冷徹侯爵は虐待された幼い伯爵令嬢をを引き取る。〜人形のようだった少女が幸せになるまで。〜
よろしくお願いいたします。少女が幸せになる物語です。
※虐待描写があるため、一応R15等を入れています。
「脱税だ。取り押さえろ」
伯爵邸のドアを蹴破った男が感情のこもらない部下に命令をする。
伯爵のその娘一人が捕えられた。
「そんなはずはありません。ど、どうかご慈悲を、ゼノス・カエスティル侯爵…」
「わ、私たちは脱税など知らなかったんです。それは、あの子が勝手に…」
「あの子…?」
伯爵夫人の言葉に公爵が眉を顰める。
「お、おい、お前余計なことを言うな」
どういうことだ、と、ゼノスは伯爵の肩に手を置いて尋ねる。
「執務室の奥の部屋に少女がいるはずだ」
ドタバタと数人の男たちが言われた場所へと向かう。彼らに抱えられて連れてこられたのは10歳にも満たないような少女だ。
「娘か?」
「は、はい」
伯爵夫妻と一緒に捕えられた娘は派手な服に大量のアクセサリーをつけている。しかし、連れてこられた少女はボサボサの髪に小さい体に対してさらに小さな服をきた少女だ。
「お前らは、彼女が脱税をしたというのか?」
「は、はい」
「我が家の経理をしてくれている子で…」
伯爵夫妻はオドオドとしながら答える。
「子供が管理している報告書を見て、親が脱税だということにも気が付かなかったと?」
「う、うまく隠されていたのではないでしょうか…?」
「賢い子ですので」
ゼノスは一つため息をつくと、少女へと向き直った。
「脱税はお前が行った、それは事実か?」
「はい」
少女はそう答えた。
「どうしてだ?」
そう言いながらゼノスは少女の頭に手を置く。侯爵は、大きく目を見開いた。
少女は床を見たまま答えない。
「なぜ答えない?」
侯爵は彼女を睨みつける。その様子を見た侯爵の部下が場にそぐわぬ明るいトーンで侯爵を諌める。
「ゼノス様、怖いですよ。ちっちゃい子に聞く態度じゃありませんよ。お嬢ちゃん、名前は?」
答えない少女を見て、顎に手を当てて考えた後、部下の男は伯爵達に向き直る。
「この子の名前は?」
「の、ノアです」
少女の方へ向き、少女の前に部下の男がしゃがむ。
「なるほど。ノアちゃん、こっちを見れる?」
「はい」
少女はようやく顔を上げた。
「ノアちゃんは、はい、か、いいえ、以外の言葉をはなせる?」
「はい」
「次の質問からは、はい、かいいえ、以外でも答えてくれる?」
その男の言葉に少女は静かに彼女の両親の方を見た。彼女の両親が首を振ると
「いいえ」
彼女はそう答えた。不審におもったゼノスは再び彼女の頭に手を置く。
◇◆◇
「その汚い口を開かないでよ。紅茶が汚れたわ」
妹に笑いながら熱湯をかけられる。
「あ、あつい…」
そう言うと母親から手が飛んできた。
「今ミランダが口を開くなって言ったのが聞こえなかったの?」
「すみません…」
「あんたはもうこれから、はい、か、いいえ、か謝罪だけでいいわよ」
「え…?」
「それ以外喋んなって言ってんの」
傍観していた父親に救いを求めると
「あぁ、名案だな。余計な方話したら舌を抜くからな」
「は、はい…」
◇◆◇
ゼノスは、しばし黙った後…。
「埒が開かんな。子供が勝手にやったとしても管理不行き届きだ。伯爵の器ではない。地下鉱山だ。こっちの娘は修道院にでも送っておけ」
「「はい」」
数人の男が侯爵の言葉に反応し、伯爵夫妻を連れ出した。
「お前のせいだ、ノア。相変わらずの役立たずめ」
「あんたなんか産まなきゃよかったわ。子供はミランダだけで十分なのよ」
「な、なんで私が、私は何もしてないのに。こいつが全部悪いのに…。こんなこんな醜い奴が…」
彼らは自分の娘や姉妹に対しての言葉とは思えない暴言を吐きながら連行された。
「この子どうすんんです?侯爵邸に連れて行きます?」
「なんでだ?」
「重要な参考人でしょう」
「わかった。少女のことはお前に一任する。次俺と会う時までにはこっちから聞いたら答える程度の会話はできるようにしておけ」
そういうと侯爵は早々に伯爵邸を出ていった。
