消毒や絆創膏を貼るのは医療行為なので出来ないんですよ、と動物園の店員に手当ては断られた件
コロン様主催の「2025振り返り」企画、参加作品です。
よろしくお願い致します。
でっかい鸚鵡に腕を噛まれたなぁ〜。
そう言えば、生まれて初めてだったわ〜。
実家でオレオレ詐欺の電話がかかってきた現場に居合わせたその日、コロン様が今年を振り返ろう、といったご企画を出されていたのを見て一日の終わりにお布団の中で軽く振り返ってみたら、なぜか最初に浮かんできたものなのでこれを振り返って見ようと思います。
今年の夏。
私はとある大型商業施設の中にある、小さなふれあい動物園を訪れていた。
たまたま見たテレビのニュース特集で、
「え? カピバラに触れるの? あの鬼天竺鼠に⁉︎ しかも、足元をアルマジロが散歩するの? 装甲すごいのに歩き方がめっちゃ可愛い!」
と心を鷲掴みにされて、普段の行動範囲が異常に狭い私にとってはなかなかの遠出だけれど、頑張って行ってみる。
無事にその動物園へ到着した私は、時間の都合上、あの鎧鼠の散歩は見れない残念さを上回るワクワクさでその扉を開いてみると——。
二部屋ある最初の部屋にて、家族連れが賑わう中で大量のひよこやモルモットなどの小動物がお出迎えとなり、近くには最近好きになった猛禽類が何羽かそれぞれの小枝に佇んでいた。
「さすがに猛禽は触れないか〜、あの暴れん坊な将軍様が腕に乗せてるやついないかな?」
そんな事を呟きながら、爬虫類や小鳥たちも愛でつついよいよ次の自分的メイン部屋への扉の前へきた。
ドキドキも最高潮に、よいしょと重い扉を開けた瞬間だった。
何かしらの甲高い叫び声がつんざくように響いてきて、私は思わずギョッとしながら扉を閉めつつ首を巡らしてみると、すぐ近くに自分の背丈よりも少し大きい(だったような)むき出しの木に伸びている枝で、真っ白なでっかい鸚鵡が奇声を発しながら枝を鉄棒のようにしてぐるんぐるん前転しているのをみたのだ。
「なんてアグレッシブ? な鸚鵡なの! ちょっ、こわ〜」
目を見開きながら前転を続けるその姿に思わず腰が引けていたのだが……。
「あ! カピバラだ!」
その木のすぐ近くでのんびりとぼんやり座っているお目当てさんを見つけた私は、気分が一変していそいそとそちらへ向かっていった。
途中、動物たちに触ると噛まれる恐れがあります。みたいな文面の張り紙を見つける。
え? ふれあいじゃないの?
少々疑問に思いながらカピバラさんの前までくると、隣にしゃがんでそっと片手を伸ばしてみた。
果たして、長年疑問だったカピバラさんの体毛の硬さ、たわしレベルなのか? それとも柔らか歯ブラシレベルなのか? ワクワクして触れてみると……。
「普通歯ブラシの硬さだ! 可愛い顔して意外にがっしりした身体だね〜」(個人の意見です)
疑問が解明して非常に満足した私は、次は何の動物に触れてみようかと立ち上がってみると、前方でジャイアントな兎がしなだれかかるような体勢で寝転んでいるのを見た。
もう、もう、触ってくださいと言わんばかりのふわふわで柔らかそうな毛並み……。
うっとりしながらぼんやりその兎を見つめていたその時だった。
急に片腕に激痛が走ったのだ。
「痛っ⁉︎」
何が起こったのか分からないが、思わず片手を振り払った私の目の端で白い翼がバサリと羽ばたく。
ハッと気がつくと、あのアグレッシブ鸚鵡が私の腕から木の枝へ戻っていったのだった。
か、噛まれたし!
驚いて腕を見ると、肩のあたりでくっきりと直径二センチくらいの赤黒いアザ(ギリ出血しなかった)ができていたのだ。
「痛い……けっこう……」
夏だから半袖で腕がむき出しの所を攻めてきよった!
そんな事を思っていた時に、私はふと違和感を覚える。
そういえば、客が怪我したっていうのに部屋に立っている二人ばかしの店員さんが全くの無反応じゃん!
思わず私は壁の張り紙を見る。
『触ると』噛まれる恐れが……
触ってないよ私! 立ってただけで攻撃されたのに、もしかして私が悪いの?
店員が微動だにせず素知らぬ顔でいるので、部屋にいるお客さんたちも微妙な雰囲気を出しながらも普通を装っているという地獄。
どうしようもないか、としょんぼりしていた所で、部屋の入り口からお連れ様の夫がこの部屋へ入ってきた!
「ねえねえ、鸚鵡に噛まれたよ! 最悪……」
ここぞと言わんばかりに高速で歩み寄って泣き言を言ったところ、
「え? どいつに? 消毒はしてもらったの?」
全然思い至らなかった事を問われて思わず私は、
「消毒? してもらった方がいいの?」
と、子供みたいな返事をしてしまった。
「してもらわないと駄目だよ。野生じゃなくても餌だったりの菌が口にはついているからね」
なるほど!
迂闊だったわ! あなたが夫でホント良かったよ!
その言葉に促されて、急いで私は受付に向かった。
大声で、
「腕、噛まれました! 消毒してください!」
と言ったら店側が迷惑だろうか? といらん心配をしてしまった私は、ヒソヒソ声で受付をしていた女性の店員さんへそう伝えた。
すると、
「え? どの子にですか? ……あぁ、その子には店員もよくそうやって噛まれるんですよね〜」
よくある事だからなんでもないと言った調子で救急箱を出している。
……何もしなくても噛むのが分かっているのに、ふれあい広場にいるの? 子供とか噛まれたらヤバいやつじゃないのかな?
そう絶句している私は、さらに店員が消毒液を差し出してきて言ったセリフで度肝を抜かれてしまったのだ。
「消毒や絆創膏を貼ったりするのって医療行為になるので、私たちができないんですよ。やると会社に怒られるので」
「そうなんですか?」
私、公園で転んだ近所の子供を普通に手当てしていたけど、いつからダメになったんだろう?
不思議に思いながらも、頂いた消毒液と絆創膏を使って手早く処置をした私はお礼を言って店内で待ってくれていた夫の元へ戻り、お店を出たのであった。
その間、ずっと心がもやもやしていた。
こんな怪我のリスクが高めの場所で、応急処置もできないなんて……。
もし、ふれあい広場にいたあの抱っこ紐の中にいる赤ちゃんがふいに襲われて顔の急所をつつかれたら、それでもそう言って何もしないのかな? 救急車くらいは呼ぶだろうか。
もはや、怪我人に手を差し伸べる事すらできなくなった時代なのかなぁ……。
どうにも、もやもやが消えなかった私は家に帰るなり家族にこの出来事の意見を聞いてみたのだった。
すると、
「違うんじゃない。だって学校の先生なんてみんな怪我したら消毒して絆創膏はってくれるよ」
そっか! 地元バンザイ!
返ってきた言葉に、私は何だかホッとしたものなのでした。
その後、改めてネットで調べてみた所、やはり医療行為に該当はしないとの事ではあっても、保育園や介護といった仕事の現場では、さまざまな理由で取り沙汰されているような事だったそうです。
なんとなく、世知辛さを感じて空を見上げた2025年の夏でした。
最後までお読みくださってありがとうございました。




