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京都にての物語

銀閣寺~月の寺~

作者: 不動 啓人
掲載日:2013/03/03

 総門を潜って右に折れると、そこは石垣の上に更に樹木による緑の垣を巡らせ、高い壁に挟まれた細い路地を行くような参道が南へと続いていた。

「これは一般に銀閣寺ぎんかくじ垣といって、こうして高い垣で覆うことによって外界と遮断し、境内に入る心の準備をするところと言われています」

 宮内登みやうちのぼるの説明に耳を傾けながら、渡辺明わたなべあきらは垣の高さとその先の澄んだ秋空に目を向け、とてもシンプル化された景色に外界の煩雑さから抜け出た心地良さを感じた。

 明は東京で小さなITの会社を経営する社長であり、昨日から取引先との打ち合わせの為に京都に入っていた。当初は打ち合わせ後日帰りで東京に帰る予定だったのだが、取引先の社長の強い勧めもあり、一日多く滞在して京都観光を行うスケジュールに変更したのだった。そして、その案内役として取引先から派遣されてきたのが登だった。

 二人はすでに金閣寺きんかくじを拝観し、次にこの銀閣寺へとやってきたのだった。

 まだ半袖でも充分に過ごせる暖かさの中、二人は拝観料を支払って中門を潜った。左手には庫裏こりが立ち、右手の垣越しには銀閣の上部を窺うことが出来た。

 明は銀閣寺を訪れるのは初めてだった。それどころか、京都観光自体初めてだった。それでも、銀閣寺の名ぐらいは知っている。ただ、その姿を写真でさえ見たことはなかった。明の想像する銀閣は、その名の通り銀色に包まれていて、それこそそのイメージは、先程金閣を見たばかり故、一層強まって期待を呼んだ。

 そんな明が、庭内に入って初めて銀閣の全貌を目の当たりにした第一印象は――肩透かしを食らったような感じだった。垣越しに見た銀閣に早速違和感を覚えていたのだが、全貌を眺められる位置に立っても、明が期待したような白銀の輝きはなかった。

 銀閣は二階建ての黒ずんだ質素な姿で、柔らかな日差しの下に佇んでいた。あえて白銀というのであれば、真っ白な障子が陽射しを反射した輝きを白銀と例えられなくもなかったが、それでは明のイメージには程遠い。

 拍子抜けした心を無感動で表した明の様子を見て、登が笑った。

「金閣のように、名前の通り銀箔で包まれていなくてがっかりしたんじゃないですか?」

 さすがに案内役を務めるだけあって観光客の反応を見慣れているのか、登は正確に明の心中を言い当てた。言い当てられてしまうと、明は勝手なイメージをして勝手に落胆している自分が妙に恥ずかしくなって苦笑いを浮かべた。

「そうですね。――それでも、元々は銀箔を貼っていたんですよね?」

「それが創建当時からこの姿なんだそうです。近年詳しく調査が行われたんですが、一切銀は検出されなかったんですよ」

「じゃあ、なんで銀閣なんですかね?」

「それは金閣に対比して、後年にそう名付けられたといわれています」

 登の説明に、明は落胆を通り越して白けた気分になってしまった。

 銀閣に興味を失った明は、登の後について庭内を回った。

「この銀閣寺は、正式には慈照寺じしょうじといいます。元々は応仁の乱の後に室町八代将軍であった足利義政あしかがよしまさが山荘を建て、その死後に山荘を寺院に改めたのが始まりといわれています。ちなみに、銀閣は正式には観音殿かんのんどうといい、二階に観音菩薩かんのんぼさつを安置しています」

「この白砂は、山のようになっているのを向月台こうげつだいといい、模様を描いている方を銀沙灘ぎんしゃだんといいます。今では銀閣寺の一つの目玉でもありますが、作られたのは江戸後期の頃といわれています」

「こちらは方丈。こちらは東求堂とうぐどうといって――」

 登は丁寧に一つ一つを説明してくれたが、明は段々と上の空となり、なんら興味を惹かれるものはなかった。なぜこんなにも銀閣寺が有名なのかがわからない。二人の他にも周りには多くの観光客の姿がある。彼らはこの銀閣寺でなにを見、なにを感じて喜ぶのだろうと明は疑問に思う。この程度のものであれば、金閣寺と対比するには相応しくないのではないかと思う。金閣寺には絶対的な見所がある。当然、それはあの金閣だ。数時間前、金閣をその眼で眺めた明は、圧倒的なバイタリティーを感じた。それは足利義満あしかがよしみつという人間の、栄華の頂点を極めた人間のバイタリティーそのものであるように感じた。明にはとても眩しかった。そして羨ましかった。明は三十歳を超えても未だ向上心に溢れていて、金閣はその向上心を強く刺激するのだ。金閣を拝観し終えて、明は素直にいいものを見たと思った。この刺激を、これからの仕事に活かしていきたいと思った。