「よし、じゃぁ、行こうか、ノアちゃん」
そういうと部下の男は彼女を抱き上げた。
「僕はルカって言うんだ。よろしくね。さっきの怖いおじさんはゼノス・カエスティル侯爵だよ」
何も返答をしない少女を意に介さず、男は話し続ける。
「君はさ、お母さん達に言われて今まで経理の仕事をしていたの?今はお母さん達もいないから、何を言っても怒られないよ。素直に答えてごらん」
男は観察能力が高いようで、彼女が何か判断が必要になる時、親の判断を見てから行動していることを見抜いていた。
「はい」
「よし、ちゃんと答えられて偉いね。じゃぁ、次からは、自分の言葉で話せるかな…?」
その言葉に彼女はキョトンとした。
「んー、難しいなぁ。まぁ、いいや。なんで脱税してたの?」
「お母様達が、お金を増やせって言ってて、お金を増やすための手段がそれしかなかったから」
「どうやってその知識身につけたの?」
「本」
「そっか」
どこかうとうとしている彼女を見て、
「寝なさい」
そう言うと、彼女は、目を閉じた。
◇◆◇
「帰ったか」
「はい、ゼノス様も報告終わりました?」
「ああ。彼女はどうだった?」
「今はマーサに任せています。あやつり人形のようだ、と感じました。命令がなければ動けない、動かない。そのように親が教育したのでしょうけど」
「人形…か。あながち間違っていない表現だな」
「なぜです?」
「彼女の心が無だった」
「無?触っても心が読めなかった、とかではなく?」
「あぁ、確実に心が読めてる感覚はあった。だが、こちら側に入ってくるものは、何もない。彼女は思考をしていない。頭を触れた時に体が震えていた。しかし、そこに恐怖などの感情は一切なかった」
「ますます、どんな辛い状況で育ってきたのか信じられませんね。多分、寝かしつけたらマーサがコゼットとバトンタッチしてくるはずなので、改めて様子を聞きましょう」
噂をするや否や、ノックオンがなりふくよかな女性が一人入ってきた。
「マーサ、彼女はどうだ?」
「少し不眠気味な子そうだったのでリラックス効果のあるお茶を飲ませ、先ほどやっと眠りました。着替えさせた時に、小さい子の背中とは思えないほどの傷がありました。鞭で作られた傷や火傷傷が多かったです」
「日常的な虐待か」
「虐待を受け心を閉ざした人形のような少女が国庫の番犬と呼ばれた侯爵を5年間も欺いていたんだからすごいものですよね」
ルカがそう呟く
「それを身につけるための虐待もあったのでしょうね…」
その言葉に苦しそうにマーサが言う。
「そう考えると地下鉱山ってゼノス様の選択肢は天才的でしたね」
「妹も世界一厳しい修道院に送ったって聞きましたわ」
「ああ言う奴らには死より、自分が酷使され、利益が何もないのに働くと言う方がいい罰だろ。特に両親の方は今後の人生、残らないまま死ぬことも許されず生きていけばいいさ」
これが彼が冷徹侯爵と言われる所以だ。残酷で、その人物にとって一番辛いであろう罰を何ともなしに決める。そして、そこに慈悲はないのである。
「生き地獄だなぁ」
「あの修道院も、たしか禁欲だし鞭打ちとかもありましたよね」
「あぁ、それがなんだ?」
マーサとルカは目を合わせて、おもった。ざまぁみろ、と。
◇◆◇
「ノアちゃん、おっはよぉ」
ノアが昨日連れて行かれた部屋をバンっと音を立てながら開けるのは侯爵家でマーサの他に唯一いるメイドのコゼットだ。
「あれ?ノアちゃん早起きだねー、今日は一緒にお散歩でも行く?」
「はい」
「よし、じゃぁレッツゴー」
「レッツゴー!じゃありませんよ、コゼット」
ノアの手をとりスキップで部屋を出ようとしたコゼットを止めたのはマーサだ。
「そうそう、ノアちゃんは着替えて侯爵と朝食だよ」
「えぇ、そんなぁ。ごめんね、ノアちゃん。食べ終わってから行こうね」
「じゃぁ、ノアちゃん食堂まで行こうか」
ノアの手をマーサとコゼットがとり、先頭をルカが歩く形で食堂へと向かう。
「ノアちゃん、歩くの苦手?」
テチテチ、と、まるで2歳の赤ん坊が歩くような歩き方をするノアにルカが尋ねる。
