む。
そんな夢のような技術は当然、若者達、いや、大人にも大うけした。
剣と魔法の世界に行ってみたい。大軍をあやつって戦争したい、巨大ロボットに乗ってみたいそういった若者向けのゲームからスタートし、最近は、幻想的な風景を見たい。戦国の武将になってみたい。ゴルフを存分に楽しみたい、など、大人のニーズも答えるようになり、今や一大市場と化している。
そのVRMMO技術を独占しているのが『オラクル社』。
『ネットを変える。世界を変える』
そんなキャッチコピーでCMを流しているが、そのうち本当に世界を変えかねない勢いだ。
『Knights of the Round Online』も数ある『オラクル社』のネットゲームの一つで、緑の騎士も本来はこのゲームのプレイヤーの一人。
その腕を買われ、『Knights of the Round Online』にて、ボスキャラとしてバイトしているという訳だ。
少し前までは、ボスキャラもプログラミングされた動きを繰り返すだけだったのだが、そのプログラミングされただけの動きでは、一部のプレイヤーには、物足りなかったらしい。
それで、今回テスト的に、ボスキャラも人間が操ってみよう、ということになったのだ。
と、いう訳で、緑の騎士こと朽野 伸也は、こうして台本通りの台詞を吐きながら、やってくるプレイヤーをぶちのめしている訳だが……
目先の敵に目を向ける。
一人は、白銀の鎧と大きな盾、聖剣を構えた男、なんかさっきのやり取りから中二病を患っていそうな気配がある。
その後ろで騎士を支えているのは、杖を持った赤い髪のロリっ子。恐らく現実でも女性なのだろう。その仕草もとても女性っぽい。騎士君とはデキているようだ。爆発しろ。
後、残るは二人、マスケット銃に軽装の鎧を着込んだ男。そして、ロープを着込んだイケメン。この二人もそれなりに強そうだ。
(えーっと、今回は、騎士、森呪師、猟兵、呪石師って、かなり攻撃的な編成だなぁ)
通常なら、そこに回復役の従軍僧侶の編成が主流だ。
薬品の取り扱いに慣れている森呪師が回復役になれないこともないが、安定はしにくい。
ただ、編成的に、攻撃力にはすぐれた構成だ。
少人数だし、もしかしたら伏兵に暗殺者か、狙撃手が潜んでいるかもしれない。
(まぁ、試してみるかー)
あれこれ悩んでも仕方がない、と考えるのを辞める。
それは、彼らぐらいなら簡単に捌くことが出来る、という自信があるからに他ならない。
「行くぞ! みんな!」
白銀の騎士の声を合図に戦闘が始まる。
元気だなー、とか場違いなことを考えつつ、緑の騎士は白銀の騎士の放つ一撃を、正面から受け止めた。