 ところが、この銀閣寺はどうだ。重く沈みがちな銀閣。白骨の虚無を思わせる白々とした輝きを放つ向月台と銀沙灘。庭園の様子はどれもありきたりで、それこそ日本庭園としてどこにでもあるような風景に思われた。一体、この銀閣寺にどんな価値があり、どんな刺激を受けることができるのだろう。明には皆目検討もつかなかった。

 拝観路を巡り、錦鏡池きんきょうちを挟んで銀閣と向かい合う位置に辿り着いた明は、もはや改めて銀閣を味わおうとする気もなく、漠然と辺りの景色を眺めていた。だから突然登に質問されると、我に返って一瞬戸惑った。

「どうでしたか?」

「あっ……あ、はぁ、まぁ、そうですね……」

 せっかく案内してくれたのだから、気の効いた感想でも言わなければいけないと思ったのだが、気の効いた言葉が出てこない。なにも答えない訳にはいかないので、素直に感想を述べることにした。

「なんか、金閣寺と比べてしまうと、いまいちパッとしませんね。庭園も普通で、ありきたりなような感じだし」

 これを聞いた登は笑いながら頷いた。

「金閣と比べてしまうと、確かに華というものはないですね。けど渡辺さん、なんでこの庭園がありきたりに見えると思います?」

「は?」

 登の質問の意味が、明にはわからなかった。なぜありきたりに見えるのか。それは同じような庭園が他にも多くあるからではないのか。

 戸惑う明の心を察して、登は明の答えを待たずに口を開いた。

「実は、ここがありきたりな庭園のオリジナルなんですよ」

「オリジナル?……ってことは」

「そうなんですよ。つまりはこの銀閣寺の庭園を他が模写して広まった為に、ありきたりに見えてしまうんですよ。まぁ、この庭園の手本は西芳寺さいほうじの庭園ですし、また何度も荒廃して手が加えられていますので厳密に言ってしまえばオリジナルという言葉は語弊があるのかもしれませんが、個人的に僕はそう思ってるんですよ」

 明は登の言葉に、目から鱗の心境を得た。確かに多くの似たものがあっても、そこにオリジナルが存在するのは道理である。その道理であるオリジナルが、この銀閣寺だったという訳か――。そう知ってしまうと、人間とは現金なもので、この庭園がオリジナリティーに溢れた想像力豊かな輝けるものに見えてきてしまい、先程までの白々とした気分が拭われて、好奇心が泉のように湧き出してくる。

 明は大きく何度も頷いて、庭園を見渡した。

「それと金閣寺に比べて、ということですが、これも持論で恐縮なんですが、ここは金閣寺に一つも劣ってなんかいないんです。ここの創始者である足利義政は、金閣寺の創始者の足利義満の孫に当たるんですが、ここを造営するにあたって何度も金閣を訪れていたといわれています。それは金閣を手本にする為ともいわれていますが、僕は義政の義満に対する対抗意識の表れだと思うんです。確かに政治的成功という意味では、義政は義満に及ぶべくもないですけど、義政はせめても文化面ではと思ったのではないでしょうか。金閣は僕に言わせれば太陽です。銀閣は、向月台、月待山つきまちやまと見てもわかるように月を表しているのではないでしょうか。つまり金閣が司るのは昼であり、銀閣は夜を司る。ご存知の通り、昼と夜の長さは一年を通して対等です。つまり義政は、太陽の金閣に対抗して月の銀閣を造営することにより、義満と対等の存在に昇ろうと考えたのではないでしょうか」

 登は銀閣を見詰めながら、結論付けた。

 明は登の熱弁に引き込まれた。自分よりも年少と思われる登の顔を思わず見詰めてしまった。もし登の言葉を信じるならば、目の前の質素な佇まいの銀閣には、金閣にも負けないバイタリティーが隠されていることになる。そんな風にはとても見えなかったが、見えないのは受け取り手の問題なのだろう。

 金閣には確かに、向上心を刺激される力強さを感じた。一方で銀閣から感じることはなにかといえば――まっすぐ登るだけが道ではないということだろうか。明の脳裏に、一つの山の頂上にて大笑いする義満と、同じ高さの別の山に陰鬱に座る義政のイメージがシンプルなアニメーションのように浮んだ。その頭上にはそれぞれ太陽と月が!

 明は散々銀閣寺を貶した自分がおかしかった。その貶した言葉は、自分の無知を自ら貶しているように思えたからだ。

 真実はわからない。けれど、明にとっては登の語った説が真実でもよいと思った。それでこそ、多くの人を惹きつける銀閣の存在たりえる。明は登に感謝した。

「面白い話を有難う御座います」

 登は照れ笑いを浮かべていた。

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