「はい」
「これからたくさん、たくさん、一緒に歩きましょうね」
「やりすぎはダメよ?ノアちゃんが疲れちゃうわ」
「はーい」
「ノアちゃん、ここが食堂ですよ」
そう言って、ルカがドアを開ける。
「貴族ではほとんどいないけど、この屋敷には僕たちしかいないし、みんなでご飯を食べてるんだ。ゼノス様寂しがりやだからみんなで食べたいらしくてさ」
「その割には、いつもむすっとしてますよね。もうちょっと笑えば彼女の一人や二人できるだろうに」
「みんな思ってるけど本人の前でそんなこと言わないの」
「マーサが何だかんだ一番ひどいよね」
「いつまで入り口で喋ってるんだ?早く席につけ」
その一言で皆が笑いながら席に向かおうとするが、ノアがそこから動こうとしない。
「どうしたの?」
コゼットがノアの顔を覗き込むが、ノアはいつもの表情のままだ。ただ、足を一歩の動かせようとしない。
「お前が入っても文句を言う奴などだろもいない。さっさと入れ」
その言葉でノアはようやく足を動かした。
「お、今日は重湯と野菜のポタージュですね!」
「久々に作ってみたのよ。消化にもいいでしょうし」
「じゃ、いただきまーす!」
全員が席につき、ルカの合図で全員がご飯を食べ始めるが、そこでもまたノアはご飯に一切手をつけない。
「目の前でご飯に手をつけられないまま残されるのは不快だ。残してもいいからさっさと食え」
侯爵のその言葉に、やっと食器を持ちノアは食事を始める。
途端に、ノアが涙をながた。
「ど、どうしたの?」
「ほら、ゼノス様の言い方が怖いからですよ」
「そんなわけがないだろ」
「大丈夫?」
周りの人の心配をよそにノアはご飯を食べ続ける。
「ご、ごちそう、さま、でした」
それが、初めてノアが発した、「はい」か「いいえ」意外の言葉だった。
侯爵はそれを見ると無言で席を立ち、少女の頭に手を乗せた。
「まだ、無か」
それだけ言うとさって行った。
「どれが好きだった?」
コゼットのその言葉にノアが首を傾げた。
「どれが一番また食べたいっておもった?」
ルカのその言葉にもノアは首を傾げた。
「まだ難しいかしらね。とりあえず、食後の散歩にでもいきましょうか」
「うん」
「いや、ルカは仕事でしょ」
「あ、やば、書類溜まってるの忘れてた」
「じゃ、ルカはおいて3人でお散歩に行こうねぇ」
コゼッタはそう言って再びノアの手を取った。
「そろそろ、お昼が近づいてきたわね。準備するから先に戻るわね。コゼットとノアちゃんは程々にして屋敷の中に戻ってね」
そういうと、マーサが先に去っていった。
「ねぇ、ノアちゃん、ゼノス様のお仕事姿見たくない?」
マーサがいなくなったタイミングでコゼットがいたずらっ子っぽく笑い、マーサを抱き抱えて屋敷へと帰る。
「ゼノス様ー、これ終わんないですよぉ」
「お前がサボるからだろ」
「絶対俺が昨日、ノアちゃんの寝顔見に行ったのに怒って、仕事増やしてますよね?」
そんな会話がドア越しに響いている。
「しっつれいしまーす!」
コゼットはノアを抱き抱えたまま、執務室のドアをばんっ、とあける。
「うわぁ、って、ノアちゃんも一緒じゃん。何しにきたの?」
そう言ってルカはコゼットに近づくと、コゼットからノアを奪い取り抱き抱える。
「お仕事見学です」
「マーサにバレたら怒られるんじゃ…?」
「バレなきゃセーフ…」
コゼットはそう言った瞬間に誰かに肩を叩かれ、後ろを振り向く。そこには笑みを浮かべたマーサがいた。
「コゼット、ちょっとお話があるわ」
『あれほどお仕事を邪魔しないようにと言ったでしょう』そう言いながらマーサはコゼットを引っ張りさって行く。
コゼットの「うわああああ」と言う声が情けなく廊下に響いた。
「え?ノアちゃんどうするの?しょうがない、膝の上に乗せてやるか」
そう言ってノアを抱えたままルカは仕事に取り掛かる。と、ノアは膝の上でルカより先にペンを取り、机の上の書類の整理を始めた。
「ちょ、ノアちゃん!?」
書類整理を始めたこともだが、そのスピードにルカは驚きの声を上げる。
ゼノスも気になり、その様子を覗く。
「適切な切り詰め方、無駄を一瞬で見抜くか。まとめ方もわかりやすいし指摘も現実的だな」
「ちょ、ちょ,ストップストップ。ペン置いて!」
そう言ってルカが声を上げる。一度、ノアを抱き変えて立ち上がり、机から離したところに立たせる。
そのタイミングでノアは震えだした。ルカは震えの原因がわからず、戸惑っている。
その様子を見ていたゼノスがノアの頭に手を乗せた。
◇◆◇
「とまって、ペン置いて?なんでこんなに支出が多いわけ?私たちはそんな使ってないわよ。あなた、自分の分のお金勝手に確保してるんじゃないの?」
「いいえ」
「ほんとだ使えない子ね。お仕置きが必要だわ。今日は何がいいかしら。昨日は鞭だったから、毎日同じものじゃお仕置きにならないものね」
そう言うと、お母様はマッチを取り出し、火をつけた、とおもった矢先に、マッチから手を離した。
激しい痛みが足元から身体中を巡る、気がしたが、それはきっと気のせいだ。
◇◆◇
「落ち着け。お前はまだここでなんの仕事もしていないのに、間違えがあるわけがないだろ。してもない仕事をどうやって間違えるんだ」
その言葉と、ルカがずっと背中をさすっていることに落ち着きを取り戻したのか、ノアの震えは少しずつおさまった。
「お前が今するべきなのは、数字を追うことでも書類を整理することでもない。やるのは、おまえに、やりたい、とか、好きとか言う感情が芽生えてからにしろ」
「はい」
「ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだ」
「ルカはノアを部屋に連れていけ」
「了解です」
侯爵がノアから離れ、一瞬侯爵の方へルカの目が行った瞬間に、どさ、と言う音がした。
ノアが倒れた。
そこからゼノスたちの行動は早かった。すぐに医者を呼びノアの看病が始まった。
「おそらく、環境変化からくる疲労でしょう。侯爵から話を聞いたところだと、この子にとって、短く、そして変化の多い二日間だったでしょうから」
経理として幼い頃から書類に向かい、虐待をされていた少女。そんな世界しか知らない子が、家族が捕まり、領地が没収され、今までやっていた仕事をやらず、人との食事や散歩、環境の変化に疲労が出るのは致し方のないことであった。
「栄養失調も出ていますし、消化にいい食事をとり、休息を取り、子供らしい生活を送ることが一番かと。では、私はこれで」
医者はそう言い、薬を置いて帰った。
◇◆◇
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
お母様は口を開いても怒るけれど、謝らなければもっと怒る。何に怒られてるかもわからないけど、謝るしかない。
怖い、怖い、怖い。
また叩かれる、ご飯がなくなる。でも、何が悪いのかもわからない。
ひとりぼっち。きらわないで。わからない。こわい。こわい。苦しい。痛い。熱い。つらい。
鞭で叩かれる。痛い。何も考えなければ、痛くない気もしてくる。どうすればいいかわからない。
助けて。やだ、叩かないで、蹴らないで、殴らないで、痛い痛い。熱い熱い。
「の…ち…
「ノア…
「ノア…ち…
「ノア!!!!!」
どこからか呼ぶ声が聞こえる。
◆◇◆
ノアは、ぱっと目を覚ました。
「よかったぁ、ノアちゃん」
ルカが安堵の息を漏らす。
ノアのベッドの周りを、ゼノス、ルカ、マーサ、コゼットの四人が心配そうに囲んでいた。
コゼットがノアに抱きついた。
「大丈夫、大丈夫」
「仕事…しなきゃ…」
虚な目でノア言う。
パンっと、侯爵がノアの前で手を叩く。
「落ち着け」
その言葉に僅かにノアの瞳に光が戻る。
「ここはお前に仕事を強制する場でもお前を罰する場でもない。お前を守り、育てる場だ。過去の傷を消せとも、忘れろとも言わない。そんなのは不可能だからだ。だが、そんなに仕事がしたいなら、仕事を渡そう。自分の気持ちと向き合え。自分の気持ちを話せるようになれ。俺ら四人を困らせることができるほどに。これがお前のこの屋敷での仕事だ」
そう言ってゼノスはノアの頭を撫でる。
ノアはモゴモゴと口を動かす。言葉を探すかのように。
「つ…」
「つ?」
「つめ、たい」
「嫌か?」
「うんん」
「というか、コゼットはそろそろ離れたら?」
ルカがじとっとした目でノアに抱きついて離れないコゼットの様子を見る。
「むり、可愛すぎて離れられない」
「マーサ」
ゼノスは一言マーサに指示する。
「はいはい。ノアちゃんが,少し何お腹に入れたほうがいいかとおもって、ご飯を持ってきたんだけど、コゼットがノアちゃんに抱きついてるようならあげられないわね。ルカ、食べさせてもらえないかしら?」
「お!もちろ…」
「私がやるから!!!」
コゼットがすかさずルカに渡りそうな夜食を奪う。
◇◆◇
いつのまにか、ノアは侯爵の養子となり侯爵令嬢となっていた。
ノアはよく散歩に出かけた。一緒に行く人は、マーサだったりコゼットだったり、ルカだったり、3人とだったり、色々だった。
ノアが重要参考人として侯爵家に保護されたあの日から2年後。
「ゼノン様、ついてきてほしいです」
まだ表情は乏しいが、一年前よりもずっと軽やかに、ずっと流暢に話すようになったノアがゼノンに行った。
「どうした?」
ゼノスの手を引っ張って庭のすみへと連れて行く。
「随分とワクワクしてるな」
「また読んだの?」
「読まなくてもわかる」
ゼノスはノアに連れて行かれた庭が、自分が知っている時よりも随分様変わりしており、かすかに目を開く。
「ここは?」
「好きを集めたお庭。綺麗なお花があって、ルカがいて、マーサがいて、コゼットがいて、ゼノス様がいる。好きがたくさんのお庭だよ」
「ノアーーーー」
コゼットがノアに抱きつく。ノアもコゼットを抱き返す。マーサは笑顔でその風景を見つめていた。
そんな中
「え、ええぇぇぇぇ」
と言う、ルカの声が響いた。
「どうしたの?」
コゼットの問いにルカが大きな声で返す。
「ゼノス様が笑った!!!!!氷の侯爵、国庫の番犬とまで呼ばれて、全貴族から絶大に恐れられてるゼノス様が…!!!!」
「ルカ、やかましいぞ」
ゼノスがルカを睨む。
「ゼノス様、耳真っ赤だ」
「ほんとですね」
コゼットとマーサもここぞとばかりにゼノスを揶揄う。
「ふふっ」
ノアが笑った。初めて見せた無表情以外の顔。
人形は、2年かかって笑顔を手に入れた。
◇◆◇
初めてノアが笑った日、コゼットが勝手に笑顔記念日と名付けて、毎年その日はその庭で4人でご飯を食べることになっている。
三回目の笑顔記念日の前日、
「マーサ、明日、みんなでマーサが作ったアップルパイが食べたい!」
「あらあら、いいわよ」
「やった!ありがと!コゼットがたくさん食べるから少し多めにお願い!材料はゼノス様誘って買ってくる」
「では、おつかいよろしくね」
「うん!」
そう言ってノアは勢いよくマーサがいたキッチンを出る。
「ノア、そんなに走ると転ぶよ」
「昔みたいに歩くのへたっぴじゃないから大丈夫。そう言うコゼットこそ、洗濯物干すとこの段差で転ばないでね」
「転ばないわよ!この前はたまたま…!」
「はいはい」
「どこかいくの?」
「うん!ゼノス様誘ってアップルパイの材料買ってくる!」
「ついでに甘いお菓子もお願い!」
「了解!」
執務室の前でスピードを落としたノアは、コンコンコン、とノックをする。
「はーい」
ルカの明るい声が聞こえる。
「ルカ、ゼノス様借りてもいい?」
「ダメ」
「なんで?」
「ノアとゼノス様が二人で出かけると長いから絶対にだめ」
「帰ってきたら私もお仕事手伝うからさ…!」
ゼノスはノアの頭を撫でながら
「お前は気にしなくていい」
と言う。かつてノアの不安を確かめるためだった動きはゼノスの癖になっていた。
「ダメったらダメ!僕だって出かけたいのにいつもゼノス様ゼノス様、許せない」
「ふはっ、お前よりノアは俺がご所望だとよ。可愛い娘の頼みだからな。じゃぁ後は頼んだ」
「なにが氷の侯爵だ!!!どう考えても親バカ侯爵だ!!!!許せない!!!!」
お読みいただきありがとうございました!
日間ハイファンタジー短編で27位を獲得しました!本当にありがとうございます!
人物紹介
◯ノア
伯爵家の長女として生まれるが、伯爵家の特徴を一切持たずに生まれたため、そして、あまりに優秀すぎたために、虐待を受け続け、酷使される。侯爵家に保護されてからは徐々に自分の意見が言えるようになってきた。過去のトラウマを乗り越え幸せになるフェーズへと移行してきた。最近ハマっているものはけん玉と恋愛小説。コゼットあたりから恋愛小説の供給が入るが、あまり男主人公を褒めすぎると、ルカとゼノスから本を没収されるため、コゼットとマーサがいるときにだけ恋バナをするようにしている。
◯ゼノス
冷徹侯爵と恐れられるほど、無慈悲な判断も平気で下す国庫の番人。伯爵家の帳簿の若干の違和感に気がつき、調査をして5年前から脱税をしていたことを突き止める。幾人もの脱税、虚偽報告を発見してきたが、それらとは比べ物にならない偽装の巧妙さに度肝を抜かれた。冷徹侯爵と呼ばれているが、ノリノリでノアを養子にするなどノアのことが大好きで、最近はルカと必死にノアにやってくる演壇をいかに阻止するかについて話し合っている。ちなみに、ノアが笑ったり怒ったり、感情を顔に出すきっかけを作った人物。
◯ルカ
明るく洞察力のあるゼノスの唯一絶対の部下。作品中には出てきてないが、なんだかんだゼノスより怖い時がある。たまに自分が下した罰とかをゼノスのせいにしている時がある。ゼノスがノアと出かけまくっているのが羨ましく、仕事にやる気が出なくなっているが、ノアが手伝い始めるとカッコつけたいがためにすごい集中力で仕事をこなす。ちなみに、ノアがトラウマを乗り越え楽しく仕事に向かえるようになったきっかけを作った人物。
◯マーサ
ベテランメイド。得意料理はアップルパイ。ノアが虐待を受けており、痩せ細っていることを知って、急いで消化に良い食材などを調べて作った。ノアの影響で栄養学について学び始めて、栄養分豊富なご飯を作ることに凝っている。もともと、料理はコゼットとの当番制だったが最近マーサの希望で週6程度マーサが料理を担当している。ちなみに、ノアの食欲や食べる量を増やした人物。
◯コゼット
明るく元気で、かつ、ルカのように裏の残忍さを一切持たない、本当にただただ良い子。その反面ちょっとイタズラ気質もあり、ルカに呆れられ、マーサに怒られている。最近、ノアを仕える相手ではなく、年下の親友兼妹だとおもっており、軽口も叩くようになった。なんだかんだ世話を焼いたり、可愛がったりしている。最近の趣味はノアを着せ替え人形にすることである。ノアの最高の可愛さを引き出すためにファッションを勉強している。ちなみに、ノアの外見の自己肯定感の上昇に大きく貢献した人物。




